塔から脱出するゲーム2
11.やさしい塔
****************************************
* *
* やさしい塔 *
* *
* 難易度:VERY EASY *
* *
* プレイヤー:立川はるか(敗戦国の姫Lv1) *
* 伊藤月子 (超能力者Lv1) *
* *
****************************************
* *
* やさしい塔 *
* *
* 難易度:VERY EASY *
* *
* プレイヤー:立川はるか(敗戦国の姫Lv1) *
* 伊藤月子 (超能力者Lv1) *
* *
****************************************
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* *
* ここは『やさしい塔』 *
* *
* *
* *
* この塔はとてもやさしい *
* *
* だって、必ず脱出することができるのだから *
* *
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* *
* ここは『やさしい塔』 *
* *
* *
* *
* この塔はとてもやさしい *
* *
* だって、必ず脱出することができるのだから *
* *
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****************************************
* *
* ◆基本ルール(すべてのキャラクターが知っていること) *
* *
* ルール1 すべてのキャラクターが行動不能となった場合、 *
* フロアのスタート地点へ巻き戻る *
* このとき、記憶以外のすべてが元通りとなる *
* *
* ルール2 キャラクターが1人でもフロアの出口に到達すればクリアとする *
* 仮に他のキャラクターが死亡していたとしても、 *
* フロアの出口で復活する *
* *
* ルール3 クリア条件は『塔からの脱出』である *
* *
* *
* ◆隠しルール(プレイヤーが知っておくこと) *
* *
* ルール1 すべてのキャラクターは面識がない *
* *
* ルール2 ゲームオーバーを楽しんでください *
* *
* ルール3 脱出させることが目的ではない *
* *
****************************************
* *
* ◆基本ルール(すべてのキャラクターが知っていること) *
* *
* ルール1 すべてのキャラクターが行動不能となった場合、 *
* フロアのスタート地点へ巻き戻る *
* このとき、記憶以外のすべてが元通りとなる *
* *
* ルール2 キャラクターが1人でもフロアの出口に到達すればクリアとする *
* 仮に他のキャラクターが死亡していたとしても、 *
* フロアの出口で復活する *
* *
* ルール3 クリア条件は『塔からの脱出』である *
* *
* *
* ◆隠しルール(プレイヤーが知っておくこと) *
* *
* ルール1 すべてのキャラクターは面識がない *
* *
* ルール2 ゲームオーバーを楽しんでください *
* *
* ルール3 脱出させることが目的ではない *
* *
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****************************************
* *
* やさしい塔 *
* *
* 自己犠牲の屋上 *
* *
****************************************
伊藤月子は遠視、透視、千里眼を使用して、周囲の様子を注意深く観察していた。
目を覚ましたら塔の屋上にいた。端を目視できないほどに広い空間。下は石畳の床、上は澄み切った青い空。まるで箱の中にいるかのようだった。
どうやら、この塔は不思議な力に覆われているようだ。テレポートによる脱出、念動力による床の破壊が一切できなかった。
彼女は異常な事態に対し極めて冷静だった。というのも、超能力さえあればいかなる環境でも適応あるいは制圧できる、という自覚があったからだ。。
全盛期のそれと比べるとかなり弱体化してしまっていたが、塔から脱出するぐらいなら十分だろうと判断した。
ひと通り見渡したことで、この場が安全であることが確認できた。
伊藤月子は胸を撫で下ろす。ただちに命を脅かす危険はない。自分の超能力の程度も把握できている。とりあえずは安心である。
ここでようやく、ずっと気になっていたソレに目を向けた。
眠る少女。
背は伊藤月子より少し高いぐらいだろう。甘いチョコレートのような茶色の髪と、少し幼い顔つきは非常に似合っていて愛らしい。
薄い緑色のパーティードレスは多少乱れていて肌の露出があるものの、彼女の雰囲気がそうさせるのか、イヤラシすぎず、けれどどこか扇情的であった。
しかし伊藤月子が何より釘づけになったところが、胸と脚。仰向けになっているのに存在感のある豊かな膨らみ。それとは対象的に、脚はまるで走って鍛えたようにしなやかな細さだった。
「…………」
あと、腰も細い。伊藤月子がひそかに理想としている体型がそこにあった。
ギリギリギリ。知らないうちに奥歯が鳴っている。手もぎゅっと握り締めていて痛かった。
普段の伊藤月子なら、嫉妬を感じながらもさっさと置いて脱出を目指していたことだろう。けれど、ルール2がそうさせなかった。
キャラクターが1人でもフロアの出口に到達すればクリアとする。つまり、この眠る女は保険である。万が一自分が行動不能になったとしても、奇跡的にこの女がクリアすれば、つられてクリア扱いとなるのだ。
単純に考えればクリアできる可能性が2倍になる。となれば手元に引き込んでおいて損はないだろう。
「あの、起きて。起きてくださいっ」
念動力で服の乱れを整えたあと、彼女は眠る少女の身体を揺すった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「漢字の“月”で月子……わぁ、いい名前ですねっ」
立川はるかが目を覚ましたところで、二人は自己紹介と現状の確認を行った。
まず、お互い面識がない。そして、ここに至るまでの記憶もない。記憶喪失というわけではなく、なぜこの塔にいるか、ということを覚えていなかった。
唯一持っている記憶が3つのルール。塔の特異性とこれからの目的がわかり、同時に命の危険が感じられた。
「大丈夫だよ、はるかちゃん。力を合わせれば、きっと脱出できる」
「は、はい……」
伊藤月子の言葉にも、立川はるかは不安を拭うことができなかった。
立川はるかは、別段何か能力を持っているわけでもなく、とても無力で単なる凡人ということを自覚していた。
そして運命を共にするだろう年上の女性も、聞けば“一般人”で“特殊な能力を持っていない”、しかも“身体能力は自分よりも劣っている”ようなのだ。
なぜそんなに自信があるのか、立川はるかにはわからなかった。
「行こう。ここでじっとしてても、何も始まらない」
「…………」
立川はるかは動けなかった。恐怖と不安で身体が言うことを聞かず、震える足を踏み出すことができなかった。
「……はい、どうぞ」
伊藤月子から手を差し出された。恐る恐る、その手を握る。そこから伝わるぬくもりが、かろうじて震えていた身体を落ち着かせてくれた。
何もない屋上。そこを二人は歩く。
「あっ」
しばらくすると、伊藤月子は足を止めた。
「……どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない」
にこりと笑って伊藤月子は答える。
だが、なんでもないと言ったにもかかわらず、伊藤月子は何かを避けるように大きく迂回して、進んだ。
そんな普通ではない歩き方が何度もあった。
(変な歩き方やなぁ……そこを歩きたくない理由でもあるんかなぁ……)
気にはなったが、まだ親しくもない間柄。変に思われたくもなかったので、立川はるかは黙ってついて歩く。
ただ歩くだけ。どれだけ歩いたことだろうか、二人は何事もなく、下のフロアに続くと思われる扉を発見できた。
ところどころ腐っている木の扉。軽く押しただけで壊れそうなものなのだが――
「うぐぐぐ……ダメだ、開かへん……」
「鍵がかかってる。しかも、すごく特殊な……どうやって開けるんだろう……」
「……なんで鍵がかかってるってわかったんですか?」
「な、なんとなくだよっ」
妙にあたふたする伊藤月子が気になったが、それよりも扉を開けることが先決。
立川はるかは押し開けることを諦め、何度も何度も体当たりをしていた。伊藤月子はと言えば、周囲を歩いて鍵の手がかりを探している。
「ああっ」
いい加減身体が痛くなってきて、汗をかき始めたころ。背後から伊藤月子の驚いた様子の声がした。
立川はるかが慌てて振り向くと、そこには小さな宝箱を持つ伊藤月子の姿。
「そこに置いてあったんだけど、ここに鍵の手がかりがあるかもしれない!」
「あ、あの、いきなり開けちゃ――」
もしかしたらトラップかもしれない。立川はるかは止めようとしたが、伊藤月子はあっさりと開く。
「わっ」
「…………!」
目の前の惨劇から背けるように、立川はるかは目を堅く閉じる。
「手紙と……なにこれ? 短剣?」
何も起こらなかった。
幸い、トラップはなかったようだった。が、その注意力のなさに立川はるかは苛立ちを覚えてしまう。
開けるまで中身を見ることなんて不可能。だからこそ気をつけなければいけないのに。そんな立川はるかの心中をよそに、伊藤月子は手紙を読み――
「え……?」
固まる伊藤月子。立川はるかも横から覗いて読むと――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~ ~
~ この扉を開くには1人の命が必要です ~
~ ~
~ その短剣は『即死の短剣』。苦しむことなく静かに死ねる道具 ~
~ ~
~ なお、効果は一度きり。その後は所有してくれても構わない ~
~ ~
~ さあ、相手のために命を捧げなさい ~
~ ~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ルール2(ルール1も同様だが)の効果で、たとえ死んでも生き返ることはできる。だが、そうと知っていてもなかなか割り切れない。
手紙は『相手のために命を捧げろ』と書いている。
それはつまり、自ら死ねということ。
立川はるかは、自分の保身のことしか考えていなかった。
そもそもルールとやらが本当に適用されるかどうかも怪しい。死んだらそれっきりかもしれないじゃないか。
伊藤月子の手元にあるナイフをいかに奪うか。立川はるかはそれしか考えていなかった。
「はるかちゃん」
伊藤月子は、立川はるかと向かい合う。
手には即死の短剣。
力づくで奪ってしまおうか。蹴飛ばして倒れたところを奪い取り、そのまま刺してしまえば――いよいよ追い詰められていた立川はるかに、
「はい、これ」
伊藤月子は即死の短剣を、柄を向けて差し出していた。
「え、え?」
「私のほうがお姉さんなんだもの。それに、生き返れることはできるから……ほら、刺して」
立川はるかはつくづく伊藤月子に呆れてしまった。ルールを信じきっている、どこにも保証はないのに。
そして、自分自身を恥じた。自分が生きながらえることを考えている間、相手は自分が犠牲になることを選択していたのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
立川はるかは顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。相手の自己犠牲心に感極まっていた。
そして何よりも、即死の短剣を自分に刺すという選択肢を思い浮かべながらも、それを無理やり掻き消そうとするエゴイスティックな自分があまりに情けなかった
「いいよ。またあとで、会おうね」
伊藤月子は両手を広げ、招く。
立川はるかは即死の短剣を握り締める。
そして腕を伸ばす。
* *
* やさしい塔 *
* *
* 自己犠牲の屋上 *
* *
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伊藤月子は遠視、透視、千里眼を使用して、周囲の様子を注意深く観察していた。
目を覚ましたら塔の屋上にいた。端を目視できないほどに広い空間。下は石畳の床、上は澄み切った青い空。まるで箱の中にいるかのようだった。
どうやら、この塔は不思議な力に覆われているようだ。テレポートによる脱出、念動力による床の破壊が一切できなかった。
彼女は異常な事態に対し極めて冷静だった。というのも、超能力さえあればいかなる環境でも適応あるいは制圧できる、という自覚があったからだ。。
全盛期のそれと比べるとかなり弱体化してしまっていたが、塔から脱出するぐらいなら十分だろうと判断した。
ひと通り見渡したことで、この場が安全であることが確認できた。
伊藤月子は胸を撫で下ろす。ただちに命を脅かす危険はない。自分の超能力の程度も把握できている。とりあえずは安心である。
ここでようやく、ずっと気になっていたソレに目を向けた。
眠る少女。
背は伊藤月子より少し高いぐらいだろう。甘いチョコレートのような茶色の髪と、少し幼い顔つきは非常に似合っていて愛らしい。
薄い緑色のパーティードレスは多少乱れていて肌の露出があるものの、彼女の雰囲気がそうさせるのか、イヤラシすぎず、けれどどこか扇情的であった。
しかし伊藤月子が何より釘づけになったところが、胸と脚。仰向けになっているのに存在感のある豊かな膨らみ。それとは対象的に、脚はまるで走って鍛えたようにしなやかな細さだった。
「…………」
あと、腰も細い。伊藤月子がひそかに理想としている体型がそこにあった。
ギリギリギリ。知らないうちに奥歯が鳴っている。手もぎゅっと握り締めていて痛かった。
普段の伊藤月子なら、嫉妬を感じながらもさっさと置いて脱出を目指していたことだろう。けれど、ルール2がそうさせなかった。
キャラクターが1人でもフロアの出口に到達すればクリアとする。つまり、この眠る女は保険である。万が一自分が行動不能になったとしても、奇跡的にこの女がクリアすれば、つられてクリア扱いとなるのだ。
単純に考えればクリアできる可能性が2倍になる。となれば手元に引き込んでおいて損はないだろう。
「あの、起きて。起きてくださいっ」
念動力で服の乱れを整えたあと、彼女は眠る少女の身体を揺すった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「漢字の“月”で月子……わぁ、いい名前ですねっ」
立川はるかが目を覚ましたところで、二人は自己紹介と現状の確認を行った。
まず、お互い面識がない。そして、ここに至るまでの記憶もない。記憶喪失というわけではなく、なぜこの塔にいるか、ということを覚えていなかった。
唯一持っている記憶が3つのルール。塔の特異性とこれからの目的がわかり、同時に命の危険が感じられた。
「大丈夫だよ、はるかちゃん。力を合わせれば、きっと脱出できる」
「は、はい……」
伊藤月子の言葉にも、立川はるかは不安を拭うことができなかった。
立川はるかは、別段何か能力を持っているわけでもなく、とても無力で単なる凡人ということを自覚していた。
そして運命を共にするだろう年上の女性も、聞けば“一般人”で“特殊な能力を持っていない”、しかも“身体能力は自分よりも劣っている”ようなのだ。
なぜそんなに自信があるのか、立川はるかにはわからなかった。
「行こう。ここでじっとしてても、何も始まらない」
「…………」
立川はるかは動けなかった。恐怖と不安で身体が言うことを聞かず、震える足を踏み出すことができなかった。
「……はい、どうぞ」
伊藤月子から手を差し出された。恐る恐る、その手を握る。そこから伝わるぬくもりが、かろうじて震えていた身体を落ち着かせてくれた。
何もない屋上。そこを二人は歩く。
「あっ」
しばらくすると、伊藤月子は足を止めた。
「……どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない」
にこりと笑って伊藤月子は答える。
だが、なんでもないと言ったにもかかわらず、伊藤月子は何かを避けるように大きく迂回して、進んだ。
そんな普通ではない歩き方が何度もあった。
(変な歩き方やなぁ……そこを歩きたくない理由でもあるんかなぁ……)
気にはなったが、まだ親しくもない間柄。変に思われたくもなかったので、立川はるかは黙ってついて歩く。
ただ歩くだけ。どれだけ歩いたことだろうか、二人は何事もなく、下のフロアに続くと思われる扉を発見できた。
ところどころ腐っている木の扉。軽く押しただけで壊れそうなものなのだが――
「うぐぐぐ……ダメだ、開かへん……」
「鍵がかかってる。しかも、すごく特殊な……どうやって開けるんだろう……」
「……なんで鍵がかかってるってわかったんですか?」
「な、なんとなくだよっ」
妙にあたふたする伊藤月子が気になったが、それよりも扉を開けることが先決。
立川はるかは押し開けることを諦め、何度も何度も体当たりをしていた。伊藤月子はと言えば、周囲を歩いて鍵の手がかりを探している。
「ああっ」
いい加減身体が痛くなってきて、汗をかき始めたころ。背後から伊藤月子の驚いた様子の声がした。
立川はるかが慌てて振り向くと、そこには小さな宝箱を持つ伊藤月子の姿。
「そこに置いてあったんだけど、ここに鍵の手がかりがあるかもしれない!」
「あ、あの、いきなり開けちゃ――」
もしかしたらトラップかもしれない。立川はるかは止めようとしたが、伊藤月子はあっさりと開く。
「わっ」
「…………!」
目の前の惨劇から背けるように、立川はるかは目を堅く閉じる。
「手紙と……なにこれ? 短剣?」
何も起こらなかった。
幸い、トラップはなかったようだった。が、その注意力のなさに立川はるかは苛立ちを覚えてしまう。
開けるまで中身を見ることなんて不可能。だからこそ気をつけなければいけないのに。そんな立川はるかの心中をよそに、伊藤月子は手紙を読み――
「え……?」
固まる伊藤月子。立川はるかも横から覗いて読むと――
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~ ~
~ この扉を開くには1人の命が必要です ~
~ ~
~ その短剣は『即死の短剣』。苦しむことなく静かに死ねる道具 ~
~ ~
~ なお、効果は一度きり。その後は所有してくれても構わない ~
~ ~
~ さあ、相手のために命を捧げなさい ~
~ ~
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ルール2(ルール1も同様だが)の効果で、たとえ死んでも生き返ることはできる。だが、そうと知っていてもなかなか割り切れない。
手紙は『相手のために命を捧げろ』と書いている。
それはつまり、自ら死ねということ。
立川はるかは、自分の保身のことしか考えていなかった。
そもそもルールとやらが本当に適用されるかどうかも怪しい。死んだらそれっきりかもしれないじゃないか。
伊藤月子の手元にあるナイフをいかに奪うか。立川はるかはそれしか考えていなかった。
「はるかちゃん」
伊藤月子は、立川はるかと向かい合う。
手には即死の短剣。
力づくで奪ってしまおうか。蹴飛ばして倒れたところを奪い取り、そのまま刺してしまえば――いよいよ追い詰められていた立川はるかに、
「はい、これ」
伊藤月子は即死の短剣を、柄を向けて差し出していた。
「え、え?」
「私のほうがお姉さんなんだもの。それに、生き返れることはできるから……ほら、刺して」
立川はるかはつくづく伊藤月子に呆れてしまった。ルールを信じきっている、どこにも保証はないのに。
そして、自分自身を恥じた。自分が生きながらえることを考えている間、相手は自分が犠牲になることを選択していたのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
立川はるかは顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。相手の自己犠牲心に感極まっていた。
そして何よりも、即死の短剣を自分に刺すという選択肢を思い浮かべながらも、それを無理やり掻き消そうとするエゴイスティックな自分があまりに情けなかった
「いいよ。またあとで、会おうね」
伊藤月子は両手を広げ、招く。
立川はるかは即死の短剣を握り締める。
そして腕を伸ばす。
刃は、伊藤月子の胸に刺さった。
【伊藤月子は即死の短剣の効果により、死亡しました】
力なく倒れる伊藤月子。目の前で生命が1つ、消えた。
「ああ、あ、うわああああ、あああああああアアアアア!」
即死の短剣を投げ捨て、伊藤月子の身体を揺する。
しかし、動かない。身体は温かいのに、息がなく、鼓動さえも止まっていた。
すでに扉は開いていた。けれど、立川はるかは伊藤月子を抱き締めたまま、動きそうになかった。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかは伊藤月子を殺しました ▲
▲ ▲
▲ 立川はるかのレベルが上がりました ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル1→2】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技(レベル1)を習得 ▲
▲ 魔法使いの魔法(レベル1)を習得 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
****************************************
* *
* やさしい塔 *
* *
* 天国の扉、地獄の扉 *
* *
****************************************
ルール2の通り、屋上の扉が開いたと同時に伊藤月子は復活した。
短剣による刺し傷は回復していた。だが、痛みや記憶は鮮明に残っている。いわゆる心的外傷が伊藤月子を苦しめたが、それを表に出すわけにはいかなかった。
ごめんなさいと謝り続け、自分が悪いと責め続ける立川はるか。そんな相手を前に表情を苦痛に歪めてしまっては、さらに追い詰めてしまうことになるからだ。
「大丈夫だよ。もう泣かないで」
伊藤月子は『できる限り』優しく語りかける。
「私は、平気だから」
……と、言うものの。
『アドバンテージを得るために後ろめたさを与える目的』のために自ら刺され、狙い通りに事が運んだものの、やっぱり痛いものは痛い、苦しいものは苦しい、ムカツクものはムカツク。
しかし利用価値はあるはずだ。だからこそ、信頼を得なければならない。
伊藤月子にとって立川はるかとは、多少役に立つ(かもしれない)道具でしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二人は屋上のときと同じように手を繋いで進んでいた。
見た目だけで言えば変わりはない。だが、進み方は少し違っていた。
屋上を歩いていたとき、伊藤月子は“何かを避けるように大きく迂回して”進むことが多かった。
けれどここでは違う。迷いなくまっすぐ、まっすぐに進んでいる。
二人の間に会話はない。多少の親近感は生まれつつも、まだそこまでの親密さではないからだ。
(やっぱり、何かあったんだ……さっきの屋上は)
口を動かさないぶん、思考をグルグルと目まぐるしく回転させ、推測する。
もしかしたら、あの屋上の床には何かトラップがあったのかもしれない。例えばトラバサミ、落とし穴、地雷。そんな目視できないものを“得たいの知れない能力”で感知し、避けていたのだとしたら?
ならどうして“得たいの知れない能力”を教えてくれないのか。お互いに戦力を理解しておいてマイナスになることがあるのだろうか。
(ああ、あるわ……)
立川はるかは思いついてしまう。
(少なくとも1つ、マイナス要素が)
――仲間、ではなく、単に利用しているだけ。
つまり、自分はまったく信頼されていない、ということ。
(そんなこと、考えなくはないんやけど……)
それは仮定で、どこにも確証はない。しかしどうしても邪推してしまう。
「……月子さん」
意を決して尋ねることにした。もしこちらの考えが間違っていたら誠心誠意込めて謝ろう。
そしてもしも合っていたら――
「ん、なぁに……わ、わわわっ」
先を歩いていた伊藤月子は振り返ろうとして、脚がもつれてバランスを崩しだした。
このままではいっしょに倒れてしまう……なんて考えたわけではなかったが、きっと無意識の防衛本能なのだろう。立川はるかは繋いでいた手を引き離した。
「わ、わ……うぇっ」
ワタワタと手を振ってバランスを保とうとするものの効果はなく、盛大に床に突っ伏した。
あまりに見事なコケっぷりに、立川はるかは見とれて言葉を失っていた。
「……ハッ、だ、大丈夫ですか?」
「いたた……擦り剥いちゃった」
ごつごつした石の床だったからだろう、膝と手のひらからはじんわりと血が滲んでいた。
大きな怪我ではない。が、あまりに痛々しい。
「あの、見せてください」
「大丈夫だよ、こんなのツバつけといたら」
「ダメですっ」
立川はるかは傷に手をかざし、先ほど(屋上で伊藤月子を刺し殺したとき)覚えた魔法を唱えた。
淡い光に包まれた傷は、ゆっくりと治癒されていく。そして光が消えるころには、完治はしないまでもほぼ塞がっていた。
「良かった、治ったぁ……」
「あ、ありがとう……すごいね、それ」
「えと、さっき覚えた魔法でして……」
「すごい、すごいよーはるかちゃん!」
ニコニコ笑う伊藤月子に、立川はるかが抱いていた疑念は霧散した。
もし得たいの知れない能力があるのなら、こんなマヌケなことはしないはず。屋上での歩き方は、きっと何か理由があったのだろう。
話してくれるまで待とう。立川はるかはそう決めた。
立川はるかにとって伊藤月子とは、この塔の中で唯一頼れる仲間なのだ。
・
・
・
「扉が……2つ?」
長い通路を歩いた先には、枝分かれをするように2つの扉が並んでいた。
それ以外は何もない。ここが、このフロアの選択肢だった。
「なんだろう……また、さっきみたいな鍵が……」
「違う。何か、ある」
伊藤月子は“2つの扉の先を注意深く観た”のち、その2つの扉の間に石版があることを指し示した。
読みやすい字でしっかりと、かすれもせずに文章が書かれていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~ ~
~ どちらかは天国の扉 ~
~ ~
~ モンスターはいない、トラップもない。階段へまっすぐ通じている ~
~ ~
~ 途中、休憩室もあるので心ゆくまで休んでくれてもいい ~
~ ~
~ けれどさっさと階段に向かうことが仲間のためである ~
~ ~
~ どちらかは地獄の扉 ~
~ ~
~ そこは異次元。迷い込んだら抜け出せない ~
~ ~
~ ぎりぎり死なない程度の拷問やモンスターたちの攻撃が待ち受ける ~
~ ~
~ 祈りなさい。早く仲間が階段に到着してくれることを ~
~ ~
~ ~
~ ~
~ さあ、それぞれどちらか片方を選びなさい ~
~ ~
~ そして地獄を選んだ者は幸運に思いなさい ~
~ ~
~ ~
~ ~
~ 『自分が地獄に落ちて良かった。仲間は天国を選べたのだから』――と。 ~
~ ~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
立川はるかは動けなかった。
この場合、自分から動いていいものかどうかがわからなかったからだ。もし自分が先に選んで地獄の扉を開いてしまったら――ぜったいに、幸運だなんて思えない。
けれど逆に、残った扉が地獄の扉だったとしても――ぜったいに、幸運だなんて思えない。
結局、どうであれ、地獄の扉を選んだら最期。ぜったいに相手を妬んでしまう。
「ジャンケン、しよっか。グーチョキパー」
そんなとき、伊藤月子が言った。
勝ったほうが先に扉を選ぶ。恨みっこなし、“公平に決めよう”、“運にすべてを任せよう”。それが伊藤月子の提案だった。
自分では決めれない。なので、立川はるかはそれに乗った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
伊藤月子は扉を開け、ひっそりと続く通路を歩き始めた。
超能力を使っていない。それなのに、ずんずんと進む。
何もないのは確認済なのだ。そう、2つの扉を選ぶ前から。
しばらくするとまた扉があった。開くとそこは、少し広めの部屋だった。
小さなテーブルには湯気が立つティーポット、おいしそうなクッキーが並べられた皿。ベッドがある。それに浴室だってあるじゃないか。
これが休憩室なのだろう。なんて過ごしやすそうで、素敵な部屋なのだろう。伊藤月子はイスに座り、ティーカップに紅茶を注ぎながらクッキーを齧った。
甘い。バニラの甘い味が口の中に広がる。そして紅茶はシナモンの香り。贅沢を言えばアップルティーが良かったのだが、取るに足らないことである。コクリと、喉を通した。
「ふぅ……」
甘い。
「……ふふふ、ウフフフ、あははははっ」
――なんて甘いんだろう。あの子は。
伊藤月子は、込み上がる笑いを抑えることができなかった。
彼女は自身の超能力のことを立川はるかには言っていない。
超能力は頼れる武器であり、防具であり、そして切り札でもあるのだ。そうやすやすと、親しくもない相手に打ち明けるわけにはいかない。
それに知られてしまうと対策を練られる可能性もある(彼女はいざというとき、立川はるかを裏切る気でいるようだ)。
彼女は警戒を怠らない、細心の注意を払って、常に優位に立っていたいのだ。
だからこそ、さも自分が無力な人間かのように振舞う必要がある。先ほどの選択だって扉の向こうを透視し、テレパシーを使ってジャンケンに勝利した。
超能力者と一般人の間に公平なんて言葉は存在しないのだ。
屋上ではびっしりと張り巡らされた床のトラップを感知し、避けて歩いた。
カモフラージュにわざわざ刺されてやったのに、それでも怪しまれた。
思っていた以上に頭が廻るのかもしれない。
なのでバカみたいにコケて疑惑を晴らした。
あのとき手を振り払われたことは生涯忘れることのできない恨みになりそうだ。
* *
* やさしい塔 *
* *
* 天国の扉、地獄の扉 *
* *
****************************************
ルール2の通り、屋上の扉が開いたと同時に伊藤月子は復活した。
短剣による刺し傷は回復していた。だが、痛みや記憶は鮮明に残っている。いわゆる心的外傷が伊藤月子を苦しめたが、それを表に出すわけにはいかなかった。
ごめんなさいと謝り続け、自分が悪いと責め続ける立川はるか。そんな相手を前に表情を苦痛に歪めてしまっては、さらに追い詰めてしまうことになるからだ。
「大丈夫だよ。もう泣かないで」
伊藤月子は『できる限り』優しく語りかける。
「私は、平気だから」
……と、言うものの。
『アドバンテージを得るために後ろめたさを与える目的』のために自ら刺され、狙い通りに事が運んだものの、やっぱり痛いものは痛い、苦しいものは苦しい、ムカツクものはムカツク。
しかし利用価値はあるはずだ。だからこそ、信頼を得なければならない。
伊藤月子にとって立川はるかとは、多少役に立つ(かもしれない)道具でしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二人は屋上のときと同じように手を繋いで進んでいた。
見た目だけで言えば変わりはない。だが、進み方は少し違っていた。
屋上を歩いていたとき、伊藤月子は“何かを避けるように大きく迂回して”進むことが多かった。
けれどここでは違う。迷いなくまっすぐ、まっすぐに進んでいる。
二人の間に会話はない。多少の親近感は生まれつつも、まだそこまでの親密さではないからだ。
(やっぱり、何かあったんだ……さっきの屋上は)
口を動かさないぶん、思考をグルグルと目まぐるしく回転させ、推測する。
もしかしたら、あの屋上の床には何かトラップがあったのかもしれない。例えばトラバサミ、落とし穴、地雷。そんな目視できないものを“得たいの知れない能力”で感知し、避けていたのだとしたら?
ならどうして“得たいの知れない能力”を教えてくれないのか。お互いに戦力を理解しておいてマイナスになることがあるのだろうか。
(ああ、あるわ……)
立川はるかは思いついてしまう。
(少なくとも1つ、マイナス要素が)
――仲間、ではなく、単に利用しているだけ。
つまり、自分はまったく信頼されていない、ということ。
(そんなこと、考えなくはないんやけど……)
それは仮定で、どこにも確証はない。しかしどうしても邪推してしまう。
「……月子さん」
意を決して尋ねることにした。もしこちらの考えが間違っていたら誠心誠意込めて謝ろう。
そしてもしも合っていたら――
「ん、なぁに……わ、わわわっ」
先を歩いていた伊藤月子は振り返ろうとして、脚がもつれてバランスを崩しだした。
このままではいっしょに倒れてしまう……なんて考えたわけではなかったが、きっと無意識の防衛本能なのだろう。立川はるかは繋いでいた手を引き離した。
「わ、わ……うぇっ」
ワタワタと手を振ってバランスを保とうとするものの効果はなく、盛大に床に突っ伏した。
あまりに見事なコケっぷりに、立川はるかは見とれて言葉を失っていた。
「……ハッ、だ、大丈夫ですか?」
「いたた……擦り剥いちゃった」
ごつごつした石の床だったからだろう、膝と手のひらからはじんわりと血が滲んでいた。
大きな怪我ではない。が、あまりに痛々しい。
「あの、見せてください」
「大丈夫だよ、こんなのツバつけといたら」
「ダメですっ」
立川はるかは傷に手をかざし、先ほど(屋上で伊藤月子を刺し殺したとき)覚えた魔法を唱えた。
淡い光に包まれた傷は、ゆっくりと治癒されていく。そして光が消えるころには、完治はしないまでもほぼ塞がっていた。
「良かった、治ったぁ……」
「あ、ありがとう……すごいね、それ」
「えと、さっき覚えた魔法でして……」
「すごい、すごいよーはるかちゃん!」
ニコニコ笑う伊藤月子に、立川はるかが抱いていた疑念は霧散した。
もし得たいの知れない能力があるのなら、こんなマヌケなことはしないはず。屋上での歩き方は、きっと何か理由があったのだろう。
話してくれるまで待とう。立川はるかはそう決めた。
立川はるかにとって伊藤月子とは、この塔の中で唯一頼れる仲間なのだ。
・
・
・
「扉が……2つ?」
長い通路を歩いた先には、枝分かれをするように2つの扉が並んでいた。
それ以外は何もない。ここが、このフロアの選択肢だった。
「なんだろう……また、さっきみたいな鍵が……」
「違う。何か、ある」
伊藤月子は“2つの扉の先を注意深く観た”のち、その2つの扉の間に石版があることを指し示した。
読みやすい字でしっかりと、かすれもせずに文章が書かれていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~ ~
~ どちらかは天国の扉 ~
~ ~
~ モンスターはいない、トラップもない。階段へまっすぐ通じている ~
~ ~
~ 途中、休憩室もあるので心ゆくまで休んでくれてもいい ~
~ ~
~ けれどさっさと階段に向かうことが仲間のためである ~
~ ~
~ どちらかは地獄の扉 ~
~ ~
~ そこは異次元。迷い込んだら抜け出せない ~
~ ~
~ ぎりぎり死なない程度の拷問やモンスターたちの攻撃が待ち受ける ~
~ ~
~ 祈りなさい。早く仲間が階段に到着してくれることを ~
~ ~
~ ~
~ ~
~ さあ、それぞれどちらか片方を選びなさい ~
~ ~
~ そして地獄を選んだ者は幸運に思いなさい ~
~ ~
~ ~
~ ~
~ 『自分が地獄に落ちて良かった。仲間は天国を選べたのだから』――と。 ~
~ ~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
立川はるかは動けなかった。
この場合、自分から動いていいものかどうかがわからなかったからだ。もし自分が先に選んで地獄の扉を開いてしまったら――ぜったいに、幸運だなんて思えない。
けれど逆に、残った扉が地獄の扉だったとしても――ぜったいに、幸運だなんて思えない。
結局、どうであれ、地獄の扉を選んだら最期。ぜったいに相手を妬んでしまう。
「ジャンケン、しよっか。グーチョキパー」
そんなとき、伊藤月子が言った。
勝ったほうが先に扉を選ぶ。恨みっこなし、“公平に決めよう”、“運にすべてを任せよう”。それが伊藤月子の提案だった。
自分では決めれない。なので、立川はるかはそれに乗った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
伊藤月子は扉を開け、ひっそりと続く通路を歩き始めた。
超能力を使っていない。それなのに、ずんずんと進む。
何もないのは確認済なのだ。そう、2つの扉を選ぶ前から。
しばらくするとまた扉があった。開くとそこは、少し広めの部屋だった。
小さなテーブルには湯気が立つティーポット、おいしそうなクッキーが並べられた皿。ベッドがある。それに浴室だってあるじゃないか。
これが休憩室なのだろう。なんて過ごしやすそうで、素敵な部屋なのだろう。伊藤月子はイスに座り、ティーカップに紅茶を注ぎながらクッキーを齧った。
甘い。バニラの甘い味が口の中に広がる。そして紅茶はシナモンの香り。贅沢を言えばアップルティーが良かったのだが、取るに足らないことである。コクリと、喉を通した。
「ふぅ……」
甘い。
「……ふふふ、ウフフフ、あははははっ」
――なんて甘いんだろう。あの子は。
伊藤月子は、込み上がる笑いを抑えることができなかった。
彼女は自身の超能力のことを立川はるかには言っていない。
超能力は頼れる武器であり、防具であり、そして切り札でもあるのだ。そうやすやすと、親しくもない相手に打ち明けるわけにはいかない。
それに知られてしまうと対策を練られる可能性もある(彼女はいざというとき、立川はるかを裏切る気でいるようだ)。
彼女は警戒を怠らない、細心の注意を払って、常に優位に立っていたいのだ。
だからこそ、さも自分が無力な人間かのように振舞う必要がある。先ほどの選択だって扉の向こうを透視し、テレパシーを使ってジャンケンに勝利した。
超能力者と一般人の間に公平なんて言葉は存在しないのだ。
屋上ではびっしりと張り巡らされた床のトラップを感知し、避けて歩いた。
カモフラージュにわざわざ刺されてやったのに、それでも怪しまれた。
思っていた以上に頭が廻るのかもしれない。
なのでバカみたいにコケて疑惑を晴らした。
あのとき手を振り払われたことは生涯忘れることのできない恨みになりそうだ。
まだ手と足が痛む。魔法で治療してもらったものの、とても中途半端。傷はふさがっているが、じくじくと痛む。
紅茶の香りを楽しみながら、“治癒”で怪我を完治させた。
すべてのクッキーを平らげたところで、程よく落ち着いたのか地獄の扉に入っていった立川はるかのことが気になった。
石版が書いていたところによると地獄らしい。透視で観たときはグネグネ曲がりくねった空間であったが、実際のところはどんな様子なのだろうか。
好奇心からか、ほんの少し覗いてやろうと伊藤月子は千里眼を使用した。
・
・
・
・
・
「く、るな! 来るな、あああああっ!」
立川はるかは短剣を薙ぎ、ゴブリンの頭を切り飛ばした。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかはゴブリンを殺しました ▲
▲ ▲
▲ 立川はるかのレベルが上がりました ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル5→6】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル2→3 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル2 ▲
▲ 学者の知識 レベル1 ▲
▲ 盗賊の身体能力(レベル1)を習得 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
とっくに魔力は尽きていて、火を出そうとしても煙すら出ないほど枯渇していた。
体力の限り戦い続けたが、ここはあまりに不思議な空間。止めどなくモンスターたちが沸き出して、じりじりと立川はるかを追い詰めていった。
「来るなって……言ってるやんか!」
習得したばかりの盗賊の身のこなしで蹴り飛ばすが、ほんの少し時間を稼いだだけ。
立川はるかは薄々と気づいていた。それは学者の知識を保有しているから、というわけでなく、それは誰が見ても明白なこと――
――詰み。
ずるりっ
「ひっ」
足元にいたスライムに滑り、尻もちをついてしまう。
転び方が悪かったのか、足を捻ってしまい立てそうになかった。
「あっ……!」
ゴッ!
顔を上げたとき、そこにいたのは巨大なオーク。
振りかぶられた棍棒は、すさまじい勢いで立川はるかの頭を打ち抜いた。
「あガっ……」
かろうじて意識は残っていたが、もはや動くこともできない。
周囲を取り巻いていたゴブリンたちは、立川はるかににじり寄り――
ゴッ
「ウぐっ」
バキッ!
「――ア゛」
ぐちゃっ
「…………」
四方八方取り囲み、棍棒で、握った拳で、筋肉質な脚で、立川はるかに暴行を続けた。
あまりに残虐な画であったが、それでも立川はるかはギリギリ死ねない程度に苦しみ続けた。
・
・
・
・
・
伊藤月子の千里眼では、巨大なスライムに取り込まれた立川はるかが映っていた。
まるで深海に沈んでいるよう。ただ違うとすればそれは海水ではなくスライムで、体内にまで入り込んだ半液体生物が繁殖用に器官を造り替えていることだろうか。
助けようと思えばここからでも念動力は飛ばせるだろう。が、それも一時しのぎでしかない。彼女は無意味なことで超能力は使いたくなかった。
それに、テレパシーで聞こえてしまった立川はるかの『声』。
助けを求め、絶望に打ちひしがれ、死を覚悟するそんな『声』の中に、たしかに聞こえた。
『どうして私がこんな目に』
伊藤月子にとって、それは予想どおりの反応。
人は、自分を犠牲になんてできないのだ。
鬱々とした気分を洗い流すべく伊藤月子は浴室に向かった。
軽くシャワーをして、少し眠ろう。出口に向かうのはそれからでもぜんぜん遅くない。伊藤月子は何の疑いもなくそう思った。
****************************************
* *
* やさしい塔 *
* *
* モンスターパニック *
* *
****************************************
「やぁ! せえぇい!」
立川はるかは機敏な動きで周囲のモンスターたちを斬り伏せていく。
そこはフロアの大広間。何もない、がらんとしたそこを通り抜けようとしたとき、どこからともなく大量のモンスターが出現した。
十や二十どころではない。まるで軍隊のような数。あまりに絶望的な物量差ではあったが統率が執れていないらしく、バラバラと五月雨で襲いかかってくるモンスターたちを、立川はるかは丁寧に、そして確実に仕留めていく。
さすがのモンスターたちも警戒し始めた。立川はるかから一定の距離を保ち、円を作る。そのままじりじりとにじり寄り始めた。
ある程度近づいたところで一斉に襲いかかるのだろう。立川はるかはそれぐらい予想できていた。
立川はるかは短剣を床に置き、魔法を唱え両手で紋章を紡ぎ――
「アイスニードル!」
身体を覆うように生成された無数の氷の槍は爆竹のように霧散し、取り囲んでいたモンスターたちを一網打尽、一瞬で凍結させ、飛散させた。
これまでに討伐したモンスターは大小合わせて数十匹。しかしモンスターの群れは壁のように並んでいる。
一対一であれば立川はるかの強さは圧倒的、レベルアップを重ね続けているので、もはや盤石のものである。数の暴力に押されつつも決して引けを取らないだろう。
だが、大きな懸念があった。それは――
「えいっ、えいえい、えいっ」
少し前のフロアの休憩室で手に入れたモップを振り回し、懸命にモンスターに攻撃を与える伊藤月子。決定的ではないものの、多少のダメージは与えていた。
そんな果敢に挑む伊藤月子こそが、立川はるかにとって大きな足手まといだった。
自分と比べて戦力が劣るため、要所要所で援護を行わないといけない。それが何より問題だったのだ。
心の拠り所としている伊藤月子は、戦闘では間違いなく邪魔者だった。
いっそ死んでくれれば――なんてことも考えてしまうが、その度にそんな邪念を振り払う。
「っ! レーザー!」
伊藤月子の背後から斬りかかろうとしていたモンスターを、すかさず人差し指から光線を放ち焼き焦がす。
実に危機一髪のところだったが、伊藤月子はそんな助けにも気づかず、再びモップを持ってモンスターに立ち向かう。
ため息を吐く暇もない。立川はるかの意識がモンスターから邪魔者に移っていた、そのとき。
「……うぐっ」
頭に鈍い衝撃。そして足元に転がる握りこぶし大の石ころ。
どこからかの投石が当たったのだ。一瞬意識が飛び、視界が真っ白になってしまったが、気力を振り絞ってレーザーを撒き散らす。
ジンジンと痛む。それに、ドロリと熱い液体が流れ出している。どうやら切れてしまったらしく、目眩を起こしそうなほどに出血していた。
伊藤月子に見切りをつける、つまり見殺しにすれば負担が減る。こうして怪我をすることもない、それぐらい立川はるかは理解できている。どうせフロアの出口の復活するのだ、何のペナルティも存在しない(万が一自分が死んでも入口からやり直すだけである)。
でも、それでも立川はるかは、伊藤月子を死なせたくなかった。
「危ない、月子さん!」
攻撃をかばった立川はるかの背中は、深々と切り裂かれた。
・
・
・
その後、鬼神の如く剣技を、魔法を、体術を駆使してモンスターを残らず駆逐した立川はるかは、ふらふらと床に座り込んだ。
短剣は血糊で切れ味が劣化し、魔法を使用しすぎてノドがカラカラ、脚や腕は疲労でぱんぱんに膨れ上がっていた。そして、それら以上に悲惨であるのがモンスターの返り血。もはやドレスは元の色がわからないほど、血で汚れきっていた。
「はるかちゃん、大丈夫っ?」
途中で壊れてしまったのだろう、ブラシの部分が折れたモップを手に、伊藤月子は立川はるかに駆け寄った。
伊藤月子の元気そうな様子に、立川はるかは安堵した。
「良かった……無事、だったんですね……」
「ごめんね……私、邪魔だよね……」
「そんなこと……!」
と言いかけて、立川はるかは続きを言うことができなかった。
伊藤月子が言うように、邪魔でしかなかったからだ。
気まずい沈黙が流れる。
ズンッ――
そのとき、大きな揺れが起きた。まるで塔全体が揺れたかのような、大きな揺れ。
そんな揺れが近づいてきていた。
警戒する二人。そんな二人の目の前に、それは現れた。
「そんな、こんなのって……」
「…………」
立川はるかは絶望を、そして伊藤月子はどこか冷めた目でそれを見ていた。
言うなれば、大きなミミズだった。しかしあまりに規格外、その直径は二人が手を繋いで作った円よりも数倍、大きかった。
立川はるかは、この巨大ミミズが今までのモンスターの比ではないことを感じ取っていた。
ただでさえ満身創痍。ありったけの知恵を働かせても勝機は見えない。
そうなると、立川はるかの選択はたった1つ。
「逃げて……」
「え?」
「逃げて、早く!」
立川はるかは、伊藤月子と巨大ミミズの間に立ち塞がるように飛び出した。すでに脚はガクガクと震えている。恐怖以上に疲労が大きすぎた。
もはや逃げることさえ困難な体力で、立川はるかは伊藤月子を逃がすことを選択したのだ。
「はるかちゃん……ありがとう!」
伊藤月子が駆け出すと同時に、立川はるかは巨大ミミズに斬りかかる、
切れ味の落ちた短剣は、ミミズのブヨブヨとした皮膚を撫でるだけ。わずかに表面に傷がつく程度だった。
「このっ……ウィング!」
半ばやけになり、収束された風で切りつけるもののまるで効果がない。
決して魔力が尽きていたわけではない。ただ単に、立川はるかの全力が巨大ミミズに及ばなかったのだ。
ヒュンッ!
ドンッ!
「グッ……あぐっ!」
体格のわりに早い動きで巨大ミミズがうねり、立川はるかに体当たりを与える。重量に比例しその衝撃は凄まじく、立川はるかはノーバウンドで壁に叩きつけられた。
レベルアップしていたことで即死は免れたものの、全身を走る痛み。骨が軋み、肉が裂けるかのようだった。
身体を強く打ち、呼吸ができなかった。動けない。そんな立川はるかを巨大ミミズが見逃すはずがない。
グバァ
巨大ミミズは大きく口を開ける。
「あっ――」
言葉の途中で、立川はるかの上半身は呑み込まれた。
巨大ミミズは立川はるかを咥え込んだまま、やすやすと宙に持ち上げる。立川はるかは自由な下半身、脚を勢い良くばたつかせ、逃げようとするが、巨大ミミズはおもちゃで遊ぶかのように、咥えたままブンブンと振り回し、そして――
ぶちんっ!
巨大ミミズは立川はるかを噛み千切った。ぼとりと下半身が落ち、どぷどぷと血だまりを作っていく。そしてゴリゴリぼりぼりという咀嚼音。
上半身は巨大ミミズに噛み砕かれ、呑み込まれていった。
「あーあ……大変なことになっちゃったー」
悲惨の捕食現場。そこに、さも拍子抜け、と言ったような声が響く。
逃げたはずの伊藤月子が戻って来ていた。ちらりと立川はるかの下半身を見て、呆れたように首を振る。
巨大ミミズは伊藤月子、つまり新たな獲物を認識していた。だが、距離を詰めようとしない、それどころか後退りさえしていた。
知性があるとは言えない生物であったが、本能的に、目の前の獲物が遥かに上を行くバケモノだと気づいていたのだ。
「うんうん、身の程わきまえているようだね、エライエライ」
伊藤月子は嬉しそうに、巨大ミミズに向かってピースサインを突き出す。
それをハサミのように閉じると――
――プツン
巨大ミミズはまるで絹糸のように切れ、ぐしゃりと見えない力に押し潰された。
満足な状態ではなかったとはいえ、立川はるかが手も足もでなかったモンスターに対し、伊藤月子の超能力は遊び半分で撃退した。
「ん~、なるほどなるほどぉ」
伊藤月子が戻ってきたのは、立川はるかを助けるため――なんてことではなかった。
強いて言えば、現状分析。他よりも少々強いモンスターに対し、立川はるかはどのような戦術を見せるのかが気になったのだ。
結果は、あっさり捕食。
それを見た伊藤月子は安心した。
まだ、まったくの脅威ではない、と。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ ◆現在のステータス ▲
▲ ▲
▲ ◇立川はるか ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル14】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル8 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル7 ▲
▲ 学者の知識 レベル3 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル4 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル1 ▲
▲ ▲
▲ ▲
▲ ◇伊藤月子 ▲
▲ ▲
▲ 【超能力者 レベル1(固定)】 ▲
▲ ▲
▲ 超能力 レベル1 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
* *
* やさしい塔 *
* *
* モンスターパニック *
* *
****************************************
「やぁ! せえぇい!」
立川はるかは機敏な動きで周囲のモンスターたちを斬り伏せていく。
そこはフロアの大広間。何もない、がらんとしたそこを通り抜けようとしたとき、どこからともなく大量のモンスターが出現した。
十や二十どころではない。まるで軍隊のような数。あまりに絶望的な物量差ではあったが統率が執れていないらしく、バラバラと五月雨で襲いかかってくるモンスターたちを、立川はるかは丁寧に、そして確実に仕留めていく。
さすがのモンスターたちも警戒し始めた。立川はるかから一定の距離を保ち、円を作る。そのままじりじりとにじり寄り始めた。
ある程度近づいたところで一斉に襲いかかるのだろう。立川はるかはそれぐらい予想できていた。
立川はるかは短剣を床に置き、魔法を唱え両手で紋章を紡ぎ――
「アイスニードル!」
身体を覆うように生成された無数の氷の槍は爆竹のように霧散し、取り囲んでいたモンスターたちを一網打尽、一瞬で凍結させ、飛散させた。
これまでに討伐したモンスターは大小合わせて数十匹。しかしモンスターの群れは壁のように並んでいる。
一対一であれば立川はるかの強さは圧倒的、レベルアップを重ね続けているので、もはや盤石のものである。数の暴力に押されつつも決して引けを取らないだろう。
だが、大きな懸念があった。それは――
「えいっ、えいえい、えいっ」
少し前のフロアの休憩室で手に入れたモップを振り回し、懸命にモンスターに攻撃を与える伊藤月子。決定的ではないものの、多少のダメージは与えていた。
そんな果敢に挑む伊藤月子こそが、立川はるかにとって大きな足手まといだった。
自分と比べて戦力が劣るため、要所要所で援護を行わないといけない。それが何より問題だったのだ。
心の拠り所としている伊藤月子は、戦闘では間違いなく邪魔者だった。
いっそ死んでくれれば――なんてことも考えてしまうが、その度にそんな邪念を振り払う。
「っ! レーザー!」
伊藤月子の背後から斬りかかろうとしていたモンスターを、すかさず人差し指から光線を放ち焼き焦がす。
実に危機一髪のところだったが、伊藤月子はそんな助けにも気づかず、再びモップを持ってモンスターに立ち向かう。
ため息を吐く暇もない。立川はるかの意識がモンスターから邪魔者に移っていた、そのとき。
「……うぐっ」
頭に鈍い衝撃。そして足元に転がる握りこぶし大の石ころ。
どこからかの投石が当たったのだ。一瞬意識が飛び、視界が真っ白になってしまったが、気力を振り絞ってレーザーを撒き散らす。
ジンジンと痛む。それに、ドロリと熱い液体が流れ出している。どうやら切れてしまったらしく、目眩を起こしそうなほどに出血していた。
伊藤月子に見切りをつける、つまり見殺しにすれば負担が減る。こうして怪我をすることもない、それぐらい立川はるかは理解できている。どうせフロアの出口の復活するのだ、何のペナルティも存在しない(万が一自分が死んでも入口からやり直すだけである)。
でも、それでも立川はるかは、伊藤月子を死なせたくなかった。
「危ない、月子さん!」
攻撃をかばった立川はるかの背中は、深々と切り裂かれた。
・
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・
その後、鬼神の如く剣技を、魔法を、体術を駆使してモンスターを残らず駆逐した立川はるかは、ふらふらと床に座り込んだ。
短剣は血糊で切れ味が劣化し、魔法を使用しすぎてノドがカラカラ、脚や腕は疲労でぱんぱんに膨れ上がっていた。そして、それら以上に悲惨であるのがモンスターの返り血。もはやドレスは元の色がわからないほど、血で汚れきっていた。
「はるかちゃん、大丈夫っ?」
途中で壊れてしまったのだろう、ブラシの部分が折れたモップを手に、伊藤月子は立川はるかに駆け寄った。
伊藤月子の元気そうな様子に、立川はるかは安堵した。
「良かった……無事、だったんですね……」
「ごめんね……私、邪魔だよね……」
「そんなこと……!」
と言いかけて、立川はるかは続きを言うことができなかった。
伊藤月子が言うように、邪魔でしかなかったからだ。
気まずい沈黙が流れる。
ズンッ――
そのとき、大きな揺れが起きた。まるで塔全体が揺れたかのような、大きな揺れ。
そんな揺れが近づいてきていた。
警戒する二人。そんな二人の目の前に、それは現れた。
「そんな、こんなのって……」
「…………」
立川はるかは絶望を、そして伊藤月子はどこか冷めた目でそれを見ていた。
言うなれば、大きなミミズだった。しかしあまりに規格外、その直径は二人が手を繋いで作った円よりも数倍、大きかった。
立川はるかは、この巨大ミミズが今までのモンスターの比ではないことを感じ取っていた。
ただでさえ満身創痍。ありったけの知恵を働かせても勝機は見えない。
そうなると、立川はるかの選択はたった1つ。
「逃げて……」
「え?」
「逃げて、早く!」
立川はるかは、伊藤月子と巨大ミミズの間に立ち塞がるように飛び出した。すでに脚はガクガクと震えている。恐怖以上に疲労が大きすぎた。
もはや逃げることさえ困難な体力で、立川はるかは伊藤月子を逃がすことを選択したのだ。
「はるかちゃん……ありがとう!」
伊藤月子が駆け出すと同時に、立川はるかは巨大ミミズに斬りかかる、
切れ味の落ちた短剣は、ミミズのブヨブヨとした皮膚を撫でるだけ。わずかに表面に傷がつく程度だった。
「このっ……ウィング!」
半ばやけになり、収束された風で切りつけるもののまるで効果がない。
決して魔力が尽きていたわけではない。ただ単に、立川はるかの全力が巨大ミミズに及ばなかったのだ。
ヒュンッ!
ドンッ!
「グッ……あぐっ!」
体格のわりに早い動きで巨大ミミズがうねり、立川はるかに体当たりを与える。重量に比例しその衝撃は凄まじく、立川はるかはノーバウンドで壁に叩きつけられた。
レベルアップしていたことで即死は免れたものの、全身を走る痛み。骨が軋み、肉が裂けるかのようだった。
身体を強く打ち、呼吸ができなかった。動けない。そんな立川はるかを巨大ミミズが見逃すはずがない。
グバァ
巨大ミミズは大きく口を開ける。
「あっ――」
言葉の途中で、立川はるかの上半身は呑み込まれた。
巨大ミミズは立川はるかを咥え込んだまま、やすやすと宙に持ち上げる。立川はるかは自由な下半身、脚を勢い良くばたつかせ、逃げようとするが、巨大ミミズはおもちゃで遊ぶかのように、咥えたままブンブンと振り回し、そして――
ぶちんっ!
巨大ミミズは立川はるかを噛み千切った。ぼとりと下半身が落ち、どぷどぷと血だまりを作っていく。そしてゴリゴリぼりぼりという咀嚼音。
上半身は巨大ミミズに噛み砕かれ、呑み込まれていった。
「あーあ……大変なことになっちゃったー」
悲惨の捕食現場。そこに、さも拍子抜け、と言ったような声が響く。
逃げたはずの伊藤月子が戻って来ていた。ちらりと立川はるかの下半身を見て、呆れたように首を振る。
巨大ミミズは伊藤月子、つまり新たな獲物を認識していた。だが、距離を詰めようとしない、それどころか後退りさえしていた。
知性があるとは言えない生物であったが、本能的に、目の前の獲物が遥かに上を行くバケモノだと気づいていたのだ。
「うんうん、身の程わきまえているようだね、エライエライ」
伊藤月子は嬉しそうに、巨大ミミズに向かってピースサインを突き出す。
それをハサミのように閉じると――
――プツン
巨大ミミズはまるで絹糸のように切れ、ぐしゃりと見えない力に押し潰された。
満足な状態ではなかったとはいえ、立川はるかが手も足もでなかったモンスターに対し、伊藤月子の超能力は遊び半分で撃退した。
「ん~、なるほどなるほどぉ」
伊藤月子が戻ってきたのは、立川はるかを助けるため――なんてことではなかった。
強いて言えば、現状分析。他よりも少々強いモンスターに対し、立川はるかはどのような戦術を見せるのかが気になったのだ。
結果は、あっさり捕食。
それを見た伊藤月子は安心した。
まだ、まったくの脅威ではない、と。
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▲ ◆現在のステータス ▲
▲ ▲
▲ ◇立川はるか ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル14】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル8 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル7 ▲
▲ 学者の知識 レベル3 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル4 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル1 ▲
▲ ▲
▲ ▲
▲ ◇伊藤月子 ▲
▲ ▲
▲ 【超能力者 レベル1(固定)】 ▲
▲ ▲
▲ 超能力 レベル1 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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* *
* やさしい塔 *
* *
* 性悪超能力者に制裁を *
* *
****************************************
「月子さん……もうちょっと、ゆっくり歩いて」
背後から聞こえたその言葉に、伊藤月子は足を止め、振り返った。
そこにはいつも通りに立川はるかの姿。けれどまるで病人のように顔色が悪く、足取りもふらふらとしておぼつかない。
無理もない、と伊藤月子は思う。怪我はもちろんのこと疲労さえ回復してしまう復活も、記憶だけはしっかりと残ってしまう。モンスターから半殺しの目に遭ったり噛み千切られる記憶は、確実に心を蝕んでいくのだ。
むしろ、よく耐えているほうである。伊藤月子は少なからず感心してしまう。
「ごめんね、じゃあ、横に並んで歩こっか?」
立川はるかの隣に立ち、そして手を繋いで歩き出す。どうしても立川はるかは少し遅れてしまうが、伊藤月子がその歩調に合わせる形となる。
(……うーん、これはちょっと良くないな)
伊藤月子はテレパシーで立川はるかの精神状態を探っていた。すると思っていた以上に芳しくなかった。
常人よりは強い精神ではあるが、それでも弱っている。次にちょっとした衝撃を受ければたちまち壊れてしまうだろう。
いっそマインドコントロールで操ってしまおうか? と考えるも、それは自分への負担が大きい。人一人を『廃人にせずに』操作するには、全神経を集中させなければならない。
すると自分はまったく動けなくなってしまう。それでは元も子もない。
(楽はしたい。でもこれ以上働かせるともっと面倒なことになる。
身体の怪我じゃないから、いくら死んでも元に戻るってこともないだろうし……
しょうがないなぁ、ちょっとがんばろうかな)
すぅっと、伊藤月子は浅い眠りから夢へ落ちるように、目の前にあった意識を周辺に撒き、さらにもっと遠く遠く、フロア全体まで行き届かせるように伸ばしていく。
目の前の風景、立川はるかの手の温度が曖昧になっていく反面、フロア内の細部までの構造が頭の中に描かれる。
まず出口やトラップを確認する。これで最短ルートを歩くことができ、いたずらに体力を消耗することはなくなる。
そしてモンスター。これは発見するなり即対処する。オークやゴブリンは念動力で首を切り飛ばし、スライムはパイロキネシスで蒸発させる。息の根一つ残さず、駆逐していくのだ。
最後に立川はるか。精神に干渉し、本人が拒絶している記憶を少しずつ消去していく。あまり消しすぎても弱体化しかねないので、鉋で削るようにゆっくりと、丁寧に、薄く薄く一枚ずつ消していく。
(これぐらいやっとけば、しばらくしたら回復するかな?)
クスクスと、伊藤月子は笑いを噛み殺した。
・
・
・
伊藤月子の(下心ありきの)がんばりの甲斐もあり、立川はるかの状態は少しずつ回復に向かっていた。
(良い感じだけど……これ、けっこう大変だなぁ……
私のがんばった分の、700倍は働いてもらうからね!)
モンスターやトラップに遭遇せず、すでに何階もフロアを降りている。そのことに立川はるかは疑問にも持たない。
そんな都合の良い状態も伊藤月子が作り出しているのだから、負担が大きいはずだった。
遠視、念動力、精神干渉。それらを並行に使用しているため、体力の消耗も早い。伊藤月子は気力を振り絞って超能力を維持していた。
すると、どうしてもそれら以外のことには注意が散漫になってしまう。特にごくごく周囲への警戒。遠くばかりを観ているため、どうしても近くには目が向かない。
伊藤月子は、蟲がすぐそばまで飛来していることに気づかなかった。
それは手のひらほどの大きさ。そんなサイズなのに羽音はほとんど聞こえない。まるでハチのような形状で、禍々しい針を持っていた。
それがぐるぐると、助走をつけるように飛び、そして――
ぶつんっ
「あ゛っ!」
蟲は、伊藤月子の脇腹に突き刺さった。呼吸が止まるほどの激痛に、伊藤月子ははしゃがみこんでしまう。
「つ、月子さ――っ!」
立川はるかは、伊藤月子に突き刺さっている蟲を見て、あまりに禍々しい、グロテスクな外見に言葉を失った。
「いたい、痛いよ……!」
「じっと、していてください!」
と言うものの、立川はるかは悩んだ。
駆除することは簡単である。が、針はまだ刺さったまま。下手に潰すとその衝撃で毒が放出される可能性がある。
そして立川はるかはこの蟲の特徴、保有する毒性を知らない。それが何より、立川はるかの手を止まらせる理由だった。
事態は刻一刻を争う。苦痛に顔を歪める伊藤月子が、立川はるかを焦らせる。
「……フリーズ」
そこで立川はるかが行ったこと、それは、瞬間冷却。
蟲に氷の魔法を浴びせ、一瞬で凍らせた。そうすることで体液の放出は防げるだろうと考えた。もちろん確証はない、一か八かの賭けだった。
それは間違いではなかったらしく、完全に凍りついた蟲はボロボロと崩れ落ちていき、最後には風に舞って消えた。
「月子さん、大丈夫ですか!?」
「うっ、くぅ……! ありが、とう……」
服の上からでもわかるほどに腫れていた。立川はるかは解毒の魔法を唱え、そこに手のひらを当てた。
・
・
・
解毒の魔法は効果があったようで、痛みは引いていた。腫れは治まってはいなかったが、動くぶんには問題なかったため探索を再開することになった。
ずっと塞ぎ込んでいた立川はるかも回復したらしく、伊藤月子は使用していた超能力を止めた。
(ああ疲れた、頭がフラフラする……
それに刺されたところ……痛くはなくなったけど、腫れてて……なんだか、重い)
つい気になってしまい、触れてしまう。妙に膨らんでしまった腹部。服の上からでもわかってしまうので、少し恥ずかしかった。
そのうち治まるだろう、と立川はるかは言っていた。だがやはり気になってしまう。
熱を帯びているわけでもない、ただ膨れているだけ。それなのに、どうしようもなく、気になってしまうのだ。
(なんでかな……触っていると、ちょっと落ち着く)
不思議なことに、その膨らみからは安らぎすら感じられた。
無意識に、伊藤月子の手はお腹を優しく撫でていた。
・
・
・
探索が進み、時間が経つにつれ、膨らみは治まるどころか大きくなり、腹部全体に広がっていた。
伊藤月子は立川はるかにそのことを言わなかった。変に心配されてくなかったし、それになぜか、この膨らみを『守りたい』とさえ思うようになっていた。
そんな伊藤月子に、その時は来た。
――もぞり。
「ん……?」
膨らみが動いたような気がした。中で何かが脈動したような、そんな感じ。
その直後、伊藤月子の体調は一変する。
「……ごめん、ちょっと、座らせて」
ふらふらと、壁に寄りかかるように座り込む伊藤月子。その様子に驚き、立川はるかは声をかける。
立川はるかの声は、伊藤月子に聞こえなかった。
まるで高熱を出したかのように、脂汗でびっしょりを身体が濡れていた。それに吐き気が止まらない。膨らみを中心に、ぎゅるぎゅると体内が騒いでいる。
出ようとしている。『何か』が。
「きもち、わるい……う、ウッ……!」
「……! だ、出してください!」
四つん這いになる伊藤月子。その背中をさする立川はるか。
それが単なる吐き気ではなかったことを、二人は知ることになる。
「おえ、オ゛ぇぇぇっ」
べちゃ、べちゃべちゃ、べちゃ
「ヒッ――」
伊藤月子から吐き出された『それ』に、立川はるかは言葉を失った。
親指大の、黄色と黒のカラフルな芋虫。それが数匹、伊藤月子から吐き出されたのだ。
「なに、これ……ぜんぜん、知らない……」
立川はるかの知識にはなかったが、この芋虫は先ほど伊藤月子が刺された蟲の幼虫だった。
この蟲は極めて特殊な生態だった。体内である程度育てた幼虫を苗床(今回の場合なら伊藤月子)に流し込み、そこで寄生・繁殖が行われるのだ。
もちろん相応の知識と魔法があれば散らすことは可能であったが、立川はるかはそのどちらも持っていない。それに、この段階になってしまってはすでに手遅れだった。
そしてこの蟲の最も悪質な『毒』。それは――
「アハ、アハハハハッ」
伊藤月子は笑う。とても楽しげに、嬉しげに。
「ねえ、はるかちゃん。見て、見て。ほら、こんなにいっぱい、元気な子を生んじゃった!」
思考を致命的に狂わせる催眠成分。言ってしまえば母性本能を植えつけられてしまう。苗床に母性本能を与えることで、幼虫を外敵や治療から防衛させるのだ。
蟲の被害者が自らを守り、親となる。これがこの蟲の最悪な特徴だった。
「月子、さん……?」
「ほらぁ、見て見て。この子はとってもハンサム 。こっちの子はすっごく可愛いよね。アヒッ、ヒヒヒ、う、ぐっ」
べちゃべちゃ。言葉を遮るように、さらに数匹吐き出す。
苦しげな表情は一瞬。生まれ落ちたわが子を見て、すぐに満面の笑みへ変わる。
「あっ、あっ」
「どぉしたのぉ、はるかちゃぁん」
「イカれてる……どうかしてる……」
「何を、言ってるの、かなぁ、あああ、アアア、アアアアアっ!!!!」
伊藤月子は身体に起きた激痛に倒れこんでしまう。
ぐねぐねと身体の中から暴れるそれを、すりすりと撫で続ける伊藤月子。痛みは腹部から下へ、下へと降りていく。
尿意や便意などではない、下半身から溢れ出ようとする感覚。伊藤月子には未知の、初めての感覚が押し寄せ――
――ブシュッ
狭く詰まったところから、勢い良く飛び出したような音。立川はるかはそれが何なのかわからなかった。
だが、すぐわかることになる。伊藤月子が身体を起こしたとき、それがいた。
「嫌……いやあああああああ!」
伊藤月子の両脚の間に、腕の長さほどある幼虫が産み落とされていた。
「あーっ、おおきぃ。なんて元気な子なんだろう、もうこんなにうごいちゃってぇ」
* *
* やさしい塔 *
* *
* 性悪超能力者に制裁を *
* *
****************************************
「月子さん……もうちょっと、ゆっくり歩いて」
背後から聞こえたその言葉に、伊藤月子は足を止め、振り返った。
そこにはいつも通りに立川はるかの姿。けれどまるで病人のように顔色が悪く、足取りもふらふらとしておぼつかない。
無理もない、と伊藤月子は思う。怪我はもちろんのこと疲労さえ回復してしまう復活も、記憶だけはしっかりと残ってしまう。モンスターから半殺しの目に遭ったり噛み千切られる記憶は、確実に心を蝕んでいくのだ。
むしろ、よく耐えているほうである。伊藤月子は少なからず感心してしまう。
「ごめんね、じゃあ、横に並んで歩こっか?」
立川はるかの隣に立ち、そして手を繋いで歩き出す。どうしても立川はるかは少し遅れてしまうが、伊藤月子がその歩調に合わせる形となる。
(……うーん、これはちょっと良くないな)
伊藤月子はテレパシーで立川はるかの精神状態を探っていた。すると思っていた以上に芳しくなかった。
常人よりは強い精神ではあるが、それでも弱っている。次にちょっとした衝撃を受ければたちまち壊れてしまうだろう。
いっそマインドコントロールで操ってしまおうか? と考えるも、それは自分への負担が大きい。人一人を『廃人にせずに』操作するには、全神経を集中させなければならない。
すると自分はまったく動けなくなってしまう。それでは元も子もない。
(楽はしたい。でもこれ以上働かせるともっと面倒なことになる。
身体の怪我じゃないから、いくら死んでも元に戻るってこともないだろうし……
しょうがないなぁ、ちょっとがんばろうかな)
すぅっと、伊藤月子は浅い眠りから夢へ落ちるように、目の前にあった意識を周辺に撒き、さらにもっと遠く遠く、フロア全体まで行き届かせるように伸ばしていく。
目の前の風景、立川はるかの手の温度が曖昧になっていく反面、フロア内の細部までの構造が頭の中に描かれる。
まず出口やトラップを確認する。これで最短ルートを歩くことができ、いたずらに体力を消耗することはなくなる。
そしてモンスター。これは発見するなり即対処する。オークやゴブリンは念動力で首を切り飛ばし、スライムはパイロキネシスで蒸発させる。息の根一つ残さず、駆逐していくのだ。
最後に立川はるか。精神に干渉し、本人が拒絶している記憶を少しずつ消去していく。あまり消しすぎても弱体化しかねないので、鉋で削るようにゆっくりと、丁寧に、薄く薄く一枚ずつ消していく。
(これぐらいやっとけば、しばらくしたら回復するかな?)
クスクスと、伊藤月子は笑いを噛み殺した。
・
・
・
伊藤月子の(下心ありきの)がんばりの甲斐もあり、立川はるかの状態は少しずつ回復に向かっていた。
(良い感じだけど……これ、けっこう大変だなぁ……
私のがんばった分の、700倍は働いてもらうからね!)
モンスターやトラップに遭遇せず、すでに何階もフロアを降りている。そのことに立川はるかは疑問にも持たない。
そんな都合の良い状態も伊藤月子が作り出しているのだから、負担が大きいはずだった。
遠視、念動力、精神干渉。それらを並行に使用しているため、体力の消耗も早い。伊藤月子は気力を振り絞って超能力を維持していた。
すると、どうしてもそれら以外のことには注意が散漫になってしまう。特にごくごく周囲への警戒。遠くばかりを観ているため、どうしても近くには目が向かない。
伊藤月子は、蟲がすぐそばまで飛来していることに気づかなかった。
それは手のひらほどの大きさ。そんなサイズなのに羽音はほとんど聞こえない。まるでハチのような形状で、禍々しい針を持っていた。
それがぐるぐると、助走をつけるように飛び、そして――
ぶつんっ
「あ゛っ!」
蟲は、伊藤月子の脇腹に突き刺さった。呼吸が止まるほどの激痛に、伊藤月子ははしゃがみこんでしまう。
「つ、月子さ――っ!」
立川はるかは、伊藤月子に突き刺さっている蟲を見て、あまりに禍々しい、グロテスクな外見に言葉を失った。
「いたい、痛いよ……!」
「じっと、していてください!」
と言うものの、立川はるかは悩んだ。
駆除することは簡単である。が、針はまだ刺さったまま。下手に潰すとその衝撃で毒が放出される可能性がある。
そして立川はるかはこの蟲の特徴、保有する毒性を知らない。それが何より、立川はるかの手を止まらせる理由だった。
事態は刻一刻を争う。苦痛に顔を歪める伊藤月子が、立川はるかを焦らせる。
「……フリーズ」
そこで立川はるかが行ったこと、それは、瞬間冷却。
蟲に氷の魔法を浴びせ、一瞬で凍らせた。そうすることで体液の放出は防げるだろうと考えた。もちろん確証はない、一か八かの賭けだった。
それは間違いではなかったらしく、完全に凍りついた蟲はボロボロと崩れ落ちていき、最後には風に舞って消えた。
「月子さん、大丈夫ですか!?」
「うっ、くぅ……! ありが、とう……」
服の上からでもわかるほどに腫れていた。立川はるかは解毒の魔法を唱え、そこに手のひらを当てた。
・
・
・
解毒の魔法は効果があったようで、痛みは引いていた。腫れは治まってはいなかったが、動くぶんには問題なかったため探索を再開することになった。
ずっと塞ぎ込んでいた立川はるかも回復したらしく、伊藤月子は使用していた超能力を止めた。
(ああ疲れた、頭がフラフラする……
それに刺されたところ……痛くはなくなったけど、腫れてて……なんだか、重い)
つい気になってしまい、触れてしまう。妙に膨らんでしまった腹部。服の上からでもわかってしまうので、少し恥ずかしかった。
そのうち治まるだろう、と立川はるかは言っていた。だがやはり気になってしまう。
熱を帯びているわけでもない、ただ膨れているだけ。それなのに、どうしようもなく、気になってしまうのだ。
(なんでかな……触っていると、ちょっと落ち着く)
不思議なことに、その膨らみからは安らぎすら感じられた。
無意識に、伊藤月子の手はお腹を優しく撫でていた。
・
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・
探索が進み、時間が経つにつれ、膨らみは治まるどころか大きくなり、腹部全体に広がっていた。
伊藤月子は立川はるかにそのことを言わなかった。変に心配されてくなかったし、それになぜか、この膨らみを『守りたい』とさえ思うようになっていた。
そんな伊藤月子に、その時は来た。
――もぞり。
「ん……?」
膨らみが動いたような気がした。中で何かが脈動したような、そんな感じ。
その直後、伊藤月子の体調は一変する。
「……ごめん、ちょっと、座らせて」
ふらふらと、壁に寄りかかるように座り込む伊藤月子。その様子に驚き、立川はるかは声をかける。
立川はるかの声は、伊藤月子に聞こえなかった。
まるで高熱を出したかのように、脂汗でびっしょりを身体が濡れていた。それに吐き気が止まらない。膨らみを中心に、ぎゅるぎゅると体内が騒いでいる。
出ようとしている。『何か』が。
「きもち、わるい……う、ウッ……!」
「……! だ、出してください!」
四つん這いになる伊藤月子。その背中をさする立川はるか。
それが単なる吐き気ではなかったことを、二人は知ることになる。
「おえ、オ゛ぇぇぇっ」
べちゃ、べちゃべちゃ、べちゃ
「ヒッ――」
伊藤月子から吐き出された『それ』に、立川はるかは言葉を失った。
親指大の、黄色と黒のカラフルな芋虫。それが数匹、伊藤月子から吐き出されたのだ。
「なに、これ……ぜんぜん、知らない……」
立川はるかの知識にはなかったが、この芋虫は先ほど伊藤月子が刺された蟲の幼虫だった。
この蟲は極めて特殊な生態だった。体内である程度育てた幼虫を苗床(今回の場合なら伊藤月子)に流し込み、そこで寄生・繁殖が行われるのだ。
もちろん相応の知識と魔法があれば散らすことは可能であったが、立川はるかはそのどちらも持っていない。それに、この段階になってしまってはすでに手遅れだった。
そしてこの蟲の最も悪質な『毒』。それは――
「アハ、アハハハハッ」
伊藤月子は笑う。とても楽しげに、嬉しげに。
「ねえ、はるかちゃん。見て、見て。ほら、こんなにいっぱい、元気な子を生んじゃった!」
思考を致命的に狂わせる催眠成分。言ってしまえば母性本能を植えつけられてしまう。苗床に母性本能を与えることで、幼虫を外敵や治療から防衛させるのだ。
蟲の被害者が自らを守り、親となる。これがこの蟲の最悪な特徴だった。
「月子、さん……?」
「ほらぁ、見て見て。この子はとってもハンサム 。こっちの子はすっごく可愛いよね。アヒッ、ヒヒヒ、う、ぐっ」
べちゃべちゃ。言葉を遮るように、さらに数匹吐き出す。
苦しげな表情は一瞬。生まれ落ちたわが子を見て、すぐに満面の笑みへ変わる。
「あっ、あっ」
「どぉしたのぉ、はるかちゃぁん」
「イカれてる……どうかしてる……」
「何を、言ってるの、かなぁ、あああ、アアア、アアアアアっ!!!!」
伊藤月子は身体に起きた激痛に倒れこんでしまう。
ぐねぐねと身体の中から暴れるそれを、すりすりと撫で続ける伊藤月子。痛みは腹部から下へ、下へと降りていく。
尿意や便意などではない、下半身から溢れ出ようとする感覚。伊藤月子には未知の、初めての感覚が押し寄せ――
――ブシュッ
狭く詰まったところから、勢い良く飛び出したような音。立川はるかはそれが何なのかわからなかった。
だが、すぐわかることになる。伊藤月子が身体を起こしたとき、それがいた。
「嫌……いやあああああああ!」
伊藤月子の両脚の間に、腕の長さほどある幼虫が産み落とされていた。
「あーっ、おおきぃ。なんて元気な子なんだろう、もうこんなにうごいちゃってぇ」
そっと両手で救い上げ、頬ずりをする。
種族が違うだけで、たしかな愛情がそこにあった。
「ご、ごめんなさい……私、私……!」
立川はるかは、その場から逃げ出した。
『気持ち悪い』。立川はるかのその“声”は、伊藤月子に届くことがなかった。
「あれぇ? 行っちゃった。どうしたんでしょうね~」
満面の笑みで、わが子に語りかける伊藤月子。
まだ出産は終わっていない。
「あぅ、お腹、張ってる……もっと会えるの、かな?」
「ウゥ、痛い、痛い……! ほら、出て来て、怖くないから……」
「ア゛、いだイ゛、おなか、さけ、ちゃう……!
そこは、ちが、ちがう、う、う、う゛、う゛、う゛」
「あ」
ブチンッ
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかは伊藤月子を見殺しにしました ▲
▲ ▲
▲ 立川はるかのレベルが上がりました ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル14→16】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル8→10 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル7→9 ▲
▲ 学者の知識 レベル3→5 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル4→6 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル1→3 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
****************************************
* *
* やさしい塔 *
* *
* 『救世主』も『理解者』もいなかった場合 *
* *
****************************************
そのフロアに入った瞬間、立川はるかの視界はぐにゃりと、まるで飴細工のようにねじれ、歪んだ。そして異変に驚くよりも早く、まったく別の場所でたった一人になっていた。
何が起きたのか。ここはどこで、フロアの入口からどれぐらい飛ばされたのか。そんなことよりも伊藤月子の安否は?
多くの疑問がよぎる。優先すべきはどれか。状況が飲み込めない立川はるかの脳に直接、声が響いた。
『このフロアでは特殊なルールを適用させていただいます。
まず、皆さまには単独行動していただくため、それぞれ別の場所にワープさせていただきました。
ゴールはこのフロアの出口です。詳しくは言えませんが、なるべく急いで出口に向かってください。
なお、途中で行動不能になった場合は現在いる地点に戻ります。つまりスタートに戻る、ということです。
ひとまずここまでがルールです。
それでは、スタート』
一方的なルール説明、そしてゲームのような始まり。つい走り出してしまいそうになるが、立川はるかはその場を動かず、極めて冷静に学者の知識・知性をフル回転させる。
行動するよりもまず、考える。
・立川はるかが気づいたこと、その1
ルール説明のとき、『皆さま』と言っていた。自分と伊藤月子だけにその表現はおかしい。はっきりした数字はわからないが、自分たち以外にも同じ境遇の人間が、いる。
・立川はるかが気づいたこと、その2
急がなければならない理由はわからない。が、もしかしたら人数制限や時間制限があるのかもしれない。
・立川はるかが気づいたこと、その3
行動不能になればスタートに戻る。そして“その2”の内容。それらを組み合わせると――他者の妨害工作があるかもしれない。
冷や汗が噴き出した。立川はるかは、伊藤月子の身を案じた。自分はそこそこ戦闘力はあるが、伊藤月子はまったくの無力。妨害工作どころかモンスターにさえ遅れを取ってしまう(立川はるかはいまだに伊藤月子が超能力者であることを知らない)。
探索に役立つ魔法はいくつか覚えていたが、それでも伊藤月子と再会できるかどうかはわからない。しかし闇雲に探し回るほど“その2”に余裕があるのかも不明。
結果、伊藤月子には会えればラッキー、あるいは自力で出口に到着してもらうことに期待することになった。
……だが、安心している自分もいた。いくつか前のフロアの、伊藤月子が異種を産卵している姿は思っていた以上に精神的に苦痛なものだった。
こうして物理的に距離をとることができたのは、正直救いだった。
立川はるかは息の続く限り、走って探索をしていた。フロアは複雑な迷路になっていて、モンスターたちもちらほらと巡回をしている。
出口が不明なフロア、それなりに手こずるモンスター、一人であるという寂しさと先が見えないことによる漠然とした不安が、立川はるかの体力・精神を削り注意力を散漫にしていく。
「スパーク!」
手のひらから電撃を撒き散らし、宙に羽ばたくコウモリを焼き焦がした。
鋭い爪と牙を持ったコウモリは安易に襲いかからず、立川はるかの剣撃が届かないところに浮き、付かず離れずの距離で攻撃の機会をうかがっていた。
魔法を使用したがたいした成果は得られず、立川はるかは焦りの色を隠せない。魔法は探索、または剣では戦えないようなモンスター用に温存しておきたかったのだ。
剣を構え、背中を見せないように後退していく。一旦戻り、別のルートに進もうとした。だが、コウモリはその様子をチャンスと捉え、一斉に飛びかかった。
「うっ、くぅ……」
何匹かは斬り落としたものの、横切ったコウモリによって無数の傷をつけられてしまう。外見ではわからないが身体もだいぶ鍛えられていたため、肌を浅く切り血がにじむ程度でそこまでのダメージはない。
しかし、この調子で襲われ続けるとジリ貧になってしまう。
がぶっ!
「あ、アアアアッ!」
背後から飛来したコウモリは、立川はるかの肩に食いかかった。吸血などという生ぬるいものではなく、牙を突き立て、がぶがぶと咀嚼をしていた。
すぐに捻り潰したが、えぐれた筋肉からは血が溢れ出ている。回復魔法で治療するが、目眩がしていた。短剣を握る手に力が入らない。
魔法を温存して命を落としては意味がない。ならここで多めに魔法を使ってしまおう……という結論に達したとき、それは起きた。
――ドンッ
周囲を裂く音と同時に、コウモリが弾け飛んだ。同胞の突然の死に、コウモリたちはきぃきぃと鳴き出す。
――ドンッ、ドンドン、ドンッ
音が鳴るたび、コウモリたちは木っ端微塵になっていく。勝機を見いだせなくなったのだろう、コウモリたちは逃げて行った。
人の気配がした。立川はるかはコウモリたちが逃げていった方向とは逆、自分が進もうと思っていた先を見た。
そこには気配の通り、一人の男がいた。まるで西部劇に出てくるようなガンマンの姿。その手にはハンティングライフルが握られている。
立川はるかは自ずとわかった。この人が助けてくれた。そのライフルでコウモリを狙撃した。そして『皆さま』のうちの1人だ。
「あの、ありが」
と言いかけたところで、男は背中を見せ、去ろうとした。
(な、なんやねん、無愛想なヤツ!)
「ちょっと待ったぁ!」
「…………」
「ありがとう、助けてくれて、ありがとう!」
走って正面に回りこみ、改めて頭を下げる。小さな、無愛想な声で「どういたしまして」と聞こえたとき、立川はるかは思わず(心の中で)ガッツポーズ。気を引けたことがやけに嬉しかった。
「あなたも、この塔に閉じ込められた人、ですよね?」
「うん」
「私と同じですね。ここまでずっと一人だったんですか?」
「ええ、まあ」
「すごいですね、そのライフル」
「ああ、どうも」
(絡みづらいなぁ……コミュニケーションする気ゼロやな、こいつ……)
けれど相手が人間的にどうであっても、立川はるかはここでこの男と別れる気はなかった。
妨害工作は心配であったが、もうそうであるなら助けるはずがないし、ライフルで狙撃されていればそこまで。なので、この男に危険がない判断した。
となれば、仲間に引き込むのが良策。大事な戦力、そして心の拠り所がほしかったのだ。
「もし良ければ、いっしょに探索しませんか? 今は一人なんですが、他にも一人いるんですっ」
「…………」
「黙ってちゃわかりませんよ? 別に他の人の邪魔をする気とか、ないんですよね?
だったら手を組みましょうよ。お互い、不利益ないと思いますよ?」
沈黙。それが数分続く。
さすがに立川はるかもイライラし始めたとき、
「なら……そうしておこうかな」
どこか気乗りしない様子だったが、男は承諾した。
「良かったぁ、なら自己紹介しましょう! 私は立川はるか、よろしくお願いします!」
「……自己紹介?」
「これから仲間として、いっしょに行動していくんやから、自己紹介は当然やろ?」
また沈黙。今回は十数秒ぐらい。
男はしぶしぶ口を開く。
「浅田。僕の名前は、浅田浩二」
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 浅田浩二が仲間になりました ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
* *
* やさしい塔 *
* *
* 『救世主』も『理解者』もいなかった場合 *
* *
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そのフロアに入った瞬間、立川はるかの視界はぐにゃりと、まるで飴細工のようにねじれ、歪んだ。そして異変に驚くよりも早く、まったく別の場所でたった一人になっていた。
何が起きたのか。ここはどこで、フロアの入口からどれぐらい飛ばされたのか。そんなことよりも伊藤月子の安否は?
多くの疑問がよぎる。優先すべきはどれか。状況が飲み込めない立川はるかの脳に直接、声が響いた。
『このフロアでは特殊なルールを適用させていただいます。
まず、皆さまには単独行動していただくため、それぞれ別の場所にワープさせていただきました。
ゴールはこのフロアの出口です。詳しくは言えませんが、なるべく急いで出口に向かってください。
なお、途中で行動不能になった場合は現在いる地点に戻ります。つまりスタートに戻る、ということです。
ひとまずここまでがルールです。
それでは、スタート』
一方的なルール説明、そしてゲームのような始まり。つい走り出してしまいそうになるが、立川はるかはその場を動かず、極めて冷静に学者の知識・知性をフル回転させる。
行動するよりもまず、考える。
・立川はるかが気づいたこと、その1
ルール説明のとき、『皆さま』と言っていた。自分と伊藤月子だけにその表現はおかしい。はっきりした数字はわからないが、自分たち以外にも同じ境遇の人間が、いる。
・立川はるかが気づいたこと、その2
急がなければならない理由はわからない。が、もしかしたら人数制限や時間制限があるのかもしれない。
・立川はるかが気づいたこと、その3
行動不能になればスタートに戻る。そして“その2”の内容。それらを組み合わせると――他者の妨害工作があるかもしれない。
冷や汗が噴き出した。立川はるかは、伊藤月子の身を案じた。自分はそこそこ戦闘力はあるが、伊藤月子はまったくの無力。妨害工作どころかモンスターにさえ遅れを取ってしまう(立川はるかはいまだに伊藤月子が超能力者であることを知らない)。
探索に役立つ魔法はいくつか覚えていたが、それでも伊藤月子と再会できるかどうかはわからない。しかし闇雲に探し回るほど“その2”に余裕があるのかも不明。
結果、伊藤月子には会えればラッキー、あるいは自力で出口に到着してもらうことに期待することになった。
……だが、安心している自分もいた。いくつか前のフロアの、伊藤月子が異種を産卵している姿は思っていた以上に精神的に苦痛なものだった。
こうして物理的に距離をとることができたのは、正直救いだった。
立川はるかは息の続く限り、走って探索をしていた。フロアは複雑な迷路になっていて、モンスターたちもちらほらと巡回をしている。
出口が不明なフロア、それなりに手こずるモンスター、一人であるという寂しさと先が見えないことによる漠然とした不安が、立川はるかの体力・精神を削り注意力を散漫にしていく。
「スパーク!」
手のひらから電撃を撒き散らし、宙に羽ばたくコウモリを焼き焦がした。
鋭い爪と牙を持ったコウモリは安易に襲いかからず、立川はるかの剣撃が届かないところに浮き、付かず離れずの距離で攻撃の機会をうかがっていた。
魔法を使用したがたいした成果は得られず、立川はるかは焦りの色を隠せない。魔法は探索、または剣では戦えないようなモンスター用に温存しておきたかったのだ。
剣を構え、背中を見せないように後退していく。一旦戻り、別のルートに進もうとした。だが、コウモリはその様子をチャンスと捉え、一斉に飛びかかった。
「うっ、くぅ……」
何匹かは斬り落としたものの、横切ったコウモリによって無数の傷をつけられてしまう。外見ではわからないが身体もだいぶ鍛えられていたため、肌を浅く切り血がにじむ程度でそこまでのダメージはない。
しかし、この調子で襲われ続けるとジリ貧になってしまう。
がぶっ!
「あ、アアアアッ!」
背後から飛来したコウモリは、立川はるかの肩に食いかかった。吸血などという生ぬるいものではなく、牙を突き立て、がぶがぶと咀嚼をしていた。
すぐに捻り潰したが、えぐれた筋肉からは血が溢れ出ている。回復魔法で治療するが、目眩がしていた。短剣を握る手に力が入らない。
魔法を温存して命を落としては意味がない。ならここで多めに魔法を使ってしまおう……という結論に達したとき、それは起きた。
――ドンッ
周囲を裂く音と同時に、コウモリが弾け飛んだ。同胞の突然の死に、コウモリたちはきぃきぃと鳴き出す。
――ドンッ、ドンドン、ドンッ
音が鳴るたび、コウモリたちは木っ端微塵になっていく。勝機を見いだせなくなったのだろう、コウモリたちは逃げて行った。
人の気配がした。立川はるかはコウモリたちが逃げていった方向とは逆、自分が進もうと思っていた先を見た。
そこには気配の通り、一人の男がいた。まるで西部劇に出てくるようなガンマンの姿。その手にはハンティングライフルが握られている。
立川はるかは自ずとわかった。この人が助けてくれた。そのライフルでコウモリを狙撃した。そして『皆さま』のうちの1人だ。
「あの、ありが」
と言いかけたところで、男は背中を見せ、去ろうとした。
(な、なんやねん、無愛想なヤツ!)
「ちょっと待ったぁ!」
「…………」
「ありがとう、助けてくれて、ありがとう!」
走って正面に回りこみ、改めて頭を下げる。小さな、無愛想な声で「どういたしまして」と聞こえたとき、立川はるかは思わず(心の中で)ガッツポーズ。気を引けたことがやけに嬉しかった。
「あなたも、この塔に閉じ込められた人、ですよね?」
「うん」
「私と同じですね。ここまでずっと一人だったんですか?」
「ええ、まあ」
「すごいですね、そのライフル」
「ああ、どうも」
(絡みづらいなぁ……コミュニケーションする気ゼロやな、こいつ……)
けれど相手が人間的にどうであっても、立川はるかはここでこの男と別れる気はなかった。
妨害工作は心配であったが、もうそうであるなら助けるはずがないし、ライフルで狙撃されていればそこまで。なので、この男に危険がない判断した。
となれば、仲間に引き込むのが良策。大事な戦力、そして心の拠り所がほしかったのだ。
「もし良ければ、いっしょに探索しませんか? 今は一人なんですが、他にも一人いるんですっ」
「…………」
「黙ってちゃわかりませんよ? 別に他の人の邪魔をする気とか、ないんですよね?
だったら手を組みましょうよ。お互い、不利益ないと思いますよ?」
沈黙。それが数分続く。
さすがに立川はるかもイライラし始めたとき、
「なら……そうしておこうかな」
どこか気乗りしない様子だったが、男は承諾した。
「良かったぁ、なら自己紹介しましょう! 私は立川はるか、よろしくお願いします!」
「……自己紹介?」
「これから仲間として、いっしょに行動していくんやから、自己紹介は当然やろ?」
また沈黙。今回は十数秒ぐらい。
男はしぶしぶ口を開く。
「浅田。僕の名前は、浅田浩二」
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 浅田浩二が仲間になりました ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
****************************************
* *
* ◆隠しルール(プレイヤーが知っておくこと) *
* *
* ルール1 すべてのキャラクターは面識がない *
* *
****************************************
* *
* ◆隠しルール(プレイヤーが知っておくこと) *
* *
* ルール1 すべてのキャラクターは面識がない *
* *
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▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ ◆現在のステータス ▲
▲ ▲
▲ ◇立川はるか ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル24】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル13 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル11 ▲
▲ 学者の知識 レベル8 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル10 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル4 ▲
▲ ▲
▲ ▲
▲ ◇浅田浩二 ▲
▲ ▲
▲ 【ガンマン レベル13】 ▲
▲ ▲
▲ 精密射撃 レベル12 ▲
▲ 速射 レベル10 ▲
▲ 弾薬製造 レベル10 ▲
▲ ▲
▲ ※状態異常 ▲
▲ 自己嫌悪 ▲
▲ 軽度の精神破綻 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
並んで探索を始めてどれぐらいの時間が経っただろう。実際はそれほど経過していないのかもしれないが、立川はるかには数十時間のように体感していた。
最初の自己紹介からずっと、会話がない。ここでモンスターにでも遭遇すれば、多少のコミュニケーションツールとして利用できるのだろうが、そんな機会もない。
立川はるかは、とにかく沈黙の耐性がない。
「…………」
ちらちらと横目でうかがうが、浅田浩二はそれに気づかない。
あえて説明しておくと、立川はるかと浅田浩二は『面識がない』。
立川はるかにとって浅田浩二は貴重な戦力、仲間であり、そして伊藤月子という心の拠り所の代用である。
浅田浩二にとって立川はるかは、他人。それ以上の認識はない。
お互いがこんな感じなので、わざわざコミュニケーションをとることもなさそうなのだが、なぜだか立川はるかはは浅田浩二のことが気になっていた。
何でもいいので会話がしたかった。
「あのぉ、浅田さん」
「……なに?」
「今日はいいお天気ですね」
「外、見えないけど。キミは超能力者なのか?」
(おや、ウィットに富んだ返事だ)
てっきり無視されると思っていたが意外と良い反応。
言葉のキャッチボールができる限り、立川はるかに黙るという選択はない。
「えっとえっと、すごいねー、そのライフル。私はよくわからへんねんけど、装弾数っていくつなん? さっきは景気良く撃ってたみたいやけど」
「原理はわからないけど、これは特殊なライフルで無制限らしい」
「無制限! ほえー、すごいなー。ちょっと触らせてっ」
「嫌」
(そりゃそうか……戦士の剣みたいなもんやしな……
でもええなー、ライフル。魔法使わずに遠距離攻撃ができるんやもんなー)
「なんやねん、ケチっ。あ、そーだ、私の短剣貸してあげるからっ」
「…………」
返事はない。相手にするのが面倒になったのかもしれない。
(あかん、これは典型的なコミュ障や……なんか盛り上がれそうな話題ないかなぁ)
あれこれ考えるものの、会ったばかりの相手にそうそう話題は見つからない。
再び二人の間に沈黙が流れる――と思われたが、それは思いもかけないことで破られる。
「あの」
浅田浩二が、口を開いたのだ。
「な、なぁに!?」
(話しかけられた! なんや、なんやなんや!)
ありえないと思っていた立川はるかは、短剣を落としてしまうほどに驚いた。震える手で、それを広い、これまた震える口で返事をする。
「どう、どうしたんや!?」
「……危ないですよ」
「なにがぁ!?」
「胸と脚。はだけそうですよ」
その言葉で、立川はるかははたと我に返る。
今まで伊藤月子、つまりずっと同性といた。なので着衣の乱れなんて気にする必要がなかったのだ。だが目の前の相手は違う。知らない男、異性なのだ。
ゴッ
立川はるかは盗賊(レベル10)の身体能力でぶん殴り、胸元を手で覆う。
浅田浩二は言葉なくうずくまった。
「見んなや変態!」
「忠告しただけなのに……」
「うん、ありがとうな! でもそれとこれとは別やし!」
感謝らしくない感謝。そしてその後は回復魔法を唱える立川はるかがいた。
・
・
・
・
・
立川はるかの過度なボディランゲージが緩和剤となったのか、二人はそこそこに打ち解け始めていた。
最初こそ反応の悪かった浅田浩二もちゃんと返事をするようになっていた(まだ自分から話しを振ることはしていない)。
「へー、浅田くんって人を探してるんやぁ」
「うん。と言っても、名前も顔もわからないけど」
「なにそれ。運命の人でも探してるん?」
「うん、たぶん」
よくもまあ、そんな恥ずかしいことを真顔で言えるものだ。質問した立川はるかの顔がほんのり赤くなってしまう。
その様子に浅田浩二は慌てて訂正する。
「あー、そうじゃなくって……なんていうか……うん、『救世主』、そんな人を探しているんだ」
「……世界でも救うん?」
「そんな大それたものじゃないよ。僕を救ってくれる人、かな」
「よーわからんなー……」
ライフルを装備している男を助ける存在。どれだけ人間離れした超人なんだろうかと考えたが、おそらく物理的なものではなく、精神的なものなのだろう……と、立川はるかは想像した。
もともと立川はるかは気がいい、人が良い。もし自分の力が及ぶのなら、もし自分が『救世主』とやらになれるのなら、と考えるのはごく自然なものだった。
「アサダくん」
その名前を呼び、すぅっと深呼吸し、息を吐き。
「ここから脱出したら……見つかるといいね、『救世主』」
けれど、また目の前の彼は、立川はるかにとってそこまで大きな存在というわけでもなかった。
これが二人の距離感だった。
二人の相性は実に良かった。温存したい立川はるかは浅田浩二の射撃の援護を受けながら特攻する。一方、浅田浩二も近接戦闘に不安があり、それが解消された形となった。
時間が経つにつれ、二人は親密になっていく。考えてもみれば、伊藤月子は常に出し抜くことしか頭になかったのだ、お互いが任せ合って探索を進めれば自ずと仲が深まるに決っている。
立川はるかが伊藤月子のことを忘れかかったころ、一際広い部屋の前にいた。ここまで歩いた距離とフロアの広さから推測するに、ここは最奥。つまりお馴染みの、出口近辺の広い部屋だ。
「あ、はーるかちゃーん」
入ると早々に甲高い声。そこにはすでに伊藤月子がいた。
ようやく伊藤月子の思い出し、怪我もなく元気そのものな様子に胸を撫で下ろす。
(んん? それにしても変だなぁ……私たちは、あれだけモンスターに遭遇したっていうのに)
伊藤月子は素手である。体術の心得もないと聞いている。
たまたまモンスターに遭遇しなかっただけ? しかしそれは不自然すぎる。
(変、何か変だけど……うーん)
「あれ、あれれ? その人は?」
立川はるかは怪しみ始めたことをテレパシーで察知し、伊藤月子は無理やり意識をそらす。
深刻に悩んでいたわけでもなかったので、真実に近づきつつあった疑いはたったそれだけで霧散してしまった。
「えっと、途中であった旅の人、アサダくんです。見ての通りのガンマンです」
「浅田浩二です。ガンマンです」
「ど、どうもどうもー、伊藤月子ですー」
妙にギクシャクする伊藤月子を、二人は「なんか変だな」ぐらいの目で見る。
道化を演じる自分が恥ずかしくてしかたない伊藤月子だったが、どうにか疑いが晴れたことにほっと一安心。
『皆さま、お静かに願います』
突然、部屋中に響いた声。三人は身構える。
『規定時間をオーバーしました。定員には達してませんが、ここで締め切りとします。
この場にいない方々は、この時点でゲームオーバーとさせていただきます』
二人が入ってきた扉が乱暴に閉められた。
どうやらぎりぎりの到着だったらしい。
『無事に到着された皆さま、まずは探索パート、クリアです。おめでとうございます。心からお祝い申し上げます』
(あんまり感情こもってへんなぁ……
……『まずは探索パート』?)
『さっそくですが、次は脱出パートのルールを説明させていただきます』
『このフロアから降りることのできる人数は2人以下です。
降りることのができなかったプレーヤーは、先ほどと同じくゲームオーバー、つまり、脱出不可能となります。
手段、方法は問いません。規定人数になるように、他プレーヤーを行動不能にさせてください。
それでは、スタート』
ゴッ
立川はるかは崩れ落ちるように倒れた。後頭部からはねっとりとした血が流れ、髪を赤く濡らした。
床に倒れる立川はるかはぴくりとも動かない。おそらく何が起きたかかもわからなかったことだろう。
唯一の第三者、伊藤月子はたしかに見ていた。
開始の合図と共に、浅田浩二は手に持っていたライフルを振り上げ、後ろから立川はるかをぶん殴ったのだ。
浅田浩二の表情は、とても冷たい。
「はるかちゃん!」
「動くな」
駆け寄ろうとしたが、銃口を向けられ動けなくなってしまう(実際のところ、伊藤月子にとってこんな脅しはまったく無意味であったが、ここからの展開が気になったので流れに身を任せることにした)。
「どう、して?」
流血したまま、ゆっくりと起き上がろうとする立川はるか。レベルアップしていたことで頑丈になっていたのだろう、視点は定まっていなかったが軽傷のようだった。
「どうしてって、さっきのルールは聞いてなかったのか?」
「もちろん聞いてたよ……でも」
ドシャッ!
追い打ちのように殴り、顔面を床に叩きつける。鼻が折れたのかぼたぼたと血をこぼし、無残な様子だった。
「ルールの抜け道を探す、とか? 無理無理、どこにも穴はなかったし。
だから、手近にいたキミを攻撃すればいいかなぁと思ったんだ」
立川はるかは、短い時間とはいえ共に探索したことで、浅田浩二とはそれなりに親密になれたと思っていた。
しかし浅田浩二にはそんな感情は一切なく、近くにいたからぶん殴った、もしかしたら殺すかもしれない、ぐらいのものだった。
つまり、浅田浩二は立川はるかに微塵も心を許さなかった。
「うう、ううぅ……」
「運が悪かったんだよ、キミがすぐそばにいたもんだから。しょうがないよね、諦めてくれよ」
(茶番だなぁ……)
飽き始めていた伊藤月子は、この茶番の終わらせ方を考えていた。
二人の関係がどうであれ、生殺与奪は伊藤月子が握っていると言っても過言ではない。どちらを生かすかなんてとっくに決まっていた。
だが変に動いては怪しまれてしまう。あとに疑念を残さず、それでいて綺麗に幕を下ろす方法でないといけない。
そんな伊藤月子をよそに、茶番は進行していく。
「立川さん。僕は『救世主』を探していると言ったけれど、誰にだって『救世主』の可能性があるのかなと思っているんだ」
「…………」
(……?)
伊藤月子には、何の話しをしているのかわからない。唯一理解できそうな立川はるかは再び身体を起こそうとするが、手が震えて思うように動けない。
「僕は今まで『救世主』に会ったことはない。だって、みんな僕を裏切って去って行くんだ。そう、誰も『救世主』じゃなかった。
立川さん。僕はいつも通りに、キミが『救世主』なんじゃないのかなって期待していたんだ。
でも、結果がこれだ。ルールの都合上、キミたちどちらかは『救世主』じゃないことが確定した。
だから、どちらかを殺す。
……うん、キミだ、立川はるか。キミを殺す」
「アサダくん。キミは、悲しい人だ」
「なに?」
背を向けたまま、立川はるかはぽつり、ぽつりと続ける。
「裏切ったとか、違うとか、いつも通りに、とか。そんなの、アサダくんが勝手に思い込んでるだけだよ。それは単なる我儘だ。自分勝手で、まるで子供だよ」
「……何だと?」
「どうせ大したこともない、しょうもない口喧嘩で裏切られた、とか言ってるんじゃないの? バカらしい。
アサダくん。キミはずっと逃げているんだね。多くの人が自然にぶつかって解決して、そこから強くなっていく……そんな当たり前のことを、すべてを放り出して逃げ続けているんだ。
だからアサダくんは弱いままだ」
「うるさい、黙れよ!」
伊藤月子に向けていた銃口を立川はるかに突きつけた。
ごつんと、後頭部に当たる銃口。それでも立川はるかは止まらない。
「そうやって脅して、あるいは拗ねて、人から遠ざかっていたんだね……別に呆れているわけじゃないよ? ただ、可哀想だなぁって思ってるだけ」
「間違いない……お前は『救世主』じゃない」
「うん。私は違う。アサダくんが望んでいるような、すべてを受け入れてくる甘い人、にはなれない。
喧嘩もして、距離をとって、仲直りして、それで絆を深め合っていく人こそが、そんな人たちが、『救世主』なんだよ?
アサダくんは、どれだけの『救世主』を突き放してきたの?」
「うるさい、違う、違う違う! お前の言うことは、違う!
……もういい、お前はここで殺す、それであそこにいるヤツを降りていくよ、『救世主』かもしれないからな」
トリガーにかかった指に力がこもる。
怒りで震えた指は、何のためらいもなく引かれる、
はずだった。
「……このまま殺しても、この怒りは収まりそうにないな」
「ひゃっ!」
四つん這いになっていた立川はるかの下半身、お尻をライフルで撫でた。
「可愛い声、出すじゃないか。お前処女だろ、どうせ。
それで死ぬというのは哀れだよなぁ」
立川はるかの腰に合わせるように、膝をついて中腰となる浅田浩二。そのままドレスをまくり上げると、そこには水色の下着。
「ウソ、ヤ、やだっ!」
「ガタガタ言うなよ。いいだろ、どうせ死ぬんだからっ」
震える腕、焦る気持ちで興奮したペニスを抜き出し、ずらした下着から見える秘部にあてがう。
立川はるかは恐怖で呼吸が止まり、体温さえ失ったかのように錯覚する。だが大事なところに当たる異物が現実であるということを認識させた。
「本能的に危険を感じたら濡れるって聞くけど……本当なんだな」
「やめて、お願い……いやぁぁぁっ!」
「やめるわけ、ないだろ!」
ずるっ
「ひ、い゛!」
【立川はるかは非処女になりました】
▲ ▲
▲ ◆現在のステータス ▲
▲ ▲
▲ ◇立川はるか ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル24】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル13 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル11 ▲
▲ 学者の知識 レベル8 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル10 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル4 ▲
▲ ▲
▲ ▲
▲ ◇浅田浩二 ▲
▲ ▲
▲ 【ガンマン レベル13】 ▲
▲ ▲
▲ 精密射撃 レベル12 ▲
▲ 速射 レベル10 ▲
▲ 弾薬製造 レベル10 ▲
▲ ▲
▲ ※状態異常 ▲
▲ 自己嫌悪 ▲
▲ 軽度の精神破綻 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
並んで探索を始めてどれぐらいの時間が経っただろう。実際はそれほど経過していないのかもしれないが、立川はるかには数十時間のように体感していた。
最初の自己紹介からずっと、会話がない。ここでモンスターにでも遭遇すれば、多少のコミュニケーションツールとして利用できるのだろうが、そんな機会もない。
立川はるかは、とにかく沈黙の耐性がない。
「…………」
ちらちらと横目でうかがうが、浅田浩二はそれに気づかない。
あえて説明しておくと、立川はるかと浅田浩二は『面識がない』。
立川はるかにとって浅田浩二は貴重な戦力、仲間であり、そして伊藤月子という心の拠り所の代用である。
浅田浩二にとって立川はるかは、他人。それ以上の認識はない。
お互いがこんな感じなので、わざわざコミュニケーションをとることもなさそうなのだが、なぜだか立川はるかはは浅田浩二のことが気になっていた。
何でもいいので会話がしたかった。
「あのぉ、浅田さん」
「……なに?」
「今日はいいお天気ですね」
「外、見えないけど。キミは超能力者なのか?」
(おや、ウィットに富んだ返事だ)
てっきり無視されると思っていたが意外と良い反応。
言葉のキャッチボールができる限り、立川はるかに黙るという選択はない。
「えっとえっと、すごいねー、そのライフル。私はよくわからへんねんけど、装弾数っていくつなん? さっきは景気良く撃ってたみたいやけど」
「原理はわからないけど、これは特殊なライフルで無制限らしい」
「無制限! ほえー、すごいなー。ちょっと触らせてっ」
「嫌」
(そりゃそうか……戦士の剣みたいなもんやしな……
でもええなー、ライフル。魔法使わずに遠距離攻撃ができるんやもんなー)
「なんやねん、ケチっ。あ、そーだ、私の短剣貸してあげるからっ」
「…………」
返事はない。相手にするのが面倒になったのかもしれない。
(あかん、これは典型的なコミュ障や……なんか盛り上がれそうな話題ないかなぁ)
あれこれ考えるものの、会ったばかりの相手にそうそう話題は見つからない。
再び二人の間に沈黙が流れる――と思われたが、それは思いもかけないことで破られる。
「あの」
浅田浩二が、口を開いたのだ。
「な、なぁに!?」
(話しかけられた! なんや、なんやなんや!)
ありえないと思っていた立川はるかは、短剣を落としてしまうほどに驚いた。震える手で、それを広い、これまた震える口で返事をする。
「どう、どうしたんや!?」
「……危ないですよ」
「なにがぁ!?」
「胸と脚。はだけそうですよ」
その言葉で、立川はるかははたと我に返る。
今まで伊藤月子、つまりずっと同性といた。なので着衣の乱れなんて気にする必要がなかったのだ。だが目の前の相手は違う。知らない男、異性なのだ。
ゴッ
立川はるかは盗賊(レベル10)の身体能力でぶん殴り、胸元を手で覆う。
浅田浩二は言葉なくうずくまった。
「見んなや変態!」
「忠告しただけなのに……」
「うん、ありがとうな! でもそれとこれとは別やし!」
感謝らしくない感謝。そしてその後は回復魔法を唱える立川はるかがいた。
・
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立川はるかの過度なボディランゲージが緩和剤となったのか、二人はそこそこに打ち解け始めていた。
最初こそ反応の悪かった浅田浩二もちゃんと返事をするようになっていた(まだ自分から話しを振ることはしていない)。
「へー、浅田くんって人を探してるんやぁ」
「うん。と言っても、名前も顔もわからないけど」
「なにそれ。運命の人でも探してるん?」
「うん、たぶん」
よくもまあ、そんな恥ずかしいことを真顔で言えるものだ。質問した立川はるかの顔がほんのり赤くなってしまう。
その様子に浅田浩二は慌てて訂正する。
「あー、そうじゃなくって……なんていうか……うん、『救世主』、そんな人を探しているんだ」
「……世界でも救うん?」
「そんな大それたものじゃないよ。僕を救ってくれる人、かな」
「よーわからんなー……」
ライフルを装備している男を助ける存在。どれだけ人間離れした超人なんだろうかと考えたが、おそらく物理的なものではなく、精神的なものなのだろう……と、立川はるかは想像した。
もともと立川はるかは気がいい、人が良い。もし自分の力が及ぶのなら、もし自分が『救世主』とやらになれるのなら、と考えるのはごく自然なものだった。
「アサダくん」
その名前を呼び、すぅっと深呼吸し、息を吐き。
「ここから脱出したら……見つかるといいね、『救世主』」
けれど、また目の前の彼は、立川はるかにとってそこまで大きな存在というわけでもなかった。
これが二人の距離感だった。
二人の相性は実に良かった。温存したい立川はるかは浅田浩二の射撃の援護を受けながら特攻する。一方、浅田浩二も近接戦闘に不安があり、それが解消された形となった。
時間が経つにつれ、二人は親密になっていく。考えてもみれば、伊藤月子は常に出し抜くことしか頭になかったのだ、お互いが任せ合って探索を進めれば自ずと仲が深まるに決っている。
立川はるかが伊藤月子のことを忘れかかったころ、一際広い部屋の前にいた。ここまで歩いた距離とフロアの広さから推測するに、ここは最奥。つまりお馴染みの、出口近辺の広い部屋だ。
「あ、はーるかちゃーん」
入ると早々に甲高い声。そこにはすでに伊藤月子がいた。
ようやく伊藤月子の思い出し、怪我もなく元気そのものな様子に胸を撫で下ろす。
(んん? それにしても変だなぁ……私たちは、あれだけモンスターに遭遇したっていうのに)
伊藤月子は素手である。体術の心得もないと聞いている。
たまたまモンスターに遭遇しなかっただけ? しかしそれは不自然すぎる。
(変、何か変だけど……うーん)
「あれ、あれれ? その人は?」
立川はるかは怪しみ始めたことをテレパシーで察知し、伊藤月子は無理やり意識をそらす。
深刻に悩んでいたわけでもなかったので、真実に近づきつつあった疑いはたったそれだけで霧散してしまった。
「えっと、途中であった旅の人、アサダくんです。見ての通りのガンマンです」
「浅田浩二です。ガンマンです」
「ど、どうもどうもー、伊藤月子ですー」
妙にギクシャクする伊藤月子を、二人は「なんか変だな」ぐらいの目で見る。
道化を演じる自分が恥ずかしくてしかたない伊藤月子だったが、どうにか疑いが晴れたことにほっと一安心。
『皆さま、お静かに願います』
突然、部屋中に響いた声。三人は身構える。
『規定時間をオーバーしました。定員には達してませんが、ここで締め切りとします。
この場にいない方々は、この時点でゲームオーバーとさせていただきます』
二人が入ってきた扉が乱暴に閉められた。
どうやらぎりぎりの到着だったらしい。
『無事に到着された皆さま、まずは探索パート、クリアです。おめでとうございます。心からお祝い申し上げます』
(あんまり感情こもってへんなぁ……
……『まずは探索パート』?)
『さっそくですが、次は脱出パートのルールを説明させていただきます』
『このフロアから降りることのできる人数は2人以下です。
降りることのができなかったプレーヤーは、先ほどと同じくゲームオーバー、つまり、脱出不可能となります。
手段、方法は問いません。規定人数になるように、他プレーヤーを行動不能にさせてください。
それでは、スタート』
ゴッ
立川はるかは崩れ落ちるように倒れた。後頭部からはねっとりとした血が流れ、髪を赤く濡らした。
床に倒れる立川はるかはぴくりとも動かない。おそらく何が起きたかかもわからなかったことだろう。
唯一の第三者、伊藤月子はたしかに見ていた。
開始の合図と共に、浅田浩二は手に持っていたライフルを振り上げ、後ろから立川はるかをぶん殴ったのだ。
浅田浩二の表情は、とても冷たい。
「はるかちゃん!」
「動くな」
駆け寄ろうとしたが、銃口を向けられ動けなくなってしまう(実際のところ、伊藤月子にとってこんな脅しはまったく無意味であったが、ここからの展開が気になったので流れに身を任せることにした)。
「どう、して?」
流血したまま、ゆっくりと起き上がろうとする立川はるか。レベルアップしていたことで頑丈になっていたのだろう、視点は定まっていなかったが軽傷のようだった。
「どうしてって、さっきのルールは聞いてなかったのか?」
「もちろん聞いてたよ……でも」
ドシャッ!
追い打ちのように殴り、顔面を床に叩きつける。鼻が折れたのかぼたぼたと血をこぼし、無残な様子だった。
「ルールの抜け道を探す、とか? 無理無理、どこにも穴はなかったし。
だから、手近にいたキミを攻撃すればいいかなぁと思ったんだ」
立川はるかは、短い時間とはいえ共に探索したことで、浅田浩二とはそれなりに親密になれたと思っていた。
しかし浅田浩二にはそんな感情は一切なく、近くにいたからぶん殴った、もしかしたら殺すかもしれない、ぐらいのものだった。
つまり、浅田浩二は立川はるかに微塵も心を許さなかった。
「うう、ううぅ……」
「運が悪かったんだよ、キミがすぐそばにいたもんだから。しょうがないよね、諦めてくれよ」
(茶番だなぁ……)
飽き始めていた伊藤月子は、この茶番の終わらせ方を考えていた。
二人の関係がどうであれ、生殺与奪は伊藤月子が握っていると言っても過言ではない。どちらを生かすかなんてとっくに決まっていた。
だが変に動いては怪しまれてしまう。あとに疑念を残さず、それでいて綺麗に幕を下ろす方法でないといけない。
そんな伊藤月子をよそに、茶番は進行していく。
「立川さん。僕は『救世主』を探していると言ったけれど、誰にだって『救世主』の可能性があるのかなと思っているんだ」
「…………」
(……?)
伊藤月子には、何の話しをしているのかわからない。唯一理解できそうな立川はるかは再び身体を起こそうとするが、手が震えて思うように動けない。
「僕は今まで『救世主』に会ったことはない。だって、みんな僕を裏切って去って行くんだ。そう、誰も『救世主』じゃなかった。
立川さん。僕はいつも通りに、キミが『救世主』なんじゃないのかなって期待していたんだ。
でも、結果がこれだ。ルールの都合上、キミたちどちらかは『救世主』じゃないことが確定した。
だから、どちらかを殺す。
……うん、キミだ、立川はるか。キミを殺す」
「アサダくん。キミは、悲しい人だ」
「なに?」
背を向けたまま、立川はるかはぽつり、ぽつりと続ける。
「裏切ったとか、違うとか、いつも通りに、とか。そんなの、アサダくんが勝手に思い込んでるだけだよ。それは単なる我儘だ。自分勝手で、まるで子供だよ」
「……何だと?」
「どうせ大したこともない、しょうもない口喧嘩で裏切られた、とか言ってるんじゃないの? バカらしい。
アサダくん。キミはずっと逃げているんだね。多くの人が自然にぶつかって解決して、そこから強くなっていく……そんな当たり前のことを、すべてを放り出して逃げ続けているんだ。
だからアサダくんは弱いままだ」
「うるさい、黙れよ!」
伊藤月子に向けていた銃口を立川はるかに突きつけた。
ごつんと、後頭部に当たる銃口。それでも立川はるかは止まらない。
「そうやって脅して、あるいは拗ねて、人から遠ざかっていたんだね……別に呆れているわけじゃないよ? ただ、可哀想だなぁって思ってるだけ」
「間違いない……お前は『救世主』じゃない」
「うん。私は違う。アサダくんが望んでいるような、すべてを受け入れてくる甘い人、にはなれない。
喧嘩もして、距離をとって、仲直りして、それで絆を深め合っていく人こそが、そんな人たちが、『救世主』なんだよ?
アサダくんは、どれだけの『救世主』を突き放してきたの?」
「うるさい、違う、違う違う! お前の言うことは、違う!
……もういい、お前はここで殺す、それであそこにいるヤツを降りていくよ、『救世主』かもしれないからな」
トリガーにかかった指に力がこもる。
怒りで震えた指は、何のためらいもなく引かれる、
はずだった。
「……このまま殺しても、この怒りは収まりそうにないな」
「ひゃっ!」
四つん這いになっていた立川はるかの下半身、お尻をライフルで撫でた。
「可愛い声、出すじゃないか。お前処女だろ、どうせ。
それで死ぬというのは哀れだよなぁ」
立川はるかの腰に合わせるように、膝をついて中腰となる浅田浩二。そのままドレスをまくり上げると、そこには水色の下着。
「ウソ、ヤ、やだっ!」
「ガタガタ言うなよ。いいだろ、どうせ死ぬんだからっ」
震える腕、焦る気持ちで興奮したペニスを抜き出し、ずらした下着から見える秘部にあてがう。
立川はるかは恐怖で呼吸が止まり、体温さえ失ったかのように錯覚する。だが大事なところに当たる異物が現実であるということを認識させた。
「本能的に危険を感じたら濡れるって聞くけど……本当なんだな」
「やめて、お願い……いやぁぁぁっ!」
「やめるわけ、ないだろ!」
ずるっ
「ひ、い゛!」
【立川はるかは非処女になりました】
立川はるかが守っていた純潔は、浅田浩二が無残に突き破った。
立川はるかは当然のこと、初めて受け入れるそこに拒絶され浅田浩二は快感以上に痛みを感じていた。が、浅田浩二にとってそんなことはどうでもよく、忌々しい女を陵辱する、それだけが目的だった。
「なんだ、やっぱり処女じゃないか。ハハ、はははっ、ほら、どうだ、今の気分は!」
「ぐ、ハァ、アア……いたい、やめてよ、やめてよぉ!」
「うるさいなぁ、もうちょっと、もうちょっとだけだ……!」
相手のことなんて少しも考えない、ただただ屈辱を与えるためだけに、浅田浩二は腰を揺らす。
膣内は擦り切れ、破瓜とは思えないほどに血を流す。そこには浅田浩二の血が混じっていたが、もはや痛覚は麻痺しているようだった。
「はぁ、はぁ、はぁっ、悪いな、もう、ダメそうだっ」
「っ! ダメ、それは、それだけは、ダメっ!!!」
「ああ、で、出る! 出す、出すぞっ!」
「ア、アッ、アああああアアアッ!」
浅田浩二の動きは止まった。そして繋がったまま崩れる立川はるか。
絞り出すように、浅田浩二は立川はるかに精を放った。この一方的な性交は浅田浩二の嗜虐心を刺激し、興奮させ、立川はるかの体内すら汚らわしく犯した。
ぜいぜいと息を荒げながら気だるい身体を動かし、立川はるかから離れる。秘部からはごぽりと精液、そして血が溢れ、床に落ちる。
立川はるかは両肩を大きく揺らしたまま、動くこともままならない。
ライフルを立川はるかの後頭部に再び押し当てた。
「さよなら、立川さん」
何の躊躇もなく、引き金に指がかかり――
――トンッ
浅田浩二の手からライフルが落ちた。
トリガーが引かれるよりも早く、立川はるかが跳躍し短剣を浅田浩二の首に突き刺したのだ。
浅田浩二は、何が起こったのかわからない、と言った表情をしていた。そして首の異物に気づく。
ごく自然にそれを掴み、抜いた、瞬間。大量の血が吹き出した。
立川はるかは振り返らない。回復魔法で自身の怪我を癒していた。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかは浅田浩二を殺しました ▲
▲ ▲
▲ レベルは上がりません ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
『規定の人数となりました。フロアの出口を開きます。お疲れでしょう、この先に休憩室を用意しています。』
壁が音もなく開き、階段が現れた。
「……このライフル、使わせてもらおうかな」
ライフルを拾い、伊藤月子は亡骸を一瞥する。
(キミ、何があったか知らないけど性格ネジ曲がりすぎ。何にもがんばらずに生きてきた人の典型だよ。まあ私も人のこと、言えないけどさ……
すべてを賛同するわけじゃないんだけど、私たちには『救世主』が必要なのかもしれないね。
……来世では会えるといいね、『救世主』に)
そして立川はるかに視線を移す。
「はるかちゃん……」
伊藤月子は立川はるかが(本当に)心配だった。いくらなんでも悲惨すぎるからだ。
正面に廻り、顔を覗きこんで――ぎょっとした。
立川はるかは、平然としていた。ごくごく自然体で、余分な力が抜けてリラックスしているような様子だったのだ。
「どうしました?」
「う、ううん。行こ?」
「はい」
二人は手を繋ぐ。
ふと、立川はるかは振り返り――すぐに、前を向いた。
・
・
・
・
・
(…………)
伊藤月子は立川はるかへの認識が変わりつつあった。
浅田浩二がトリガーを引く瞬間、念動力で止めようとしていた。そして銃口を自分に向けさせて自殺、という幕引きを描いていたのだ。
しかし実際は、立川はるかが念動力を使うよりも早く動いた。
つまり、超能力を使用するよりも行動できるという証明。
それに、強姦され、人一人殺したあとで、あの平然とした表情。絶望も、悲しみも、怒りも、殺意もない、ごくごく日常を過ごしていたかのような、表情。
(……こいつは、脅威だ)
****************************************
* *
* やさしい塔 *
* *
* 彼女は気づく *
* *
****************************************
無限弾倉というチート性能なライフルを手に入れ、ようやく伊藤月子も戦闘で役に立ち始め――ることはなかった。
どれだけ高性能な武器を装備していても、その多くは使用者の実力で左右される。その点で言えば伊藤月子はまったくの素人、飛び交うコウモリどころか、棒立ちしているオーガ(縦にも横にもデカイ)すら当たらない。
なので伊藤月子は当てることは早々に諦め、「とりあえずモンスターに向けて撃って、当たったらラッキー」ぐらいに考えるようにした。
さて、現在2人はあいかわらず塔の探索をしていて、モンスターの襲撃に遭っていた。
伊藤月子がライフルを入手したフロアから何階か降りてきたフロアで、トータル十数度目の襲撃。
これまでの頻度と比べると明らかに多すぎる。が、そんなことに気づくほど2人に余裕はない。
(あーあ、当たらないなー)
よほど射撃の才能がないのだろうか。子供でもお菓子で釣れば当てそうな標的になぜ当たらないのか。
伊藤月子は10発外すたびに、念動力で対象をひねり潰すことにしていた。働いている姿を見せているので問題はなかったのだが、1発も当たらないところを見られたくなかったのだ。
何だか割りに合わない気もしていたが、それが伊藤月子の小さな意地、プライドだった。
(銃弾の軌道変えるほうが楽だったりして……あっち、は?)
ちらりと立川はるかの様子をうかがうと、少し離れたところで同じ人間とは思えないほどの動きモンスターを斬り伏せていた。
速いなんてものじゃない、姿がほとんど見えない。斬って、返り血すら浴びずにその場から跳躍し、次のモンスターへ。ただそれを繰り返しているだけなのに場を制圧している。
少し前のフロアから、伊藤月子は立川はるかにある感情を抱くようになっていた。
もちろん、尊敬・感謝などではない。
今の時点ですでに、立川はるかの身体能力は伊藤月子を凌駕している。それは、超能力を使うよりも速く、行動することができるということ。
あのナントカという男(伊藤月子は浅田浩二の名前を覚えていない)が殺されたときに気づいてはいたが、いよいよ確信し始めていた。
それに加え、立川はるかの剣技は目を見張るものがあるし、魔法だって使うことができる。
もし全盛期であれば、今の立川はるかが束になっても負けることはないだろう。けれど弱体化しているこの身では荷が重すぎる相手だった。
伊藤月子は立川はるかが『脅威』であると認めていた。
が、『ある感情』とは恐怖・不安でもない。
「ふー……おーわり」
やたらキラキラしながら汗を拭い、立川はるかは伊藤月子に笑顔を見せた。
そんな笑顔に伊藤月子はというと――
「…………!」
プルプル震えながら、顔を真っ赤にして背を向けた。
そんな様子に首を傾げる立川はるか。
「月子さん、どうしたんですか?」
「……!」
強化された身体能力を使ったのだろうか、音もなく接近され顔を覗き込まれる。
立川はるかの顔が、すぐそばにある。それを意識しただけで思考がパニックに陥ってしまう。
「顔、赤いですね……もしかして、体調悪いんですか!?」
「ううん、元気、元気だよ……ちょっと疲れてるだけ……」
「なぁんだ、それなら良かったっ」
そう言って立川はるかは伊藤月子の手を握る。
何気ない、探索のときはいつでもやっていた行為、それなのに。
「~~~~~~!!!!!」
「わわっ?」
声になっていない声を上げ、伊藤月子はその手を振り払った。
「痛かったですか……?」
「え、あ……えっと、静電気がね、それに驚いちゃって……」
どこか納得していない様子の立川はるかだったが、特に気にせず再度手を握った。
立川はるかが引き、伊藤月子がそれを追う。いつの間にか立場が逆転していた。
『伊藤月子は立川はるかにある感情を抱くようになっていた』
(手、柔らかいし温かいなぁ……気持ちいい)
自分でもわかるぐらいに、顔が、身体が熱くなっていた。
(なんでこんなに……ドキドキするんだろう……)
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ ◆現在のステータス ▲
▲ ▲
▲ ◇立川はるか ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル31】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル15 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル13 ▲
▲ 学者の知識 レベル10 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル15 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル12 ▲
▲ ▲
▲ ※勝手に発動しているスキル ▲
▲ 魅了(チャーム)・・・モンスターを呼び寄せる ▲
▲ 同行者を混乱・興奮させる ▲
▲ ▲
▲ ▲
▲ ◇伊藤月子 ▲
▲ ▲
▲ 【超能力者 レベル1(固定)】 ▲
▲ ▲
▲ 超能力 レベル1 ▲
▲ ▲
▲ ※状態異常 ▲
▲ 混乱 ▲
▲ 興奮 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
* *
* やさしい塔 *
* *
* 彼女は気づく *
* *
****************************************
無限弾倉というチート性能なライフルを手に入れ、ようやく伊藤月子も戦闘で役に立ち始め――ることはなかった。
どれだけ高性能な武器を装備していても、その多くは使用者の実力で左右される。その点で言えば伊藤月子はまったくの素人、飛び交うコウモリどころか、棒立ちしているオーガ(縦にも横にもデカイ)すら当たらない。
なので伊藤月子は当てることは早々に諦め、「とりあえずモンスターに向けて撃って、当たったらラッキー」ぐらいに考えるようにした。
さて、現在2人はあいかわらず塔の探索をしていて、モンスターの襲撃に遭っていた。
伊藤月子がライフルを入手したフロアから何階か降りてきたフロアで、トータル十数度目の襲撃。
これまでの頻度と比べると明らかに多すぎる。が、そんなことに気づくほど2人に余裕はない。
(あーあ、当たらないなー)
よほど射撃の才能がないのだろうか。子供でもお菓子で釣れば当てそうな標的になぜ当たらないのか。
伊藤月子は10発外すたびに、念動力で対象をひねり潰すことにしていた。働いている姿を見せているので問題はなかったのだが、1発も当たらないところを見られたくなかったのだ。
何だか割りに合わない気もしていたが、それが伊藤月子の小さな意地、プライドだった。
(銃弾の軌道変えるほうが楽だったりして……あっち、は?)
ちらりと立川はるかの様子をうかがうと、少し離れたところで同じ人間とは思えないほどの動きモンスターを斬り伏せていた。
速いなんてものじゃない、姿がほとんど見えない。斬って、返り血すら浴びずにその場から跳躍し、次のモンスターへ。ただそれを繰り返しているだけなのに場を制圧している。
少し前のフロアから、伊藤月子は立川はるかにある感情を抱くようになっていた。
もちろん、尊敬・感謝などではない。
今の時点ですでに、立川はるかの身体能力は伊藤月子を凌駕している。それは、超能力を使うよりも速く、行動することができるということ。
あのナントカという男(伊藤月子は浅田浩二の名前を覚えていない)が殺されたときに気づいてはいたが、いよいよ確信し始めていた。
それに加え、立川はるかの剣技は目を見張るものがあるし、魔法だって使うことができる。
もし全盛期であれば、今の立川はるかが束になっても負けることはないだろう。けれど弱体化しているこの身では荷が重すぎる相手だった。
伊藤月子は立川はるかが『脅威』であると認めていた。
が、『ある感情』とは恐怖・不安でもない。
「ふー……おーわり」
やたらキラキラしながら汗を拭い、立川はるかは伊藤月子に笑顔を見せた。
そんな笑顔に伊藤月子はというと――
「…………!」
プルプル震えながら、顔を真っ赤にして背を向けた。
そんな様子に首を傾げる立川はるか。
「月子さん、どうしたんですか?」
「……!」
強化された身体能力を使ったのだろうか、音もなく接近され顔を覗き込まれる。
立川はるかの顔が、すぐそばにある。それを意識しただけで思考がパニックに陥ってしまう。
「顔、赤いですね……もしかして、体調悪いんですか!?」
「ううん、元気、元気だよ……ちょっと疲れてるだけ……」
「なぁんだ、それなら良かったっ」
そう言って立川はるかは伊藤月子の手を握る。
何気ない、探索のときはいつでもやっていた行為、それなのに。
「~~~~~~!!!!!」
「わわっ?」
声になっていない声を上げ、伊藤月子はその手を振り払った。
「痛かったですか……?」
「え、あ……えっと、静電気がね、それに驚いちゃって……」
どこか納得していない様子の立川はるかだったが、特に気にせず再度手を握った。
立川はるかが引き、伊藤月子がそれを追う。いつの間にか立場が逆転していた。
『伊藤月子は立川はるかにある感情を抱くようになっていた』
(手、柔らかいし温かいなぁ……気持ちいい)
自分でもわかるぐらいに、顔が、身体が熱くなっていた。
(なんでこんなに……ドキドキするんだろう……)
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▲ ▲
▲ ◆現在のステータス ▲
▲ ▲
▲ ◇立川はるか ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル31】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル15 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル13 ▲
▲ 学者の知識 レベル10 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル15 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル12 ▲
▲ ▲
▲ ※勝手に発動しているスキル ▲
▲ 魅了(チャーム)・・・モンスターを呼び寄せる ▲
▲ 同行者を混乱・興奮させる ▲
▲ ▲
▲ ▲
▲ ◇伊藤月子 ▲
▲ ▲
▲ 【超能力者 レベル1(固定)】 ▲
▲ ▲
▲ 超能力 レベル1 ▲
▲ ▲
▲ ※状態異常 ▲
▲ 混乱 ▲
▲ 興奮 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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* *
* やさしい塔 *
* *
* 最後の休憩室 *
* *
****************************************
伊藤月子はフロアを降りるたび、透視で塔の外を確認していた(これは前回のボクの塔の伊藤月子もしていたことであるが、当然この伊藤月子とは関係ない)。
最初は目もくらむような高い場所にいた。それが少しずつ低くなり、降りていき、気がつけば地面が見えるようになって、そうして今は目と鼻の先。
これまでの経験から、今いるフロアの高さは2階、あるいは3階ぐらい。もう、出口はすぐそこなのだ。
このフロアには休憩室があった。だいぶ前に伊藤月子が利用した休憩室と同じ内装だったが、今回は二人部屋なのか、一回り広いように思えた。
「うわぁ、なにここー!?」
「休憩室だってさ。ほら、前の天国と地獄の」
「ベッド! それにクッキーも!」
「(あえて言うこともないか……)シャワーもあるから、先に浴びてきたら?」
「はいっ、では失礼しますっ」
小走りでシャワールームに入っていく立川はるかを見送り、伊藤月子は我に帰る。
(先に浴びてきたら、だなんて……何かヤラシイ!)
『そういったことに経験がない』、『処女の』伊藤月子は、それらしいことを言っただけでドキドキとしてしまう。
ただでさえ立川はるかの魅了がかかっている状態なのだ。思考は正常に動いていない。
シャワ~~~~(←シャワーを浴び始めた効果音のつもり)
その音に、伊藤月子は過敏に反応した。
(シャワー! つまり……現在進行形で何も着ていない! ということ!)
ごくり。なぜか生唾を飲んだところで、ハっとする。
(落ち着け、落ち着くのよ……)
ひとまず座って、クッキーをバリボリ食べた。
(糖分だ、糖分さえあれば、いい考えが思いつく)
いったい何を考えているのか。ろくでもないには違いないのだろうが、この場で最も落ち着くには『何も考えないこと』である。
盛りつけられていたクッキーを半分食べたところで、伊藤月子はようやくアイディアを思いついた。
(そうか、透視を使えばいいんだ)
どうやら、『どうやって覗き見るか』を考えていたらしい。
念のために言っておくと、伊藤月子にそんなケはない。これも(おそらく)魅了の効果なのである。
透視を使ってシャワールームを覗き見ることぐらい、伊藤月子にとってみれば簡単なこと。壁なんてガラス板のようなものなのだ。
(そう、これは戦力分析。相手を知ることで、今後の脅威を取り除くウンヌンカンヌン)
と、自分に言い訳をしたところで透視開始。
(で、では……失礼しまーす)
『見る』から『観る』へ意識を切り替えた瞬間、伊藤月子の視界からシャワールームの壁が消えた。
そこは、湯気に包まれて何も見えなかった。
(な、なにこの少年誌みたいな展開……)
透視は『通常なら見えないものを透かして見れるようにする』ものなので、元から透けていない(その辺りの判定が曖昧なもの)に対しては効果がない。
もちろん、ただの湯気である。これも大した障害ではない。
(念動力を使えば湯気ぐらい……!)
扇ぐように手をパタパタと振る。するとその動きに合うように、湯気がぱっと散っていく。
特に意識をしたわけではなかったが、湯気は上から散っていった。まず顔が見えた。頭から浴びたのか、髪はお湯が滴っている。おそらく歌でも歌っているのだろう、心地よさそうに口を動かしている。
(わわわ、下、下を…………)
そこからさらに湯気は散っていく。
首、肩、鎖骨。そこまで見えたときだった。
――ギロッ
立川はるかが、伊藤月子を睨みつけた。
「ひゃっ!」
慌てて透視を解除し、意味もなく目を逸らした。
(透視がバレた? いや、そんなまさか……)
透視とは、結局のところ『目で見ている』わけである。つまり、対象は『誰かに見られている』、言ってしまうと視線を感じるのだ。
立川はるかは身体能力が格段に上昇し、ちょっとした気配にも気づくことができた。
遠視、千里眼、念写。きっとどれを使用しても気づかれるだろう。
(うまくいかないもんだねぇ……おとなしくしておこう)
マンガやアニメではお約束の使用法。それがあっけなく失敗し、伊藤月子はうなだれるしかできなかった。
すっかり下がったテンションのまま、伊藤月子はクッキーを貪っていると――
「お先失礼しましたー」
「ハワッ!!!」
バスタオルを巻きつけただけの立川はるかがシャワールームから出てきたのだ。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかのスキル:魅了(チャーム)が強化されました ▲
▲ ▲
▲ ◇伊藤月子 ▲
▲ ▲
▲ ※状態異常 ▲
▲ 混乱 ▲
▲ 興奮 ▲
▲ 理性の崩壊 ←new! ▲
▲ 女性への目覚め ←new! ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「ついでに服も洗っちゃいましたー」
「そ、そう……いいね、私もしようかな」
(なんだこの谷間……! バケモノか? それに肌キレイだなー。脚なんてあんなにほっそりしちゃって。上はムッチリで下はほっそりってことかー、羨ましい。
ハッ! ということは、シャワールームには服が干してある!?
……いや、さすがにそれは変態すぎる。
ううん、違う違う。相手の装備を確認するというのもウンヌンカンヌン)
「中にあった箱に入れたら綺麗になりましたよ、服。それにすぐ乾きますし」
「そ、そうか~」
(よくよく見たら手に持ってるし~~~。グギギギ)
・
・
・
シャワーから浴び終えると、立川はるかが言っていた箱の中の服はたしかに綺麗に、そしてふかふかに乾いていた。
「はぁ~便利だなぁ。このグルングルン回る箱」
シャワールームから出ると、そこに立川はるかはいなかった。
(まさか、先に行かれた……!?)
すっかり油断していた。思えばテレパシーも長らく使っていない。
悔いた。伊藤月子は己の愚かさに悔いた(魅了の効果もあったので、しかたないと言えばしかたなかったが)。
落ち込んでいても始まらない。ひとまず状況確認。
クッキー。ちょっと減っている。何枚かつまんだのだろう。
ティーカップ。ちょっと紅茶が残っている。クッキーを食べる合間に飲んだのだろうか。
ソファー。服が無造作に置かれている。意味はないがそれをぎゅっと抱き締めてみる。とても良い香りがした。
「……ベッドか」
服を着ずに外には出るわけがない。となると、残っている場所は限られる。そう思って視線を向けたベッドのシーツは膨らんでいた。
クッキーを食べて紅茶を飲んだところで気が抜けたのか、そのまま服を着ずに潜り込んだのだろう。
服を着ないで。
裸、あるいはバスタオル1枚で。
裸か。
バスタオル1枚で。
「集中、集中だ……!」
伊藤月子は五感を超能力で強化し、立川はるかを観察する。
寝息、体温、思考の混濁、どれを見ても深い眠りの状態にある。透視にすら気づく身体能力の持ち主でも目を覚ますことはないだろう、人類学的に。
それもこれも多くのモンスターを討伐したことによる疲労ではあったが、伊藤月子は労うつもりもない。
ベッドに近づき、膨らみを眺める。透視なんて使わない。いや、透視という選択ができないほど、伊藤月子は興奮していた。
そっとつかみ、するすると引っ張り――
* *
* やさしい塔 *
* *
* 最後の休憩室 *
* *
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伊藤月子はフロアを降りるたび、透視で塔の外を確認していた(これは前回のボクの塔の伊藤月子もしていたことであるが、当然この伊藤月子とは関係ない)。
最初は目もくらむような高い場所にいた。それが少しずつ低くなり、降りていき、気がつけば地面が見えるようになって、そうして今は目と鼻の先。
これまでの経験から、今いるフロアの高さは2階、あるいは3階ぐらい。もう、出口はすぐそこなのだ。
このフロアには休憩室があった。だいぶ前に伊藤月子が利用した休憩室と同じ内装だったが、今回は二人部屋なのか、一回り広いように思えた。
「うわぁ、なにここー!?」
「休憩室だってさ。ほら、前の天国と地獄の」
「ベッド! それにクッキーも!」
「(あえて言うこともないか……)シャワーもあるから、先に浴びてきたら?」
「はいっ、では失礼しますっ」
小走りでシャワールームに入っていく立川はるかを見送り、伊藤月子は我に帰る。
(先に浴びてきたら、だなんて……何かヤラシイ!)
『そういったことに経験がない』、『処女の』伊藤月子は、それらしいことを言っただけでドキドキとしてしまう。
ただでさえ立川はるかの魅了がかかっている状態なのだ。思考は正常に動いていない。
シャワ~~~~(←シャワーを浴び始めた効果音のつもり)
その音に、伊藤月子は過敏に反応した。
(シャワー! つまり……現在進行形で何も着ていない! ということ!)
ごくり。なぜか生唾を飲んだところで、ハっとする。
(落ち着け、落ち着くのよ……)
ひとまず座って、クッキーをバリボリ食べた。
(糖分だ、糖分さえあれば、いい考えが思いつく)
いったい何を考えているのか。ろくでもないには違いないのだろうが、この場で最も落ち着くには『何も考えないこと』である。
盛りつけられていたクッキーを半分食べたところで、伊藤月子はようやくアイディアを思いついた。
(そうか、透視を使えばいいんだ)
どうやら、『どうやって覗き見るか』を考えていたらしい。
念のために言っておくと、伊藤月子にそんなケはない。これも(おそらく)魅了の効果なのである。
透視を使ってシャワールームを覗き見ることぐらい、伊藤月子にとってみれば簡単なこと。壁なんてガラス板のようなものなのだ。
(そう、これは戦力分析。相手を知ることで、今後の脅威を取り除くウンヌンカンヌン)
と、自分に言い訳をしたところで透視開始。
(で、では……失礼しまーす)
『見る』から『観る』へ意識を切り替えた瞬間、伊藤月子の視界からシャワールームの壁が消えた。
そこは、湯気に包まれて何も見えなかった。
(な、なにこの少年誌みたいな展開……)
透視は『通常なら見えないものを透かして見れるようにする』ものなので、元から透けていない(その辺りの判定が曖昧なもの)に対しては効果がない。
もちろん、ただの湯気である。これも大した障害ではない。
(念動力を使えば湯気ぐらい……!)
扇ぐように手をパタパタと振る。するとその動きに合うように、湯気がぱっと散っていく。
特に意識をしたわけではなかったが、湯気は上から散っていった。まず顔が見えた。頭から浴びたのか、髪はお湯が滴っている。おそらく歌でも歌っているのだろう、心地よさそうに口を動かしている。
(わわわ、下、下を…………)
そこからさらに湯気は散っていく。
首、肩、鎖骨。そこまで見えたときだった。
――ギロッ
立川はるかが、伊藤月子を睨みつけた。
「ひゃっ!」
慌てて透視を解除し、意味もなく目を逸らした。
(透視がバレた? いや、そんなまさか……)
透視とは、結局のところ『目で見ている』わけである。つまり、対象は『誰かに見られている』、言ってしまうと視線を感じるのだ。
立川はるかは身体能力が格段に上昇し、ちょっとした気配にも気づくことができた。
遠視、千里眼、念写。きっとどれを使用しても気づかれるだろう。
(うまくいかないもんだねぇ……おとなしくしておこう)
マンガやアニメではお約束の使用法。それがあっけなく失敗し、伊藤月子はうなだれるしかできなかった。
すっかり下がったテンションのまま、伊藤月子はクッキーを貪っていると――
「お先失礼しましたー」
「ハワッ!!!」
バスタオルを巻きつけただけの立川はるかがシャワールームから出てきたのだ。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかのスキル:魅了(チャーム)が強化されました ▲
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▲ ◇伊藤月子 ▲
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▲ ※状態異常 ▲
▲ 混乱 ▲
▲ 興奮 ▲
▲ 理性の崩壊 ←new! ▲
▲ 女性への目覚め ←new! ▲
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▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「ついでに服も洗っちゃいましたー」
「そ、そう……いいね、私もしようかな」
(なんだこの谷間……! バケモノか? それに肌キレイだなー。脚なんてあんなにほっそりしちゃって。上はムッチリで下はほっそりってことかー、羨ましい。
ハッ! ということは、シャワールームには服が干してある!?
……いや、さすがにそれは変態すぎる。
ううん、違う違う。相手の装備を確認するというのもウンヌンカンヌン)
「中にあった箱に入れたら綺麗になりましたよ、服。それにすぐ乾きますし」
「そ、そうか~」
(よくよく見たら手に持ってるし~~~。グギギギ)
・
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シャワーから浴び終えると、立川はるかが言っていた箱の中の服はたしかに綺麗に、そしてふかふかに乾いていた。
「はぁ~便利だなぁ。このグルングルン回る箱」
シャワールームから出ると、そこに立川はるかはいなかった。
(まさか、先に行かれた……!?)
すっかり油断していた。思えばテレパシーも長らく使っていない。
悔いた。伊藤月子は己の愚かさに悔いた(魅了の効果もあったので、しかたないと言えばしかたなかったが)。
落ち込んでいても始まらない。ひとまず状況確認。
クッキー。ちょっと減っている。何枚かつまんだのだろう。
ティーカップ。ちょっと紅茶が残っている。クッキーを食べる合間に飲んだのだろうか。
ソファー。服が無造作に置かれている。意味はないがそれをぎゅっと抱き締めてみる。とても良い香りがした。
「……ベッドか」
服を着ずに外には出るわけがない。となると、残っている場所は限られる。そう思って視線を向けたベッドのシーツは膨らんでいた。
クッキーを食べて紅茶を飲んだところで気が抜けたのか、そのまま服を着ずに潜り込んだのだろう。
服を着ないで。
裸、あるいはバスタオル1枚で。
裸か。
バスタオル1枚で。
「集中、集中だ……!」
伊藤月子は五感を超能力で強化し、立川はるかを観察する。
寝息、体温、思考の混濁、どれを見ても深い眠りの状態にある。透視にすら気づく身体能力の持ち主でも目を覚ますことはないだろう、人類学的に。
それもこれも多くのモンスターを討伐したことによる疲労ではあったが、伊藤月子は労うつもりもない。
ベッドに近づき、膨らみを眺める。透視なんて使わない。いや、透視という選択ができないほど、伊藤月子は興奮していた。
そっとつかみ、するすると引っ張り――
「オォウ」
そこにはしぶとくバスタオルを巻いた立川はるか。
この瞬間ほどバスタオルに恨みを馳せたことは、伊藤月子にはなかった。
(それにしても……)
つくづく綺麗な身体をしている。ほぅっと、ため息を吐いてしまった。
バスタオルを巻かれた身体のラインは実に扇情的であった。まるで寸分狂わずシンメトリーが形成された砂時計のようなスタイルだ。
露出している腕や脚は、短剣を振り回しているようにも、目にも止まらぬ速さで跳躍するようには見えないほど女性的で、無駄な脂肪も筋肉もない。
くっきりと浮かんだ鎖骨。細い首筋。ぷっくりと肉づきの良い唇は艶かしく、しっとりと潤んでいるように見えた。
残念なことに、先ほど強姦されてしまったので処女ではない。男を知った身体なのにそれでも美しい。
じゅるり。気づけばよだれが出ていた。
震える手でバスタオルを外そうとしたが、これはあまりに難易度の高いミッション。先ほどのシーツの比ではない、彼女の唯一の装備を奪おうとしているのだ。
睡眠状態を確認する。問題ない、この上なく安全、99パーセント大丈夫だろう。だが伊藤月子は200パーセントの安心を感じたかった。
そこで閃いたのがマインドコントロールの応用。寝ていてなお働こうとする無意識(本能的に行おうとする反射など)を限りなくゼロにしてしまおう、というアイディア。
まずは精神に干渉し、無意識を目視する。やはり寝ていても多少の警戒はしているようで、何か刺々しい意識(きっと攻撃意識や防衛本能)がちらほら見られた。
それらを手で握るように潰していく。
すべての無意識を排除したとき、立川はるかは完全に無防備となる。そうしてようやく蹂躙できるのだ――伊藤月子はニンマリと笑い、ワキワキと手を動かした。
(ん?)
意識の中に、少しも敵意を感じないものがあった。言うなればピンク色の意識。いや何らかの能力にも思えた。
まるで危険はないようだったが、念のためそれも潰した。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかのスキル:魅了(チャーム)が解除されました ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「…………」
途端に、あれだけ飢えていた伊藤月子のテンションは急激に下がり、底。
これまでの興奮がウソのように、立川はるかの身体を見ても何も感じない。多少の嫉妬はあるけれど。
(……私も寝よう)
さっさとベッドから降り、ソファーに寝っ転がった。
いっしょに寝たい、なんて少しも思わなかった。
****************************************
* *
* やさしい塔 *
* *
* そこには誰もいない *
* *
****************************************
『ようこそ、1階へ』
二人はしっかりと休息をとったあと、休憩室を抜けてフロアを降りた。
『塔の探索も、もうすぐ終わりです』
次のフロアに入ってすぐ、そんなアナウンスが響く。
そう言われたところで2人はほとんど感動しない。
まだ何かあるかもしれない――と疑っているからだ。
『もしかしたら警戒されているのかもしれませんが、心配ありません。
残るは出口と、この塔の主が待っているだけです。
その塔の主も敵意はありません』
(そう言われても……)
立川はるかは素直に信じることができなかった。
(…………)
伊藤月子は信じるどころか、嫌な予感しかしなかった。
すでに『観ている』からだ。出口と、塔の主が待っているのだろうその部屋を。
『さあ、扉を開いてください』
長い一本道の置くに大きな扉。それを立川はるかが開くと――
何もない部屋。そこには誰もいない。
外へと通じる扉が開いている。1本の長い道、広がる草原、舞い込む澄んだ風。
「外、外ですよ月子さん!」
「うん……」
「そう言えば塔の主がいるって聞いてましたが……どこにいるんでしょうね」
盛り上がる立川はるかの反面、伊藤月子はあまりに静かだった。
伊藤月子が抱いていた、最悪の展開。それが的中してしまったからだ。
『申し訳ございません。塔の主はここにはいません』
「外出中?」
『いいえ、違います。正確に言えば、塔の主はこの塔を放棄されました』
立川はるかは意味がわからなかった。もちろん伊藤月子もわからない。が、次に言われることは容易に想像できていた。
『現在、この塔は所有者がいない状態です。
お二方には大変申し訳ないのですが――』
『どちらかお一方、塔の主になっていただけませんか?』
* *
* やさしい塔 *
* *
* そこには誰もいない *
* *
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『ようこそ、1階へ』
二人はしっかりと休息をとったあと、休憩室を抜けてフロアを降りた。
『塔の探索も、もうすぐ終わりです』
次のフロアに入ってすぐ、そんなアナウンスが響く。
そう言われたところで2人はほとんど感動しない。
まだ何かあるかもしれない――と疑っているからだ。
『もしかしたら警戒されているのかもしれませんが、心配ありません。
残るは出口と、この塔の主が待っているだけです。
その塔の主も敵意はありません』
(そう言われても……)
立川はるかは素直に信じることができなかった。
(…………)
伊藤月子は信じるどころか、嫌な予感しかしなかった。
すでに『観ている』からだ。出口と、塔の主が待っているのだろうその部屋を。
『さあ、扉を開いてください』
長い一本道の置くに大きな扉。それを立川はるかが開くと――
何もない部屋。そこには誰もいない。
外へと通じる扉が開いている。1本の長い道、広がる草原、舞い込む澄んだ風。
「外、外ですよ月子さん!」
「うん……」
「そう言えば塔の主がいるって聞いてましたが……どこにいるんでしょうね」
盛り上がる立川はるかの反面、伊藤月子はあまりに静かだった。
伊藤月子が抱いていた、最悪の展開。それが的中してしまったからだ。
『申し訳ございません。塔の主はここにはいません』
「外出中?」
『いいえ、違います。正確に言えば、塔の主はこの塔を放棄されました』
立川はるかは意味がわからなかった。もちろん伊藤月子もわからない。が、次に言われることは容易に想像できていた。
『現在、この塔は所有者がいない状態です。
お二方には大変申し訳ないのですが――』
『どちらかお一方、塔の主になっていただけませんか?』
****************************************
* *
* やさしいの塔 *
* *
* 最後に笑う者 *
* *
****************************************
『では、ルールを決めさせていただきます』
「え、ちょ、ちょっ」
最初に反応したのは立川はるかだった。
薄々理解はできていたが、この塔の『ルール』とやらは絶対なのだ。今でこそ死亡時の処置だけであるが、妙なルールを追加されてはたまったものではない。
特に、ここが最後なのだ。それに先ほど言葉――どちらかお一方、塔の主になっていただけませんか?――から、ロクでもないルールが追加されるに違いない!
だが、声を止める術がない。声も立川はるかに構うはずがない。
『ルール1
この塔に最後まで残っていた者を塔の所有者とする』
「ちょっと、待てやっ」
『ルール2
同時に2人以上、脱出することはできない』
ビシビシと殺気を放ってみるものの、後ろにいる伊藤月子にしかぶつからない。
伊藤月子は殺気にも声にも素知らぬ顔。立川はるかのように戸惑いや混乱、怒りは見られない。
これから起こす行動はもう決っている、そんな様子さえうかがえる。
『ルール3
死者が出た場合、最初の死者を塔の所有者として復活させる』
『ルール4
塔は死者には容赦しない。塔の所有者は穏便に決めることを勧める』
『以上をルールとします。ではスタート』
ここで声は消えた。
部屋には立川はるか、伊藤月子、そして夜のような静けさだけが残る。
立川はるかは意外にも冷静だった。言われたルールを反芻させ、抜け道を見出そうとしていた。
しかし手や脚は震え、唇は真っ青。まぶたをギュッと閉じて潤んだ瞳を隠した。
折れてはいけない。まだ、折れるには早い。今はみっともなく足掻いて、可能性を探すんだ――
この4つのルールは、あきらかに2人を狙い撃ちしているのだろう。どうやってもどちらか1人しか脱出できないようになっている。
最も簡単で、非人道的で、真っ先に思いついた案。それは『伊藤月子を見捨てる』。
相手はライフルを持っているだけの平均的な女性。今の自分なら悠々と組み伏せ、動きを封じることができる。何なら脚の一本折ってもいいし、殺してしまってもいい――が、立川はるかはすぐに却下していた。
助かりたい。自分だけではなく、2人で。そこがブレることは、立川はるかにはありえなかった。
「はるかちゃん」
ぐるぐると思考の迷宮に足を踏み入れていたとき、声がかかった。
この場には不釣り合いな、ハキハキとした声。
「……月子、さん?」
振り向くと、なぜか笑顔の伊藤月子。もちろんその手にはライフル。
短剣を握る立川はるかの手に、力がこもる。
貧弱な相手とはいえ、ライフルを持っているのだ。さすがに銃弾をかわすことは不可能ではないにしろ、難しい。
「大丈夫だよ、はるかちゃん」
先に動いたのは伊藤月子だった。
――ガシャン
手にしていたライフルを放り投げた。それは遠くへ落ち、部屋のすみまで滑り、壁にぶつかった。
「ほら、これで安心でしょ?」
「え、え……?」
「立ってるの、疲れるしさ。どこか座って、考えようよ。2人で脱出する方法」
なんということだろう。こちらが警戒しているとき、相手は武器を捨てる気でいたのだ。しかも裏切る様子もない、2人で脱出する方法を考えていたのだ!
立川はるかも短剣を遠くへ投げ捨てた。罪悪感で吐き気と頭痛に苦しかった。
――立川はるかは気づかなかった。短剣を手放したとき、伊藤月子がニタリと笑ったことに。
「私さ、はるかちゃんに守ってもらってばっかりだったよね」
伊藤月子は話しを始め。
2人は部屋の入口の、すぐ隣の壁、つまり外への出口から最も離れたところに座り込んでいた。
「モンスターを一人でやっつけてくれて、あの男の人からも守ってくれて……私は、何もできなかった。あのライフルがあっても……」
「そんなこと……!」
「ありがとう。でも、わかってるよ。自分のことだもん」
うつむく伊藤月子に、立川はるかは何も言えない。どれだけフォローしようにも、戦闘では伊藤月子は役立たずというのは紛れもない、本当のことだ。
「だから私は、最後にはるかちゃんを助けたい」
「……え?」
「はるかちゃん。あなたが、この塔から脱出して」
その言葉に耳を疑った。
それが意味することは『自己犠牲』。もちろん二人はわかっている。
「そんな……」
「私にはこれしかできない。ううん、こうするために、今ここにいるのかもしれない。だから」
「できない、できないよそんなこと!」
バチンッ
伊藤月子は立川はるかを打った。その表情は険しい、しかしどこか悲しそうに見えた。
今さら殴られたところで痛くもない。が、それは物理的なダメージの話しである。立川はるかの心はその一度の平手打ちでぎゅうと縮まり、冷やされた。
「最後ぐらい……私も、役に立ちたいの……」
たしかに、戦闘では邪魔にさえ感じていた。
だが、立ち尽くしていた屋上で手を引いてくれたのは誰だったろう。
扉を開けるために自らの命を捧げてくれたのは誰だったろう。
探索中、心の拠り所だったのは――
助けたい、助かりたい。立川はるかの心は揺らぐ。
「…………」
立川はるかは魔法を唱える。
覚悟を決めたかのように、伊藤月子は目を閉じた。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかは自分自身に『封印』を施しました。 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 (封印) ▲
▲ 魔法使いの魔法 (封印) ▲
▲ 学者の知識 (封印) ▲
▲ 盗賊の身体能力 (封印) ▲
▲ バニーガールの魅力(封印) ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「私は、1人じゃ脱出しない。できない」
ここまでに積み重ねてきた自分の能力をすべて封じた。
これで伊藤月子と対等。立川はるかだけがそう思っていた。
「考えましょうよ、2人で脱出する方法を」
この言葉に、伊藤月子は微笑んだ。
「はるかちゃん……」
伊藤月子は笑った。
「バーカ」
突然すさまじい圧力が立川はるかを襲い、身動きができなくなってしまう。
身体能力が封印されているため、力が入らない。気を抜けば背骨が折れてしまいそうで、腕を突き立てて圧力に逆らった。
ミシミシと首筋が軋む。だがそれでも顔を上げた。
「バカだなぁお前。バカ、バカ、本当にバカ。バーカ」
伊藤月子は悠然とそこに立っていた。そしてニタニタ、ゲラゲラと汚く笑っていた。
「はぁ~、最後までこっ恥ずかしい猿芝居やっちゃった。あー恥ずかしい」
「月子、さん……?」
「気安く呼ばないでよ」
ゴッ
伊藤月子は立川はるかの顔を蹴り上げた。身体能力はゼロに等しくなっているため。ぼたぼたと鼻から血を流す。
ペタリ。口を切ってしまったのだろう、何かを言おうとした立川はるかの口から、血と唾液が混ざった粘液が吐かれた。
「痛さよりも驚いてるみたいだね。何で? という疑問がずっと渦巻いている。気持ち悪いなぁ、その心」
「……いったい、あなたは」
「何度か疑ってたよね? 得体の知れない能力を持っているのかもしれないって。
そうそう、あれは正解。私はね、『超能力者』なの」
それを証明するように、遠くに投げ捨てたライフルを引き寄せ、宙でばきぼきと破壊した。
「これだけじゃないよ。相手の心を読むことだって、目に見えない罠や壁の向こうを観ることだってできる。ちなみにその圧力は念動力で押さえつけてるんだよ」
「なんで、どうして言ってくれなかったんですか!?」
「だって知らせたら不意打ちできないじゃん」
脚を上げ、立川はるかの頭に乗せ、ぐりぐりと踏みつける。
グチャ。立川はるかの顔は床に押しつけられた。それでも伊藤月子の足蹴は止まらない。
「キミは実に役立ってくれた。まあ正直、私だけでも探索ぐらい楽勝だっただけどね。
悪くない働きだったから、このままいっしょに脱出してもいいかなーとは思っていたけど、こんなルールができちゃったらしかたないよね。
それに、私が蟲に襲われたとき、見捨てて逃げたよね。アレぜったい許さないから。身体の中に蟲を転送してあげようか? ん?
ああそれと、最初に短剣で刺されたとき。あれ、すっごく痛かったんだから。何だったら再現してやろうか? ん? ん?」
ぐりぐりぐり。何度も何度も、踏みしめる。
が、それもすぐに終わる。伊藤月子は立川はるかに背中を見せた。
「つまんない、飽きちゃった。せめて、殺さずにいてあげるよ。じゃあね、バイバイ」
「待って……待って、ください……」
「もう話すことなんてないよ。勝手に死んじゃって」
伊藤月子はゆっくりと歩き、塔の外の出口の前で立ち止まる。
「ああ、そうそう。私たち2人が脱出する方法も、ちゃんとあったんだよ
2人だから、同時に脱出ができない。だから、3人目を待てばいい。
ルール説明を思い返せば、『対象が2人』と断定しているような表現はしていない。つまり、そこが穴なの。
3人目がこの部屋にやってきたら、その人に塔の所有者を押しつけて2人で脱出すればいいの。結局誰かが犠牲になっちゃうけど、犠牲なしではさすがに無理だからね。
……ま、もうどうでもいいけど」
「待って、待っ」
悲痛な声にも耳を傾けず、目も向けず。
伊藤月子は出口を抜けた。
塔の扉は閉ざされた。
【立川はるか(敗戦国の姫)――バッドエンド:脱出失敗】
太陽の光りを浴びても新鮮な空気を吸い込んでも、伊藤月子の気分は晴れない。
心を許せる相手のいない、このくだらない世界。憂鬱でしかたがなかった。
重い、重い溜息をついて、彼女はのろのろと歩き始めた。
【伊藤月子(超能力者)――ノーマルエンド:一人っきりの脱出】
* *
* やさしいの塔 *
* *
* 最後に笑う者 *
* *
****************************************
『では、ルールを決めさせていただきます』
「え、ちょ、ちょっ」
最初に反応したのは立川はるかだった。
薄々理解はできていたが、この塔の『ルール』とやらは絶対なのだ。今でこそ死亡時の処置だけであるが、妙なルールを追加されてはたまったものではない。
特に、ここが最後なのだ。それに先ほど言葉――どちらかお一方、塔の主になっていただけませんか?――から、ロクでもないルールが追加されるに違いない!
だが、声を止める術がない。声も立川はるかに構うはずがない。
『ルール1
この塔に最後まで残っていた者を塔の所有者とする』
「ちょっと、待てやっ」
『ルール2
同時に2人以上、脱出することはできない』
ビシビシと殺気を放ってみるものの、後ろにいる伊藤月子にしかぶつからない。
伊藤月子は殺気にも声にも素知らぬ顔。立川はるかのように戸惑いや混乱、怒りは見られない。
これから起こす行動はもう決っている、そんな様子さえうかがえる。
『ルール3
死者が出た場合、最初の死者を塔の所有者として復活させる』
『ルール4
塔は死者には容赦しない。塔の所有者は穏便に決めることを勧める』
『以上をルールとします。ではスタート』
ここで声は消えた。
部屋には立川はるか、伊藤月子、そして夜のような静けさだけが残る。
立川はるかは意外にも冷静だった。言われたルールを反芻させ、抜け道を見出そうとしていた。
しかし手や脚は震え、唇は真っ青。まぶたをギュッと閉じて潤んだ瞳を隠した。
折れてはいけない。まだ、折れるには早い。今はみっともなく足掻いて、可能性を探すんだ――
この4つのルールは、あきらかに2人を狙い撃ちしているのだろう。どうやってもどちらか1人しか脱出できないようになっている。
最も簡単で、非人道的で、真っ先に思いついた案。それは『伊藤月子を見捨てる』。
相手はライフルを持っているだけの平均的な女性。今の自分なら悠々と組み伏せ、動きを封じることができる。何なら脚の一本折ってもいいし、殺してしまってもいい――が、立川はるかはすぐに却下していた。
助かりたい。自分だけではなく、2人で。そこがブレることは、立川はるかにはありえなかった。
「はるかちゃん」
ぐるぐると思考の迷宮に足を踏み入れていたとき、声がかかった。
この場には不釣り合いな、ハキハキとした声。
「……月子、さん?」
振り向くと、なぜか笑顔の伊藤月子。もちろんその手にはライフル。
短剣を握る立川はるかの手に、力がこもる。
貧弱な相手とはいえ、ライフルを持っているのだ。さすがに銃弾をかわすことは不可能ではないにしろ、難しい。
「大丈夫だよ、はるかちゃん」
先に動いたのは伊藤月子だった。
――ガシャン
手にしていたライフルを放り投げた。それは遠くへ落ち、部屋のすみまで滑り、壁にぶつかった。
「ほら、これで安心でしょ?」
「え、え……?」
「立ってるの、疲れるしさ。どこか座って、考えようよ。2人で脱出する方法」
なんということだろう。こちらが警戒しているとき、相手は武器を捨てる気でいたのだ。しかも裏切る様子もない、2人で脱出する方法を考えていたのだ!
立川はるかも短剣を遠くへ投げ捨てた。罪悪感で吐き気と頭痛に苦しかった。
――立川はるかは気づかなかった。短剣を手放したとき、伊藤月子がニタリと笑ったことに。
「私さ、はるかちゃんに守ってもらってばっかりだったよね」
伊藤月子は話しを始め。
2人は部屋の入口の、すぐ隣の壁、つまり外への出口から最も離れたところに座り込んでいた。
「モンスターを一人でやっつけてくれて、あの男の人からも守ってくれて……私は、何もできなかった。あのライフルがあっても……」
「そんなこと……!」
「ありがとう。でも、わかってるよ。自分のことだもん」
うつむく伊藤月子に、立川はるかは何も言えない。どれだけフォローしようにも、戦闘では伊藤月子は役立たずというのは紛れもない、本当のことだ。
「だから私は、最後にはるかちゃんを助けたい」
「……え?」
「はるかちゃん。あなたが、この塔から脱出して」
その言葉に耳を疑った。
それが意味することは『自己犠牲』。もちろん二人はわかっている。
「そんな……」
「私にはこれしかできない。ううん、こうするために、今ここにいるのかもしれない。だから」
「できない、できないよそんなこと!」
バチンッ
伊藤月子は立川はるかを打った。その表情は険しい、しかしどこか悲しそうに見えた。
今さら殴られたところで痛くもない。が、それは物理的なダメージの話しである。立川はるかの心はその一度の平手打ちでぎゅうと縮まり、冷やされた。
「最後ぐらい……私も、役に立ちたいの……」
たしかに、戦闘では邪魔にさえ感じていた。
だが、立ち尽くしていた屋上で手を引いてくれたのは誰だったろう。
扉を開けるために自らの命を捧げてくれたのは誰だったろう。
探索中、心の拠り所だったのは――
助けたい、助かりたい。立川はるかの心は揺らぐ。
「…………」
立川はるかは魔法を唱える。
覚悟を決めたかのように、伊藤月子は目を閉じた。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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▲ 立川はるかは自分自身に『封印』を施しました。 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 (封印) ▲
▲ 魔法使いの魔法 (封印) ▲
▲ 学者の知識 (封印) ▲
▲ 盗賊の身体能力 (封印) ▲
▲ バニーガールの魅力(封印) ▲
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「私は、1人じゃ脱出しない。できない」
ここまでに積み重ねてきた自分の能力をすべて封じた。
これで伊藤月子と対等。立川はるかだけがそう思っていた。
「考えましょうよ、2人で脱出する方法を」
この言葉に、伊藤月子は微笑んだ。
「はるかちゃん……」
伊藤月子は笑った。
「バーカ」
突然すさまじい圧力が立川はるかを襲い、身動きができなくなってしまう。
身体能力が封印されているため、力が入らない。気を抜けば背骨が折れてしまいそうで、腕を突き立てて圧力に逆らった。
ミシミシと首筋が軋む。だがそれでも顔を上げた。
「バカだなぁお前。バカ、バカ、本当にバカ。バーカ」
伊藤月子は悠然とそこに立っていた。そしてニタニタ、ゲラゲラと汚く笑っていた。
「はぁ~、最後までこっ恥ずかしい猿芝居やっちゃった。あー恥ずかしい」
「月子、さん……?」
「気安く呼ばないでよ」
ゴッ
伊藤月子は立川はるかの顔を蹴り上げた。身体能力はゼロに等しくなっているため。ぼたぼたと鼻から血を流す。
ペタリ。口を切ってしまったのだろう、何かを言おうとした立川はるかの口から、血と唾液が混ざった粘液が吐かれた。
「痛さよりも驚いてるみたいだね。何で? という疑問がずっと渦巻いている。気持ち悪いなぁ、その心」
「……いったい、あなたは」
「何度か疑ってたよね? 得体の知れない能力を持っているのかもしれないって。
そうそう、あれは正解。私はね、『超能力者』なの」
それを証明するように、遠くに投げ捨てたライフルを引き寄せ、宙でばきぼきと破壊した。
「これだけじゃないよ。相手の心を読むことだって、目に見えない罠や壁の向こうを観ることだってできる。ちなみにその圧力は念動力で押さえつけてるんだよ」
「なんで、どうして言ってくれなかったんですか!?」
「だって知らせたら不意打ちできないじゃん」
脚を上げ、立川はるかの頭に乗せ、ぐりぐりと踏みつける。
グチャ。立川はるかの顔は床に押しつけられた。それでも伊藤月子の足蹴は止まらない。
「キミは実に役立ってくれた。まあ正直、私だけでも探索ぐらい楽勝だっただけどね。
悪くない働きだったから、このままいっしょに脱出してもいいかなーとは思っていたけど、こんなルールができちゃったらしかたないよね。
それに、私が蟲に襲われたとき、見捨てて逃げたよね。アレぜったい許さないから。身体の中に蟲を転送してあげようか? ん?
ああそれと、最初に短剣で刺されたとき。あれ、すっごく痛かったんだから。何だったら再現してやろうか? ん? ん?」
ぐりぐりぐり。何度も何度も、踏みしめる。
が、それもすぐに終わる。伊藤月子は立川はるかに背中を見せた。
「つまんない、飽きちゃった。せめて、殺さずにいてあげるよ。じゃあね、バイバイ」
「待って……待って、ください……」
「もう話すことなんてないよ。勝手に死んじゃって」
伊藤月子はゆっくりと歩き、塔の外の出口の前で立ち止まる。
「ああ、そうそう。私たち2人が脱出する方法も、ちゃんとあったんだよ
2人だから、同時に脱出ができない。だから、3人目を待てばいい。
ルール説明を思い返せば、『対象が2人』と断定しているような表現はしていない。つまり、そこが穴なの。
3人目がこの部屋にやってきたら、その人に塔の所有者を押しつけて2人で脱出すればいいの。結局誰かが犠牲になっちゃうけど、犠牲なしではさすがに無理だからね。
……ま、もうどうでもいいけど」
「待って、待っ」
悲痛な声にも耳を傾けず、目も向けず。
伊藤月子は出口を抜けた。
塔の扉は閉ざされた。
【立川はるか(敗戦国の姫)――バッドエンド:脱出失敗】
太陽の光りを浴びても新鮮な空気を吸い込んでも、伊藤月子の気分は晴れない。
心を許せる相手のいない、このくだらない世界。憂鬱でしかたがなかった。
重い、重い溜息をついて、彼女はのろのろと歩き始めた。
【伊藤月子(超能力者)――ノーマルエンド:一人っきりの脱出】
****************************************
* *
* *
* やさしいの塔 クリア! *
* *
* *
****************************************
おつかれさまです。
神道です。
クリアおめでとうございます。
やっぱり月子が脱出しましたね。
自分でも怖いぐらい、計画どおりに物語が進んでいます。
すべてはこの瞬間のため。
塔に残された彼女の結末、ご覧ください
* *
* *
* やさしいの塔 クリア! *
* *
* *
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おつかれさまです。
神道です。
クリアおめでとうございます。
やっぱり月子が脱出しましたね。
自分でも怖いぐらい、計画どおりに物語が進んでいます。
すべてはこの瞬間のため。
塔に残された彼女の結末、ご覧ください
****************************************
* *
* ?????の塔 *
* *
* 残された姫の結末 *
* *
****************************************
出口が閉ざされてすぐ、立川はるかは念動力から解放された。けれど、ピクリとも動かなかった。
ぐったりと、壁に持たれて座り込んでいた。
身体が重かった。
怪我や疲労はない、ただ、伊藤月子に裏切られたという現実が立川はるかをそうさせていた。
無理もない。ずっと仲間だと思い、慕って、信じていた相手にあっさりと、残酷に裏切られたのだから。
そんな立川はるかに同情する者はこの塔にいない。部屋の入口が開き、わらわらとモンスターたちがなだれ込んでくる。
塔を居着いていたモンスターたちの生き残り。散々仲間たちを虐殺した相手が弱っている。そんな機会を逃すはずがない。
まずは腹いせに半殺し。そのままあっけなく殺すか、食い散らかすか、陵辱の果てに苗床となるかは、モンスターの中で最も力のある種族によるところだろう。
一匹のモンスターが、立川はるかに近づいた。子供ぐらいの身長のゴブリン。おそらく知性のない、蛮勇高い個体だ。
その手には大きな棍棒。それを振り上げ、立川はるかの頭に振り下ろした。
ぐしゃり。
まず、頭が砕けた。
そのまま腕、上半身、下半身。モンスターは突如発生した光の刃によって三等分に斬り飛ばされた。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲ ▲
▲ 立川はるかのレベルが上がりました ▲
▲ ▲
▲ 【敗戦国の姫 レベル31→32】 ▲
▲ ▲
▲ 戦士の剣技 レベル15→16 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル13→14 ▲
▲ 学者の知識 レベル10→11 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル15→17 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル12→13 ▲
▲ ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
立川はるかの口がぽそぽそと動く。小さく、何かをつぶやいた。
モンスターの集団の中に爆発が発生する。それも、いくつもいくつも。モンスターは粉々に砕け散り、炎に呑み込まれ、次々に力尽きていく。
パニックに陥るモンスターたちを、拾い上げた短剣でバサバサと斬り、突き、えぐる。
刃が扱いに耐え切れなくなり折れてしまう直前まで、モンスターの命を奪い続けた。
激しい憎悪が立川はるかを動かしていた。
どうして、あれほど信じてしまったのだろう。
もっと疑わなければいけなかった。
激しく後悔していた。
浅田浩二を殺してしまった。今になって罪悪感が襲ってきている。
強姦された、殺すに値する相手だ。でも、あの超能力者が働きかけてくれたなら、平和的に解決していたかもしれない。
助けたかった。彼を、『救世主』にすがる彼を助けたかった。
負の感情が膨れ上がっていく。もはや完全な逆恨みな部分もあったが、立川はるかは自分が正だと疑わない。
周囲のモンスターたちは皆、肉塊、血だまりと化していた。
部屋の中央には返り血を浴び、全身が真っ赤に染まった立川はるか。
閉じた扉に背中を向け、戻る。
モンスターを発見した瞬間、殺す。気配を感じればそこに向かい、殺す。フロアのすべてのモンスターを殺し終えたら階段を上り、殺す。
彼女は止まらない。
* *
* ?????の塔 *
* *
* 残された姫の結末 *
* *
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出口が閉ざされてすぐ、立川はるかは念動力から解放された。けれど、ピクリとも動かなかった。
ぐったりと、壁に持たれて座り込んでいた。
身体が重かった。
怪我や疲労はない、ただ、伊藤月子に裏切られたという現実が立川はるかをそうさせていた。
無理もない。ずっと仲間だと思い、慕って、信じていた相手にあっさりと、残酷に裏切られたのだから。
そんな立川はるかに同情する者はこの塔にいない。部屋の入口が開き、わらわらとモンスターたちがなだれ込んでくる。
塔を居着いていたモンスターたちの生き残り。散々仲間たちを虐殺した相手が弱っている。そんな機会を逃すはずがない。
まずは腹いせに半殺し。そのままあっけなく殺すか、食い散らかすか、陵辱の果てに苗床となるかは、モンスターの中で最も力のある種族によるところだろう。
一匹のモンスターが、立川はるかに近づいた。子供ぐらいの身長のゴブリン。おそらく知性のない、蛮勇高い個体だ。
その手には大きな棍棒。それを振り上げ、立川はるかの頭に振り下ろした。
ぐしゃり。
まず、頭が砕けた。
そのまま腕、上半身、下半身。モンスターは突如発生した光の刃によって三等分に斬り飛ばされた。
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▲ 立川はるかのレベルが上がりました ▲
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▲ 【敗戦国の姫 レベル31→32】 ▲
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▲ 戦士の剣技 レベル15→16 ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル13→14 ▲
▲ 学者の知識 レベル10→11 ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル15→17 ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル12→13 ▲
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立川はるかの口がぽそぽそと動く。小さく、何かをつぶやいた。
モンスターの集団の中に爆発が発生する。それも、いくつもいくつも。モンスターは粉々に砕け散り、炎に呑み込まれ、次々に力尽きていく。
パニックに陥るモンスターたちを、拾い上げた短剣でバサバサと斬り、突き、えぐる。
刃が扱いに耐え切れなくなり折れてしまう直前まで、モンスターの命を奪い続けた。
激しい憎悪が立川はるかを動かしていた。
どうして、あれほど信じてしまったのだろう。
もっと疑わなければいけなかった。
激しく後悔していた。
浅田浩二を殺してしまった。今になって罪悪感が襲ってきている。
強姦された、殺すに値する相手だ。でも、あの超能力者が働きかけてくれたなら、平和的に解決していたかもしれない。
助けたかった。彼を、『救世主』にすがる彼を助けたかった。
負の感情が膨れ上がっていく。もはや完全な逆恨みな部分もあったが、立川はるかは自分が正だと疑わない。
周囲のモンスターたちは皆、肉塊、血だまりと化していた。
部屋の中央には返り血を浴び、全身が真っ赤に染まった立川はるか。
閉じた扉に背中を向け、戻る。
モンスターを発見した瞬間、殺す。気配を感じればそこに向かい、殺す。フロアのすべてのモンスターを殺し終えたら階段を上り、殺す。
彼女は止まらない。
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▲ 立川はるかは手当たり次第モンスターを殺しました ▲
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▲ 立川はるかのレベルが上がり続けます ▲
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▲ 【敗戦国の姫 レベル32→33→34→35→・・・ ▲
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▲ 戦士の剣技 レベル16→17→18→19→・・・ ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル14→15→16→17→・・・ ▲
▲ 学者の知識 レベル11→12→13→14→・・・ ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル17→18→19→20→・・・ ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル13→14→15→16→・・・ ▲
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▲ 立川はるかはすべてのモンスターを殺しました ▲
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▲ 立川はるかのレベルが上がり続けます ▲
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▲ 【敗戦国の姫 レベル97→98→99】(MAX) ▲
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▲ 戦士の剣技 レベル50 (MAX) ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル49→50 (MAX) ▲
▲ 学者の知識 レベル48→49→50(MAX) ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル50 (MAX) ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル49→50 (MAX) ▲
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▲ すべてのレベルが最大値に達しました ▲
▲ 以降は残機が加算されます ▲
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▲ 残機:1→2 ▲
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▲ 立川はるかはモンスターを復活させては殺しました ▲
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▲ 立川はるかの残機が増え続けます ▲
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▲ 【敗戦国の姫 レベル99】(MAX) ▲
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▲ 戦士の剣技 レベル50(MAX) ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル50(MAX) ▲
▲ 学者の知識 レベル50(MAX) ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル50(MAX) ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル50(MAX) ▲
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▲ 残機:254→255 ▲
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▲ 残機が最大値に達しました ▲
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▲ 【敗戦国の姫】のステータスは最大値に達しました ▲
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▲ 【敗戦国の姫】はクラスチェンジします ▲
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▲ 立川はるかは手当たり次第モンスターを殺しました ▲
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▲ 立川はるかのレベルが上がり続けます ▲
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▲ 【敗戦国の姫 レベル32→33→34→35→・・・ ▲
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▲ 戦士の剣技 レベル16→17→18→19→・・・ ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル14→15→16→17→・・・ ▲
▲ 学者の知識 レベル11→12→13→14→・・・ ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル17→18→19→20→・・・ ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル13→14→15→16→・・・ ▲
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▲ 立川はるかはすべてのモンスターを殺しました ▲
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▲ 立川はるかのレベルが上がり続けます ▲
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▲ 【敗戦国の姫 レベル97→98→99】(MAX) ▲
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▲ 戦士の剣技 レベル50 (MAX) ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル49→50 (MAX) ▲
▲ 学者の知識 レベル48→49→50(MAX) ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル50 (MAX) ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル49→50 (MAX) ▲
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▲ すべてのレベルが最大値に達しました ▲
▲ 以降は残機が加算されます ▲
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▲ 立川はるかはモンスターを復活させては殺しました ▲
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▲ 立川はるかの残機が増え続けます ▲
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▲ 【敗戦国の姫 レベル99】(MAX) ▲
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▲ 戦士の剣技 レベル50(MAX) ▲
▲ 魔法使いの魔法 レベル50(MAX) ▲
▲ 学者の知識 レベル50(MAX) ▲
▲ 盗賊の身体能力 レベル50(MAX) ▲
▲ バニーガールの魅力 レベル50(MAX) ▲
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▲ 残機:254→255 ▲
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▲ 残機が最大値に達しました ▲
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▲ 【敗戦国の姫】のステータスは最大値に達しました ▲
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▲ 【敗戦国の姫】はクラスチェンジします ▲
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【立川はるか:敗戦国の姫 → 救世主】