ラノベ習作
その2
友情とか、熱血とか、青春とか、未来とか、そういうの。
全部虫唾が走るのだ。
三神は右から左から腕に絡みついてくる二人を肩で振って払いのけ、正門を出た。学校前の横断歩道を渡ってそのままアーケード街へ入る。ブティックと喫茶店と古本屋の並びに目もくれずに歩いていく。
「ケンちゃん、どうしたぃ、怖い顔してぇ」と髪が抜けていくのとボケが悪化していくのが同時に進んでいる古本屋の爺ィをシカトしてアーケードを通り抜けると、そこからは住宅街になる。なだらかな丘に建てられたおもちゃみたいな住宅の果て、登りきった坂が下り始めるところに三神の家と宙木の家は300メートルほど離れて立っている。ド近所だ。
「ねえ拳ってば、どうすんの、あんなこと言っちゃって……ていうか何要求したの? なにすんの? ねえ」
「うるせえ」
右飼がピタリと黙る。左池は最初から賢明にも口を閉ざしている。頭に血が昇っている男に何を言っても無駄だということを、彼女は親父からよくよく思い知らされていた。
「受けちまったものは仕方ない。だから、先手を打ちにいく」
「先手?」と右飼が禁言の誓いを七秒で破る。
「ああ。おれたちはまっすぐ校舎から出てきた。どういうことかわかるか?」
「外にいる」右飼は馬鹿だ。馬鹿のフォローに左が回る。
「簡単なこと。天堂先生より、わたしたちは宙木くんの近くにいる。だから、最初にアクションを起こせるのはわたしたち」
「あっ。……え? もういくの? 早くない? さっきの今で?」
「さっきの今だからだよ」と三神が言う。
「引きこもりをどうやって口説こうかあの女医が考えている間に、宙木を二度と学校へ来られないように徹底的に釘を刺す」
呆然とした右飼。ええ、うそ、マジで? と左池を見るが、その表情は読めない。
「先手必勝。これに勝る道理はねえ。それに何が変わるっていうんだ? おれたちが行く前と、行った後で、何が違う? 宙木が来ない。それだけだ。なんにも変わっちゃいないのさ」
○
宙木雲雀の自宅を右飼は最初通り過ぎた。小さすぎて気づかなかったからだ。
木造二階建ての、家よいうよりは長方形の箱のように家と家の間に挟まったボロ屋は、いったいどうやって地上げされなかったのか、逆に無言の迫力があった。とてもカタギが住んでいるようには見えず、かといって今時の極道が住むには見栄えが悪すぎる。
二階の窓は締め切られ、カーテンが引かれていた。
「ほんとにここ?」と右飼がはめ窓にヒビの入った引き戸を指差す。
「ほんとにここだ」
確かに、郵便ポストには宙木と書かれている。
「はあ……なんというか……かなり将来性がないと這い上がれなさそうなご自宅で」
「貧乏な上に引きこもりのガキか。親御さんが可哀想だな」
「同意」
三人は玄関の前で立ち尽くした。右飼がそわそわしだす。
「で……どうする、って話なわけですが?」
「右飼」
「はいな」
「おまえいけ」
「ううぇえ!? あたし!? なななな、なんで!!」
「おれはこんな家の敷居をまたぎたくない」
「同じく」
「さっちんまで……そんな……あた、あたしだってヤだよ! それに親父とか出てきたらめちゃくちゃ気まず――」とそこまで言って右飼は二人の腹に気づいた。
そういうことか。
「嫌ならいいんだぜ。別に」
「そ、そう言われても……」
別にいい、と言われたら逆に何か裏がありそうな気がしてくる。右飼は三神と左池を交互に見比べるが、二人の意見は変わりそうになかった。右飼は馬鹿で、そしてほんのちょっと立場が弱い。深呼吸して覚悟を決めた。
「わかった。あたしがヤキを入れてくる」
おおー、と二名から拍手。ちょっと嬉しい。
二人がそばの電信柱に隠れて、右飼ひとりが取り残された。引き戸の取っ手に手をかけようとして、戸がいきなり開いた。
後になって思い返しても、それは日本人ではなかったと思う。
まず、戸口に額が当たっていた。それだけで身長は二メートル近くあることが窺えたが、その時の右飼にはまさに天突く巨人に見えた。
彫りの深い顔。
浅黒い肌。
分厚い唇から覗いた黄色い歯。
そしてなにより、
前掛けにピンクのセーター、巻かれたままのカール。
おかんルックだった。
「…………………」
「…………………」
「あ……の……」
「………」
「あたし……ひょっとして……邪魔……ですか……ね……?」
おかんは無言で頷いた。右飼は痙攣したような笑みを浮かべて、道を譲る。
「す、すいませんでした……」
「…………」
不審者の目の前でしっかり戸に鍵をかけ、のっしのっしと、腕にエコバッグを提げたおかんが夕暮れの道を歩いていく。逆光の中に消えていくまで、右飼はそれを神妙に見送り、そして電信柱の陰に戻ってきた。
「ふう」一働きしたような顔である。
「えっと、うん、そのー……かなり手強いね」
三神が無言で胸倉を掴む。左池が合掌する。
「ひいっ! だだだだ、だってしょうがないじゃん! あんなの無理だよ! そもそも何すればよかったのよ!?」
「親から脅しをかけるって手もあるだろ」
「あれを相手にするのは現代の科学力では無理だよ……」
三神が右飼のブラウスから手を放した。
「まあ、親を巻き込むと最悪警察沙汰になるしな。最初からそんなのは期待してねえ」
「じゃああたしの勇気はいったいなんのために犠牲になったの」
「少なくとも親がいま留守だってことはわかったな。父親はまだ仕事だろうし。よし、じゃあ行くか」
三神は玄関に近づいて、呼び鈴を鳴らした。ピンポーン、と中で響いているのが外にも聞こえた。
誰も出てこない。
「留守?」と右飼。
「電気メーター回ってる」と左池。
三神は諦めずに呼び鈴を連打するが、やはり反応なし。
「居留守か。コミュ障め」
あ、でもうちも割りと子どもだけだったら出ちゃ駄目ってお母さんがとかなんとか言っている右飼を無視して三神は思う。さてどうしたものか。
強行突破というわけにはいかない。ガラスでも破ろうものなら脅しをかけている最中にお縄をかけられる羽目になる。かといってこのまま帰れば、天堂帝梨は女医の権力を振りかざして宙木を学校へ勧誘するだろう。最悪一日だけでいいからとかなんとか言われれば宙木も頷きかねない。それはまずい。
学校へ来たら地獄を見るということをもう一度教えてやらなくてはならない。
そのためにはどうするべきか。
宙木はいる。それはわかる。さっき戸が開いた時に玄関先に靴が転がっているのが見えた。向きも揃えず蹴り捨てられたスニーカーはコンビニにでも寄って帰ってきたことを示している。
仕方ない。やるか。
気分もいいしな。
三神はその場で屈伸を始めた。
「拳? なにやってんの」
「おまえらもやれ」
三人で仲良く屈伸する。
「よし。おまえら下がってろ」
そして三神は息を吸い込み、人気のない道路に仁王立ちし、本音を吐いた。
「宙木――!! 聞こえてるかあ――!?」
びりびりと窓が震えるほどの大音声。
部屋の主に、聞こえていないわけがなく、
「もう学校来るなよな――っ!! プリントも持ってこねえからよ――!! おまえなんかいたって誰も喜びゃしねえしよ――!! ずっとそこでうじうじしてろよ――!! わかったなあ――!?」
聞こえていないわけがなく、
唖然とする右飼といつも通り無表情の左池の手を珍しく三神から引っ張り、
「逃げるぞ」
走った。
右飼は手を引かれてながらも、これはひょっとしなくてもまずいんじゃ、と最後の最後に二階の窓を振り返る。
カーテンの隙間から、誰かがこっちを見ていた。
○
その夜、苦情の電話は一件だけだった。それもおたくの生徒がなにかごちゃごちゃ騒いでいる、といったもので、だから天堂帝梨はその電話からは、三神拳治が何を騒いだのかは知らされなかった。
聞こえてはいたが。
天堂帝梨たちは五感の鋭さ鈍さを自分たちで制御できる。むしろ制御できない人間たちはどうかしていると思う。自己麻酔のひとつもできずにショック死するなんて生物学的見地から見れば欠陥もいいところだ。
だからきっと、宙木雲雀も、聞きたくない言葉を耳にせざるを得なかったはずだ。
ぎし、と軋む生体椅子に背中を預け、天堂帝梨はまぶたを閉じる。
いっそ滅ぼしてしまおうか。
簡単だ。すぐにできる。六十七億全滅まで一日とかからないだろう。詳細なレポートさえ出せば母星は納得するし、それだって調査員が自分ひとりしかいないのだから、いくらだって捏造できる。
簡単だ。
本当に椅子から腰を上げかけた時、ふと視線がベッドの方にいった。昼間寝ていった時任はるかが寝ぼけて蹴落としたタオルケットがそのままになっている。天堂帝梨は近づいて、しわのないようにタオルケットを敷き直した。
壁に近づいて、指で弾いて採光用の結晶板を作らせる。背中を船に預けて、首を傾げて、夜空を見上げる。
今夜は星があまり見えない。
(解説)
これが世に聞く誰得シリアス。
なんか、このぐらいの軽い感じの揉め事がウケるのかなとかナメたこと考えてました。