ラノベ習作
その5
すっかり夜になっていた。人気のない住宅街を雁首並べて歩きながら晩がぼやく。
「結局、意味あったんすかね。俺はとても宙木が学校に来るようになるとは思えないんですけどねえ」
「なあに、徐々に篭絡していけばいいだけだ。私はなんとしてもやつを引きずり出すぞ。手段は選ばず、色仕掛けだって一向構わん。こっちには幸いオスとメスどっちでも対応できるコマがあるしな」
「……。えっ、それ俺たちのこと? えっ? 生徒ってコマなの?」
天堂帝梨はそれには答えず、十字路のど真ん中で振り返った。むかつくほどの笑顔で宣言する。
「今日はこれにて解散! 晩、美鳥、何か妙案を思いついた暁にはすぐに知らせろ。明日もやるぞ!」
「明日もやるんだ……」
晩はげんなりと肩を落とした。
隣を歩く美鳥は何も言わない。
ただじっと、年下にしか見えない女医を、買おうかどうか迷っているものを見るような目つきで睨んでいる。
「晩、美鳥、歯磨いてあったかくして寝るんだぞ。ドライヤーはいい加減にするなよ。――じゃあまた明日な」
「へーいへい」
走り去っていく(なぜ走る必要が?)天堂帝梨を、晩と美鳥は肩を並べて見送った。
「まったく、あの人はなんでああも元気なのかな」と言う晩の口元は緩みきっている。
「先輩もタイヘンっすね、保健室の先生があれじゃあ気が休まらないでしょ」
「気は休まらないよ。だってあいつは」
「はいはい、宇宙人、でしょ? もう聞きましたって。でも先輩、あんまそういうの人前で言わない方がいいっすよ。みんな無邪気な戯言に寛容でいられるほどのん気ってわけでもないし……」
「……」
「先輩?」
「あたし冗談言ってない」
「だからそういうのが、」
隣から美鳥が消えた。振り返ると、美鳥は立ち止まって、こっちを睨んでいた。
「あたしは頭がおかしいわけでも、みんなに構って欲しいわけでもない。あたしには見えるの。みんなが保健室だと思っているのは気味の悪い宇宙船で、あの女はほんとは粘土みたいにドロドロの生き物で、あたしたちが生かしておいてもいいのかどうかを探ってるの。あたしだけがそれに気づいていて、でも、あたしにはどうすることもできない……」
「せ、先輩? ちょっと、うわ、なんかごめんなさい、気にさわっちゃった? 申し訳ない、でも俺べつにそんなつもりじゃ……」
美鳥は目を伏せた。
「わかってくれないんだ」
「いや、わかるとかわからないじゃなくって……先輩、てんてーのこと嫌いっすか? 馬鹿だけど悪いやつじゃないと思うけどなあ」
「脚立」
唐突な単語に晩の脳味噌がフリーズする。
「え、何? 脚立?」
「あいつが時々、用務員の手伝いをしてるのを知ってる?」
「ああ……うん。確か暇だからとかって。たまに蛍光灯とか持って歩いてますよね」
「そう。でもあいつは一度も脚立を使ったことがない。今度聞いてみるといいよ。いったいどうやってあいつは、蛍光灯、替えてるんだろうね」
あたしが、と美鳥は続けた。
「あたしがやらなきゃいけないの。あたしが止めなきゃいけないの。あたししか気づいてないから。あたししか見えてないから。あたしは――負けない」
晩が何か言う前に、じゃあ、と言い残して美鳥は帰っていった。ひとり取り残された晩は、なんだか段々腹が立ってきた。――なんだあいつ? 脚立? それがどうした馬鹿じゃないのか、そんなことひとつで人を宇宙人扱いか、本当にどうかしてる。
どうやってって、――どうにかしてるに決まってるじゃないか。
じじ、と明滅する街灯さえも腹立たしい。
晩はすっかり冷めて、一人の道を釈然としないまま、歩いていった。
(解説)
誰得シリアスふたたび。
明るい雰囲気の中に流れる不穏な空気みたいのを描きたかったんですが、むずかしかったです。
ここでいう蛍光灯がどうのこうのっていうのは、先生が手が伸びるよってことだったんですけど、なんかもう、しにたい。