Neetel Inside 文芸新都
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スナメリバスター
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 世の中に、理解不能の存在があるということを、ぼくは理解したくなかった。
 現実というのは、自分の受け入れられる範疇に収まっているものだと信じていた。




「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ……」


 ぼくは、理解不能の存在に追われていた。
 なぜ、自分がそんなモノに追われ、夜の入り組んだ街を右往左往逃げ回らなければ
ならないんだ。
 アメーバ状の、ぼくより背丈の大きい、なにか。
 あつい……
 肩が、焼けている。いや――溶かされている?
 アレが、ぼくを溶かす。
 なんで、ぼくが、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ!


 背後で、じゅう、と音がした。
 来た――コンクリートの壁を溶かし、理解不能の存在が顔を出してきた。
 ぼくが……


「…やめろ、やめて……!」


 なんで、こんな、ぼくが――


「探したわ――」


 理解不能の存在の体が、ズレた。ズレ落ちた。
 真っ二つに、両断された。
 理解不能の存在の背丈は、ぼくより小さくなり、見えなかった向こう側には、
女性の姿が見えた。
 女性は、綺麗だった。
 すらりとした体型、短い黒髪、鋭い目。手には――はんだごて。
 あれで、切り裂いたのだろうか。
 とにかくぼくは、助けられた。


「大丈夫だった?」


 女性は、ぼくの頭に手を置いた。そして励ますような淡い笑顔で、


「怖かったでしょう」


 ぼくの中の堤防が、決壊した。




 泣き続けるぼくのことを、女性はずっと懐に抱いてくれていた。
 女性は、淡々とした口調でぼくに語りかけてきてくれた。


「あなたを今日襲ったのは、“すなめり”という怪物よ」


「…すなめり?」


「ええ。夜になると現れる、陰の具現化されたモノ」


「陰?」


「こういう建物の狭間、決して光の当たらない場所には、さまざまな負の存在が
集合するもの。すなめりは、それを肉として形成し、この世界に姿を現す――」


 理解不能の存在だったものが、こうして説明されると、少しずつ脳内で
輪郭を帯びてくる。
 理解不能な存在のはずなのに、それをきちんと理解している人間がいる。
ぼくには、不思議でならなかった。


「あなたも今日で分かったでしょう。すなめりは、人間が生み出した怪物。
それを放っておいたら、大変なことになる。だから私は、奴らを……」


 女性は、はんだごてに目を落とした。


「この、スナメリバスターで」


 女性は、ぼくの背中をぽん、と叩いて、


「夜はすなめり達が踊る。もう、こんな狭い路地に入り込んではいけないわ。
さあ、帰りなさい。このあたりには、もうすなめりはいないから」


 女性は立ち上がった。


「お姉さんは……ずっとこんなことを続けているの? これからも、続けていくの?」


 女性は、鋭い目に戻っていた。


「もちろん。私は、スナメリバスター。その名の通り、すなめりを切り刻む者。
刻んで、刻んで、刻み続けるの――命が尽きるまで、ね」




 ぼくは、この女性にもう一度会いたいと思った。
 だけど、きっと、もう二度と会えないのだろうということも、分かっていた。




 スナメリバスターは、今日も夜の暗がりの中、人には理解できない闘いをしている。

       

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