ある日突然、俺は死んだ。
街を歩いていると、向こうの角から、突然トラックが突っ込んできたのだ。
あっと思う間もなく、気付いた時には、俺は幽霊になっていた。
なんてこった。
俺は頭をかきむしる。何しろ、この春には昇進も決まり、もうすぐ子供も生まれる予定だったのだ。まさにこれから人生の幸せを謳歌しようと思ったところに、この仕打ち。
こんな気持ちを抱えて、おいそれと成仏などできるものか。せめてトラックの運転手だけでも呪い殺さねば浮かばれぬ……と思っていたら、そいつも事故で死んでいた。
「すいません、すいません」
人のよさそうな顔をした親父が平謝りに謝るが、そんなことで俺の気持ちが晴れるわけもない。
「すいませんで済むか! 俺は幸せの絶頂だったんだぞ。それを一瞬でぶち壊されて、許せるわけがないだろうが!」
俺は力任せにその親父を殴りつけたが、幽霊の悲しさ、するりと通りぬけてしまった。めげずになんども繰り返すが、疲れるばかりで一向に気は晴れない。
「すいません、すいません」
親父は泣きそうな顔で、謝り続けている。
疲れ果てた俺は、息をきらせながら(死んでも疲労はあるらしい)殴るのをやめ、代わりに吐き捨てた。
「俺は天国行きだろうが、お前は絶対に地獄に落としてもらうからな」
天国の入り口について、俺は驚愕した。
人、人、人……。
見渡す限り、長蛇の列だ。
「なんじゃこりゃ……」
隣のトラック運転手も、目を見開いている。
並んでいる人は、外国人が大半だった。つぎはぎだらけの服を着ていたり、ボロ一枚しかまとっていなかったり、裸のままだったり……。体も骸骨と見まごうばかりに痩せ細っている人が大半だ。
その列の向こうから、一人の若い男がふわふわとこちらへ飛んで来た。純白の肩衣をまとい、背中に羽が生えているところを見ると、どうもあれが天使と言うやつらしい。
俺の前を通りすぎる時、天使がぶつぶつと何かを呟いているのが聞こえた。
「えー、328876、328877……」
どうやら人を数えているようだ。俺は天使を呼びとめた。
「おおい、ちょっとお尋ねしたいんですが」
天使は迷惑そうな顔で振り返る。
「何すか?オレ忙しいんスけど」
思いのほか軽い口調だ。若干カチンときた。
「オイ、何だよその口調」
「はぁ? オレ今年で2000歳だっつの。アンタこそなんだよ、年下のクセに」
まさかの大先輩。どうやら、失礼だったのは俺の方だったようだ。
だが、そんな口調で言われてもどこか釈然としない。俺は憮然とした口調でたずねる。
「この列は何だ…ですか?」
「フン。見たらわかるっしょ。天の裁きの順番待ちっすよ」
「えっ、じゃあこれ全部、死んだ人たちなの?」
「そうっすよ。人間が増えた分死ぬ人も多くて、こっちはマジたまったもんじゃないって。死ぬんなら増えんなよな、マジで」
「あのう……」横から、トラック運転手の親父が口をはさんだ。
「あとどのくらい待つんですかね?」
天使はこともなげに答える。
「あー……あと3年くらいかね」
「なんだって!」
俺は叫んだ。
「じゃあ、俺が天国に行くのに、あと3年も待たなきゃいけないのか!」
「はぁ?何を言ってんの?」
天使は馬鹿にするように笑った。
「あんたら、二人とも地獄行きだっつーの。生前あんなに豊かな国に生まれておいて、天国なんて行ったら不平等だろ。さあ、もう仕事に戻らせてよ。えーっと、328878、328879、328880……」