Neetel Inside ニートノベル
表紙

花咲く乙女の舞闘劇
メイプル・リポート

見開き   最大化      



   メイプル・リポート――情報を整理するための個人用まとめ書き。


 ボクが小野傘雨柳の監視から外され、はーちゃん――猪立山萩乃の保護に回されたその次の日に、早くも敵が学校に現れて、彼女の命を狙ってきた。
 ボクは萩乃を守るためにこれを撃退。負けを覚悟した敵は屋上から投身自殺をしようとしたところ、萩乃がそれを下から受け止め――殴り止めて助けた。
 敵の名前は蝶名崎牡丹。他にも仲間がいたのかもしれないけれど、実際にボクたちと戦って、姿と名前を確認できたのはこの子だけだ。
 身柄を確保して、まず苗字に驚かされた。蝶名崎といえば、《妹》の属性の総本家みたいな立ち位置だって聞いていたからだ。それが《闇妹》になってるってのは、マジでヤバい。どのくらいかっていうと、仮面ライダーや戦隊ヒーローがお金を貰って人殺しを請け負うってくらいにヤバい。本当なら蝶名崎家が率先してそういう過激派を取り締まっていかなきゃいけないはずなのに。
 牡丹が所属してる『妹塾』というのが相当にデカくてヤバい組織だと思うけど、詳しいことは彼女に訊いても分からなかった。下っ端だから殆ど知らされていないのかもしれないし、守秘義務をしっかり従っているだけかもしれない。“離れてもすっと友達”を使ってみても妹塾についてはろくに喋ってくれなかったから、少なくとも友達になったからってすぐに潜入できるほど甘いセキュリティではないみたいだ。犯罪組織だから当然か。
 じっくり時間をかければもうちょっといろいろ情報を引き出すことが出来るかもしれないけど、今のボクの仕事は萩乃との距離を保つことが最優先。ボクを昔なじみだと思い込ませたまま牡丹と萩乃の両方と接し続けるのはとても集中力を奪われるし、何よりやり過ぎると萩乃の気分を損ねるから、能力はもう解除してある。保健室のときは緊急だから仕方ないとしても、彼女は他人を騙し続けることへの抵抗感が強いっぽい。

 一度は捨てようとした命を拾われたことで、牡丹は萩乃を「お姉さま」と呼んで懐いてきた。それで気をよくした萩乃も、彼女をブラックな妹塾から保護するつもりで家に連れ帰ってみれば、やっぱりこの親にしてこの子ありってことなのか。萩乃の両親ときょうだいも、いきなり住人を増やす要望を割とすんなり受け入れていた。まぁ確かに、牡丹の顔とか腹とか背中とかに点々とあるアザを見てしまえば、なんとかしてあげたいと思う気持ちも分からなくはないけど。
 でも強いて言えば、多感な年頃で、しかも同じ部屋で布団を並べることになる妹・中学生の瑞穂ちゃん。そしてきょうだいで一番の人見知りな妹・小学三年生の小雪ちゃんは、ちょっと難色を示してた感じだった。
 何はともあれ、牡丹は猪立山家で生活することになった。もう五日も経つけど、妹塾からの迎えというか、裏切り者を始末する刺客みたいなのは来てない。まさか大犯罪組織が下っ端の口封じを諦めるはずないから、今は様子見なんだろう。それともボクが恐れてる通りに、こうしてお涙ちょうだいの茶番劇で猪立山家に潜入することが敵の狙いなんだろうか。
 もし前者なら、ちびっこエイリアン姉弟の早朝ハッスルに付き合って外で遊んでいる牡丹は無警戒すぎると思うし、もし後者なら、暗殺者と同じ釜の飯を食べてる萩乃がとにかく無警戒すぎると思う。

 ただ、そんな牡丹から得られた数少ない情報で気になったのは、妹塾が萩乃を襲った理由。
「この娘が我々にとって驚異になり得るから」
 萩乃が妹塾の脅威に?
 一体どういうことなんだろう。

   *

 ここで正直な話をすると、ボクにとっては謎の組織から送られてきた牡丹よりも、守るべき萩乃のほうが不思議に感じられる。
 違和感の正体を一言でいえば「っぽくない」。
 猪立山萩乃は《ツンデレ》の家系に産まれ育った人間なのに、全然ツンデレっぽくない。
 元々そうじゃない人間が、無理してツンデレになろうとしてる感じがする。

 ボクたち属性の超能力者は、普通の人に比べて、受け継いだ血の影響がとても強い。そんなふうに親の世代やお爺さんお婆さんの世代から聞いてるし、ボクもそれを実感することはよくある。《幼なじみ》は誰かの幼なじみとしての関係を大事にして、その関係が途切れることを恐れるからだ。いつだって、誰に対してだって、“離れてもずっと友達”を自分から解除するときにはやっぱり胸が痛むもの。ボクのご先祖様が一族をまとめて里を作り、横の繋がりを絶やさないようにしたのは多分そのせい。《幼なじみ》は《幼なじみ》同士で幼なじみの関係を維持することで《幼なじみ》としてのアイデンティティーを保ってる。ボク自身でも何を言ってるのか分からない部分があるけど、そういうこと。
 《妹》の牡丹だってそうだ。普通の人にとって170cm超えの身長は、せいぜいちょっと高めっていう印象だけど、《妹》にしては規格外に身体が大きいんだってと本人は言ってる。妹塾にいる《妹》や、その候補として集められた女の子たちは、平均身長が150cmを下回るって。だから自分は《妹》として欠陥品なんだと嘆いてたけど、中身は間違いなく妹らしい性格をしてると思う。妹塾で甘える相手もなく虐げられていたという彼女が、本気で自分の身を心配してくれる萩乃に「理想の姉」を見出したのは、まさに誰かの妹として生きようとする《妹》の本能なんだ。《妹》の血を引いて産まれた人間だから。
 
 そこへいくと、《ツンデレ》だって本人の意識に関係なくツンデレとして生きることが宿命のはずなのに、萩乃にはそれが当てはまらない。
 例えば、萩乃はとても「家族」を大事にしてる。「家族」への愛情がすごく強いのはよく分かる。でも彼女の言葉や行動には、実はどこにもツンが無い。
 生前の千尋さん・萩乃のお祖母さんが言ってたことには、ツンデレは大きく分けて三つのタイプがあるとか。

① 好きな人にだけは気持ちを素直に伝えられないタイプ。ある人への好意が、周りにはバレているとしても、好きな人を前にするとツンツンしてしまう。基本はずっとツンで、デレは一線を超えてから、ふとした拍子にほんのちょっとだけ出るものらしい。
② 周りの人には好きな気持ちを知られたくないタイプ。世間体を気にしてか、ある人への好意が他人にバレないように、人目のあるところではツンツンしてしまう。好きな人と二人っきりになると、すごくデレデレするらしい。
③ ①と②の面倒なところを合わせたタイプ。好きな人が関わると、本人がいようといまいとツンツンする。誰にも見られていないところだけでひっそりデレるから、理解者がいないとただの嫌な人に成り下がる恐れがあるらしい。

 でも萩乃の「家族」への愛情は、あまりにも素直すぎて、①~③のどれでもない。ご両親とお兄さんと義理のお姉さんをしっかり尊敬して、妹や弟の面倒をちゃんと見て、そこに照れくささなんかちっとも感じられない。本当に彼女は「家族」が大好きで、誇りに思ってるんだろう。皆の良いところとか、昔の思い出とか、そういうのをとても嬉しそうにボクに語ってもくれるんだ。
 どちらかって言えば、萩乃よりも、妹の瑞穂ちゃんのほうがよっぽどツンデレっぽい振る舞いを自然にしてるし、《ツンデレ》としての素質もありそうな気がする。

 他にも気になることがある。
 萩乃には友達がいない。
 ボクは姿を隠しながら学校での萩乃の様子を観察しているんだけど、彼女が自由時間に誰かと喋っているところを見たことがない。瑞穂ちゃんが「お姉ちゃんと仲良くなろうって人がいるなんて信じられない」と言うのも納得で、マジで友達がいないみたい。
 萩乃は多分、「家族」には思いっきりの愛情を持ってる反面、そうじゃない人との付き合いは苦手なんだろう。これに極端さというか、バランスの悪さというかそういう、うすら寒いものを感じるのはボクだけだろうか。
 一応は成り行きで、ボクは萩乃の「友達」ということになってるけど、それは「家族」に比べたら吹けば飛ぶようにちっぽけな関係だと思う。初日の腹パンが何よりの証拠だ。
 そうなると、彼女の人間関係は「家族」だけで完結してしまってるんじゃないかって思えてくる。もっと引いた見方をすれば、彼女は「家族」にこだわり過ぎてる。
 だからなんていうか、家族思いなのは確かにいいことだし、好きな人たちを素直に好きだと言えることは人間として魅力的だと思う。でもそれは、まるで研ぎ澄まされた日本刀みたいな、うっかり触れたらちょっとヤバい的な危なっかしさも一緒にある感じがした。
 こうしてみると、本当に萩乃が《ツンデレ》なのか疑わしくなってくる。

 でも、もしかしたら萩乃が「猪立山家の血を引いてる」というのは実は嘘なんじゃないかって考えたこともあるけど、そうなるとアレの説明がつかない。
 相手を傷つけない打撃――《ツンデレ》の代名詞とも言えるそれは、千尋さんが道場を開いてやっていた通り、確かに超能力者じゃない普通の人間でも部分的に再現することは出来る。要は全力で殴る振りをし、寸止めと押し出しをなめらかに繋ぐことで、衝撃を最低限に抑えながら人や物を派手に吹き飛ばす技術なんだとか。
 だけどそういった小手先の技なんかじゃ、学校の屋上から落ちてくる人間を腕一本で殴り止めるなんて絶対に無理だ。あれは間違いなく『花札』を使っていた。
 現にもう一つ、ボクはあのとき萩乃の身体に重なるように生えて、すぐに消えていった半透明の植物を見逃さなかった。
 アレは初花(しょか)と呼ばれてる、属性の超能力者がその『花札』を初めて発動させるときにだけ現れるものだ。初花が咲く意味も理由もよく分かっていないけど、とても珍しくて神秘的で、おめでたいものらしい。里にいるときに話は聞いてたけど、実際に見たのはこれが初めてだった。すごくきれいだった。
 とにかく言えるのは、能力が開花した以上は、萩乃は確実に《ツンデレ》だっていうこと。

 じゃあ、ツンデレじゃないのに《ツンデレ》って、どういうこと?

   *

 それとも、萩乃が先輩と慕う小野傘雨柳――彼に対する萩乃の振る舞いを直に見ることが出来れば、ボクのいろんな疑問も解消されるんだろうか。男女の関係なら「家族」が相手のときとは反応が違うんだろうか。ちゃんとツンデレっぽいことをする正真正銘の《ツンデレ》なんだろうか。
 分からない。

 そういえばボクが萩乃の保護をするようになった代わりに、里から別の《幼なじみ》が小野傘雨柳の観察に来たわけだけど、その人によると、牡丹が襲ってきたあの日、彼はあの学校の中にいたらしい。一般生徒の格好をして、図書館で黙々と本を読んでたとか。
 はっきり言って不気味だ。
 あの日に何者かが、萩乃と牡丹を逃がさないように見えない壁だか膜だかを張って、牡丹を屋上に、萩乃をその真下に行くように誘導したとしたら、それはやっぱり彼の仕業なのかな。
 だとしたら、その目的は?
 なかなか隙が無く、ボクより格上の《幼なじみ》でさえ接触するのが難しくて、彼の意図を掴むことは出来ないでいるんだとか。
 小野傘雨柳がかなりレベルの高い、しかも《妹》とは別の属性の超能力――『花札』の使い手なのは間違いなさそう。
 未だに敵か味方か分からないけど、そんな人や《闇妹》の大勢力なんかが萩乃に関係して動いてるのは事実だ。こんなことを言ってるボクだって、《幼なじみ》の里から命令を受けて彼女に近づいた。
 いろんな人の、いろんな思惑があって、そこで萩乃が大事な立場にあるのは確実だ。

   *

 ひょっとして萩乃は、ただの《ツンデレ》とは違うんじゃないか。
 何か秘密があるんじゃないか。
 ボクの《幼なじみ》としての勘が、そう告げている。

 任務とか命令とかいうことは別にしても、個人的に目が離せない。

       

表紙

橘圭郎 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha