ロボタ
白木君と傀儡人間たち
―彼女の心を映さない瞳。
―彼女のすっと通った鼻筋。
―彼女のふっくらした唇。
―彼女の脂っぽくないさらさらした髪。
彼女の姿を思うだけでいくらでも褒める言葉は頭に浮かぶ。
一度友人の前で彼女の事を褒めちぎっていたら容姿ばかり褒めていて性格を全く見てないなと言われたことを思い出す。
それは仕方ないことだ。
何故かと言えば彼女は―――
■―●
過去に流行ったと言われるエイズなどの性病は現在急激な減少傾向にある。
それというのもセクサロイド、セクサドールと呼ばれる"者"たちが現れはじめてからだ。
彼女(彼)達、セクサロイド、セクサドールは性愛を満たす玩具として扱われる存在だ。言い換えると早い話がセックスロボット。
感づいてる人はもういるかもしれないが僕の想い人はつまりそういう人。六号機と呼ばれている存在だ。セクサロイドに名前をつけていることを馬鹿にされるのがいやなため僕は隠れて彼女の事を名前で呼んでいる。紅香と。
過去、四号機に名前を付けていたら職場の先輩の斉藤さんが横から笑いながらその行為を馬鹿にしてきた経緯がある。僕は良いが彼女達まで馬鹿にされている気分になる。以来想い人である六号機の紅香の前では決して名前で呼ばないことに決めている。
●―■
僕の会社の主な仕事は『セクサロイドのレンタル』兼『セクサロイド売春宿経営』。そして僕の部署は彼女達の管理と整備、それから掃除が仕事だ。営業に付き添って貸し出し、受け取りに車で向かったりもする。
「白木、そろそろ六号機の出番終わるぞ」
六号機呼ばわりに僕は斉藤さんを一瞬にらみかけ、しかしにらんでも無意味であると思い直して支度を整え始めた。
実際問題、彼女に人権なんてものはないのだから。
■―●
今回の仕事は貸し出した紅香を受け取りに向かうというものだ。
「準備、できました」
「おう、待ってろ。なんかプチプチ見当たらなくてよ」
彼女達を運ぶのには多くの梱包材を使う。"商品"が傷ついたら値も下がるしクレームも付けられるという考えの元、斉藤さんはいつも多目に梱包材を使う。
僕も"商品"と言う部分は納得できないけれどもその行為には賛同して、率先して梱包を手伝っている。今ではどの梱包材が優れているのかすぐに見分けがつくくらいになってしまっている。
「この前課長が古くなった梱包材大量に捨ててましたよ。途中でちょっとホームセンター寄って買っていきましょう」
「許可無く捨てんなよなー、ったく今財布空っぽなのによー」
「とりあえず僕が出しますよ」 僕がそう言うと斉藤さんはにこやかな顔になり、僕の肩をたたいてから車へと歩き始めた。
●―■
「どれが良いプチプチだっけか?」
ホームセンターに着いてすぐ、ワクワクした顔をして斉藤さんは梱包材に目を走らせる。
きっと彼女達なんかよりも梱包材に愛情を持っているんだろうな。
「これですね」
迷うことなく僕は選び取った。
「選ぶの速ぇなお前。多めに時間取ってたのに余っちまったじゃんかよ」
好きな人を守る梱包材であるからそりゃあもう、よく把握しておいてあるのは当然だ。
「プチプチの知識量のこととか考えるとよ、たまにお前があいつらの事本気で愛してるんじゃないかってヒヤヒヤするよ」
その発言に僕も一瞬ヒヤヒヤした。変なかんぐりを起こされて彼女から離されたりするのは嫌だ。
「フフ、斉藤さんだって梱包の作業、恐ろしいくらい丁寧じゃないですか」
「アホか。俺は営業やってんだ。傷物出せば怒られるのは俺だぜ。そりゃ慎重にもなるわ」
「僕も怒られます」
「そりゃそうだな。じゃあ買う物が他にあったら一緒にレジゲートに持って行ってくれ。とりあえずちょっと便所行ってくる」
納得行ったような、どうでもよさそうな顔をして斉藤さんはトイレへと向かっていった。
レジゲートに商品のカゴを通し一瞬で会計認識を終える。
領収証ボタンを押して発行される領収証を眺めているといつの間にか愚痴が出ていた。
「公にするのも嫌だけど、隠し続けてるのもダルいな」
「何を?」
突如後ろからかけられた声に僕はびくっと体を震わせた。
「久しぶり。白木!元気してた?」
振り向くと中学時代の友人がいた。須藤。となりの席になったことが一回あるくらいの女だ。
「よう、久しぶり。こっちはまあまあかな。そっちは?」
「元気元気。再来月には結婚が控えてるんよ。相手は中々のお金持ちでさぁ。既に家を買ってもうすぐ同棲開始」
くるくると回りながら幸せそうな表情をする。
幸せを振りまこうとしてるんだろうか。
須藤には恋愛感情なんて抱いちゃいなかったが自分が置いていかれた感じがして少し悔しい気もする。
「そりゃなによりだ」
「うん。んでまあ今引越しに必要なもの色々集めてるわけよ」
須藤の運ぶカートの中はごちゃごちゃしている上に配色センスも悪くてオモチャ箱の中身みたいだ。
「肝心の未来の旦那様は?」
「今日は平日。仕事に決まってるでしょう」
会話の流れで自分の仕事について訊かれそうな気がした。速めに切り上げるか。仕事は恥とも思ってないが説明に時間をかけたくもない。
「そろそろ先輩が来る時間かな。今仕事の買出し中だからまた会う機会あったらな」
「そっかー。うん」
名残惜しいような惜しくないような友人の元から僕はさっさと去ることにした。
「今のモトカノとかか?」
トイレ前に向かおうとしたら斉藤さんが開口一番そう口走る。
「見てたんですか。というか今の彼女であるという選択肢はないんですか」
「そりゃないだろ。残業を屁とも思わない後輩に彼女なんているとは思えない」
やっぱり斉藤さんは鋭い。僕があの子に愛をささげている事に気付いているのではないだろうか。話をそっちに持っていかないようにしよう。
「あの子は中学時代の友達です。男ばかりの工業高校、工業大学出身の自分にとっては数少ない女友達ですよ。ま、連絡先も知らないですけど」
斉藤さんは思い切り哀れみのこもった目をする。
「そうだよな・・・その上今はこういう職種だしな。今度お前に良い女紹介してやるよ」
僕はため息をついてどう断ろうか思案する。
いつもいつも余計なお世話なんだけど、僕は斉藤さんを嫌いになれない。かといって恋に落ちるとかも絶対にありえないのだけれど。
―彼女のすっと通った鼻筋。
―彼女のふっくらした唇。
―彼女の脂っぽくないさらさらした髪。
彼女の姿を思うだけでいくらでも褒める言葉は頭に浮かぶ。
一度友人の前で彼女の事を褒めちぎっていたら容姿ばかり褒めていて性格を全く見てないなと言われたことを思い出す。
それは仕方ないことだ。
何故かと言えば彼女は―――
■―●
過去に流行ったと言われるエイズなどの性病は現在急激な減少傾向にある。
それというのもセクサロイド、セクサドールと呼ばれる"者"たちが現れはじめてからだ。
彼女(彼)達、セクサロイド、セクサドールは性愛を満たす玩具として扱われる存在だ。言い換えると早い話がセックスロボット。
感づいてる人はもういるかもしれないが僕の想い人はつまりそういう人。六号機と呼ばれている存在だ。セクサロイドに名前をつけていることを馬鹿にされるのがいやなため僕は隠れて彼女の事を名前で呼んでいる。紅香と。
過去、四号機に名前を付けていたら職場の先輩の斉藤さんが横から笑いながらその行為を馬鹿にしてきた経緯がある。僕は良いが彼女達まで馬鹿にされている気分になる。以来想い人である六号機の紅香の前では決して名前で呼ばないことに決めている。
●―■
僕の会社の主な仕事は『セクサロイドのレンタル』兼『セクサロイド売春宿経営』。そして僕の部署は彼女達の管理と整備、それから掃除が仕事だ。営業に付き添って貸し出し、受け取りに車で向かったりもする。
「白木、そろそろ六号機の出番終わるぞ」
六号機呼ばわりに僕は斉藤さんを一瞬にらみかけ、しかしにらんでも無意味であると思い直して支度を整え始めた。
実際問題、彼女に人権なんてものはないのだから。
■―●
今回の仕事は貸し出した紅香を受け取りに向かうというものだ。
「準備、できました」
「おう、待ってろ。なんかプチプチ見当たらなくてよ」
彼女達を運ぶのには多くの梱包材を使う。"商品"が傷ついたら値も下がるしクレームも付けられるという考えの元、斉藤さんはいつも多目に梱包材を使う。
僕も"商品"と言う部分は納得できないけれどもその行為には賛同して、率先して梱包を手伝っている。今ではどの梱包材が優れているのかすぐに見分けがつくくらいになってしまっている。
「この前課長が古くなった梱包材大量に捨ててましたよ。途中でちょっとホームセンター寄って買っていきましょう」
「許可無く捨てんなよなー、ったく今財布空っぽなのによー」
「とりあえず僕が出しますよ」 僕がそう言うと斉藤さんはにこやかな顔になり、僕の肩をたたいてから車へと歩き始めた。
●―■
「どれが良いプチプチだっけか?」
ホームセンターに着いてすぐ、ワクワクした顔をして斉藤さんは梱包材に目を走らせる。
きっと彼女達なんかよりも梱包材に愛情を持っているんだろうな。
「これですね」
迷うことなく僕は選び取った。
「選ぶの速ぇなお前。多めに時間取ってたのに余っちまったじゃんかよ」
好きな人を守る梱包材であるからそりゃあもう、よく把握しておいてあるのは当然だ。
「プチプチの知識量のこととか考えるとよ、たまにお前があいつらの事本気で愛してるんじゃないかってヒヤヒヤするよ」
その発言に僕も一瞬ヒヤヒヤした。変なかんぐりを起こされて彼女から離されたりするのは嫌だ。
「フフ、斉藤さんだって梱包の作業、恐ろしいくらい丁寧じゃないですか」
「アホか。俺は営業やってんだ。傷物出せば怒られるのは俺だぜ。そりゃ慎重にもなるわ」
「僕も怒られます」
「そりゃそうだな。じゃあ買う物が他にあったら一緒にレジゲートに持って行ってくれ。とりあえずちょっと便所行ってくる」
納得行ったような、どうでもよさそうな顔をして斉藤さんはトイレへと向かっていった。
レジゲートに商品のカゴを通し一瞬で会計認識を終える。
領収証ボタンを押して発行される領収証を眺めているといつの間にか愚痴が出ていた。
「公にするのも嫌だけど、隠し続けてるのもダルいな」
「何を?」
突如後ろからかけられた声に僕はびくっと体を震わせた。
「久しぶり。白木!元気してた?」
振り向くと中学時代の友人がいた。須藤。となりの席になったことが一回あるくらいの女だ。
「よう、久しぶり。こっちはまあまあかな。そっちは?」
「元気元気。再来月には結婚が控えてるんよ。相手は中々のお金持ちでさぁ。既に家を買ってもうすぐ同棲開始」
くるくると回りながら幸せそうな表情をする。
幸せを振りまこうとしてるんだろうか。
須藤には恋愛感情なんて抱いちゃいなかったが自分が置いていかれた感じがして少し悔しい気もする。
「そりゃなによりだ」
「うん。んでまあ今引越しに必要なもの色々集めてるわけよ」
須藤の運ぶカートの中はごちゃごちゃしている上に配色センスも悪くてオモチャ箱の中身みたいだ。
「肝心の未来の旦那様は?」
「今日は平日。仕事に決まってるでしょう」
会話の流れで自分の仕事について訊かれそうな気がした。速めに切り上げるか。仕事は恥とも思ってないが説明に時間をかけたくもない。
「そろそろ先輩が来る時間かな。今仕事の買出し中だからまた会う機会あったらな」
「そっかー。うん」
名残惜しいような惜しくないような友人の元から僕はさっさと去ることにした。
「今のモトカノとかか?」
トイレ前に向かおうとしたら斉藤さんが開口一番そう口走る。
「見てたんですか。というか今の彼女であるという選択肢はないんですか」
「そりゃないだろ。残業を屁とも思わない後輩に彼女なんているとは思えない」
やっぱり斉藤さんは鋭い。僕があの子に愛をささげている事に気付いているのではないだろうか。話をそっちに持っていかないようにしよう。
「あの子は中学時代の友達です。男ばかりの工業高校、工業大学出身の自分にとっては数少ない女友達ですよ。ま、連絡先も知らないですけど」
斉藤さんは思い切り哀れみのこもった目をする。
「そうだよな・・・その上今はこういう職種だしな。今度お前に良い女紹介してやるよ」
僕はため息をついてどう断ろうか思案する。
いつもいつも余計なお世話なんだけど、僕は斉藤さんを嫌いになれない。かといって恋に落ちるとかも絶対にありえないのだけれど。
ホームセンターから車を走らせ2、30分。客の住むアパートに着いた。
セキュリティーもそれなりに整っていて高級感漂うアパートだ。つまり彼女を運び出すのには少し手間取るということだ。
前回の彼女の受け渡し時にブライヴァシー保護のため、彼女を箱詰めにして運んだのだが、今回の引き取りもそうするべきか斉藤さんは既に事前確認を行っていた。今回も彼女を運ぶ際は箱に入れて彼女を隠してほしいという事らしい。
僕が梱包材を、斉藤さんが段ボールを持ってアパートに入ることになった。
●―■
「こんにちはー」
インターフォンで部屋番号を押した斉藤さんが声をかける。声は朗らかに、顔はいつものしかめ面で。
"セクサロイドの受け取りに来た"なんて言って客の家族の方と一悶着でもあったら面倒だ。まずは挨拶を済ませてから客本人を呼び出すというのはいつもの流れだ。
「え、ええとどなたですか?」
「株式会社ロボタの物です。菊川清太郎さんはいらっしゃいますか?」
一瞬の間。
「私です。ああ、セクサロイドの返却ですね、鍵を開けておきます」
「はい、では伺います」
セキュリティの扉が開く。斉藤さんが通り、僕も追って通ろうとしたら梱包材がつっかえた。まいったな。内心紅香に会える事に喜んで焦ってるみたいだ。
「注意しろよ、その調子で六号機つっかえさせてぶつけたりしたら減給だからな」
「うっへえ、冗談に聞こえないですよそれ」
「マジだからな」
言わずもがな元より紅香を傷つける気はない。
客である菊川氏の家は一階。彼女を運び出すのが簡単なのはありがたい。
菊川氏の家の前に着き扉をノック。
ノブが回りドアが開く。僕はドアが開いた瞬間に首を動かし中の紅香を探そうとした。が、それも適わなかった。
家の中は段ボールが山のように重なっていて奥が見えないのだ。
「すみません、近々引っ越すことになっていまして家が混沌としています」
視界にさらに邪魔が入る。眼鏡をかけた特徴の特にない爽やかな青年。このアパートに合った少し高貴な雰囲気がする。セクサドールを借りるような人には見えないけれども大抵の客はそういうものだ。
「かまいませんよ。ただちょっと通路確保のためにダンボールを動かすかもしれません」
「はい、構いません」
菊川氏は返事をしながら、中へと案内し始めた。
「一人暮らしがもうすぐ終わるのでね、最後の思い出に彼女を借りたんです」
訊いてもいないのに突然語りだした。何か話していないと気恥ずかしいのだろうか。
「はぁ」
斉藤さんも興味なさそうだ。
菊川氏の足が止まる。けれどもその部屋には彼女の姿が見あたらない。僕は部屋中に目をやった。
「来客に備えて彼女を隠してあるんです」
菊川氏は僕の動きを見たからなのかクスリと笑う。一呼吸置いて菊川氏はタンス兼クローゼットになっているそれを指差し、すぐに開いた。
そこには体育座りをしてしまわれている彼女の姿があった。クローゼットの下は引き出しになっており、彼女が低いところに置かれていなかったことに何だか意味もわからず喜んでいる自分がいた。クローゼット内上部にはネクタイがかけられていて垂れ下がったネクタイが彼女の顔を部分的に隠している。
彼女の金色に輝く髪をよく見たくてネクタイを全て取り払ってしまいたい衝動に襲われる。
「では運び出させていただきます」
斉藤さんの声に我に返る。そういえば仕事中だった。
「六号機、起きろ」
「あ、斉藤さんちょっ」
紅香は言葉に即座に反応して立ち上がり、クローゼット内の天井に頭をぶつけた。
「ああ、やっちまった。上の奴らには秘密な」
安易に彼女を傷つけたことに内心イラつきながらうなずき、僕は梱包材の用意をする。
斉藤さんは紅香を箪笥から抱えおろして立たせる。
こういう時は当然ながら少し嫉妬の炎が燃える。が、我慢。
降りてきた天女のような彼女の体に梱包材を巻きつける。
いつもながらこの作業はなんだか興奮する。僕は変態だろうか。
しっかり梱包材に巻かれてミイラになった彼女を二人がかりで箱に入れる。通路の引越しの段ボールもどかした。菊川氏は見ているだけだった。
運ぶ段取りになって斉藤さんはウェストポーチから紙を取り出す。
「サインこちらにお願いできますか?」
軽い返事とともに菊川氏のサインをもらいさっさと家を出た。気のせいか斉藤さんがいつもより足早だ。
玄関に菊川氏が来て一礼。斉藤さんはこういう場面ではにこやかに礼を返すのに無視するように外に出た。
箱をセキュリティドアにぶつけないように慎重に通る。そこ気をつけろよと言った後に斉藤さんは愚痴りだした。
「ったくふざけんな!通路くらい確保してろよ」
「ハハ、まぁよくあるケースじゃないですか」
「あるからって許されるわけじゃねえよ」
「しかしお金持ってそうな好青年に見えるのにどことなく子供っぽい感じの人でしたね」
「人形遊びなんてする奴だ。そりゃガキに決まってる」
自分のことを言われているようで内心少しバツが悪くなる愚痴を聞きつつ駐車場まで彼女を運びだした。箱入り娘というか娘入り箱を車後部に乗せて車は走り出した。
セキュリティーもそれなりに整っていて高級感漂うアパートだ。つまり彼女を運び出すのには少し手間取るということだ。
前回の彼女の受け渡し時にブライヴァシー保護のため、彼女を箱詰めにして運んだのだが、今回の引き取りもそうするべきか斉藤さんは既に事前確認を行っていた。今回も彼女を運ぶ際は箱に入れて彼女を隠してほしいという事らしい。
僕が梱包材を、斉藤さんが段ボールを持ってアパートに入ることになった。
●―■
「こんにちはー」
インターフォンで部屋番号を押した斉藤さんが声をかける。声は朗らかに、顔はいつものしかめ面で。
"セクサロイドの受け取りに来た"なんて言って客の家族の方と一悶着でもあったら面倒だ。まずは挨拶を済ませてから客本人を呼び出すというのはいつもの流れだ。
「え、ええとどなたですか?」
「株式会社ロボタの物です。菊川清太郎さんはいらっしゃいますか?」
一瞬の間。
「私です。ああ、セクサロイドの返却ですね、鍵を開けておきます」
「はい、では伺います」
セキュリティの扉が開く。斉藤さんが通り、僕も追って通ろうとしたら梱包材がつっかえた。まいったな。内心紅香に会える事に喜んで焦ってるみたいだ。
「注意しろよ、その調子で六号機つっかえさせてぶつけたりしたら減給だからな」
「うっへえ、冗談に聞こえないですよそれ」
「マジだからな」
言わずもがな元より紅香を傷つける気はない。
客である菊川氏の家は一階。彼女を運び出すのが簡単なのはありがたい。
菊川氏の家の前に着き扉をノック。
ノブが回りドアが開く。僕はドアが開いた瞬間に首を動かし中の紅香を探そうとした。が、それも適わなかった。
家の中は段ボールが山のように重なっていて奥が見えないのだ。
「すみません、近々引っ越すことになっていまして家が混沌としています」
視界にさらに邪魔が入る。眼鏡をかけた特徴の特にない爽やかな青年。このアパートに合った少し高貴な雰囲気がする。セクサドールを借りるような人には見えないけれども大抵の客はそういうものだ。
「かまいませんよ。ただちょっと通路確保のためにダンボールを動かすかもしれません」
「はい、構いません」
菊川氏は返事をしながら、中へと案内し始めた。
「一人暮らしがもうすぐ終わるのでね、最後の思い出に彼女を借りたんです」
訊いてもいないのに突然語りだした。何か話していないと気恥ずかしいのだろうか。
「はぁ」
斉藤さんも興味なさそうだ。
菊川氏の足が止まる。けれどもその部屋には彼女の姿が見あたらない。僕は部屋中に目をやった。
「来客に備えて彼女を隠してあるんです」
菊川氏は僕の動きを見たからなのかクスリと笑う。一呼吸置いて菊川氏はタンス兼クローゼットになっているそれを指差し、すぐに開いた。
そこには体育座りをしてしまわれている彼女の姿があった。クローゼットの下は引き出しになっており、彼女が低いところに置かれていなかったことに何だか意味もわからず喜んでいる自分がいた。クローゼット内上部にはネクタイがかけられていて垂れ下がったネクタイが彼女の顔を部分的に隠している。
彼女の金色に輝く髪をよく見たくてネクタイを全て取り払ってしまいたい衝動に襲われる。
「では運び出させていただきます」
斉藤さんの声に我に返る。そういえば仕事中だった。
「六号機、起きろ」
「あ、斉藤さんちょっ」
紅香は言葉に即座に反応して立ち上がり、クローゼット内の天井に頭をぶつけた。
「ああ、やっちまった。上の奴らには秘密な」
安易に彼女を傷つけたことに内心イラつきながらうなずき、僕は梱包材の用意をする。
斉藤さんは紅香を箪笥から抱えおろして立たせる。
こういう時は当然ながら少し嫉妬の炎が燃える。が、我慢。
降りてきた天女のような彼女の体に梱包材を巻きつける。
いつもながらこの作業はなんだか興奮する。僕は変態だろうか。
しっかり梱包材に巻かれてミイラになった彼女を二人がかりで箱に入れる。通路の引越しの段ボールもどかした。菊川氏は見ているだけだった。
運ぶ段取りになって斉藤さんはウェストポーチから紙を取り出す。
「サインこちらにお願いできますか?」
軽い返事とともに菊川氏のサインをもらいさっさと家を出た。気のせいか斉藤さんがいつもより足早だ。
玄関に菊川氏が来て一礼。斉藤さんはこういう場面ではにこやかに礼を返すのに無視するように外に出た。
箱をセキュリティドアにぶつけないように慎重に通る。そこ気をつけろよと言った後に斉藤さんは愚痴りだした。
「ったくふざけんな!通路くらい確保してろよ」
「ハハ、まぁよくあるケースじゃないですか」
「あるからって許されるわけじゃねえよ」
「しかしお金持ってそうな好青年に見えるのにどことなく子供っぽい感じの人でしたね」
「人形遊びなんてする奴だ。そりゃガキに決まってる」
自分のことを言われているようで内心少しバツが悪くなる愚痴を聞きつつ駐車場まで彼女を運びだした。箱入り娘というか娘入り箱を車後部に乗せて車は走り出した。
会社へ戻るまで車内で談笑が始まる。談笑、じゃないか。いつもの斉藤さんの社員への愚痴だ。
今日の愚痴がいつもと違ったのは上司ではなく後輩への愚痴から始まったことだ。僕は機材管理課に所属しているのだが彼はまた専門が違う後輩だ。
僕は動作関係のメンテナンスをするが愚痴を言われている彼、海老沼はコンピューターをメンテナンスする係だ。
大雑把に人間に例えれば僕は神経と筋肉と肺や心臓、海老沼の方は頭脳のメンテナンスという感じだろうか。
僕もさえない男だが彼はそれに輪を三重くらいかけてさえない男だ。
「海老沼の野郎よ、なんか少しビクビクしてるんだ」
「斉藤さんがいつもそう強気で接するからじゃないですか?」
「なんか隠し事してる感じがしててよ。客のこういう風に動いて欲しいっていう要望の話とかあんま聞いてくれねえんだよ」
「反抗期?」
「じゃねえだろ。っつーかそんな怖いか俺?」
入社時は結構怖くて話しかけられなかったですよ、という言葉は飲み込んで苦笑いを返ることにした。
案外斉藤さんは傷つきやすいタチだから。
■―●
海老沼の事をかばいつつ談笑していたら会社前にさしかかる。なにやら会社前に人だかりが出来ていた。
「なんだ?一人二人轢き殺すかもしれないから覚悟してくれ」
「洒落にならないからよしてください」
そんなこと言いつつも斉藤さんの運転テクのお陰で一人も轢かずに敷地内に入り、社屋横の駐車場に車を止めることが出来た。車から降り、何があったのか様子を探るとみな一様に社屋の上の方を眺めている。
屋上に目をやるがよくわからない。四階建てのこの社屋でさえ見えないのかと自分の視力の低さに呆れる。
「んー、なんだろう。僕目ェ悪いんで何が起きてるか教えてくれませんか?」
多分人が鳥になろうとしてるんだろうなと思いつつ斉藤さんに聞く。
「あー飛び降りだなーありゃ」
「うぇっやっぱり」
「で、飛び降りようとしてるのはさっき話題にしてた男だ」
「海老沼!?」
「そう、海老沼」
斉藤さんはどうしようかという顔で僕の方を見てくる。
海老沼は確かにさえない男かもしれない。だが彼がいなくなるということは大きな損失だ。
セクサロイドのコンピューターメンテナンスが出来る職人なんて国内に数百人、いや数十人程度なんじゃないだろうか。パッと見彼はどこにでもいそうな男だがそれほどの希少価値を持つ職人だ。
「助けるに決まってるでしょう。斉藤さん、ちょっとついてきてください」
「おう」
車のボンネットをクッションにする案が瞬時に思いつき、車へと向かう。
ひとまず車を落下予測地点に走らせて車から降りた。地面はモロにコンクリートでうまく落ちれば即死ということになるのは容易に想像がつく。
だが車をクッションにする策も穴は勿論ある。海老沼が下を見て車のクッションを避ける可能性も存分にありうるのだ。もう一つくらい策は必要か。
様子を探るため、車から取り出した眼鏡をかけていると上から海老沼の声が聞こえてきた。
「なんだよ!なんでだよ!なんで捨てたんですか!」
敬語とタメ語が混じる。誰と言い争っているんだろう。
「君が、四号機にうつつを抜かしていることに気付いてだな」
「四号機って言うな!せめてでいいから商品名で呼んでください!」
海老沼が少しずれたことを大声で叫ぶ。いつもあれくらいの声出してればやりやすいのにな。
言い争っている相手の声は部長のものだ。相手が部長でよかった。あの人は気が早いが根は社員に優しい人だ。海老沼にあんな口をきかれているが、もし彼が生き残ったら会社から出ていくのを引き止めてくれるはずだ。
「そもそもあの機体はもう随分と古かったし、挙動もおかしいとお客様からクレームも来ていたんだ」
「でもあんな汚い梱包材に包まれたまま捨てるなんて人のやることじゃない!」
昨日部長が捨てた梱包材には、四号機が包まれていたのだ。梱包材を捨てると言う名目の元、四号機を捨てたのだろう。
「だがな海老沼君、」
「ああ、ああ、ああ、もうディアナは帰ってこな、ああ、ああ」
四号機にディアナなんて名前付けてるのか、純和風なのにな。そんな脳内ツッコミをしていると海老沼がふらりと体勢を崩す。瞬間、屋上の縁から足を滑らし、落ちる。
あの落ち方だと車が置いてある地点からずれる。まずい。
「斉藤さん!」
「おう!」
車の策だけでは足りないと判断した僕らは既に策を張っていた。斉藤さんが事前に脇に広げておいた梱包材を掴む。既に四重ぐらいに重ねてあるものだ。
果たして僕の貧弱な肉体で彼を受け止められるのだろうか。海老沼と頭をぶつけあって死ぬという未来も少し頭をよぎる。
上を見ると海老沼がすごい速度で大きくなるのが見えた。 落下予測地点の修正もできている。あとは上手く受け止められるかどうかだ。
衝撃に備えて目をつぶる。
バシィィィイ
音とともに肩と指にものすごい衝撃が走る。
筋繊維が切れる音もした。
いやこれはプチプチが潰れる音か。
バランスを崩し、僕は落ちてきた海老沼に抱きつく形に倒れた。もちろん僕にそんな趣味は無い。
斉藤さんが倒れてこないが無事だろうか。頭が動かせず斉藤さんの方を見れない。
「うう」
海老沼の呻き声が聞こえた。どうやら海老沼は無事なようだ。
「そのままちょっと聞け」
乗しかかる体勢のまま僕は小声で海老沼に囁く。
「『ディアナ』なら無事だ。詳しい話はあとで僕に電話をかけてくれ」
海老沼は聞くや否や僕の体を押しのけガバっと起き上がり、
「本当ですか!?」
と僕の肩を揺さぶった。
バカ、色々察しろよ、まずマジで肩痛いんだ。揺らすなよぉ・・・。
痛みのせいか変な笑いが止まらない。斉藤さんが上の方から大丈夫かと問いかける。この分だと斉藤さんは全然平気そうだ。よかった。
ちなみに僕は割りと大丈夫じゃない。
今日の愚痴がいつもと違ったのは上司ではなく後輩への愚痴から始まったことだ。僕は機材管理課に所属しているのだが彼はまた専門が違う後輩だ。
僕は動作関係のメンテナンスをするが愚痴を言われている彼、海老沼はコンピューターをメンテナンスする係だ。
大雑把に人間に例えれば僕は神経と筋肉と肺や心臓、海老沼の方は頭脳のメンテナンスという感じだろうか。
僕もさえない男だが彼はそれに輪を三重くらいかけてさえない男だ。
「海老沼の野郎よ、なんか少しビクビクしてるんだ」
「斉藤さんがいつもそう強気で接するからじゃないですか?」
「なんか隠し事してる感じがしててよ。客のこういう風に動いて欲しいっていう要望の話とかあんま聞いてくれねえんだよ」
「反抗期?」
「じゃねえだろ。っつーかそんな怖いか俺?」
入社時は結構怖くて話しかけられなかったですよ、という言葉は飲み込んで苦笑いを返ることにした。
案外斉藤さんは傷つきやすいタチだから。
■―●
海老沼の事をかばいつつ談笑していたら会社前にさしかかる。なにやら会社前に人だかりが出来ていた。
「なんだ?一人二人轢き殺すかもしれないから覚悟してくれ」
「洒落にならないからよしてください」
そんなこと言いつつも斉藤さんの運転テクのお陰で一人も轢かずに敷地内に入り、社屋横の駐車場に車を止めることが出来た。車から降り、何があったのか様子を探るとみな一様に社屋の上の方を眺めている。
屋上に目をやるがよくわからない。四階建てのこの社屋でさえ見えないのかと自分の視力の低さに呆れる。
「んー、なんだろう。僕目ェ悪いんで何が起きてるか教えてくれませんか?」
多分人が鳥になろうとしてるんだろうなと思いつつ斉藤さんに聞く。
「あー飛び降りだなーありゃ」
「うぇっやっぱり」
「で、飛び降りようとしてるのはさっき話題にしてた男だ」
「海老沼!?」
「そう、海老沼」
斉藤さんはどうしようかという顔で僕の方を見てくる。
海老沼は確かにさえない男かもしれない。だが彼がいなくなるということは大きな損失だ。
セクサロイドのコンピューターメンテナンスが出来る職人なんて国内に数百人、いや数十人程度なんじゃないだろうか。パッと見彼はどこにでもいそうな男だがそれほどの希少価値を持つ職人だ。
「助けるに決まってるでしょう。斉藤さん、ちょっとついてきてください」
「おう」
車のボンネットをクッションにする案が瞬時に思いつき、車へと向かう。
ひとまず車を落下予測地点に走らせて車から降りた。地面はモロにコンクリートでうまく落ちれば即死ということになるのは容易に想像がつく。
だが車をクッションにする策も穴は勿論ある。海老沼が下を見て車のクッションを避ける可能性も存分にありうるのだ。もう一つくらい策は必要か。
様子を探るため、車から取り出した眼鏡をかけていると上から海老沼の声が聞こえてきた。
「なんだよ!なんでだよ!なんで捨てたんですか!」
敬語とタメ語が混じる。誰と言い争っているんだろう。
「君が、四号機にうつつを抜かしていることに気付いてだな」
「四号機って言うな!せめてでいいから商品名で呼んでください!」
海老沼が少しずれたことを大声で叫ぶ。いつもあれくらいの声出してればやりやすいのにな。
言い争っている相手の声は部長のものだ。相手が部長でよかった。あの人は気が早いが根は社員に優しい人だ。海老沼にあんな口をきかれているが、もし彼が生き残ったら会社から出ていくのを引き止めてくれるはずだ。
「そもそもあの機体はもう随分と古かったし、挙動もおかしいとお客様からクレームも来ていたんだ」
「でもあんな汚い梱包材に包まれたまま捨てるなんて人のやることじゃない!」
昨日部長が捨てた梱包材には、四号機が包まれていたのだ。梱包材を捨てると言う名目の元、四号機を捨てたのだろう。
「だがな海老沼君、」
「ああ、ああ、ああ、もうディアナは帰ってこな、ああ、ああ」
四号機にディアナなんて名前付けてるのか、純和風なのにな。そんな脳内ツッコミをしていると海老沼がふらりと体勢を崩す。瞬間、屋上の縁から足を滑らし、落ちる。
あの落ち方だと車が置いてある地点からずれる。まずい。
「斉藤さん!」
「おう!」
車の策だけでは足りないと判断した僕らは既に策を張っていた。斉藤さんが事前に脇に広げておいた梱包材を掴む。既に四重ぐらいに重ねてあるものだ。
果たして僕の貧弱な肉体で彼を受け止められるのだろうか。海老沼と頭をぶつけあって死ぬという未来も少し頭をよぎる。
上を見ると海老沼がすごい速度で大きくなるのが見えた。 落下予測地点の修正もできている。あとは上手く受け止められるかどうかだ。
衝撃に備えて目をつぶる。
バシィィィイ
音とともに肩と指にものすごい衝撃が走る。
筋繊維が切れる音もした。
いやこれはプチプチが潰れる音か。
バランスを崩し、僕は落ちてきた海老沼に抱きつく形に倒れた。もちろん僕にそんな趣味は無い。
斉藤さんが倒れてこないが無事だろうか。頭が動かせず斉藤さんの方を見れない。
「うう」
海老沼の呻き声が聞こえた。どうやら海老沼は無事なようだ。
「そのままちょっと聞け」
乗しかかる体勢のまま僕は小声で海老沼に囁く。
「『ディアナ』なら無事だ。詳しい話はあとで僕に電話をかけてくれ」
海老沼は聞くや否や僕の体を押しのけガバっと起き上がり、
「本当ですか!?」
と僕の肩を揺さぶった。
バカ、色々察しろよ、まずマジで肩痛いんだ。揺らすなよぉ・・・。
痛みのせいか変な笑いが止まらない。斉藤さんが上の方から大丈夫かと問いかける。この分だと斉藤さんは全然平気そうだ。よかった。
ちなみに僕は割りと大丈夫じゃない。