Neetel Inside 文芸新都
表紙

感じない温度
月が冷たい夜、月から見えない場所で

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 型式名。
 AW-RA-1270-LDF。

 あどばんすどうぇぽん・ろぼてぃくすあーてぃふぁくと・1270・らぶどーるふぃめーる。

 何故人型か。
 人と共通する装備を流用できるから。
 何故女型か。
 俺が男だから。いや、男型を選ぶ男も当然いる。俺の趣味だ。そうしておこう。
 俺の趣味なので、一見しただけではちょっと可愛い普通の女子と見間違うような外見だ。しかし、兵器だ。それを悪趣味であると指摘する人もいる。
 俺は思う。 夜伽の相手に可愛い女の子を選んで何が悪いというのだ。
 ……そういう、道具だ。

         *

「マスター」
 男女の性愛行為を擬した一連の儀式めいた処理が一段落し、アウラは俺の腰の上にまたがったままで話しかけた。
「マスター、改めて申し上げますが、名前をありがとうございます」
 アウラの腰から両手を放し、枕元の煙草を探る。
「そういえば、お前が来てから今日で一年になるのか」
 一本取り出し、咥えてそれに火をつける。
「そんな話題を振るとは、どこか調子でも悪いのか」
「いいえ、データ登録センターからも異常はないと報告を受けています。ただ、その……」
 珍しく言い淀む。
「ただ、その?」
 促してみる。
 兵器であるアウラの処理系に遅延があるならば、それは一瞬であろうと命取りになるかもしれない。
 ここは、ほぼ終戦間際とはいえ戦場だ。散発的な攻撃が皆無とはいえない。
「ただその、マスターから名前を頂いた個体は、そう多くないと聞いたものですから」
 アウラは微笑……んだように思えた。だが、カーテンの隙間から漏れ入る月明かりだけのベッドの上では気配しかわからない。
「そうなのか」
 としか言いようがない。名前がなければ指示や行動に不便ではないのか。
「はい。一般的には『おい』や『ロボ』と呼ばれているようです」
 それで通じるならそれでいいんじゃないか。
「しかしなあ、お前の『アウラ』だって、型式名をそれっぽく読んだだけだぞ」
 アーティファクトから拝借して『アーティ』でもよかったわけだ。
「それでもです。それに、お会いした初日、基本的な確認事項を終えた直後に、まず名付けていただきました」
 吸う。煙草の先が俄に赤くなり、そして暗く戻る。その赤い光は形の良い乳房を僅かに照らした。
「それは相当珍しいのか?」
「はい。私の他には数体あるだけだそうです」
 兵士と同じ数だけこの『人型兵器』は稼動している。国際条約でそう決められたからだ。名目は『戦闘外残虐行為の監視』らしいが、そこにいろいろ抜け道や機能を付加してしまうのが、なんとも俺の故郷も相変わらず色々狂っている。
 その『監視報告』やメンテナンスなどで日に一回の有線での報告が義務付けられているのだが、その時に耳にしたのだろう。
 この人型兵器が導入されて以来、前線での行動は単独であることが主になったし、キャンプのバーに連れてきているケースはあまり見ない。酒に溺れがちな奴が義務付けられたか用心してか連れてきているのが稀にいる程度だ。
 そんな理由で、兵士同士、この人型兵器について語り合うことはほとんどない。あっても性能面の話題が少々か。それ以外は性癖を含むプライベート情報に触れかねないので、わざわざ恥をさらす奴もいない。他人の恥を探りたがる奴は後ろから撃たれる。そういう場所だ。
「嬉しいのか」
 息を深く、煙草を吸う。
「はい」
「かわいいな」
 煙と共に言葉を口に出し、煙草を枕元の灰皿に置く。
「外見上はそのように作られていますし、マスターがこの暗さで私の姿を判別できているとは思えません」
 そう言って、アウラは俺に口吻る。
 反射的に俺はアウラの頭に手を当て、軽く何度か痛くないように叩く。
「マスター」
 アウラの唇が、俺の口から耳に移動して囁く。
「今の行為は、なんでしょうか」
「ああ、痛かったか、すまない」
 反射的にアウラの頭を撫でる。
「重ねて質問します。今の行為と先程の行為はなんでしょうか」
「え……えーと?何か機能的にまずいことでもしたか?なら謝る」
 それにしてはアウラの声がただ囁くだけなのが疑問だし、そのようなことはマニュアルにも書いてあった記憶がない。
 アウラは回答を待っているのか、囁いた位置のまま顔を動かしていない。
「……あたまぽんぽん、と、なでなで、でいいのかな」
「名称を登録しました」
 ほぼ機械的にアウラが答える。こういう日常の何気ない行為に名称が無い場合が稀にある。そうしてそれらをデータと共に登録し統合することで性能が上がる、というものこの人型兵器のウリのひとつらしい。最近なかったのですっかり忘れていたが。
 再び火のついたままの煙草を咥え、ゆっくりと吸う。アウラの髪や肌にあたらないよう気をつけつつ。
「マスター、申し訳ありませんが煙草を消してもらえませんか」
 アウラ、俺の耳を軽く唇で挟みながら。
「お前が煙草の煙に苦情を言うとは珍しいな」
 そろそろ燃える部分が短くなってきていたこともあり、素直に煙草を灰皿に揉みつける。
「いえ、その、違うんです」
 人工的ではあるが、柔らかく温かい乳房を俺に押し付けながら。
「もう一回お願いします。強く激しく抱きしめてください」

       

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