Neetel Inside 文芸新都
表紙

セカンド・ディメイション
1st-time

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 月を厚い雲が覆い隠す。闇に包まれた静寂の中で、聞こえるのは微かな息遣いだけだった。
自分ともう一人。
「つまらんな」
ただ一言そう呟く。その男は全身を黒一色に染めて闇と同化する。
しかし同化し仕切れていない部分があった。男の右手の先――
「ガッ……!!ッ!……は…ぁ……」
 異様なそれは異様な光景だった。闇から突き出した手が掴んでいたのは男の首だった。
既に男の顔色は危険な状態だった。表情は酸欠を訴えて、口からは下が出ている。。
「言い残すことはないか?最も、もう話せる状態ではないか」
 ばたばたと身体を動かして降り解こうとするが、手の握力が弱まることはなかった。
それどころか徐々に力を増していく。
 首を掴まれている男は必死に憎悪に染まった目で男を睨みつけた。
「では終わりだ。いい夜を――」
あっさりとそう言い捨てて。
ゴキンと鈍い音を立てて男は崩れ落ちた。
そうそれはただそれだけの夜。
なにもないはずの夜だった。


「これを」
 いつもの場所。いつもの部屋。出されたコーヒーに口を付けつつ、
事務的に渡された書類には顔写真が貼ってあった。研究員風の如何にも不健康そうな男の写真。
一緒に資料も添付されてはいるがそんなものに興味はない。
これから殺す人間の経歴を知る必要などないのだから。
「バキアの幹部は彼方に期待しておられます」
 幹部。その言葉を聞いて思わず笑い出しそうになった。いまの時代人を殺すことを期待する人間がいることが時代錯誤だった。
そしてその幹部。馬鹿げた話だ。
「いかがしました?」
「いや、なんでもない」
「分かっておられると思いますが、アレの流出は――」
「心配はいらない」
 言いかけの言葉を途中で遮って、返事を返す。
分かっているのだ。そんなことは。
そして自分に期待されているもの。それこそが自分の価値だった。
(結局一番時代錯誤なのは俺だ……)
ともあれ、いまやることは手元の写真に目を落として対象を憶えることだった。


「参ったなぁ~。アレだよアレ?闘い。なにと?いやATMとさ」
 ふと、物々と男が呟きながら歩いてる。
「―――ッ!?」
 咄嗟に振り向く。馬鹿な、と男は思った。この距離で気付かなかったのか……
それはありえない考えだった。いくら事の最中とはいえ、いや最中だからこそ周囲には最善の気を配っていたのだ。
なのにこの位置は不自然すぎた。ありえない距離。
「しかし、DVDの表紙は鶴屋さんか。いい仕事してるなぁ」
 年は20前後か。なぜか眠たそうな目をしている。半眼とでも言おうか。いい若者にしてはファッションには無頓着のようだ。
リュックを背負い、手には青やら黄色やらの袋を下げて、
同様を隠せずにいるこちらなどまるで無視して、平然と歩いていた。
(一体なにをあんなに買ったんだ?)
 パンパンに膨らんでいるリュックと袋に自然と目がいく。それはそれで素朴な疑問であったが、急いで打ち消す。今はそれどころではない。
疑問視すべきは――
(気付いてないのか……?)
 偶然通りかかったのなら目撃してない可能性もある。とはいえいま自分の真下には既に死体と化した物体が転がっているのだ。
(そんなことが在り得るか?)
 これだけの距離で気付かないなどと。危険だと思った。あまりにも危険。このまま見過ごすのはリスクが伴う。
頭の中で瞬時に計算する。
ほんとは計算するまでも分かっていたのだ。
最も最適な答えなど考えるまでもない。
(可哀想だが……)
「やぁ、君――」
「あ、ティッシュは結構です」
「こんな時間にティッシュ配りっ!?」
 いつの間にか手に持っていた何かのゲーム機だろうか?未だに品薄が続いているらしいという話を聞いたことがある。
から顔も上げもせずに間髪いれず答えた。
「い、いや違うんだが少しいいかな?」
「事実を歪曲するようなインタビューは受けないようにしてるんで」
「それはテレビ局に言ってくれYO!?」
(なんなんだこいつは――ッ!!)
「あ~、もうなんなんですか?出来れば面倒くさいことには関わりたくないってのが俺のポリシーなんですが」
 やっとこちらに顔を向ける。とろんとした目。全体からは倦怠感が漂っている。
何故なのか?早々にペースを狂わせられている。今までにない事だった。

「あれ?」
 と、どうも後ろに倒れる男に気付いたのか、俺の後ろを見て声を上げた。
騒ぎ出す前に殺す――手を伸ばしかけたその時、
「うわぁ~。これって殺害現場ってやつ?また面倒くさいなぁ~」
「は!?」
 目の前の男がなにを言っているのか一瞬理解できず、思わず手を止める。
なぜこの男はこんなに呑気なんだ!!
「あれ?ちょっと待って?これって死亡フラグな気が……」
 冷静になれと自分に命ずる。感情を行動から切り離し、なにも考えない。
ただ次の瞬間には目の前にいる男は死んでいる筈だ。
機械のように正確に。ただそれだけ。
「うわぁ~、こんなときは大抵美少女が助けて――って、無理っぽい――」
いまだ間抜けに発せられる声は止まない。
だがいい。これで夜は終るのだから。長い夜がようやく。
「では君もいい夜を――」

     

 無造作に、しかし全くの無駄もなくこちらに伸びて来る手に、足で地面を強く蹴って後ろに跳んでかわす。
(早っ――!!)
「―――!?」
 相手が息を呑んだのが分かった。かわされる事など予想していなかったのだろう。
カサッ
 手元を見ると掠ったのか、袋が裂けていた。
「んなっ!?お前もし、中身に傷がついてたらマジぶっ殺すぞ!!」
「え、あ?何が入ってるんだ?」
「フィギュアに決まってんだろうが!!」
「決まってるのか!?」
 相手はまだ目を丸くして驚いてる状態だった。
客観的になにが起こっているのか?冷静に思考する。
簡単に言えば、帰り道に殺害現場を目撃して、自分はそれを目撃したために消されそうになったのだろう。
確かにそうだ。それだけならばあってもむしろ不思議ではない。が、
(口論してたとか通り魔とかじゃなくて、どう見ても殺し屋みたいな男が素手で殺害?
 そんなのアニメかラノベの世界だろ………)
「あんた、いま俺を殺そうとしたろ?」
 その一言に気を取り直したのか男が言ってくる。
「あぁ。可哀想だが、見てしまった以上死んでもらうしかないな」
 男の目を見る。瞳からは先程まで何処あった油断の色が消えていた。
先程を男は手になにも持っていなかった。つまり目の前にいる男は素手であっさり人間を殺害できるということだった。
それは格闘技などといった甘いものではなく本当の殺しの技術。
「何故さけられた?」
 最もな質問だった。自分の一撃がこんなただの通行人にすぎない自分に避けられるなど夢にも思わないだろう。
一呼吸おく。
目の目に起こっている事は非現実的だが、確かな事実。
こんなことが起こるはずがという事が起こっている。そして自分も行動が非現実性に拍車をかけている。
これは――つまり
「こんなこともあろうかと鍛えてたからさ」

唐突に非日常が始まった。



       

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Neetsha