天国まで3階級
第五部(終)
落ちていく。
落ちていく。
落ちていく――
俺は真っ白な空間を頭から真っ逆さまに落ちていくところだった。浮遊感がずっと終わらないのでとても気持ち悪い。なんだか胃がにわかに痙攣してきたような気がする。
「ううっ……おろろろろ」
いやー重力方向へ落ちていって助かったぜ。吐いても下に落ちていくし。
「高木さ……ってぎゃあああっ!!! ばっちい!!!」
「げろっ……おお恋塚さん。ちっす」
「ちっすじゃないですよばか! うわあああ、私の羽に、羽に」
「大丈夫、あんまり食べてないから綺麗なはずだよ」
「そうかそうかただの透明な消化液だと思えばよいのじゃな、などと言うと思いましたか? 許しませんよ私は!」
「じゃあこの落ちてくのなんとかしてよおろ」
「そんな汚らしい『おろ』初めて聞きましたよ……仕方ないですね、ちょっと持っててあげます。……ふんヌッ」
実に勇ましい掛け声と共に恋塚さんが俺の服を掴んでパタパタと羽ばたきし始めた。
「あー助かった。サンキュっす」
「どういたしまして。あー重い。ほんと重い。意外と筋肉ありますね高木さん」
「えへへへ、なんだお前、そんなこと言っちゃって。俺のこと好きなの?」
恋塚さんがパッと手を放した。
「おろろろろろろ」
「男子のそういうところがほんと理解できません」
「すみません……」
かなりイラッと来たらしい恋塚さんの形相に恐れよりも申し訳なさを感じたが、それでも再び持ち上げてパタパタやってくれたので恋塚さんはやっぱりそこそこいい人である。
「まったく。あなたって人はつくづくお気楽な人ですね」
「そうかなあ」
「そうですよ。あなた、自分の今の状況が分かってますか?」
「分かってないからお気楽なんじゃない?」
はあ、と恋塚さんが俺の頭上でため息を吐いた。
「なら教えてあげましょう。高木さん、あなたはいま地獄へ向かって落ちていってるんです。真っ逆さまです。片道切符の直通です。もう、天国へはいけないんです。お分かりですか、本当に?」
「たぶん」
まあ、落ちた先にはやっぱりジから始まってゴクで終わるところが待っているんだろうなあ、とは予想してたけど。天使に直々に宣告されるとやっぱりちょっと重たいなあ。テンション下がってきた。
「さげぽよ」
「さげぽよですか……」
もう恋塚さんには上手い返しをする気力もないらしかった。
「普通はもっと泣き叫んだり喚いたり怒鳴ったりするものなはずですけど……まあ、あなたの場合は自分で選んだようなものですしね。覚悟はできていたってことですか」
「いんや? あんまり」
覚悟っていうかその場のノリに近かったし。
恋塚さんは逆さに俺の顔を覗き込んできた。
「それでもさっきのアレは、自分で選んでやったことなんでしょう?」
猫子ちゃんにトドメを刺さずに自爆したことを言っているのなら、そうだ。
恋塚さんは、いつの間にか次の月までめくられてしまっている日めくりカレンダーを見るような目をした。
「どうして、猫子ちゃんを倒さなかったんです? 彼女を倒せば天国で、もう何も考えずに済んだのに」
「ええ? だってそうしろってハッパかけてきたの恋塚さんじゃん。褒めてもらうならまだしも疑問に思われるとか困るんだけど」
「それもそうなんですけど……なんていうか、お年玉で百万よこせって言ったらおばあちゃんが巾着袋から一千万出してきた時の気持ちっていうか……」
どんな気持ちだよ。かえって分かりづらいわ。
「つーか一千万入ってる巾着袋とかバケモノだろ」
恋塚さんはカツアゲするみたいにゆさゆさ俺を揺さぶった。
「そういうこと言ってるんじゃないんですよ。たとえです、たとえ。分かるでしょ?」
「まあ分かるけども」
「なぜですか? なぜ、あなたは天国逝きを蹴れたんですか? まさか我らが父なる神があなたの人徳に恐れをなしてお目こぼししてくれる、なんて思ったわけじゃないでしょうね」
「してくれないの?」
「してくれませんよ。いいですか、あなたがやったことは人間的ではあれ敬虔的ではないのです。神が定めた神のゲームをオウンゴールで終わらせてしまったんですから。神からすれば何やってんのお前? です。神の思惑は、あなた方が天国を目指すことによって魂のレヴェルを上げること。ですが、あなたの取った行動はそれを根底から否定してしまった。いわば、神への反逆行為に当たるんです」
俺はぽかんと口をあけた。
「そこまで考えてなかった」
「でしょうね……」
「えー。それちょっと心が狭くない? もうちょっと融通利かしてくれてもバチは……って、神様がバチを当てる係りなのか。なんかずるいなー。ずるい」
「ずるくてもそれが神、天上におわすということなんですよ。もう一度、聞きます。高木さん。なぜ、猫子ちゃんを助けたんですか?」
ストレートにそう聞かれると、かえって俺もなぜそうしたのか分からなくなってしまった。うーん。俺はすぐに答えずに腕組みして考え込んだ。
「猫子ちゃんが好きだから、ですか?」
「いやー、好きっつーか、そーゆーんじゃないんだよなあ。それに勝っても負けても離れ離れになっちゃうんだから、好きでもなんでも同じじゃない?」
「いえ、ほら、愛しているからこそ相手が救われる道を選んだよ的な」
「あー、俺そこまで人間できてねーから」
「確かに」
確かに、じゃねーよ。失礼なやつだな。
俺はこほんと咳払いした。
「とにかく、さっきはそうしようって思ったんだ。詳しいことは俺も忘れた」
「忘れた? あんなに大事な決断だったのに?」
「覚えてらんねーよいちいち。自分が何を考えて、こういう理屈で、どういうメリットがあって、先のことは数パターンに分類済みでもうあらかた見えていて……って、そんな風にスカして動けりゃいいけどさ。俺はそういうタイプじゃねえんだ。細かいこと聞かれても困る」
「細かい、こと……」
恋塚さんはすうっと目を細めた。
「確かに、そうかもしれませんね。細かいこと、ですか……」
「あーまた怒るなよ。いいじゃん別に。俺は神様になんか助けてもらった覚えないし、だから敬ったりもしないよ。直接こっちの顔を見に降りてくるなら、やるじゃん、ってちょっとは思うけど」
「怒ってませんよ。怒ったりするものですか。あなたは立派なことをしたんです、高木さん。神が認めなくても、私が認めます」
珍しく真剣な声音でそう言った恋塚さんに、かえって俺は戸惑ってしまった。
「どうした恋塚さん。おなか痛いの?」
「おなかというより、心ですかね」
恋塚さんは学校が楽しくない中学生みたいなことを言い出した。
「あなたという人が、これから先の分からない闇に飲まれてしまうことが、ひとつの魂として、寂しく思えるんです」
「そう、それよ」
俺はぴっと指を立てた。
「その先の分からない闇とかなんとか。そっちの方が俺のことより重要だよ。結局さ、あんまり詳しく教えてもらってないけど、地獄ってどんな感じなの? 俺ちょっと痛いのとか血がドバッとするのとかヤなんだけど」
恋塚さんはくすくす笑ってから、仕切り直すようにこう言った。
「覚えてませんか? 教えたはずですよ、地獄に何があるのかは天使にも分からない……そこはかつて『悪魔』たちが落とされた場所。そしてそのまま音沙汰なく数十億の年月が流れたところ」
「え? ってことはさ、じゃあさ、ひょっとしたらさ、ものすげーパラダイスになってるかもしれない……ってこと?」
「……は?」
恋塚さんは今度こそ目を丸くした。
「……なんですって?」
「だからさ、地獄の詳細はあんたらにも分からないんだろ? だったらさ、悪魔たちが頑張ってすげー平和な国とか作ってくれてるかもよ? 天国なんか目じゃないくらい。どんぐらいすごいかっていうと一家にひとつ温泉と有線のネット環境が配備されてるとか」
「無線でネット対戦するとタイムラグがありますからね……ってそんなことはどうでもいいんです! 地獄が平和になってるかも? そんなはずがありません、いいですか地獄に落ちた悪魔たちは名前を見聞きしただけでも魂が穢れる存在なのです。ルシファー、ベリアル、ベルゼバブ、バロール、ハデス……」
「でも、見たことないんだろ?」
恋塚さんの呼吸が止まる。
「それは、まあ、そうですけど。でも」
「だったら俺が見てきてやるさ」
ふふん、と鼻で笑って。
「臆病者のあんたらに代わって、地獄がどんなものなのか、骨身に染みるまで味わってきてやるぜ」
「…………そんな、こと」
「なあに心配するなよ。同じことじゃん。どこにいたって、頑張るくらいはできるって。な? 現に俺はそうやって三回戦まで勝ち上がった。今度は勝ち下がってくことにするよ」
恋塚さんは、しばらく黙っていた。
やがて、ふっと抜けるように笑う。
「あなたには負けました、高木燐吾さん」
「なんだよ改まって」
「同じこと、ですか。天国にいようと地獄にいようと……生きていようと死んでいようと? 今までそんなことを言い出した人間は一人もいませんでした。新しい時代が、魂の限界点を超える時が来たのかもしれませんね……」
「魂の限界点?」
「魂は不滅でも、信念までそうとは限りません。高木さん、あなたがどこまでいけるのか、遠く天から、見守らせてもらいます」
「まあなんでもいいから勝手にしてくれ。ヒマがあったら祝福でもしてくれると助かるんだけど」
「祝福? ……いいですよ、それぐらいなら」
恋塚さんは、足を天へ向けて、浮き上がった。俺たちは上下あべこべで、向かい合った。
何をするのかもっとよく考えておけば、不意を突かれずに済んだろう。
恋塚さんは天に爪先立ちして、
俺の額にちゅーをした。
「祝福、しましたよ?」
俺は二の句が継げなかった。
恋塚さんは崩れるように笑った。
「あでぃおす、なのです」
その声が耳に届くよりも早く、俺の身体は不可視の膨大な力を引きずられ、重力方向の果てへと連れ去られてしまった。
風の唸る音だけが、聞こえる。
どかああああん!!
そんじょそこらの落下じゃない。天国スレスレからの自由落下だ。当然、俺の身体――というか魂は物凄い加速を受けていたわけで、茶色い大地に突き刺さった俺は足だけ飛び出た状態になって、助けてくれるやつがいなかったら太陽が燃え尽きる時までそのままだったろう。
誰かに足を掴まれた。そのままズボッと引き抜かれる。俺は口に入った土をぺっぺと吐き出して、大気を呼吸した。
「げほっ……はあ、はあ。助かった……?」
「おう。そうらしいぜ」
俺は声の方を見た。若い男が俺の足を掴んでニカッと笑っていた。
「あの、俺、天国の方から来たんすけど……ここってやっぱ地獄っすか?」
「うん」
やっぱなあ。そうそう上手くいかねーよなー。目が覚めたら元の身体に戻ってて、当たり前の日常が続いていくとか、そういうオチを期待してたんだけれども。
「はあ……地獄かあ……」
「兄ちゃん地獄は初めてか? 肩の力を抜けよ」
先輩風を吹かしやがって。俺は身をひねって地面に足をつけた。
周囲は、見渡す限りの荒野だ。空は深い紫色の雲に覆われていて、今が夜なのか昼なのかも分からない。乾いた風が吹くたびに、枯れた木々がさわさわとざわめいていた。
「これから、どうすればいいんだろう」
「そりゃ、お前さん次第だろうなあ。ひとまずは町へ行ってみたらどうだ?」
「町なんかあんの?」
「そりゃ、気の合うやつが集まればそういうものもできらあな」
若い男はジジイが吸いそうなキセルを吹かしながら言った。
「だいたい、ここに来た連中は最初は町にいくもんだ。そこにいきゃあ顔なじみもいるかもしれねえ。とりあえず行ってみろよ」
「案内とかしてくれない?」
「してやりてえのはヤマヤマなんだが、嫁さんが悪い風にさらわれてよ」
「風邪?」
「いや、たぶんそっちの方じゃないほうの風。まいったよ。どこへいったんだか……探しにいかなきゃ何言われるかわかったもんじゃねえんだ。つうわけで、失敬」
男は、急いでいると言う割りにはのんびりした足取りで荒野へ去っていった。それにしても風にさらわれるとは……風が強くなりそうな気配があったら岩陰とかに隠れた方がよさそうだな。
方向さえも聞きそびれたが、ここでこうしてぽつねんとしていたって仕方がない。俺はうーんと伸びをして、とりあえず男が去っていったのと反対方向へ歩き出した。
町には思っていたよりもすぐに着いた。石で出来た塀に囲まれた町が、丘の下に広がっていて一望できた。建物からは真っ赤な下地に黒い逆十字が刺繍された旗がのぼっている。なんだかロックな雰囲気である。
俺はとりあえず衣装屋を見つけて肩パッドを買うことを決意しながら、町へ入った。
住民は、黒い羽のついた美少年か、俺と似たり寄ったりの冴えない若者しかいなかった。みんな目が死んでる。怖いので俺はそそくさと通り過ぎた。
「ふう……さすが地獄。死臭がすごいぜ」
「そうでもないぞ」
む、何奴。俺は声のした方向に顔を向けた。するとそこには懐かしい顔――
「山口くん!」
山口くんはモヒカンがぼさぼさになっていること以外は元気そうだった。
「よう、高木。久しぶり、ってほどでもないか? お前も落ちてきたんだな」
「ああ、猫子ちゃんにやられた」
ということにしておく。
「西表さんかあ。ま、仕方ないんじゃね。あの人、頭よさそうだったし」
「おまけに美少女だしな」
「ヤンジャンの表紙に載りそうな顔だよな」
「うんうん」
俺たちはひとしきり再会を祝しあった。元・対戦相手なわけだが、いちいちそんなこと気にしていたらメシもマズイのでお互い禍根のことは口にはしない。
山口くんがまあまあ行けるハンバーガーショップを知っているというので、少し寒くなってきたし、俺たちはその店でハンバーガーを食べることにした。もちろんポテトも喰う。
円卓に座って黒羽の美少年スタッフにオーダーを頼むと、山口くんは人心地ついたようにため息をついた。
「ここに来ると落ち着くわ」
「なんかモスに似てるよな」
「わかる」
運ばれてきたハンバーガーは見かけは悪かった、というよりなんか黒かったが喰ってみると美味かった。
「他のみんなも来てんの?」
「え?」
山口くんは一瞬、『みんな』が誰か分かり損ねたらしい。
「ああ、うん。玖流井さんとそのダンナは見かけたな。あの二人、なんだかんだで仲いいわ。勝手にやってろって感じ」
「マジかよ」
「うん。えーと、ホストっぽいやつはここのキッチンで働くことにしたっぽい。メガネは知らん。見てもわからん」
「モブ顔だからって雑に扱わないでやろうぜ」
「ん、今度会ったら声かけてみる。あと誰かいたっけ?」
問い返されても俺も覚えてないので答えられない。
「ま、いいじゃん。そんな感じだよ」
「そうか。……ところでさ」
「うん?」
「地獄って、どんな風に辛いの?」
山口くんはちょっと考えてから、答えた。
「稼ぎ口がない」
「そりゃ現世でも同じじゃん」
「いや、ここもひどい。運よく知り合いとか捕まれば職紹介してもらえるけど、そうじゃねーと悲惨だな。食い扶持求めて町から町へ右往左往」
「へえ……マジか」
「町出たってそこからが本当の地獄よ。やっぱ妙なバケモンとかうろついてるらしくてさ。そいつらに食われると死なない上に消化もされないから他の魂と麻雀牌が流れ込んでくるのをひたすら待ち望む日々らしい」
「恐ろしいっていうかそんな苦境をも跳ね除けられる麻雀がスゲーって感じだな」
「あれやると人生が十分の一になるからな」
山口くんはハンバーガーを食いきって、指についたオイルっぽい何かをしゃぶりながら言った。
「お前はこれからどうすんの?」
「俺?」
「もし働き口にアテないんだったら、俺と弾き語りでもしねーか? 俺がギターでお前がボーカル」
「うーん……」
俺はちょっと悩んだが、
「悪いけど、歌はあんま得意じゃねえんだ」
「そっか」
山口くんもそれほどしつこく誘ってはこなかった。
「じゃ、うん。そういうことで。ここのメシ代ぐらいは持つよ。持ってないだろ、金」
「あ、悪い。頼むわ」
「任せとけって」
会計を済ませている山口くんの背中に、俺は言った。
「なあ、稼ぐ以外で生きてく道ってないのか?」
「稼ぐ以外? ……魔王になるとか?」
「わかんねーけど、そういうの」
「あるっちゃあるけど、たぶん嘘だぜ」
「嘘でもいいから聞かせてくれ」
山口くんはちらっと俺を見て、逡巡したようだったが、結局言った。
「なんでもこの地獄のどっかにゃ悪魔の親玉がいて、そいつは今、眠ってるんだが、起こしちまうととんでもない大災害を引き起こすらしい。でもそいつに勝てば、まあ勝てばっつうのがどうすんだよって話なんだが、そいつの力が倒した相手に乗り移るんだと。生き返ることもできるかもとかなんとか」
「マジかよ! なんでそんな美味い話をいの一番に教えてくれなかったんだよ?」
「だってお前、出てくのか? あの荒野に。この町でのんびり乞食でもやってた方が儲かるし安全だぜ? いるのかいねえのかもわかんねー悪魔なんか探してよ。途中でバケモンに喰われて麻雀打つ羽目になるのがオチだぜ」
「その時は、その時さ」
俺は山口くんと再会を約して、ハンバーガー屋を出た。山口くんは修理に出しているギターを取りに行くといって去ってしまった。話してみるといいやつだった。お互い、顔見知りがもう少なくなってしまったから、というのもあったのかも知れないけど。
別にいいじゃん、それで。
俺はあくびをして、また伸びをした。金もないし、町に残ってもやることもない。あいにくともう死んでいるおかげで餓死もしないし、一歩踏み出す気にさえなればいつでもどこでも冒険の始まりだ。
そう思えば悪くない。
俺は町を出た。
荒野を風が撫でている。
この向こう、地平線をぶち抜いて歩き続ければ、出会えるのだろうか? その悪魔というやつに。だが、仮にあえなくても、ここではないどこかへは辿り着けるはず。
今はそれで、充分だ。
俺は記念すべき徒手空拳の第一歩、目指すはとりあえず生き返り、その道をゆく足を踏み出した。
掴まれてコケた。
顔面から地面に突っ込む。
泣こうと思った。
「うぐっ……ひぐっ……」
「泣きたいのはこっちだ!!」
聞き覚えのある声である。俺は泣くのをやめて立ち上がった。
「なんだ、蜂山さんか」
「なんだじゃないだろなんだじゃ」
蜂山さんはあちこちホコリにまみれていて、なんだか無闇にくたびれている。
「どしたの。ここ地獄だよ。天国はあっち」
空を指差した俺の手を蜂山さんはぱちんと叩き落とした。
「貴様のせいで……私まで巻き添えを食ったぞ!」
「え?」
「あのオウンゴールは誰が見ても神への反逆行為だった……」
恋塚さんから聞いた話である。
「その余波で、私は神から、おまえの監督不行き届きだと言いつけられて……堕天した」
「あちゃー」
「あちゃー、じゃない! どうしてくれるんだ! 見ろ、もう背中の羽も取れてなくなってしまった……」
「不思議な力はまだ残ってるでしょ?」
「ふざけろ!」
げしっと俺は蜂山さんに蹴られて、ちょっと嬉しい。
「ふふふふ」
「な、何を笑ってるんだ気色悪い。あー、もう!」
ばりばりと髪をかきむしり、
「こうなったら仕方ない、地獄の底まで付きまとってやるからな! 守護天使の意地ってものを見せてやるから覚悟するがいい」
「ああ、頼むよ」
俺は空を仰いだ。
その暗闇の向こうにいるだろう恋塚さんに話しかける。
な?
それほど悪くないもんだろ、地獄ってのも。
とりあえず、仲間も一人、できたしさ?