Neetel Inside 文芸新都
表紙

恋のlocker
始まり

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 春、それは変化の季節。入学、就職、ニートからフリーターへのレベルUP。
生活のリズムにも劇的に変化をもたらし、そして安定していく。そんな変化の流れに
1年遅れで飲み込まれてみたりしてみた。・・・・・・えーとこれ、なんてエロゲの冒頭フラグ?





――朝――


「………………(チンチンチン)」

 ジュ~

「………………(チンチンチン)」

 ジュ~・・・

「………………(チンチンチン)」

 ジュ~・・・・・・

 火で熱しられた円形のダンスフロアの上、2組の踊る卵とハムを
俺の背中越しに箸と茶碗の単調なリズムがはやし立てる。

「………(チン!)」

 ポ。と言いたい所をグッと堪え、安物の陶器の器に最後の一打を加えた
伴奏者の方へ振り向いた。

「………お腹減った」
「だったら、味噌汁注ぐの位手伝え!!(怒)」

 怠慢な伴奏者を怒鳴り散らすと、目の前に白い霞がかかる。立ち眩みだ。
そもそも夜型人間の俺が朝食を作っていること自体間違っている。一週間前は
朝食など作ることはおろか、食べてさえいなかったのに。

「………めんどい」

 伴奏者は一言呟くと、再び単調なリズムを刻み始めた。

「………(チンチンチン)」

 一週間前、バイトの帰り道に雨に打たれて小さく震え、縮こまっていた娘を拾った。
いや、拾ったと言うよりは後を付いて来られたと言う方が正しいのかも知れない。
うううん、知らないけど絶対そう。

「(チン!)………臭い」
「そ、そ、そんなことはありません!昨日ちゃんと洗いました!!」
「???」

 えーと、何をしていたんだっけ俺は・・・・・・。
そ、そうだ一週間前の事を思い出していたんだった。

 俺がその娘の存在に気づいたのはその更に十日前。いつもバイトに行く前に荷物を押し
込む駅のロッカーの側。右端の上から三段目。常連になった210番の狭い空間から荷物を
取り出した時、視界に入ったのが初めてだったはず。

 その娘は退屈そうに壁に凭れ掛かり、行き交う人の流れを遠目に眺めていた。それだけ
なら学年10位内(勿論ワースト)に入る成績の俺が記憶している訳が無いのだが、記憶し
ていたのはその娘が俺と同じ制服を着ていたからだった。そして次の日も、更に次の日も、
その娘はそこにいて退屈そうに人の流れを眺めていた。

 でも、あの日は少し違っていた。いつもの光景とは違いその娘は俯き、びしょ濡れにな
った体を震わせていた。そしてもう一つ違ったのは、初めてその娘は俺を視界の中に捉え
た事だった。震えた体を必死に襲え込むように身体を小さくし、膝を抱えた腕の上から覗
かせ俺を認識した瞳は、その娘の冷えきっているであろう身体より冷えている様に感じた。

 その瞳を見た瞬間、俺の脳裏に某クレジットカードのCMの如く、3つの選択肢カードが
浮かび上がった。どーすんの!?オレ!どーすんの!?

1.何事も無かったかのように立ち去る。
2.何事も無かったかのように立ち去る。
3.何事も無かったかのように立ち去る。
 
『全部同じじゃねーかバカ野郎!!』

 勿論俺は、何事も無かったかのように立ち去った。むしろ更に条件を付け加え
【脱兎の如く何事も無かったかのように立ち去った】恋はスリル、ショック、サスペンス
である。

「バーロwwwwwwww」

 しかし、もうすぐ俺のアパートに到着という所で、左腕の違和感に気づく。本当は脱兎
の~辺りから気づいていたのだけど………

「あれれ~何か左腕に絡み付いてるよ~?」
「………………」

 蝶ネクタイ型変声期にキック力増強シューズを身に着けていて、尚且つたったひとつの
真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人とか言ってそうなの脳内設定にある子供のマネを
して違和感に問う。
 しかし、違和感からは何一つ言葉は返ってこなかった。が、俺の左腕に絡みついていた
のは先ほどの娘だった。絡み付いている娘に掛ける言葉を探す・・・・・・
『左腕だけにさわんないで!』
・・・・・・これは無いだろう常識的に考えて。

 というのが、一週間前に起きた出来事なのだが、何故その娘と一緒に住んでいるのかは
もう少し後に思い出すことにしようと思う。まずは一週間前には摂らなかった、この一週
間摂り続けている朝食の方が優先事項だ。

「………焦げ臭い」
「ん?ああ!ああああああああっ!!!」

 つい先程、優先事項にあげ朝食になる筈だったハムエッグは、フライパンの上で
真っ黒の焼死物体になっていた。

「………だから言ったのに」
「聞いてねぇぇぇぇ!!もっと早く言えぇぇぇ!!」
「焦げ臭い」
「その速くじゃねぇぇぇ!!!あ~………俺のハムエッグが………」
「……………桜は言った………ぼーっとしてた準が悪い」
「お、俺はな~!」
「………??」

 桜の事を考えてたから・・・と、物凄く恥ずかしい事を
口にしそうになったので慌てて口を紡ぐ。

「………準?」
「いい、忘れてくれ………それより朝食が味噌汁とご飯だけになるけどいいか?」
「………構わない」

 コンロの火を消し、出来上がっていた味噌汁をお椀に装い食卓へと運ぶ。
お椀を桜に手渡すと、先程まで音色を奏でていた茶碗を突き出し、当たり前の様に口にす
る。

「………ご飯」
「俺はお前のメイドさんじゃねぇぇぇぇ!!」
「…………………ん」

 怒鳴りながらも茶碗を受け取っている俺は、亭主関白には一生なれないと思った。

「ほらよご主人様、フッジサーン盛りだ」
「………こんなに食べない」

 俺は食卓に腰を下ろし一切動こうとしない桜に対して、嫌がら…いや、ご奉仕の為
/^0^\←こんな風にご飯を盛った。

「………んっ………ん」
「お、おいフッジサーンを整地するなんて静岡・山梨県民を敵に回す事になるぞ!」
「………分けただけ………それに食べ物で遊ぶのヨクナイ」

 桜はせっかく頑張って盛った茶碗の淵から上の部分を(/^0^\←この部分)
まだ空な俺の茶碗に移しながら説教をする。

「すまん、フッジサーン……」
「………………」

 桜は整地作業の際、箸についたフッジーサンの残骸を舐めながら俺を見つめていた。

「それじゃー、ぱぱっと食っちまおうぜ」
「………」
「いただきます!」
「………………」
「(もぐもぐ)…(ズズズーッ)…食わないのか?」

 食事の挨拶をしたのにも関わらず、桜は箸の先を咥えながらこちらを眺めている目が
何か言いたそうにしている。

「何だよ?」
「………………」

 桜はこの一週間、自分から話すことはほぼ無かった。あったとしてもさっきみたいに
「ご飯」「眠い」「ありがとう」「おやすみ」「...(ry。つまり、自分が言いたい事は
相手に問われないと話さない。一週間一緒に生活して桜について解った事はこの事ぐらい
だ。人と話すことが苦手なのは言葉からいとも簡単に見ても取れる。

「………お箸」
「箸がどうかしたか?」
「………お箸じゃ上手く食べられない」
「お、欧米か!」

 追加、『ご主人様はお箸も苦手』。






     




「では、恒例の持ち物確認を始めます」
「………………(こくん)」

 俺が出かける前にいつもやっている儀式。制服のポケットを弄り確認する。

「ハンカチよし!」
「………よ、よし」
「携帯よし!」
「………無し」
「財布よし!」
「………よし」
「人としてのなんか大事なもの」
「………無し」
「持っとるわい!!!」

 確認を終え部屋からでる。俺のアパートから通っている私立新都学園までは徒歩10分。
走れば5分も掛からない。そんな理由から俺のアパートは新都学園公認学生寮に指定され
ている。つまり俺のアパートの入居者は全員、新都学園の生徒なのだ。名前は【準荘】。夜
な夜な部屋の中から洗牌の音が聞こえてくる事は決してないぞ?

「(ガチャ)はっ、大家はん!ほはほうほはいまふ♪」

 俺の隣の部屋のドアが勢いよく開かれ、中からトーストを咥えたツインテールの
女の子が姿を現した。

「だから俺は大家じゃないって…」
「へもへもへも~ひっひふはほほははんひはいはほほはぁはいへふは~
(でもでもでも~実質は大家さんみたいなもんじゃないですか~)」
「とりあえずパンを咥えながら話すのを止めね?」

 大家さん。さっきから俺が言っていた【俺のアパート】というのは表現的に2つの意味
を持っている。1つ目は俺の住んでいるアパート。2つ目は俺の父親が所有している物件で
行く末は俺に財産分与されるアパート。だから【俺のアパート】。

「あ~これはこれは大変失礼しました大家さん。でもでもでもですよ~!本当の大家さん
のご子息であるのですから、大家さんとお呼びしても何も間違っていないと思うのですが
どうでしょう?どうでしょう?」
「何故最後の2回言ったんだ…?」
「あっ!3回のほうが大家さん好みでしょうか?」
「そういう問題じゃねぇぇぇ~!」
「ひぇ!すいませんすいませんす~い~ま~せ~ん~~!」


 夏目向日葵――目の前で謝っている奴の名前。俺が引っ越してきた今月の初め、手土産
を持って挨拶をしに行った時の事。


「すいませ~ん隣に引っ越してきたものですが居られますか?」
「は~いちょっと待ってくきゃぁ!(どんがらがっしゃ~ん)」
「………あの、後にしましょうか?」
「いえ~だいじょ~ぶです~!!」
「はぁ………」
「(がちゃ)すいません!お待たせしました!」
「いえ、こちらこそすいません。何かお忙しいときにお邪魔したみたいで」
「いえいえ~全然問題ないですです!…え~とそれで何か御用でしょうか?」
「用ってほどじゃないのですが、今日隣に引越してきたので挨拶にと。それでこれ、つま
らないものですが………」
「あ~引越し蕎麦ですね!『今度おそばにまいりました』という古来から伝わる昨今の
日本では見られることが少なくなった近所付き合いを円滑かつスムーズに行なうために
蕎麦を手土産に挨拶に来られたというわけですね!ど~しよう!!
これは今日の晩御飯は蕎麦に決定!タヌキにしようかな、キツネにしようかな~、それと
も奮発してエビ天を乗せて天ぷら蕎麦にしちゃう~?♪」
「すいません………蕎麦売り切れてたんでうどんです」
「うどん………」
「ホントすんません!あっ、お、俺探してきます蕎麦」
「いえ~うどんでもい~いですよ~………」
「テンション低!」

「それじゃ、解らない事があったら遠慮なく聞いてくださいね!まだ一年しかここに住ん
でいませんが大体のことは把握していますから♪」
「はぁ…」
「え~とですね、お魚を買うなら少し遠いですが近くのスーパーより商店街の魚屋さんに
行ったほうが安くGET!できちゃうんです~~!野菜だって1個から売ってくれますし~
それにそれに………」
「はぁ………」

「………なんですよ~!それとこのアパートの大家さんとは契約の時にしかお会いしてな
いのですが、とっ~ても人の良さそうなダンディなおじさんなんですよ!」
「ダンディー…ですか………」
「あっ、よく考えればあなたも契約の時大家さんに会ってますよね?それなのにあたしっ
たら~(///)でもでもでもですよ~!この情報は知ってますか~?」
「情報?」
「な、なんと!その大家さんのご子息が私達の通っている新都学園の生徒なんですよ
~!?」
「あ~あのそれ」
「驚きですよね!ですよね!?廊下ですれ違ってたりとか、それとも1年の時に同じクラ
スの隣の席だったかも知れないんですよ~!」
「……それ、俺」
「はい?」
「だから俺なんだけど」
「ええ~!?隣の席だったんですか~!?」
「………………」
「どんな、どんな人でした!?名前は?背格好はどんな人でした~!?」
「いやだから~」
「はい?」
「俺が……その………」
「??」
「………ご子息」
「えっ?ええぇ?えええええええええええええええええぇ!!」

 その出来事の後から向日葵は俺に対してえら~く腰の低い態度で接するようになった。
その時から大家さんと呼ばれている。


「隣人さん」
「はい?」
「お前が俺の事大家さんって呼ぶのなら、向日葵の事を隣人さんって呼ぶぞ?」
「え~っ、何か何かそれって他人行儀ぽいじゃないですか~…嫌ですよ。せっかくアパー
トでも教室でもお隣さんなのに~」
「だったら大家さんてのも他人行儀ぽくね?」
「じゃ~何て呼べばいいんですか~?だって、あたしまだ大家さんの名字知りませんよ?」
「何で知らないんだよ!!隣の席じゃん!!!」
「知りません知りません知りませ~ん!あ、ちなみに大家さん好みの3回にしてみました
♪」
「そんなこと知りません!えーとだな、俺の名字は………」
「名字は!?」

 あ、まずい。俺の名字・・・・・・・・・

「何ですか、何ですか、何ですか、何で…3回半にしてみました!」
「余計気持ち悪いわ!」
「教えてくださいよ~」
「………や」
「ん?んん~?」
「…おや」
「き~こ~え~ま~せ~ん♪」
「大矢準だ!」
「(キーン)#$%&◇”#$%」

 大矢準………どっちにしろ俺、おおやだったじゃん。

「うぅ、じゃ~あたしはやっぱり大矢さんて呼べばいいんですか~?」
「準で!」
「えぇ~呼び捨て?恥ずかしぃよ~」
「俺は『大家』の方が恥ずかしいわ!」
「でもでもでも~彼氏を呼ぶみたいで恥ずかしいやん?」
「何故、関西弁!?それじゃ~君とかつければいいじゃん」
「おーなるほど!そうするよ。あ、もうこんな時間!!!
遅刻しちゃう~!急げ~準~~~~~!」
「思いっきり呼び捨てじゃね~か!!」

 今日は朝から数え切れないほど叫び続けて、フラフラになりかけていた。

「………………」
「桜、俺等も急ぐぞ!………っ?桜?」
「………zzz」
「寝るなぁぁぁぁ!!」

 向日葵と話している間、ずっと桜が静かにしているのは、話すのが苦手だからと思って
いたら、ただ寝ていただけだったとさ。



     




――新都学園2年教室――



「よう準」
「あ゛あ゛?」
「なんでお前、既に疲れ切ってんだ?お前の一日はもう終わったのかな?」
「バカヤローまだ始まってもねーよ!」
「そらたった今HR終わったばっかだしな」

 学園に到着してすぐ机に突っ伏していた俺に、後ろの席の
神楽坂権三郎(かぐらざか ごんざぶろう)が話しかけてくる。
カッコイイのか悪いのか分からない名前なのは触れないでおこう。

「これだけ体力を消費しているということは、まさかお前、昨晩…」
「何もねーよ…それに何かあったのは今朝だ…」
「朝からヤッてきやがったのか、テメー!」

 権三郎が俺の胸ぐらを掴んでくる。激しくうっとおしい。

「権三郎言うな!神楽坂って呼べぇ!」
「心の中を読むんじゃねー!それに疲れ切ってるのは、隣の席の奴の所為だ!」
「隣?」

 権…神楽坂が隣の席を見る。しかし、隣とだけしか言わなかったのは俺の過失だ。

「えっ?栄さん?」

 神楽坂はツインテール向日葵の方ではなく、隣違いの栄瑛子(さかえ えいこ)を見て
いた。

「( ゚д゚ )」
「「こっち見んなwwww」」

 ちなみに神楽坂と栄さんも俺のアパートに住んでいる。栄さんはもう一人の隣人。
神楽坂は向日葵じゃない方の隣の隣。

「ごめんね栄さん。特に用はないんだ」
「(´・ω・`)」

 そう言えば俺は、未だに栄さんの声を聞いたことがない。
だが顔だけで何を言いたいかが解るから不思議だ。

「ってことはお前、向日葵ちゃんとヤッたのかコノヤロー」
「俺は今、無性にお前を殺りたいんだがコノヤロー」

 神楽坂はドスの効いた小さな声で俺に迫る。俺も負けじとドスを効かせた声で襟首を掴
む。そして空気を読まない関係者が参戦する。

「何、何々~誰か呼んだ??ゆん♪ゆん♪あたしを求める声に応じて馳せ参じたよ~」
「黙れ電波女!」
「アーアー、変なノイズはNO.39ですよー」
「NO.39?」
「ノーサンキュー」
「神楽坂、離せ。お前の想像通り向日葵を殺る」
「させるかー!!お前ごときに向日葵ちゃんは落とさせん!!」
「やめて~!あたしの為に二人で争わないで!!」
「争ってねーよ!ボケ!」
「貴様、誰に向かってボケとかぬかしてるんじゃぁ!(バキッ)」

 向日葵に気を取られていた所為か、神楽坂ごとき雑魚のパンチを喰らう。

「ウッ、殴ったね!?」
「殴ってなぜ悪いか!貴様はいい、そうやって喚いていれば気分も晴れるんだからな!
だが、俺のこのやるせない気持ちはどうすればいいんだ!?だから、もう一発喰らえぇ!
(バシッ)」
「っ!2度も殴った!!親父にも殴られた事無いのに!!(ボコッ)」

 いい加減ムカついたので殴り返す。その後は、自称空手100段と自称シースルー帯の
近年稀に見れない泥仕合。どんなもんじゃ~い!!

『(ボキ、バシッ、ドッカーン……)』
「あ、あっ、どうしよう~!栄ちゃ~ん2人を止めて~」
「(∩゚д゚)」
「そんな~…」

 それから俺と権三郎は、1限の教師が来るまで殴り合いを続けた。




 殴られた鼻が疼く。血は出ていないが今にも垂れ落ちてきそうなぐらい鼻の中が熱い。
俺は後ろの奴の所為で更に消耗した体力を回復する為、先ほどの様に机に伏せる。俯きに
机に伏せてしまうと鼻血が出そうなので頬を下に机に伏せると勘違いしたツインテールが
手を小さく振っていた。テメーなんか見てねーよ…。

 窓の外、無限に広がる青空の中を白い雲がゆっくりと流れている。日本は平和です母さ
ん。しばらく窓の外を眺めた後、窓の内側に視線を戻す。俺の並列の窓際の席、出席の点
呼で【春日部】と呼ばれていた未だ主が現れたことのない席を眺めながら、俺の意識と瞼
は塞がれた。


 夢を見た―――小さな男の子が母親に手を引かれ電車から降りてくる姿を眺めている。
男の子は少しご機嫌斜めで少しグズッていた。母親はそんな子供に甘やかすでもなく叱り
付ける訳でもなく、時折微笑んでグズる息子を眺めていた。
 真新しい改札を抜け母子は歩く。家に帰るのであろう…昔家族で住んでいた準荘へ。
あと少しあと一つ角を曲がれば親子の住む家というところで後頭部に衝撃が走る。

「大矢、俺の授業で眠るとはええ度胸やな」
「えっ、あ、ええ?(ガタッ)ね、寝てません」

 顔を上げると口と机の間におつゆの糸が引く。ごめんなさい思いっきり寝てました。
夢まで見てました!

「…言い訳はいい。続きを読め」
「は、はい」

 現国の教師鬼頭(きとう)は、目覚めた俺に背を向けて教卓の方に歩みだす。
えっ!現国!?1限は確か現社だったはず………

「(ぼそぼそ)36ページの4行目から」

 ツインテールが俺に聞こえるか聞こえないかの声で、助け舟を出してくれる。

「NO.39(ぼそ)」
「感謝しろ~」

 俺は教えられたとおり教科書を開き4行目から読み出した。

「現代の日本における生産と需要は………ってあれ?」
「(ぼそぼそぼそ)それ現社の教科書~~~」

 まだ寝ぼけていた所為か、机の上に出されていた1限目の教科書を読んでしまっていた。
なんてこったいベタベタなボケを/(^o^)\

「………大矢、放課後職員室な」
「……はい」

 まだ伝説の木の下じゃないだけよかったと思った。





「災難だったね~準君。あたし起こそうと努力したんだよ~~!
でもでもでも~、寝顔がすんごっく可愛かったからさ~、そのまま
眺めてるのもいいかなぁ~って、思ったりなんかしちゃったりしたみたいなみたいな♪
でもでも、よく考えたらあたしが準君を起こしたとしてメリットは一切無いよね?
無いよね~?家賃が安くなるわけじゃないし、あたしが怒られる訳でもないし~!
そりゃさ、淡い恋心が芽生えるとかならさ、不肖ながら美少女夏目向日葵!
全身全霊を用いて活かさず殺さず持ち込ませず!起こしたんだけど~「黙れ」

 4限の終わりのチャイムがなり終わると同時に、向日葵が駆け寄ってきてお得意のマシン
ガントークで俺を滅多打ちにする。

「一つ聞いていいか?」
「3行以内なら!」
「己は3行以上話してるだろうが!!」

 こいつと話していると本当に疲れる。せっかく回復した体力を根こそぎ持っていかれそ
うだった。

「寝てた時…その~、何か言ったりしてた?」

 俺は要望どおり3行どころか1行に留めて尋ねると、向日葵は頬を紅く染めて答えた。

「向日葵様、愛してますと(ぽっ)」
「嘘つけ!!!!」
「( ゚д゚ )」

 栄さんが向日葵を見る顔で全てを把握する。俺はこれ以上向日葵を相手にしていたら
死さえもチラつきかねないので、食堂へ行こうと立ち上がった。

「(ガタッ)???(パラパラパラ)」

 頭の上から何か落ちてくるのを感じ、手を差し出してみる。細かく千切られた消しゴム
だった。手のひらに乗った消しゴムを差し出して向日葵に尋ねる。

「なんだこれ?」
「起こそうとしたあたしの努力!芽生えた?芽生えた~?淡い恋心が芽生えた~~??」
「………殺されるほど愛してるという風に捉えられるなら、芽生えた」
「やったー♪」
「(((( ;゚Д゚)))」

 殺意だがな。


 食堂へ向かうには1年の教室の前を通っていかないと辿り着かない。
都合がいいので桜でも誘って静かな昼食を過ごそうと各教室を覗いて巡る。

「あれ?ここにもいない」

 1年の教室を全部周って見たが桜の姿はどこにも無かった。

「もう、食堂に行ったのかな?」

 俺は頭を掻いて食堂へと向かった。

「(ポロッ)あ、消しゴム…まだ残ってたか……」

 その後、食堂の中をくまなく探したが桜はいなかった。






     

「しゅう~~~~りょう~~~~!!お疲れ様~!!」

 向日葵は6限の終了のチャイムと同時に両手をあげて喜んだ。まだ先生いるんだけどな。

「よ~し!じゃあ、放課後マ〇ク行く!?ケ〇タにする!?それともモ〇にする?ス〇バでもどこでもALLOK~~!!それとも街に繰り出してオールしてめくるめく大人の甘美な世界に酔いしれちゃう!?」
「(*゚д゚*)」
「俺バイト。それと栄さん冗談だから期待しない」
「(///)」
「え~準君バイトなんだ………!じゃじゃじゃ~栄さん!?」
「Σ(゚д゚`)」
「準君のバイト先へ突撃しに行こう!!!」
「ちょ、勝手に決めるな。そして来るな!栄さんだって忙しいだろうし……」
「*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*」
「来る気マンマン!?いや、ごめん来ないで………」
「(´・ω・`)」
「(´・ω・`)」
「向日葵真似すんな!」
「「(*´・д・)(・д・`*)」」
「ほんとゴメン……勘弁して~」

 くそっ!こいつら、タッグ組みやがって。

「何々?何の話?」
「あ、権三郎君!」
「神楽坂です…」
「いまね~準君のバイト先に、冷やかしに行こうかって相談してたんだけど」
「冷やかしかよ!」
「来ちゃダメとか言うんだよ~権三郎君」
「神楽坂です…。あ、じゃあ俺もバイトなんだけど見に来る??俺の方なら冷やかしでも何でも向日葵ちゃんが来るなら大歓迎!」
「え~…やめとく~。ゴメンネ、権三郎君」
「神楽坂です…」

 哀れだ神楽坂………。

「∵:.(:.´艸`:.).:∵ ( ;゚皿゚)ノシΣ m9(^ω^)」

 栄さん容赦ねーな。

「そういや俺、鬼頭に呼ばれてたんだった………ちゃちゃっと行ってくるわ」
「お土産よろしくね~♪」
「戻ってこねーよ!」
「準……ケツだけは隠せよ」
「ウホッなのか?鬼頭って……」
「(゚Д゚ゞ」
「無いから…」

 俺は盛大に心配されながら職員室へと向かった。貞操に注意して………



「失礼します~(ガラガラガラ)2-A大矢準!鬼頭先生に御用があって来ました」
「おう、こっちだ大矢」

 鬼頭は片手を挙げ俺を手招きしていた。鬼頭向助(きとうこうすけ)
生活指導主任・独身。

「まぁ、座れ」

 現在不在の隣の席から安物のキャスター付き椅子を滑らせ、座るように促される。

「失礼します」

 尻に警戒を怠らないように腰掛ける。俺が席に着くか着かないかの所で鬼頭は話し出す。

「何で呼ばれたか解るか?」
「4限の事ですか?」

 思い当たる事を言うと鬼頭は煙草に火をつけ、フーと一息つくと「違う違う」と煙草を持った手を左右に振った。

「えーと、じゃあ何でしょう?」

 4限の事じゃないとすると俺には何も思いつかなかった。鬼頭は先ほど点けたばかりの
煙草を乱暴に灰皿にこすり付けると、両膝に手を置いて少しマジモードに入った。

「お前、確か準荘の大家の息子なんだよな?」
「ええ、まぁそうですね」

 準荘に関すること、思い当たる事は色々あった。賭けマージャンとか
深夜徘徊とか………あっ!桜のことも。俺は自分から墓穴を掘らないように
注意することにする。しかし、鬼頭の口から出てきたのは注意しようとしたことではない、俺にとっても初耳なことだった。

「お前のクラスに2年になってまだ一度も登校してない、春日部っておるやろ」
「春日部さん?それが俺のアパートとどういう…」
「おるやろ?」
「え、ええ」

 鬼頭の威圧感のある声にどもってしまう俺。鬼頭は先ほど消したばかりなのに、新しく煙草を咥えると火をつけた。

「フー…その春日部がな~お前んとこのアパートに住んどるらしいんやわ」
「えっ!?マジで?」
「マジで~???」
「…ほ、本当ですか?」

 言葉遣いを訂正される。

「ああ、マジや。フー…そやさかい来週の月曜に学校へ引っ張ってこいや」
「ええーそんなぁ……というか、俺一度も顔合わせたことないですよ?」
「というか~?」
「と言いますか……」

 鬼頭は言葉遣いに厳しかった。さすが国語教師と褒めるべきか。

「さっきお前の親父さんに問い合わせたけど、確かにおるはずなんや。お前はアパートの住人を把握してんのか?何やったら教えよか?」
「いや別に……」
「教えよか?」
「お願い致します…」

 じゃー聞くなよと思ったが、口にすると滅殺されそうなので封殺する。

「2階が左から神楽坂、栄、大矢、夏目。1階が左から秋里、冬月、春日部やそうや」
「あれ?1階のもう一室は?」
「お前はなんも知らへんのやな。物置っつー話やったぞ」

 聞いてねーよ親父。

「わかったな。月曜日必ず連れてくるんやぞ!ほなら行ってよし」
「はぁ……失礼します」

 俺は追い出されるように職員室から出て行く。つーか何?春日部とかいう奴連れてこいって?めんどくせ~~………。

「でも、一緒のアパートだったのか春日部」

 俺は職員室から出るとそのまま下駄箱まで行き、バイトに行く為、駅の方へ向かった。



 俺が準荘へ2年になって住みだしたのには訳があった。1年の頃から住もうと思っていたが空きがなかったから。それと、小さい頃準荘に住んでいたノスタルジーから。小さい頃に比べたら家は裕福になった。俺が小学校の高学年の時、父が脱サラして事業を始めた。その事業が軌道に乗りどんどんお金持ちになっていった。でもその反面、暖かかった家族の温もりは冷めていった。一軒家を買ってそっちに引越ししても親父は仕事仕事でほとんど家に帰ってこなかった。俺は小さい頃親子3人で暮らしたあの温もりをもう一度求めたかったのかもしれない。俺がこの学園に入る1年前、親父は準荘が売りに出されていることを知るとすぐさま購入を決めた。親父なりの罪滅ぼしだったのだろう。だから今年の3月。部屋が空いたのを聞くと直ぐに入りたいと父に相談した。

『ピロロロロロ』

 携帯が無機質な呼び出し音を出して俺を呼ぶ。

「はい、もしもし」
「お~準か!俺だ俺だ」

 噂をすればなんとやら・・・親父だった。

「なんだよ」

 俺は素っ気無く返答する。

「何だ?反抗期か?」

 それを見透かすように親父は突いてくる。

「別に……なんか用?」
「さっき学校から電話があってな、鬼頭とかいう先生だったんだがな」
「で?」
「でっていう」
「………切るぞ?」
「待て待て待て」

 でっていうって何だよ・・・・・・

「で、何の用?」
「準荘の1階の住人のことなんだがな、春日部っていう………」

 また春日部か・・・

「で?」
「でって「でっていうとか言ったら切るぞ?親子の縁も」
「………」
「だから何だよ?俺これからバイトなんだけど」
「バイト?準にはちゃんと仕送りしているだろ?足りないのか?」
「足りないとかじゃない!俺のバイトの事とかは、どうでもいいからさ~本題に入ってくれない?」

 親父と話しながら歩いていると、駅がすぐ目の前まで見えてきていた。

「わかった。その春日部って家から家賃が振り込まれたんだがな」
「それは普通だろ?振り込まれていないんだったら別だけどそれでいいじゃん。俺、マジ忙しいから切るぞ?」
「待て待て待て、最後まで話を聞け」
「何だよ?」

 そうこうしているうちに、俺は210番のロッカーに辿り着いてしまった。

「それがな…家賃の他に50万振り込まれていたんだ」
「………5、5…50万!?」
「ああ」

 普通じゃなかった。頭を巡らせる。

「家賃っていくらだ?」
「家賃か、家賃は3万5000円ぽっきりだ」
「その呼び込みの兄ちゃんみたいな値段提示はやめろ」
「色々オプションつけられるな……」
「しらねーよ!」

 準荘の築年数からしたら、それぐらいが妥当かも知れないけど、駅まで5分という立地条件からしてみたら安いんじゃないかと思った。金の亡者の親父にしては。

「3万5000円×12ヶ月=はえーっと……」
「42万だ」
「計算はえーなおい!」
「俺もお前と同じく初めはそう思ったがな、53万5000円振り込まれて
いるから1年分ではない。それとこれは来月の分なんだ」
「は?どういうことだ?」
「準荘の家賃支払いは月末に支払ってもらってる。
つまり4月分は3月の末にそして4月の末は5月分と」
「ということは?」
「先月も50万多かったんだ」
「………2、2年分?」
「2年だと84万だから23万多いんだが」
「………」
「………」
「…だから何?」
「お前の口座に余分の50万×2=100万を振り込んでおいた。返しておいてくれ」

 ば、馬鹿な100万だと?それを振り込んでおいた?何を言ってるんだこいつは!?

「それじゃ仕事が忙しいので切る。アデュー拝啓息子」
「あ、ちょちょっと待て!色々言いたい事と一つ頼みがあ……」
「ツーツーツーツー」
「きりやがったあのバカ親父!」

 一方的に言いたいことだけ言って切る親父に激しくムカついた。言いたかった事。俺だってバイト行く前だった事、100万という大金を任された事、アデュー拝啓息子・・・・・・色々突っ込むとこはあるのだがせめてアデュー敬具息子だろうと・・・・・・・・・。

 今日は金曜日。明日、明後日と休み。体を休ませる事はできるが、この一週間あったこと、騒がしかった今日一日(まだバイトあるけど)。もう何も起こってくれるなよと210番の扉を開ける。

「(パラ)………」

 誰も使用していないお気に入りの210番から手紙がヒラヒラとコンクリートの床に落ちる。俺の週末はまだ訪れそうに無い。

       

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Neetsha