Neetel Inside ニートノベル
表紙

魔法少女は血を失う、みたいな
吸血殺しの魔法少女

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 悪夢を見ていた気がするのですが、脳に流れ込んできた珍妙な情報の数々に内容はすっきり流されてしまいました。
 まず視界。高く伸びた竹が風のように流れていく風景。一体ここはどこなのかを考えんとする前に、規則的な我が身への振動、続いて背中や太腿の違和感が鮮やかになっていき、首の付け根に不快な痛みを覚えることで私の意識はようやく覚醒を迎えます。
 なんでしょう、これは。いわゆる初めての「お姫様抱っこ」。
 珍妙な事態に脳は冴え、しかし奇妙がために夢現。これを夢だと説明されれば私は納得するでしょう。
 状況確認のために顎を引くと、そこにはさらりとなびく黒髪と、見知らぬ何者かの顔――というよりは、瞳がありました。口元を隠す大きなローブを着ているらしいその誰かに、ただ今誘拐されています。
「いやいやいや、ちょっと」
 目元や髪質の女性らしいその方は反応して、ちらりとこちらを見下ろします。
「ようやく起きたのね。心配したわ。あなたの延髄に手刀を打ちこんでからというもの、一向に目を覚ます気配がなかったから」
 心配をするなら命を取り出しかねないような真似は控えて欲しい、と首の鈍痛を意識しつつ切に訴え思います。
「そうね、次からは気をつけようと思うわ」
 何に対して気をつけようとしているのかを判断しかねる言葉でした。私の心の声が漏れていたのでしょうか。それとも、独り言じみた口調からして、単にさらったモノを失いかけたことによる自己反省だったりして。
「ところで、ここは?」
「竹藪、かな」
「見ればわかりますよ」
 首を進行方向に捻ると、破竹の勢いで若竹色の竹々が次々と過ぎ去っていきます。安全性度外視で設計されたジェットコースターに生物実験体として乗せられたような恐怖がぽつぽつと湧き上がってきました。減速をしてくれそうな雰囲気ではないので、視線を逸らし横抱きをさせるがままの恰好で身を硬化させるしか術がなく、
「もうちょっとゆっくり運べませんか。足とか、私とか」
「無理よ。死んでしまうわ」
 要求してはみたものの、どうやら彼女はマグロの一種らしく、功を奏しませんでした。
「では、私はいずこへ拉致されようとしているのですか?」
「山奥にある、人気のない、人の訪れることのない庵へと」
 マズいですね。とてもそれらしい条件がそろっています。
 しかし、なぜ? 私は取り立てて家が裕福というわけではなく、将来性にしても成績劣等、恨みを買われる覚えもなし。一つだけ動機となりえそうな要素といえば――
「私が女子高生だからですね」
「魔法使いだからよ」
「あ、いいですね、それ」
 魔法使い。なんとも素敵に神秘で少女的な響きではありませんか。エスパーやサイキックの持つ陰険で暗澹たるイメージが幼児もときめく華やかさに昇華するようです。私は今から魔法少女と名乗りましょう。
 私を抱きかかえて忍者のように疾駆するその人は道端にあるペットのフンに向ける種類の冷酷な一瞥を私に見舞い、ハエでも見逃すように視線を前に戻しました。何か悪いこと言いましたっけ。
「そろそろね」
「そろそろですか」
 スリリングな被運搬が終了するらしい予告を受け、勇気を出して到着予定地へと目を凝らします。
 服が脱げました。

     

 人間は五感の多くを視覚に割り振る性質を持っているらしいですが、しかし無効票は無投票にあらず、多数決主義の名の下には切り捨てられる小数部分も、神のつくりたもうた人体にはきちんと息づいているようです。
 なぜなら感じましたもの。迫りくる障害物に恐々と目を細めながら、身を纏う物がするりと抜け落ちる感触を。
 とはいえ多少のアクシデントが起ころうと、高速で動いている車や人間からは脱出し難いのも事実。頭を白くしたまま酸欠の観賞魚のように口を動かして数瞬、効きのよいブレーキと共に腕の中から解放された私は思い出したように濡れ土にうずくまりました。同時期に間抜けそうな声を発したような気もします。
「――、――――」
 名状しがたし。
「なによ、恥じらいを感じているの?」
 察せるのならば事前に注意をお願いしたかった。
「何ですか、何なんですかこれは」
「隠す必要はないわ。私は女だし、ここには他に人がいないからね」
 宥めるような言葉を投げつつ、ピラリとマントをめくったその人は確かに女性でした。私より低いであろう身長。私より小さな胸。そしてその他の女性らしい部分を確認できたのはなぜかというと、彼女が中に何も着ていなかったからです。どう見ても変態さんでした。
「そういう問題じゃ…‥」
 もはや同性だからといって必ずしも安心できる時代ではありません。襲われます。山奥に連れ去られ、忍法早脱がせとでも名付けられていそうな下等な高等技術で丸裸にされ、今ここで襲われてしまいます。
「ふうん。とはいってもここはそういう性質なのだし、性質を変えることは難儀だから、服を着たければ持ってくるのが妥当だろうけれど、自分一人が往復するよりは同行した方が片道で済んでいいと思うよ。それに、自分が着物を持ってくる間、ここで一人うずくまっている方が危険でしょう」
 何やらもっともらしい御託を並べられましたが、
「服を返していただければ、一件落着すると思います」
「外からの持ち込みは厳禁なのよ。いえ、不可能と言うべきね。ともかく、あなたが引き返すことを認めるつもりは一片もないのだから、選択肢はさっきの二つに限られる。安心して。ここはともかく、今から向かおうとしている場所はここから徒歩一分ほどにある、一切の人っ気がない、他に一人の訪問者もない場所なのだから」
 家に返すつもりも服を返すつもりもないから、露出プレイか露出放置プレイを選べというんですね。いいでしょう。恥を忍んで歩きますとも。
 覚悟を決めて立ち上がります。靴や靴下まで脱げていることに気がつきましたが、そんなものは些事です。いっそ水浸しの気持ち悪さが抜けただけ良しと前向きに考えましょう。
 ひたりと歩を進めます。押し付けがましい背徳感が全身に微電流を走らせるような、初めての露出プレイの感覚。夏場ですし、自棄になると涼しさも楽しめないことはないですね。大自然の中でこのような不埒な恰好ができるなんて、滅多にない機会には違いありません。開放感を全身で受けられるほどベテランじみてはいないし、この先じみたくもないですけれど。
 このありさまでは少々の視線を遮ろうと遮るまいと結果の違いは知れていますが、どうせ持て余す両腕ならば有効活用してやるべきではないか、と隠すべき個所を隠しつつうだうだと進む私に、変態の彼女が安易な懐柔の言葉を投げ掛けます。
「大丈夫よ。自分としては、とって食うつもりなどないのだから」

     

 竹林を少し、ほんの少しだけ進むと、目的物はありました。
 外観は背の低い和式建造物と言うべきでしょうか。少々燻ったそれはおざなりな枯葉色の竹垣にぞんざいに囲まれつつ、自然竹林の一角で忍者の隠れ家のような迷彩っぷりを醸していました。
 私を置き去りにしてすたすたと先行していった誘拐犯の足取りを追い、背の低い門を軽々と押し開けます。 
 両手が塞がってるんじゃないかって? そりゃ慣れますよ。生物なんて大多数が全裸なのですし、服なんてものはそもそも気候に適応するためのものですから。そうして今は夏ですし、とりたてて問題はありませんとも。人の目がなければ風呂も林も似たようなものです。
 目前には玄関と裏口を足して二で割ったような戸。しいて特徴を挙げるならば、いわくありげなお札が貼られていることくらいでしょうか。達筆すぎて解読には至りませんが、さわらぬ札に祟りなし、念を入れて周囲に他の入口がないか見渡しますと、見えました。縁側のようなものが。
 回り込むと存外に綺麗な障子が侵入してくれと言わんばかりに開け放たれています。こんな旧和式建築にセンサーもないでしょうし、これしめたことと更に壁伝いに周り込むと、小ぢんまりとした畳張りの部屋の中央部分に置かれたこれまた小さなちゃぶ台と、その隣には鳥っぽい相貌をした置物のような人型の何かがいました。
 見つめ合う数瞬間。
「――ひっ」
 と私は言葉にならない声をあげて、都合の良いことに膝元の縁側に放置されていた万能包丁を引っ掴み、恰幅のよい鳥顔に向かって投擲します。脊髄反射半分弱、防衛本能半分、恥じらいを少々。彼は運よく顔面へと飛来した凶器を接触の寸前で飴でも渡されたかのように掴みとりましたが、首から上はミクロン単位で動く気配を見せません。こっちみんな。
 うずくまった私の胸中で厭世観が羞恥心を塗りつぶし始めたころにようやく、切望していた感触がばさりと私を包みます。布の重さにこれほど有難味を感じたことはありません。
「何をしているのよ。庭なんかで」
 と呆れを含んだ平淡な疑問を投げ掛ける元凶。蹴りたくなりました。

     

「人を寄越すなど、滅多な事をするではないか」
 まっさらな机を挟み、男性用の浴衣を羽織った私は硬い正座にてただただ耐えています。障子の空け広げられた庭から差し込む、沈みかけの夕日。そこにある儚さは、今まさに折れようとする私の心を暗喩しているかのようでした。
 咎める、というよりは仕方なく書いた感想文を読み上げるような感情移入の少ない声でいけしゃあしゃあとのたまった彼の声はくぐもっています。見た目からしても恐らくは仮面をつけているのでしょう。そうでなくては人外です。深淵のように真っ黒な瞳と鷲のように大きく精巧な嘴を象った仮面。格式ある温泉宿の土産物屋とかで思わずゼロを数えてしまう値札と共に飾られていそうな、それでいて廃業まで店主と運命を共にしそうなそれを被りこなしている時点で、普通人でないらしい雰囲気は嫌でも察せましたけれど。
「人はいないっていったじゃないですか……」
「憚ることなど一切ない」
 隣にだけ文句を伝えたつもりが前から答えが飛んできました。地獄耳。
「我は人にあらず」
 人外さんでした。
「特段の事情というやつよ。次はないでしょうし、あっても無闇にはしないから、容赦して貰いたいのだけれど」
 このマントがどちらに謝罪しているのかは図りかねますが、無視を決め込んでいるのだとしたら物理的に鼓膜をかっぽじってやりたいですね。
 渦巻く殺意などいざ知らず、鳥のような彼は嘴を撫でる動作で一拍置き、
「否、もはや構うことはあるまい。事ならば我は外そう」
「及ぶほどではないけれど、そういえば、そもそもあなたが座敷にいるなんて稀じゃない。この間もその前も、ずっと屋根に登っていたから習性なのかと思っていたわ」 
 行かせてあげればよいものを、立ち上がりかけた彼を隣人は下らないことで呼び止めます。
「鳥頭は高所を好むのだ。しかし、今日に限っては我の直感に従ったまでよ。そして、我はしばらく座敷に居座ることにする。柳の下にドジョウは確かに存在した。毎度のことではあるまいが、空を視回るより期待は出来よう」
 そう言い残し慣れた動作で奥の襖から去ってゆく鳥頭の彼を見送ってから、私は真っ当な疑問を口にします。
「この家、他に知的生命体はいかほど?」
「一以上……多くて三程かな」
 白々と問いの表面だけを流しながら、隣人の彼女は立ち上がって向かいへと腰を下ろします。
 その中に変態はどれほどいますか、という問いは心に秘めておくことにしました。どうせ全員がそれでしょうし、懸念を確とすることもないでしょう。
「さて、あなたを招いた理由だけれど」
 招いたとはまあ、言葉は言い様ですね。
「それは聞きました。私が女子高生の魔法少女だからですね」
「そんなところね」
 そう素直に認められてしまいうと逆に恥ずかしいのですが。
 とはいっても、私が魔法少女とは。冗談にも善し悪しがありますが、誘拐の言い訳にしては粗末にして的確すぎました。思い当たる節がないこともありませんし。
「その魔法少女に何の用ですか?」
「その魔法が必要なのだよ」
 何を企んでいるのか知りませんが、夕日に陰ったその瞳は、どこか質量を増して見えました。

     

 昔というほど古くない過去、とある魔法使いの封印結界が破壊されました。
 封印されていたのは異変、異様、異物。平たく言えば所謂妖怪だとか、オカルトじみた存在たち。解き放たれたそれらは現代社会で跳梁跋扈を繰り広げるかと思われましたが、予想通りか反してか、現代の汚れきった環境に適応できず、大部分は消滅してしまったらしいです。
 そして僅かな生き残りは、身の程を知ってか興味を知らずか、目立つ諍いを起こすことなく野なり山なりどこへなりと散り、事態は自然風化するかに思えました。
 しかし、影響はありました。直接的ではないにしろ、事件は起きてしまったのです。
 その因子の名は、自称“吸血鬼”。その実態は名ばかりではなかったのか、その強靭な生命体は現代の荒波に耐えきったのみではなく、なんと一部は封印すら逃れて現代社会に潜伏していたようなのです。
 潜伏組は企みました。同士が戻った今こそ決起の時である。同志として人間に反旗を翻し、その社会構造を乗っ取ってやろうではないか、と。
 紆余曲折こそ経たものの、結果として封印組はその潜伏組の提案に乗っかっちゃったらしいのです。つまり人間ピンチ。吸血鬼の反乱で人類がヤバい。

「ああ、そうそう。自己紹介なんだけれど、苗字は盟神の、名は観林よ。どういう字を書くかなんて説明するまでもないと思うけれど、カリン様とでも何とでも呼べばいいと思うわ」
 という自己紹介で締めくくられた上記の(私によって肉抜きされた)説明が、事のあらましだそうです。
 夕風がさわさわと葉を揺らします。心地よい風、心地よい気温。こけおどしやセミの声すらない、静謐でわびさびの効いた空間。禅僧なんて招待したら喜ばれそうだなあ。
「ええー。まさかとは思いますけれど、私にそれを退治しろと仰るので」
「計画を頓挫させるための手伝いをしてくれるだけでいいわ」
「物は言いようじゃないんですよ。もし下手をして私が魔法使いだと仮定しても、今のところは戦闘経験値皆無なんですよ。吸血鬼なんてラスボスじみた相手……」
「真っ向対決を挑む訳がないでしょう。水面下での頭脳戦を主とするつもりだし、もしあなたに危険が及ぶようなら、全霊を掛けて守るから安心するがいいわ」
「出来るわけがないでしょう」
 この人の言葉が信用ならない、なんて十数分前に生まれた常識は今更疑うまでもありません。
「まあいいわ。すぐにとは言わないから、しばらくここで考えておいて。ただし解放される頃にはあなたは協力することになっているだろうけれど」
 それはどういう意味でしょう。頭を冷やせば人類救済の熱意が湧きあがってくるに違いない、という甘っちょろい期待であることを期待したいのは山々ですが、私の耳には協力は開放の必要条件であるという副音声しか届きませんでした。数学が捗りますね。正否はともかく。
 疑惑の当人はそんな決め台詞じみた台詞を残して、またしても奥の襖に吸い込まれていきました。鳥の彼よりは乱雑な所作でした。私は一人はたりと畳に寝転ぶと、ようやく落ち着いた頭脳がまず真っ先に考えたことは、日常面でのことでした。
 といっても、別に平和な日常が恋しくなったとか、そういう内容ではないのでした。誘拐は欠席の理由になるのかなとか、不可抗力なのだしむしろラッキー? とか、明後日まで延びると貴重な土日が潰れかねないなあとか、連絡は入れておいた方がいいのかなあとか、そんなこと。どうでもいいですね。
 とはいえど、親くらいには連絡しておかないと、捜索だとか尋問だとか後々えらいことになっちゃうかもしれません。
 ポケットを漁ろうとして思い出します。着用中の衣服が借り物であったこと。更に記憶を漁ると、そもそも連絡のための携帯電話は鞄のポケットの中であり、その鞄は部室に置きっ放しであるというどうしようもない現実が発覚しました。
 仕方がないものは仕方がないので諦めます。どうせこういうシチュエーションでは、たとえ携帯電話を携帯していようと圏外でガッカリするのがオチなのです。それに思い返せば、思い返したくありませんが、両親は少し前から著しく放任を主義としているようなので、無闇に事を荒立てはしないでしょう。たぶん。
 閑話休題。できうることを考えましょう。不安定な数日によって精神面はクタクタです。境遇はともかく涼やかで心休まる環境ですし、しばしの養生と思うことにしました。

       

表紙

家禽下の泥 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha