Neetel Inside 文芸新都
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Murakumo
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警備ロボット“ポーラス”のボディを、一筋の赤光が駆け抜けた。
その光は、中央部の装甲の隙間から内部に侵入し、そのまま鋼の機関部を貫く。
無様な音を出しながら、ポーラスは幾度か弱弱しく火花を散らす。
その光が、一人の男を照らし出した。
長身の、初老の男。
短く刈り揃えられた口髭と白髪混じりの短髪は男の精悍さを引き立てている。
漆黒のボディスーツとスペクトラアーマーに身を包み、体つきは非常に筋肉質。
腰の後ろには横一文字に長いナイフが装着されていた。
真っ直ぐ突き出された右腕が、鉄の体から引き抜かれる。
赤い光を伴って、腕は再び外気に触れた。
それから二秒もするとポーラスの駆動音が消失する。完全沈黙の証だった。
右手の甲にある小ぶりな水晶が、発光をやめた。
忍術入力用手甲デバイス“十六夜”。
忍が結ぶ“印”と意志の力に、手の甲の部分に埋められた精神感応水晶体が反応し、忍術を発動させる。
それがこの、忍が装備するガントレット――通称“煌篭手”の仕組みである。
先ほどこの男が使った術は、自らの手首から指先までを硬質化・鋭利化させる“嘴槍”。
印がシンプルで、咄嗟の時に使い勝手がいい術であった。
廊下は再び、何事もなかったかのような静寂に包まれる。
畜生。
男は心の中で呟いた。
いくら本調子で無いとはいえ、この程度のガードロボに補足されるとは、通常では考えられない。
他に連絡される前に処理できたからいいものの、判断が遅れれば脱出するしかなくなる。
一度そうやって警戒されれば、再びこうして忍び込めるようになるまでどれぐらい時間がかかるのか、想像したくもなかった。
こういう日はさっさと仕事を終わらすに限る。
余計なことは考えずに、だ。
刹那、背後からの飛翔音。
手裏剣――!
首を左へ傾けて避け、そのまま腰のナイフを抜きながら振り返る。
「流石、だなぁ……」
立っていたのは、異形の人間。
糞。こんな距離まで接近に気付かないだと――。
だが今は、その原因を考える時でも自身に憤る時でもなかった。
「如月ぃ重蔵ぉ……」
男とよく似たボディスーツを着た、痩せ細り、ひょろりとした男であった。
背丈は男と変わらないぐらいだが、手足が異常なほど長い。
特に、左の腕は地につきそうな程である。どうやら義手であるらしかった。
喉がつぶれているのだろうか。声色は爬虫類を思わせる。
闇に蠢くそのアンバランスなシルエットは不気味という他ない。
「……手の長さの違う知り合いなどいないが」
そう言いながら男――如月重蔵は鍔元のボタンを押した。
虫の羽音に似た小さな響きが、刃から聞こえる。
「俺っち傷ついちゃうぜぇえ……そういうこと言われっと」
「……もし俺がお前なら、相手に自分の存在を悟られる前に背後を取る」
重蔵は話しながらナイフを構え、腰を落とす。
いつ何がおきても対応できるようにするために。
「手裏剣なぞ、威嚇と牽制のための道具だ」
「言ってくれるぜぇぇえ……」
痩せた男も同じく腰を落として構えた。
長い左腕はだらりと力なく垂れ下がったままだ。
「まぁあ……いい……お互いちゃんとお仕事をしようぜぇ……」
二人の間の空気が一気に張り詰めていく。
「死ぃねやぁッ!」
男の叫びと同時に重蔵の体が、弾丸になり直進した。
男の右手も驚異的なスピードで動く。
瞬時に“印”を結び、手に埋め込まれた玉が緑の光を放つ。
「きぃぃぃぁあああああああああ――!」
術により長い左腕がさらに長さを増し、飢えた大蛇のように一直線に重蔵を迎え撃った。


西暦2170年。
全世界に広まっていった第二次冷戦の影響を避けるため、日本は再びある政策を採った。
――鎖国。
世界の中で孤立した日本であったが、国内での企業同士の激しすぎる競争が、技術革新をもたらした。
独自のテクノロジーにより増長した企業は、そのうち日本自体をも牛耳っていく。
そして時は2200年。
その企業の元で暗躍する、人間達の姿があった。
日本が誇る超技術の粋を結集した煌篭手を用い、忍術を使う。
人は彼らを、恐怖と嘲りを込めてこう呼んだ。
“忍”と――。

       

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