「馬鹿よね。貴方に牙向かれるまで自覚なかったなんて」
「……」
「本気だったとか、実行できたとか関係ないの。そもそも愛でも何でもなかったの。自分の思う通りになってくれる自由な存在。愛玩動物が欲しかっただけ」
そうこぼす冬佳に、既に自分を卑下する乾いた笑みはなくなっていた。結構マジに落ち込んでるっぽい。
「そこからはもう自分で自分が憎くて仕方なくて、貴方に合わせる顔もなくて、家帰ったら、頷いてたの。卑劣で外道な私が、誰かの役に立てるんだったら、きっとその方がよかったんだって」
「それ今回の男の人には好意的なこと言えるの?」
まぁどれだけ沈んでても関係ありませんけど。つまりは自分の考えなしな言動に自分で失望して自棄になったって言うんだろ。分かりましたんハイ独白終了。次あたしの番ね。
「やっちゃいけないことやったから自分が許せなくて、代わりに誰かの元で犠牲になることで許されようとでもしたの?」
「……」
「ここに来て大人しくなっちゃって。それまで通りでかい顔してればよかったんだよ。らしくない」
言うだけは簡単だ。かなり勝手なことを言っていると自覚はある。話聞いてて思った通り、あたしが冬佳の立場ならまず同じ道を行くことにはなろう。ただ単純に、当時から横暴に振舞ってた冬佳がその行為を負い目に後悔する姿を見たくないという、あたしのわがままだったりする。
「仲の良い友人がふとしたきっかけで二度と顔見せなくなって、それから物足りない高校生活を過ごしたあまり大学に進学した人間の気持ち、考えてもみてよ」
「な……何、それ」
本当に全部、あたしのわがままだ。
けれども撤回はしない。きっとあたしも冬佳も互いが互いへわがままだったのだから。
「冬佳!」
周囲には新郎は愚か親族累々も、霧絵さんでさえいない二人だけの空間に、あたしの宣誓だけがホテル棟の壁々に反響する。
「あんたは自由に生きたあたしが好きだった。なら、今冬佳の目の前で冬佳が好きなあたしになってもいい?」
「きゅ、急にどうしたのよ叫んだりなんかして、意味わからな――」
言葉を最後まで言わさず、懐にするすると入り込む。
驚いたような、きょとんとしたような、要領を得てない不思議そうな顔をしている過去の“友人”に、唇をねじ込んだ。
「――?!」
うまくできたとは言えない。姿勢なんてないような不格好さに、微妙にズレた照準。おまけに香るはワインときた。あたしワイン苦手なんだよね。ファジーネーブルならよかったのに。あたしとてタバコ吸ってる身だし何一つ文句は言えないんだけど。
まぁ、既婚者に同性がキスを迫るなんて、自由人にしかできないんでしょ? ムシャクシャして、というかしたくてした。冬佳の信じられないと言わんばかりの顔を見る限り反省の必要はー……あるなコレ。
「冬佳の言う通りあたしは自由に生きてたのかもしれない。けどそれは成り行きでそうなったからで、自由ほしさに自分で勝ち得たものじゃない。だからどこかね、後ろめたくて仕方なかった」
「歩……貴方、貴方今……!」
「親に迷惑はかけてるだろうわ、律してくれる人がいないから自堕落になるわで。そんなあたしのところに好んで入り込んできた冬佳だから、こうして好き勝手生きてるあたしでも肯定してくれるのかなって。そう思ってたのにあんたは」
全部自分で片づけよってからに。何で今になって言うのかなぁ。
「あたしは横暴で自分勝手で、振り回した相手も顧みない冬佳が好きだったよ。けどそれは、あたしから見た冬佳でしかなかった。あんたもあんたで色々あって苦しんでて、別の面もある冬佳の全体像を見れてはなかった」
そうして好きだったはずのお互いは、別々の面を持つせいですれ違って、もっと寄り添えるはずだったのにいつの間にか遠ざかってたのだ。
誰もが自分勝手でわがままだったそんな二人。する必要もない思い違いを経て、気付いた時には片方は人妻。何もかもが手遅れである。
何で……何で今になってそんなことを言うのか。
「そんな後日談、分からないままだったら、きっと今みたいに悔やんでないよ」
こんなことを言っても今更何一つ元には戻らないことも、惜しいと思わないのに。
「私に……貴方の好きだった私のままでいればよかったのに、と言いたいの?」
「そうは言えない。言いたいけど言えないよ。だから」
だからせめてこそ、今でも好きだといえる冬佳に嫌われぬよう、
「あたしは、冬佳の好きなあたしでいることにする」
誰にも縛られず自由で奔放で好き勝手やれる、操り人形の羨望の対象に。
「……ふっ」
全部言い終わった後にひっそりと生まれ出たのは、冬佳の変わらない含み笑い。
「ふふっ……ふっ、あはははははは!」
耐え切れなくなって爆発した大仰な笑い声にも、やはり自嘲的な響きが込められていた。
きっとあたしと同じ事に気付いたのだ。伝わった。数年越しの思い違いと本当の思いが。
「あっはははは! ははっ……ねぇ、ねぇ歩」
「……ふっ、何? 冬佳」
あそこまで笑われるとこっちも釣られてしまう。後の祭りだけども、祭りは総じて、楽しい。日頃のしがらみを捨て切って別人のように踊り交わすあの滑稽さに似ている。
「ねぇ歩、やっぱり、やっぱりね、貴方……私のところへ転がり込んでこない?」
「あははは! 何だよそれ。そんなの駄目だよ」
「えーどうしてよぉ。あっはは」
さして驚く様子もなく腹を抱えて笑う冬佳。色よい返事なんて最初から期待してなかったのだろう。勿論あたしからの返答も既に決まりきってる。
「そうしたら……冬佳の好きなあたしじゃなくなっちゃう」
操り人形に操って欲しかった、糸を欲したマネキンではいられない。括りつけられては、冬佳を罪人にしてしまう。
「そうね。それもそうだわ。ふふっ……ははははははっ」
愛し合ってたはずのあたしたちが、距離を縮めることはなかった。
だが逆を言えば、今こうして限界までに寄り添うことはできたのだ。
こんなツギハギでデタラメなあたしたちを。絶望的なまでに組み合わないあたしたちを。
敢えてこの二人を――名付けるなら。
未練がましい誘いも即撤回してなお続く自虐的な笑いは、それまで溜まりに溜まった思いの丈の分、響いていた。