Neetel Inside ニートノベル
表紙

ルナティックス・シンドローム
プロローグ~十年前~

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 そこには何人も子供が居た。榊原計と同じ様に、突然親元から離された子供達だ。
 その子供達は様々な反応を示している。泣き叫んでいる者や、呆然としている者。これからの不安を分かちあおうと話し合っている者。
 皆は連れてこられた廃ビルの一室で一ヶ所に固まり、押し寄せる不安から抗おうとしていた。だがその中で計だけは、恐れではなく怒りを抱いていた。
 こんな所に閉じ込めやがって。俺を、こいつらを、どうしようってんだ。ふつふつと腹の奥底から湧き上がるそれを抑える事に腐心していた。
 そんな時、固く閉ざされていた扉が開き、一人の男が室内に入ってきた。
「どうも、みんな。僕は夢月睦希。皆さんを誘拐したのは、この僕です」
 にこやかに言ってみせるが、彼に対して親近感を抱くような者は、子供とはいえいなかった。黒髪を乱暴にオールバックにしたえびす顔の男で、その全身から胡散臭さ――あるいは、なんとも言えない嫌悪感が滲み出ていた。タートルネックに、チノパン、革靴に至るまで全身が黒くコーディネートされており、そこだけ男の形に黒く塗りつぶされたようだった。
「君達位の年齢だと、ニュースって見ないかな? こないだの、横浜で起こった事件の犯人――あれ、僕なんだよね」
 計には何の事だかわからなかった。彼はテレビを見てもアニメとバラエティしか見ない小学校一年生。しかし、周りにいた高学年ほどの子供は話に聞いたこと程度ならあるらしく、明らかに彼への恐れが加速した反応を見せていた。だが、そんな事は計にとっては関係ない。立ち上がり、周りの子供達を避けながら、黒尽くめの男――夢月睦希の前へと躍り出た。
「……キミは?」
「榊原計だ!! てめえッ! なんで俺達をこんな所に連れてきやがった!」
「ああ、思いっきり抵抗してくれたっけ、キミは。覚えているねえ。将来有望だね……。キミには、一番にあげようと思ってたんだ……。『プレゼント』」
「てめえから貰うモンなんていらねえッ!」
 拳を振り上げ、飛び上がり、男の顔面へと拳を叩きつけようとした。血の気の多い計は彼を殴ってもいいと認識した。否。殴らなければならないと思ったのだ。しかし、子供の腕力で大人に勝てるわけもない。そのまま頭を捕まえられ、持ち上げられる。
「ぐ、うう……ッ!! 離せよこの野郎……!」
 瞬間、計の頭に何かが流れこむ。清流にヘドロが流し込まれたような違和感。
 パンパンに膨らんだ風船へ更に空気を流し込もうとするように、計の頭へ何かが送られてきた。
「お……おがああああああぁぁぁっ!!」
 激痛が思考を支配する。何かが無理矢理頭の中に割って入ってきて、その存在を主張し始めた。そのすべてが流し終わったのだろうか、睦希は手を離し、計を地面に落とした。
「さて、どうかな……初めて使ったけど……」
 もはや睦希の独り言など聞こえていない。脳を直接フォークで抉られている様な激しい痛みが計を襲っていた。その様を見て、捉えられた子供達は図らずも『この男に逆らえばこうなるんだ』と刻みつけられてしまった。
 だが計は折れない。そんな痛みの中ゆっくりと立ち上がり、左手で頭を押さえながら、右手で拳を作り争う意思を見せる。生来の負けず嫌い。たとえ腕力で負けていても、自分の心でだけは負けを認めたくなかった。
『馬鹿だな。貴様は』
 そんな頭に、自分では考えられない様な否定的な言葉が響く。沸騰した湯に注ぎ込まれる差し水のように。頭が自分とは違う思考を勝手に行なっている。
「てめえッ! 誰だ!」
 周囲を見渡すが、この状況で冷静に声をかけてきそうな人間はいなかった。その様子を見て、睦希は目を見開く。待っていた物が降ってきた様に。
『我か? ――そうだな、我が名はエレジー。おい貴様、ここから逃げるぞ。体を貸せ』
「ああッ!? 何言ってやが――」
 その瞬間、魂が体の奥へと引きずり降ろされるような感覚を味わい、目の前には一人の少女が現れた。計と同い年程で金髪に赤い瞳の彼女は、黒いゴシックドレスを身に纏い、凛とした佇まいを見せていた。
『てめえが、エレジーか』
『そうだ。これから貴様と共に歩む者。まあ、よろしく頼む』
 そう言うと、エレジーが計の前に立つ。しかしそれは、心の中の話。現実では、計の瞳が赤く染まり、粗暴だった雰囲気は無くなって、瞳が赤く染まっていた。
「――キミは、どういう症状なのかな? それだけ、ってことはないだろう? 見せておくれよ、この僕に!」
「よかろう」
 計の体を借りたエレジーは、そう言って指を鳴らす。それに呼応したかのように、計の腕から炎が吹き出した。それは彼の右腕全体を包み込む。
「これが我の力、『火和見主義(ビュー・ファイヤー)』」
「炎を操る……? そんな時代遅れな力で何が……」
「こうするのだ」
 計の右腕から――正確にはその腕から上がる炎から――煙がどんどん立ち込める。あっという間に睦希の視界を覆い隠すと、エレジーは素早く、ドアとは反対側の壁を拳で殴り壊す。幸いにも一階だったらしく、そこから逃げ出すのは用意だろう。
「さあ! とっとと逃げろ貴様ら! 親の元に帰りたいのならな!!」
 エレジーの叫びに反応した子供達は、その穴から出ていく。それに乗じてエレジーも逃げようとするが、心の中で計が『待てよ、逃げんな』と呟いた。
『何を言っている貴様!? せっかく我が逃がしてやろうとしているのに!』
『誰がいつ頼んだんだよ、そんなこと! 俺はアイツに見下されてんだよ! それでとっとと逃げろってか!?』
『ガキなのだから当然ではないか!』
『ガキだとしても、プライドってもんがあんだよ!! あの野郎に一発食らわせねえと気がすまねえ!』
『貴様の言うことなど聞かん! 生まれたばかりで死んでたまるか!』
 そう言って、エレジーもその穴から抜け出し、廃ビルから離れていく。夜の街を駆け抜けながら、心の中で騒ぐ計を連れて。
 後に月光症候群(ルナティックス・シンドローム)と呼ばれる奇病を計が発症した夜。
 物語はここから、十年後へと飛ぶことになる。

       

表紙

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