クレアにアリスと名付けられた私の最初の記憶は、クレアとの出会い。
目を見開いたら、目の前にクレアが居て。
私はそれまでの記憶をすべて失っていた。
私は何者なのだろう。
私は名無しの誰か。
私はアリス。
本当に?
クレアと、ジャンク屋のおじいちゃんとお兄ちゃんたちと、スーパーマーケットのおばちゃんと
アリスとしての私を知ってくれる人が増えて、皆が私をアリスと呼んで。皆が私を金髪でクレアよりちょっと背が低い記憶のない女の子だって認識してくれて。私が私であるという意識はどんどん強固に補強されていったけれど。
ふと「グレース」と呼ぶ声が聞こえる。振り向くと何もいない。
ふとした瞬間。意識と意識の隙間に入り込んでくる「グレース」と呼ぶ声。
ときには男の声で。ときには女の声で。
前後左右見渡しても誰も居ないのに声が聞こえる。
「グレース」
私はアリス。
本当に?
---------------------------------------
私の肉体が前後左右に広がっていく。金髪はすでに地平線の向こうまで伸びている。肉体はどんどん前後左右に伸びていく。千切れる。
と、一羽の白鳥が飛んできて、まるで獅子のような牙をむき私の頭を噛み砕いた。すると私の頭は鯨が潮を吹くみたいな勢いで何かの液体を撒き散らし始めた。上に向かって。上に向かって。
「グレース、私たちを、助けて」
---------------------------------------
アリスは目を覚ます。
狭い部屋に置かれた2つベッドのうち片方から少女が静かに起き上がる。もう片方に寝ているクレアはまだ寝息を立てている。少女が寝ているあいだに乱れて顔に垂れた金髪を避けて目をこすると、不思議と目は涙を流したように湿っていた。小さな机の上のクロックに目を移すと深夜の2時過ぎを指している。
「グレース、私たちを、助けて」
今はもうこの声がどこから聴こえるのかがはっきりわかる。
それは前後でも左右でもない。
上。天からの声。
少女は小さな部屋を抜け出て外へ。
天を仰ぎ叫ぶ言葉は
「プラチナバード!」
その叫びと地球連邦軍の基地に格納されていた白い宇宙戦闘機が、突然無人のまま起動したのは同時だった。宇宙戦闘機はその身を振り乱して固定ハンガーの拘束を破砕し、飛び立つ。巨大シリンダー型宇宙ステーションの空を、少女の呼ぶ方へ羽ばたく。