Neetel Inside 文芸新都
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ジュブナイル・マジック
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ジュブナイル・マジック


生まれつき右目がないのです。
眼球がないとか、そういうことじゃなくて、自分の中に右目がないという事実があるのですが、物理的に右目はないということなのです。
それを持ってして生きている自分の存在が、この世の中のあたりまえを全て壊してしまう気がして…
私はずっと、右目をかくしているのです。
右目はないのに。






「おい!お前生まれつき片目がないんだってなあ、おっかねえの!母ちゃんがお前のこと悪魔って言ってたぜ、やーい、悪魔!」
私はブランコをこいでいる。三人くらいの男の子が、私を見ながら何か叫んでいる。
不思議なものね、かんた君。地球がぐるぐる回っていても私はブランコに乗っているし、あの男の子たちは私に何か言っている。
かんた君は何をしているのかしら。そういえば、あなたは…
「こらあー!その子のこと、悪魔だなんて言うなー!」
今日、この町に帰ってくる予定だったわね。
かんた君が私のところに走ってきてくれてる。やっと会える。ずっと待ってた。
「相変わらず酷いこと言うんだね、あいつら…!大丈夫だった?もう平気だよ、ボクが守ってあげるからね!」
いくら感謝してもしきれない。かんた君、本当にいつも、ありがとう。


いつか、私があなたのことを守りたい。


「……ありがとう……」










「あ、あのう…新しくここに引っ越してきた…み、宮崎…寛太です…よっ、よろしくお願いします!」
僕は中学一年生の夏、ここ埼玉に引っ越してきた。
ここは北海道に比べてすごく暑くてびっくりした。親に忠告されて、自分でも覚悟はしていたけれど、やっぱり暑かった。
今、関東地方に引っ越してくる人はかなり少ないだろう。理由はもちろん暑いだけじゃない。『蟲』の存在だ。
関東地方を中心にして謎の存在『蟲』がかなり繁殖していると聞いた。『蟲』とは、見た目は常に目にする虫とあまり変わらないのだが、何にせよ大きいらしい。
とても凶暴で、人間を襲い食べる。人間を奴隷にしたりさらってきた赤ん坊を蟲として育てたりする頭の良い奴もいるらしい。
自衛隊が駆除をしているらしいがそれには間に合わず、埼玉はさいたま市を除きすべて蟲の植民地のようなものになってしまった。
今、さいたま市では常に蟲が嫌う音が流され、周りには柵が張られている。さいたま市と他の地域は、新都心駅で繋がっている。
何故僕が北海道から埼玉へ引っ越してきたかというと、僕のたった一人の家族である姉からこちらへ来いとの手紙がきたからだ。
僕の父と母は五年前、蟲に殺された。北海道にはいないと油断していたら、本州の方から飛んできた蟲がいたのだ。
それをきっかけに姉は一生を蟲を倒すことに捧げ、自衛隊になり、埼玉は危険だからと言って僕を残して行ってしまった。
僕は手紙を受け取り、姉が生きていることに安心し、そしてなぜ今さらこちらへ来いと言うのか不思議に思った。
姉は、僕が学校から帰るときには家にいるそうなので、それから聞くことにしようと思っている。
「…では、仲よくするようにしてね。えっと、宮崎君の席は~…」
若い女の先生は、転校生がよっぽど珍しいらしくなんだかわくわくしている様子だった。
クラスの人数は、蟲の影響でやはり少ない。といっても15人はいるようだったのでこれで3クラスあるのは多い方かと思った。
僕が先生に指定された席に座ろうとしたとき、後ろのドアががらりと開いた。
入ってきたのは、ワイシャツのボタンをだらしなく開け、髪はぼさぼさの、僕から見れば不良に分類されるような男子生徒だった。
こんな人、本当にいるんだ…僕は何故だか緊張してしまう。
「田村君、これで遅刻何回目よー?あなた集団登校もしていないでしょう?危ないからね!?」
先生が男子生徒に言った。田村と呼ばれたその生徒は黙って僕の隣に座ってくる。
「まったく…ゴメンね宮崎君。早々こんなとこ見せちゃって…田村君、意地悪しないのよ?」
意地悪って…僕は横にいる田村君を横目で見た。
よく見ると目が大きくて、鼻は少し丸っこく、かっこいいというよりは可愛らしい顔立ちをしていた。こちらに気が付いたのか彼が僕の方をじろりと見てきて、僕は思わず目をそらしてしまう。
僕は隣の席に座る田村君の威圧感におされながら、進み方が違ってよくわからないうえに教科書も借りられないまま授業を受けたのだった。


なんだか、うまくいかなさそう…
授業が全て終わった後、クラスメイトたちが僕にいろいろ質問してきたけれど、埼玉に来いと言われた理由もよくわからないしうまく答えられなかった。皆、しらけた様子でばらばらと帰って行った。
誰にも一緒に帰ろうだなんて声をかけてもらえない。やっぱり、僕はどこでだって友達ができないんだな…
と、思っていたら意外な人が僕に声をかけてきた。
「…なあ、一緒に…帰ろうぜ」
田村君だった。



「名前、なんていうんだ…」
町のいたるところに銃が置いてある。きっと、蟲から身を守るためなのだろう。
ここは本当に危ないんだな、と改めて感じられる。そして、いつかきっと、日本中が、世界中がこうなってしまうのではないかと怖くなる。
「おい、名前。下の名前」
「うえっ!?」
いきなり肩を叩かれて心臓が飛び出るかと思った。名前?ああ、そういえば田村君は僕の自己紹介をきいていなかったんだっけ。
「か、寛太だよ」
田村君はしばらく僕の顔を見て、それから少し笑った。
「え、ええっ!?」笑われたことにも驚いたが、何より彼が笑ったことに驚いていた。
「そうオドオドすんなって。でも…なんていうか、面白いな…あんた。オレは忠志」
そう言って、また田村君は僕の顔を覗いてくる。
「な…何かな…?」
「宮崎、なんでここに来たんだ?ここに引っ越してくるってことはなんかあるんだよな?」
「えっ…と、ごめん、特にないんだよ。お姉ちゃんからいきなりここに引っ越してこいって言われて…」
「…そっか。じゃあ、蟲は関係ないんだ?」
「え、うーん…たぶん」
僕がそう言うと、田村君は何故だかさびしそうな顔をした。
「そっか」
蟲から町を守るための、真っ黄色の柵が、木々の裏からちらりと見えた。
この向こうには蟲がいて、食ったり食われたりを繰り返している。
気づけば、田村君も柵を見ているようだった。
「ごめんな、変な質問して。もしかしたら、宮崎のこと傷つけちゃうかもしれない質問だった。ごめん」
きれいな太陽のせいで、田村君の顔がよく見えない。
「ただ、たださ…」
ただ?僕の目の前の少年は、何が目的だったのだろう。
「…いや、何でもない。じゃあまた明日」
「えっ…あ、ああ、ばいばい」
田村君が僕から離れて、太陽に向かって歩いていく瞬間、何故だか彼がとても孤独に見えた。





「ただいまー…」
僕が引っ越してきたのはぼろぼろのアパートで、下手したら階段を上っていくたびに一段一段外れていくのではないかと思うくらいだった。
「おかえり、寛太!」
本当に久しぶりに会った姉は、いきなり僕に抱き着いてきた。顔が見たいのにできない。
「元気にしてた?あたしはまあまあかな。どう、友達できた?」
姉がやっと腕をはなしくれる。思っていたより姉は元気そうで良かった。今まで蟲と戦ってきたのかと思うと、姉が誇らしく思える。
「うん…あー…友達っていうのかなあ?でも、一緒に帰ったよ」
「じゃあ友達じゃない。良かった~」
「あ、あのさ…」
今度は僕の頭を撫ではじめた。ずうっとにこにこしてて、自分で言うのもなんだが僕が可愛くてしょうがないといった感じだ。
「どうしてここに呼んだの?」
姉の僕を撫でる手がぴたりと止まった。
彼女の手は僕の頭を離れ、床に着く。
姉は、宮崎陽子は、土下座していた。
「…お姉ちゃん?」
「…ごめん…ごめんなさい…」
土下座をしていても、声が詰まっているので泣いているのがわかる。
このとき、本当に自分がここに存在していることがわからなくなった。何もかもがぼんやりとして、今ここにいるということは実感できていないのに、逃げ出したい気分になる。
「明日…大型飛行蟲がここにやって来るの。そいつはきっと、この町を滅ぼせるくらいの力を持ってる。ねえ、もうわかるでしょ…?あたし、特攻隊に志願したのよ…」
「な、何でそんな…」
一瞬、僕といっしょに死にたいだなんて弱いことを言われるのかと思った。だが、違った。姉だけが死ぬのだ。
「最後に寛太のこと、見ておきたかった。でないと、絶対後悔すると思ったの…ごめんね、迷惑だよね。勝手に死んでろって感じだよね」
「お姉ちゃんが自分から志願する必要はなかったじゃないか…!」
「ここに来てから…あたし、誰の役にも立てちゃいない…弱いもの。だから…」
姉は僕の肩をつかむ。両手が、どっしりと重い。
「あたしが救った町で…あなたが笑顔で住んでくれたらどんなに嬉しいかと思ったの…」







俺の目の前で、化け物が友人を食い殺している。
これが、罰なのか…俺は震える手で注射器を掴んだ。
「あ、あああ…」
これさえ打てば…俺はあの化け物と同等の、いやそれより大きな力を手に入れることができる…
だが俺は迷った。力を手に入れたとして、友人はもう帰ってこない。そんな世界にしがみついたって、いいことがあるだろうか。
いや違う。これは償いなのだ…この世にこんな化け物をもたらしてしまった罰への償いだ…
俺は右肩に注射針を突き刺す。






僕は思わず家を飛び出した。
耐えられなかった。明日、必ず姉が死ぬと思うとつらくて仕方がなくなった。
「どうしたら…いいの…死ななくても…いいんじゃないの…」
そうつぶやきながら、石ころを蹴る。
お前はいいよな!
蹴られても痛くないしさ!
蟲が来ても怖くないしさ!
「ん…?」
今一瞬、人影が見えた気がした。泥棒か何かだろうか。もう何でもいい。僕は気づいた。僕が先に死んでしまえば、姉が死んだときの悲しみを背負わなくてもいいのではないか?
やけくそで少し電灯で照らされた曲がり角を曲がる。
何だか生臭い。
「…!」
光沢のある体、何本もある足。僕が曲がり角の先で見たのは、紛れもなく蟲だった。
どうしよう、逃げなくてはと思うのだが、足が動かない。
泣きそうになったとき、どこからかドンという大きな音がし、蟲の足のうち一本から血が噴き出た。
よく見ると、関節のあたりがどこかに飛ばされている。もしかして町のところどころにある銃で撃ったのだろうか。それにしても、威力が大きすぎないか。
「逃げろ!」
蟲の後ろから、誰かが駆けてくる音が聞こえた。それに、この声は…田村君のにすごく似ている。
もう一度音が鳴る。今度も関節を撃つかと思ったが、蟲が素早く後ろを振り返り外してしまった。
そのとき、銃を撃った本人が見えた。
やはり、田村君だった。
「田村君!」
「えっ!?宮崎!?」
蟲が長い足を田村君に向かって振った。彼の腹に当たり、彼は回転しながら吹っ飛んだ。
「いてて…何でここにいるんだよ!」
田村君は赤いコートを着ていて、まるで漫画のキャラクターのようだった。
「田村君こそ…何で…」
「明日話すよ!早く、逃げろ!」
彼は両手に銃を構え、連続して蟲の体に撃ちこむ。
何度も何度も。血が蟲の体から大量に噴き出て、僕は何度か吐きそうになった。でも彼は手を止めない。
そして、蟲が彼に足をのばす直前に、蟲は力尽きてぐしゃりと倒れた。
「はーあ、やっと終わった…おい、何だよ宮崎、まだいたのかよ…」
田村君は赤いコートの姿から一瞬で制服姿になった。
「た、田村君…これは…ど」
僕が言い終わらないうちに、田村君は僕の頬をピシャリと叩く。
「今回はトロい奴だったから良かったけどな!蟲にはもっともっと強い奴がいるんだぞ!逃げろって言ったら逃げろよ!…今日、お前が蟲に襲われて死んでたら…俺もう罪悪感でいっぱいになって…生きていけないよ」
「ご、ごめん…」
「いいよ、危ないから送っていくよ」
「あ、あのさ…!」
田村君が振り返る。
もう、第一印象など消え去っていた。この人は不良なんかじゃない。何故蟲と戦えるのかはまったくわからないが、そう、きっと何か、特別なんだ。
「僕もその力…欲しい…」

       

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