プロローグ
「……悲しいニュースが入ってきました。本日、午前7時頃に登校中の女子学生が電車と接触、まもなく死亡したとのことです。警察の調べでは遺書が見つかっているということもあり、自殺と見られていて――――」
今じゃ誰も買わないだろう、古いブラウン管テレビに映るニュースをぽーっと眺めていた。アナウンサーが「なぜ、こんなことが」と言えば、その横に座る太ったおばさんが「イジメですわね、悲しい限りですわ」と息を荒くする。そうだろう、きっと、イジメなのだろう。最近Amazonから送られてくる小説にも、割とそれをテーマにしたのが多くなった気がする。僕は好みじゃないけれど、とりあえずもらっておいても悪くない。そう思っていたら、いつのまにか本やら何やらに囲まれていた。
「イジメはいじめられる側にも問題がありますよね、えぇ」
「何をおっしゃるの!間違いなくいじめる側の心の病気の問題ですわ!」
「いやいや、私は学校教育のそもそも根本的な……」
いつのまにかブラウン管の中には登場人物が増えていて、けたたましく罵り合っていた。全く、こんなことして金がもらえるなんて……と一体どれだけの人が思うのだろう。僕も思うけど、まぁ、そういう職業だし、人生色々生きてきて今そこのテレビ中でわめいているなら、それはそれでいいのかもしれない。
それに、僕には理解できない。イジメが。
学校がいやなら家に入ればいい。学校にいかなきゃいいのである。僕にとってそれは自然なことで、例えば家の電気スイッチをつけたり消したりする程度のことなんだけど……どうもそれに気付かない同世代の若者が多いことに僕は最近よく肩を落とすのだ。
はぁ、これって、中二病ってやつなのだろうか。
――こんなに長く自問自答しているのも、一人でずっと横になってる環境のせいだろう。
僕は、今。自宅にいる。
六畳の和室。中央敷かれた布団に僕はごろんと横になっていて、視線の先にはテレビがあって、布団の両脇には段ボール箱が散乱している。ぜーんぶ、学校の友達が送ったり、持ってきたりしてくれたものだ。
中学校までは学校に通っていたのだけれど、なぜか高校に入って面倒くさくなってしまった。学校が。別にいじめられたわけでもないし、成績が悪い訳でもない。ちゃんとテストの時は学校に行っている。じゃあ行儀のいい悪ガキか、というとそういうわけでもない。
むしろ僕は常に友達に囲まれて、良くされている。初対面でも少し話せば相手が必ずこちらに好意を持つのだ。よくいる、そういう愛想のいい人間なのか僕は、とちょっと自分を分析してみたこともあったが、どうも意識はしていない。なんだろう、これが僕の特性であるかのようだ。と最近思い始めているのだけれど――――
「コータ!お友達よ」
「あ、うん」
母の声がドアの向こうから飛んできたので、反射的に嗚咽をもらす。僕の返事にならない返事にも、母はもう慣れている。
「よう菅原!なんだテレビ見てんのか」
「うん、どうにも冴えない番組で頭が腐りそうだよ」
僕は視線を上げずに言った。
「そうともさ。俺なんて最近テレビ見ないもん。見るのはニコニコ、ようつべだけ。俺のアイドル、オカロイドちゃん」
「おい、それは俺の嫁だ」
「おいスガ!筋トレしてっか?ほれ、プロテイン持ってきたぞ」
ずかずかと部屋に入ってきた男共。その数5人ちょっとぐらい。みんな、僕の部屋にやってきて話をする。なぜか? 友達だからだ。僕が少し話したら、なぜかみんな仲良くなって、こうして
「菅原、数学のテスト範囲だけどな――」
「おいスガ、この前オープンした店のコロッケ」
「なぁ、この本面白いぜ!」
とやってくるのだ。
馬鹿みたいだろう? まるで貴族のようだ。確かに昔から人に親切にされたり何かもらうことは多かった。だが、これがここまで酷くなったのは高校に入ってからだ。最初は焦った、狼狽した。僕は毎日のように接触をしてくる人間と、なるべく深く関わり、相手を理解しようとした。でも、どうだろう。多すぎる友達、ふくれあがる人間関係。その中に放り込まれた人間なんて、もろいもろい。僕はいつしかテスト期間以外、家から出なくなった。でも別に、何も困らないのだ。親でさえ、最初は気にした。本当、最初の三日目くらいまでは。ところがだ、僕の部屋にくるやつが、口々に言う。
「いや~なんだかんだあいつにはお世話になってるし」
「スガ、大事な友達なんすよ」
「菅原君、いつもと変わらず元気ですね」
そりゃあ、世間体を気にする母親だ。こんなこと言われて悪い気持ちになるはずも無い。僕は無罪放免、この状況を許された。
そして、そこから早一年。
「じゃあな、スガ!楽しかったぜ」
「おばさん、またよろしくお願いします」
「いやぁ,菅原、また何か持ってくるぜ」
「じゃーなー」
「あぁ、うん、ばいばい」
僕は、この、少し異常な状況に、完全に溶け込んでいた。