Neetel Inside 文芸新都
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ニッポニア
発明

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 燃えるように色づく峰の奥には、ほんのりと雪を被った頂が見える。一つの景色の中に秋と冬が混在していた。私たちを乗せた2トントラックは紅葉する山を尻目に、冬へと近づきつつある。
 どうしてこうなってしまったのか。何故か私は例の外人とドライブしていた。
 この外人は発明家のルース博士と名乗ったが、怪しい。今もしきりに私の発明品について聞いてくる。
「お願いです。その発明品のことを教えてください。私も同じなんです。核兵器に対抗する発明を開発している。ぜひとも参考にしたいです」
 私はもう一度断る。
「私がこの発明品を説明して、用済みになったら殺すつもりだろ。あんたが追手でないと証明できるまで教えることはできない」
 まあ、追手でなかったとしても教える気はさらさらないが。
「あなたのために私の愛車を貸してるし、運転だってしています。こんなに協力してるじゃないですか」
 今度は恩を売り始めた。
 もう歩くのはごめんだったから、助かってはいる。それも大きな道路に出るまでだ。国道にでも出たらトラックを降りて、またヒッチハイクでもすればいい。
 車道の幅が少し広がり、片脇に深い側溝が現れる。
「なんだ。この溝」
「流雪溝です。道路中央の白線に沿って、点々と鋲のようなものが打たれているでしょう。これは消雪パイプといいます。スプリンクラーのように水を出して、道路上の雪を溶かします。その雪や水を流雪溝が流してくれます。また道路以外の雪も放り込んで、流雪溝に流すこともできます」
 ルースのやつ、私よりもよほど日本に詳しい。今更ながら私は、友人にそれでも日本人かと怒鳴ったことを恥ずかしく思った。
 トラックは橋を渡る。重みでたわんで上下に微振動した。この橋はコンクリートで作られているようだが、そんなに大きくない。車がすれ違うのにも苦労しそうだ。
「今日は晴れて良かったです」
と、ルースは言った。
 確かに昨日のような土砂降りではないが、空はどんよりと曇っている。
 日本に詳しいルースにも知らないことがあるらしい。私は得意になってルースに教えてあげた。
「晴れじゃないよ。曇りって言うんだ」
「雨や雪が多くなる今の季節、日本海側では晴れの天気になかなかならないです。だからこの辺りの人は曇っていても晴れって言います」
 教えてやるつもりが教えられてしまった。こりゃあ日本文化の知識ではルースのやつには到底かなわない。
「君は何でもよく知っているけど、まだ公表もされていない私の発明品のことを誰から知ったんだ」
 私はけしてルースを信用したわけじゃない。
「アメリカ政府から依頼されたのです。潜水艦の核弾頭のネジを誰にも気付かれずに抜く方法はあるのかと。私がわからないと答えると、あなたの携帯電話の盗聴記録がCIAから送られてきました。私はその情報から、あなたの発明品が共振周波数の音波の発振によるものだと推測したのです。安心してください。アメリカ政府にそのことは言っていません」
 ルースの説明に、私はため息をついてこぼした。
「ちょっと待ってくれ。私の携帯が盗聴されていたのか?」
「携帯のマイクロ波は空中を飛んでいるので、固定電話よりも簡単に盗聴できます」
 ルースの話が本当ならば、追手の二人組も盗聴して、こちらの位置をつかんでいるかもしれない。私は窓を開け、身を乗り出して追手を探した。とたんに重い冷気が流れ込み、空気が冴え始めたのが分かる。外の気温はおそらく8℃を下回るだろう。
「ルース、湯沢の苗場スキー場に向かってくれ」
「苗場スキー場? 苗場スキー場は音楽祭の真っ最中ですよ」
「だからさ。音楽祭の人混みに紛れ込む。アイツらもさすがに人前で銃は使わないだろう」
 トラックは海沿いを移動する。左側に広がる日本海を見ずに、私はひたすら前と右、ミラーで後方を確認した。まるで目に映る車両すべてが追手のようだ。
「私は隠し事をすべて話しました。そろそろあなたも発明品のことを話してください」
 ルースがのん気なことを言う。私は隠し事を話せば発明品のことを教えるなんて一言も言っていない。追手がすぐに近くにいるんだ。話すわけないだろう。追手をまくことができたら、そのとき話す。私はルースのことを完全に信用したわけではないが。
「話してくれないなら、私の発明品の話をします。私の発明品は大きいので後ろの荷台に積んであります」
 ルースのやつ、自分の発明について一人語りを始めた。私がずっと黙っているので、自分の発明について話せば私も話す。と勝手に思い込んでいるようだ。
「物質というものはスカスカで、原子核の間には大きな隙間があります。放射線はその隙間を通り抜けて、体内深くの細胞の遺伝子まで破壊します。私の発明は放射線による遺伝子の破壊を防ぎます。この装置は鉛とコンクリートの外殻を持ち、核シェルターにもなります。中に入り酸素ボンベをすると、ヘリウムガスが噴霧されます。外殻の中は3週間かけて90気圧まで上昇します。ちょうど金星地表の大気圧ぐらいですね。これにより人体の隙間にヘリウムが充填されます。これが盾となって内臓の被曝を防ぎます。しかし皮膚の被曝だけは防げません。それが今後の課題です」
 ルースは私の発明と同じ、核兵器に対抗する発明と言ってくれたが、違う。ルースこそが本当の天才だ。ルースの発明が世に広まれば、被曝を予防することができる。きっと多くの人々の命を救って幸せにするだろう。私は格の違いを思い知った。
 やがて車は苗場スキー場へ到着する。
 途中追手に襲われることもなかった。少し神経質すぎただろうか。
 安全な場所に着いたので、私は自分の発明品について話した。
 分解したパーツを組み立てながら説明する。思った通り、ルースは簡単に理解した。
 この季節にもかかわらず音楽祭には大勢の人だかりができている。若い男女ばかりだ。中に入り込みたいが、チケットを持っていなければ入れないだろう。
 私はついていた。今日は前夜祭で無料だという。音楽に特別興味があるわけではないけれど、今は人混みに紛れ込むことが最優先だ。
 私たちは白髪混じりのロックスターの歌を聴く。
 歌が最高の盛り上がりをみせたときだった。ルースの体がばたりと倒れる。右胸に血がにじんでいた。
 油断。人混みの中で安心しきっていた。追手のヤツらはここまでするのか。
 幸か不幸か、ロックの音響のせいで聴衆は誰も気づいていない。私は初めて人に装置を向けた。共振周波数の音波が人体にどのような影響を与えるかわからない。あれほど葛藤した重い引き金を、私は難なく引いてしまった。
 銃を構えたまま追手の男は震え出す。やがてその動作は大きくなって、けいれんしながら苦しみ始めた。ほどなくして絶命した男の遺体に、外傷は一切ない。
 青い顔をいっそう蒼白にして、ルースは言葉を紡いだ。
「あなたに私の発明を譲る」
 ルースの人生そのものを私は託された。
「無理だよ。私の発明ではみんなを不幸にする」
 そう言って私はかぶりを振った。
「……不幸な……発明なんて……ない……要は……使い方……モスキ……ート音」
 ルースは言葉につまり、泡のような血を吐いて息を引き取った。
 悲しむ時間はない。追手のもう一人がどこかにいる。
 もう誰も巻き込みたくなかった。だが聴衆を誰も死なせずに脱出することなんてできるのか。私には無理だ。
 が、ルースならば思いついたかもしれない。
 私はルースの最期の言葉を思い出す。モスキート音だけ無意味な言葉だった。あの天才が無意味な言葉を言うはずがない。
 ルースはモスキート音という言葉で何かを伝えようとしていた。モスキート音という単語が持つ意味は。
 思い当たった私は17キロヘルツと入力した携帯型弾倉を装置に込めて、空に向かって引き金を引いた。 辺りを圧するような超高音が響いて、聴衆たちの注目が集まる。
「逃げろ」と若者にしか聞き取れない音で伝えたのだ。
 モスキート音は高音で、可聴域の狭くなる年配には聞こえない。年配の追手に聞こえず、若い聴衆だけに伝わったはずだ。ルースのくれた最後のアイディア、伝わってくれ。
 最初とまどっていた聴衆も、ロックスターの「逃げろ! 本番は明日だ。今日のところは逃げろ!」の一言で一斉に逃げ始めた。さすがロックスター、耳が若い。
 かくして追手に気づかれずに聴衆を逃がすことに成功した。
 発明は使い方しだい。
 ルースの言うとおりだ。

       

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