Neetel Inside 文芸新都
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ニッポニア

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 小さい頃のこと。駅前の街路樹にたくさんヒヨドリが停まっていた。夜明けとともに鳥たちはいずこかに飛んでいく。ヒヨドリの群れがどこへ行くのか、いつも気になっていた。
 私は立体駐車場で夜を明かす。トラックの荷台のブルーシートをはがし、ルースの発明した装置に入った。ありがたく使わせてもらおう。
 外観は高さ2メートル、横幅1.5メートルの卵型である。装置の中には一月分の保存食と簡単な寝具もあった。車中泊するよりもよほどリラックスできる。暗闇の中で、私は眠る前に考えていた。
 ついに人に向けて発明品を使ってしまった。追手とはいえ、人を殺めたことに変わりない。疲れ切った私はすべてをもう終わりにしたかった。
 帰りたい。
 あのヒヨドリだって最後には駅前の街路樹に戻ってきたんだ。
 自首しよう。
 私は警官の友人の青崎に電話した。捕まるなら、アイツがいい。
「大事な話があるんだ。聞いてほしい」
 青崎はいつもふざけた言葉でおちょくってくる。が、今回は様子が違った。
「お前の話さ。真面目に聞かなくて悪かったよ。上層部がお前の話に興味を示してな、考え直したんだ。まずは俺とお前のサシで話をしよう。明日の正午、みどりまち駅前で落ち合おう」
 それだけ言われて電話が切られた。
 警察では盗聴でこちらの居場所を把握していないのだろうか? 私が地元に居ることが前提の集合場所だ。いずれにせよ、私の話を本気で聞く気はあるようである。
 私は酸素ボンベをつけて、装置を作動させた。ヘリウムガスが噴霧され気圧が徐々に上がっていく。
 さっきの電話は当然追手にも盗聴されただろう。どんな妨害をしてくるかわからない。明日のために万全を期す。私は装置の中で膝を抱えながら眠りについた。


 白亜の殿堂の上空に黒い鳥が群れなしている。カラスは本来、渡り鳥のような群れは作らないはずなのに。何か大きな獲物が弱って死ぬのを待つように、群れは旋回を続けている。
 CIAの長官が部下のホワイトから報告を受けていた。
「私は見ました。件の日本人、サダトキの発明を。あれは黙示録のラッパです。まぎれもない、危険な兵器です。アルフレッド・ニシキは問題のある人物でしたが、あんな死に方はあんまりだ。ニシキの遺体は内臓筋をズタズタに断裂され、内出血により血ぶくれています。しかし外傷はいっさいないのです」
 長官は大統領のほうに向き直り決断を迫った。
「お聞きになったでしょ。こんな危険な兵器は我が国の手で管理しなければなりません。しかし、もう猶予がない。日本の警察がサダトキを逮捕するとまずいことになる。あの凶悪な兵器が日本政府に渡る。そうなれば核兵器による平和が揺らぐことでしょう。誰にも気づかれず、容易く核兵器のネジを一本外すことができる黙示録のラッパなのですから。核兵器が古い武器になる前に有効な手を打つべきです」
 大統領は黙示録のラッパが吹かれる前に、発明者もろとも消し去るように米海軍に命令を下す。
 死んだ獲物をついばむためにカラスの群れは舞い降りた。


 米海軍原子力潜水艦ヘルは津軽海峡を航行中に上官から命令を受けた。
「トウキョウを核ミサイルで破壊しなさい」
 そんなことをすれば戦争になる。馬鹿なと思ったが、艦長のヴァシーリイは言葉を選んで抗命した。
「同盟国首都への攻撃は世論の重篤な悪化を招きますよ。ただでさえ我々は日本の領海内を航行中です。核攻撃をすれば反撃を免れません。私には乗組員の命を預かる責任がある。とうてい命令には従えません」
「ツガル海峡は特定海域だ。公海部分がある。日本領海でないから問題ない。核ミサイルを発射しなさい」
 詭弁だ。そんなことをすれば必ず報復される。そうなれば戦争だ。ヴァシーリイは部下に命令して、いつでも核ミサイルが発射できる態勢をとった。準備だけに留めて、ぎりぎりまで命令が変更されることを待つ。
 核ミサイルの発射ボタンは安全のため一人では押せないしくみになっている。離れたところにある二つのボタンを同時に押さなくてはならない。二つのボタンそれぞれにマイクとガルシアがついている。
「いっしょにボタンを押しちまおうぜ、マイク」
 すでにボタンに手をかけているガルシアがマイクに呼びかけた。
「笑えないジョークだ。俺たちに命じられたのはあくまで準備だけだろ」
「俺は本気で言ってるんだ。聞いちまったんだよ。上官が即座に発射を命じてるのを。艦長はそれを握りつぶしてる」
 マイクはにわかには信じられず、大げさに首を振った。
「ボタンを押せ。祖国のためなんだ。アメリカのためなんだ」
 マイクは祈るような気持ちでボタンを押した。


 私は昼前には自宅に就いたが、ルースの発明と2トントラックは近所の立体駐車場に置いてきた。自分が逮捕されたとき、ルースの名誉を汚すことがないように。
 徒歩で最寄りのみどりまち駅に行くと、先に着いていた青崎が出迎える。
「よう、まあ歩きながら話そうか」
 そう言われたが、青崎はなかなか話を切り出さない。私の自白を待っているようだった。
 私がことの顛末を話し出す。そのときだった。
 空が光り、なすすべなく押し戻される。街路樹は大雪の日のように首を垂れ、なぎ倒された。爆風によって駅舎は飴細工のように崩れていく。
 目の前にいた青崎の唇が千切れて、歯茎がむきだしになっていた。飛び交うガレキとホコリの中に、誰かのもぎとれた右腕が宙を舞っている。それは私の右腕だった。
 私の皮膚は赤くただれて腫れ上がっている。これがルースが言っていた皮膚の被爆は防げないということか。そうでなくても私は1日しかルースの装置を使っていない。あれは本来3週間かけて加圧するものなのだ。1日だけの付け焼刃では完全に被爆を防ぐことはできない。
 それでも私は幸運にも多臓器不全にならずにすんで、しばらく彷徨い歩いた。
 しかし私の帰れる場所はもうない。
 私はトラックを駐車している立体駐車場までたどり着いた。卵型の装置に入ると、布団を引っ被るように目を閉じ、耳を塞ぐ。
 だから、この先に書いたことは私の憶測にすぎない。


 東京への核ミサイル攻撃は、日本のミサイル防衛システムによって自動的に反撃された。すなわち2発目が打たれるのを防ぐため、米海軍の原子力潜水艦ヘルを撃沈すべくミサイルが発射される。
 このミサイルはかつて日本がアメリカから買ったものだった。
 爆音が響き、潜水艦の船体が水圧によって大きくひしゃげる。
 マイクはガルシアの姿を探したが、いない。
 まったくガルシアの言う通りだった。こんな目に遭うなら、もっとボタンを押そう。ガリシアとおぼしき手のひらがくっついたままのボタンが、手の届く距離にある。船体がひしゃげたことで、2つのボタンが同時に押せる位置にきていた。
 マイクは神の奇跡を感じて2つのボタンを迷わず押した。
 潜水艦が爆縮する直前に何発の核ミサイルが放たれたのか、わからない。その核ミサイルは北朝鮮に落ちたのか、はたまた中国に落ちたのか。ロシア、インド、パキスタン、イスラエル、フランス、イギリス、そしてアメリカ。どこに落ちても結果は同じだろう。
 地球に二度と融けない雪が降る。核の冬が来た。


 ニッポニアは話し終えても、楽になった様子はない。書記はニッポニアが許しを乞おうとしているように思えて、嫌だった。
「あなたは自分がこの星を滅ぼしたことを認めるべきだと思う。なるほど、あなたの話を聞けばあなただけが悪かったとはとうてい言えない。幕末、日本とアメリカが出会ったのが遠因とも言える。ニシキが、ホワイトが、CIA長官、大統領、ガルシア、マイク。共犯者を数えたところで意味はない。皆死に絶えたのだから。罪を負える人間があなた以外いるだろうか。私はあなたが苦しみぬいて長生きすることを望む。あなたが死んだとき、真に人類は滅びるのだから」

       

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