Neetel Inside 文芸新都
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文芸新年企画~執筆はじめ~
新年をめどに自分を変えようとする人は多い/秋冬

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 きっかけを人間はいつも探しているのだ。
 僕達はよく、行動を起こそうとする時、自我の目覚めなどと大げさな言葉を使う事があるけれど、実際なんかしよう、と思う理由は大体自分の中ではなく他者に依存することが殆どである。
 例えば、誰かに好かれたいとか、あいつには負けたくないとか、またはあの人を安心させてあげたい、とか。そのためにあれをしよう、これをこうしようと思う心理がようやく働くわけである。
 そういう訳で、逆に言うと僕達はこの「一人だとなにをすればいいかなんだかよく分からないけどなにかしたい」と言う内に秘めたエネルギーみたいなものを発散させる方向性をいつも探しているのだけれど、さてなにをしようかと思いつくためのネタみたいなものは、実は全然自分の中には存在しなくて、探しているものもじつは、なにをしようかと言う事よりも一体あの人は僕になにを求めているのだろう、と言うちょっと違う探し方をしているのが実情だったりする。
 で、まぁ、そんな風に思うのだけど、大体そういう事を言うと、賛成の声は実は多くて四割ほどで、場合によるともっと少なく、どうしても反対の声を上回るということは殆ど出来ずにいる。
 理由。その発想はだらしない。
 正月早々だらしない発想だ、と反対派は言うのだ。まぁ、分からなくもないから賛成派どころか言いだしっぺの僕も強く反論できないのが困ったところである。返せる言葉といえばせいぜいが「それが人間の性だ」とか「お前達は人間を過大評価しすぎだ」とか「だってそういうもんなんだもん」だとか、精神論ですらない、単なる我が儘のアホの子みたいな事しか言えないのだから。
 だけどね、ちょっと待ってほしい。別に僕達はサボっている訳ではないという事だけは分かってほしい。反対派の君達からすると、僕達は怠惰に見えてしまうのかもしれない。けれどそれはそうじゃない、最初にきっかけを探していると言ったけれど、だからと言ってそれが見つからなければ何もしない、というのは果たして本当に単なる怠惰だろうか、逆に言えば、今から僕が新しいなにかを始めることなどしなくても、現状うまくいっているからこそそうなのだと言えないだろうか。だってあの人や、この人が救いを求めてなどいないということは逆に言えばそれは平和なことなのだ、うんうん。それはお前に救いを求めてないだけじゃないのか、などという事はきっと言っちゃいけない。だったらてめえは四六時中誰かにあてにされてんのかよベイベー。
 そういう訳で僕達はきっかけをいつも今か今かと待ちわびている。


 だからなんでこういう事を書いているかと言うと、形にしてしまうとやらざるを得ないじゃないかと僕が思う性格だからである。
 ほー、正月の企画。特にネタなしでもいいと。
 最近小説なんて書いてなかったけど、最近また書きたいと思ってたし、じゃあいい機会だからまずここになんか載せちゃって、あぁこいつまだいたんだと思ってもらえればラッキーじゃないか。
 そういう訳で、こうやってだらだらと書きながら新しい小説のきっかけを街のどこかで見つけようと僕は最近行動を起こし始めました、という報告と、じゃあ小説を書くという行為は誰のため? と聞かれれば、今までの話をとんと無視して、自我の目覚めだ、と大げさに言ってみたくもなる2013年、あけましておめでとう。


 という訳で新都社になにか書こうと思います。

       

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