Neetel Inside ニートノベル
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アイソレーション・ソルジャー
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 俺はだらしなく横になっていた。
 いつの間にか日は落ち、部屋の中は青白く静まり返っている。聞こえるのは、時折不規則に自分が息を吸い込む音。吐き出す音。時計の針が進む音。
 時計を見ると、3時間はそうしていたことになる。
 その間何を考えていたのか思い出せない。何も考えていなかったのかもしれない。考えなければならない重要なことがあった気もするし、考えたって何の意味もない気もする。
 おそらく、俺は現状に不満を抱いているのだろう。しかし、何が不満なのか自分でもわからない。俺はむしろ幸運な方だ。
 俺は勢いよく身体を起こし、ジャケットをはおる。ブーツを履き、刀を握る。
 とにかく、漠然とした不満を吹き飛ばしたかった。
 外に出ると、魔獣どもがうようよとしていた。屋外は魔獣のテリトリーだ。
 刀を抜く。抜き身の刃が月光を反射し、煌めく。
 俺は笑った。歓喜で身体が震えるのがわかる。
 魔獣が俺に飛びかかる。鋭利な爪をすれすれで躱し、身体を起こしながら全力で刀を斬り上げる。肉を斬り裂く確かな手応え。
 魔獣は痛みを感じているのかいないのか、胴体から紫色の血を垂らしながら俺に向き合い、唸る。
 俺は目を閉じて思い切り息を吸い込む。冷たい空気が肺に満たされ、心地よい。
 思い切り地面を蹴った。砂利の擦れる音が耳に残る。
 「うおおおおぉぉ!!」
 魔獣が俺の正面から突進する。俺は全力で刀を振り下ろした。


 「来週の実地訓練の場所は全員把握したわね。それじゃあ時間厳守で。解散!」先生が告げると、生徒は席を立ち一斉に教室から出る。
 「あ、そうそう。アイファとチサトは第2地区への立ち入りが許可されたわ。凄いわね。」彼女が慌てて付け足す。
 「アイファ、これからチサトを誘って行ったら?彼女はまたサボりだけど、寮にいるでしょうから。」
 「‥いえ、一人で行きます。」俺は答える。
 「そう‥それじゃあまあ、気をつけてね。」
 俺はシティから出て、第2地区へ向かう。歩いて30分ほどの距離だ。
 この辺りは飛行型の魔獣が多く出没する。俺に向かって急降下してきた瞬間を狙い、斬撃を加える。甲高い耳障りな悲鳴を上げ、地面へ落ちる。シティ周辺のクリーチャーではもはや訓練にはならない。
 第2地区のゲートに着くと、守衛に先ほど受け取った立入許可証を見せる。
 「気をつけてな。」彼はそう言ってゲートを開けた。
 ――気をつけて、か‥。
 俺は足を進める。目指すは最深部だ。確か、第2地区の守護精霊は氷の精霊だったはずだ。
 暫く進むと、一面凍結した大地が広がる場所に出た。氷の世界だ。俺はコートをはおる。吐き出す息が白い。
 俺はこの場所が嫌いじゃない。そう思った。
 空気は感動するほど透き通っていて、美しく煌めく氷の大地を静寂が包んでいる。まるで世界に自分一人だけ存在するかのようだ。
 近くの氷に腰を下ろし、純白の世界を見回す。自分が孤独であるということを認識できる場所だ。安心するのは何故だろうか。
 暫くそうしていると、ゲートの方角からこちらに向かって人が歩いてくる。同じクラスのチサトだ。
 彼女は俺に気付くと一度足を止めたが、そのまま通り過ぎていった。人のことは言えないが、彼女は何を考えているかわからず、クラスで孤立している。しかし、俺と同様戦闘技術ではクラスでトップの実力を持っているようだ。
 俺は暫くして立ち上がり、最深部目指して進む。
 当然だが、この場所の魔獣は初めて見る種類だ。身体が凍えていることもあって十分な斬撃を加えることができず、倒すのに手間取る。硬い体表の魔獣が多い。キュア―下等回復魔法―で体力を回復させながら2時間ほど進むと、急に道が途切れた。凍っているが湖のようだ。
 ――精霊はどこだ?
 俺は辺りを見回す。すると、突如氷の砕ける音が響いた。湖の中央の氷が割れ、巨大な氷竜が姿を見せる。どうやらチサトが戦闘中のようだ。彼女の右手が完全に凍り付いている。俺は刀を抜き、地面を蹴る。
 氷竜が彼女に襲いかかる。
 「うおおおおぉぉ!」
 俺は思い切り跳躍し、氷竜の頭に刃を突き立てる。氷竜が咆哮を上げる。もの凄い勢いで身体を振り回し、俺は吹き飛ばされた。刀は氷竜の片目に深々と突き刺さっている。
 「チサト!」
 俺は彼女に向かって炎弾を放つ。チサトは凍りついた右腕で炎を受け止め、顔をしかめる。
 氷竜が俺に向かって吹雪を吐き出した。俺は両腕を身体の前で交差しどうにか耐える。が、みるみるうちに身体が凍りついていく。
 すると、チサトが大剣を振りかざし跳躍した。俺の目に、逆光を背にした彼女のシルエットが神秘的に映る。
 氷竜の首を斬り落とし、彼女は白く綺麗な息を吐いた。


 「‥ありがとう。」
 チサトは束の間俺の方を見て、呟いた。
 「守護印はどうする‥?」彼女は氷竜の額から宝石をくり抜き、俺に尋ねる。
 「炎の守護印を持ってるから、俺には使えない。お前にやるよ。」
 「‥そう。それじゃあね。」
 そう言って、彼女はもと来た道を引き返していった。俺はその場に座り込む。
 ――危なかった‥。
 正直、一人では敵わなかったかもしれない。実際、あと数秒氷竜の吹雪を浴びていたら完全に凍りついていただろう。
 俺は自分でも知らず、微笑む。
 死ぬかもしれないほどの極限の状態の中でだけ自分の生を実感できる。余計なことなど何も考えず、純粋にターゲットを殺すことだけ考えている時が俺が俺らしくいれる時間なのだ。彼女――チサトもきっとそうなのだろう。
 崩れ落ちた氷竜に突き刺さった刀が、誇らしげに輝いた。

     

 
 ――これが、戦場の空気か。
 眼下を見渡すと、廃墟が広がっている。ほんの1週間前までは俺達の住むブルー・シティと同じ、人間の暮らす場所だったのに。今では魔獣の巣窟だ。
 だが、ブリーズナイツからの情報によるとまだ生存者はいるとのことだ。最優先任務は生存者の救出。次に、クイーン―魔獣どもを束ねる司令塔の総称―を討伐することだ。
 俺はたった1人のパートナーを見る。チサトは無表情でシティの残骸を見下ろしている。俺の部隊は俺とチサトの少数精鋭。なるべく戦闘をさけつつ、他の部隊が魔獣を引き付けている間にシティの中心部へ向かい生存者を救出するのが役目だ。
 「俺の部隊の決まりは2つ。自分の命は自分で護ること。俺の命令を聞くことだ。いいな。」俺が告げると、彼女は頷く。
 チサトの首元には、先日倒した氷竜の守護印が掛けられている。
 ――まあ、こいつなら足手纏いになることはないか。
 「いくぞ!」俺はベースキャンプから飛び降りる。先発隊の突入から20分が経過した。周辺の魔獣はあらかた片付いているはずだ。
 俺達は荒れ果てた街路を駆ける。実地訓練とはいえ、本物の戦場だ。訓練や試合では味わえない息苦しいほどの緊張感。
 3キロほど走ると、魔獣の気配を感じた。物陰に身をひそめる。すぐに俺の後ろにチサトが追いつく。彼女を見ると、顔が上気している。
 「緊張してるのか?」そう言う俺も、彼女から見て同じ状態だろう。
 「‥大丈夫。」息を弾ませ、彼女が囁く。
 戦場では一瞬の油断、反応の遅れが命取りになる。今はお互いが唯一の頼れる仲間だ。
 俺は静かに刀を抜き、物陰から前方の様子を伺う。すると、すぐそこに魔獣が潜んでいた。突然強烈な横薙ぎを食らう。
 かろうじで刀で防御したものの、壁に激突する。胸を強打し呼吸ができない。魔獣は2足歩行の人型タイプだ。両腕が強靭に発達しており、掌が頭ほどの大きさがある。鋭利な爪が不気味に延びている。
 チサトが身体全体をバネのように縮め、大剣で瞬速の刺突を繰り出す。魔獣の横腹に命中して激しい金属音を立て、魔獣が5メートルほど吹き飛ぶ。建物の壁に激突し、瓦礫の下敷きになった。
 俺は咳き込みながら身体を起こす。チサトが息をついた隙を狙って建物の上から2匹目の魔獣が襲いかかる。
 ――間に合わない‥!
 俺は呪文を唱え、魔獣に狙いを定めて刀を突き出す。焔が刀を螺旋状に覆い、宙を奔る。
 次の瞬間、魔獣が耳障りな断末魔を上げて黒焦げになった。地面に落下し悪臭を放つ。
 「‥ありがとう。」彼女が唇の動きで礼を言う。
 「行くぞ。」
 この先はまだ先発隊の手が届いていないようだ。慎重に進む。
 ――あれは‥。
 「‥セントラル・ホールね。」チサトが呟く。あそこがこの部隊の目的地だ。
 すると、ホールの周辺をうろつく巨大な影が見えた。クイーンだ。
 「不味いな。クイーンを始末しないと生存者を救出できない。」俺は思案する。先発隊は来ていないようだし、確実なのは1人がクイーンを引きつけその間にもう1人が生存者を救出をすることだ。
 クイーンは人型で巨大な群青色の鎧と俺の身の丈ほどもありそうな剣を持っている。動きは鈍そうだ。
 すると、クイーンが巨剣を振り上げホールを破壊し始めた。
 ――やはり先発隊を待つ余裕はないな。
 俺が作戦を説明すると、チサトの瞳が不安そうに揺れる。俺の身を案じているのだろうか。彼女はおもむろに頷いた。
 「行くぞ!」
 俺達は魔獣を殲滅して退却ルートを確保しつつ、ホールへと急ぐ。人型の魔獣は鋼のような皮膚を持っているが、首や関節部分は脆いようだ。一薙ぎで首を胴体から切り離す。
 チサトは流石の腕前だ。小柄な見かけによらず膂力があり、大剣を軽々と扱う。純粋に剣だけで闘ったら俺でも勝てるかどうかわからない。
 十字路で彼女と別れ、俺はクイーンに向かって疾走る。流石にあの巨体を1人で倒すのは無理だ。火炎魔法で注意を引きつけながら時間を稼ぐしかない。
 クイーンの足元へ着き、相手を見上げる。まるでビルだ。一心不乱にホールを破壊していて俺には気づかない。
 刀を掲げ、呪文を唱える。
 炎弾が宙を飛び、正確にクイーンの頭部へ命中する。兜を黒く焦がした。クイーンは魔獣さながらの唸り声を上げ、俺に視線を向ける。
 身体に戦慄がはしる。戦闘開始だ。
 魔獣は右拳を振り上げ、隕石の如き勢いで俺目掛けて振り下ろした。後方に距離を取り冷静に回避するが、魔獣は息着く間もなく連続して鉄拳を繰り出す。
 通路の石畳がめくれ上がり、視界を塞ぐ。タイミングを合わせて隕石を避ける。が、一向に止む気配がない。後退はできない。チサトが生存者を避難させている真っ最中だろう。
 「‥上等だ。」
 俺の中でスイッチが入った。隕石を避け瞬時に魔獣の足元へ飛び込む。恐怖はない。こいつは俺の獲物だ。高揚した精神が電気信号となって俺の身体をはしり、考えるよりも速く身体を動かす。
 俺は旋風の如く魔獣の膝を斬りつける。紫色の血が飛び散るが、微々たるものだ。
 5撃6撃と斬撃を加えたところで、魔獣が左腕を振りかぶる。横薙に巨剣が襲いかかり、俺は跳躍してすれすれで躱す。
 俺は斬撃を繰り出しては巨人の一撃を躱す。一発でも食らったら無残に潰されるだろう。戦闘機械と化して延々と繰り返す。
 「アイファ‥!」
 2時間か、3時間か、どのくらいそうしていただろう。チサトが俺を呼ぶ声が聞こえた。反射的に魔獣の拳を躱しながら視線をやると、チサトだけではなく他の部隊も駆けつけていた。魔獣に攻撃を加えようと武器を構える。
 「手を出すな!!」
 ――こいつは俺の獲物だ。
 手応えはある。もう少しだ。俺は戦闘本能に任せて身体を動かす。
 魔獣の膝がざくろのようにぱっくりと割れ、小汚い骨のようなものが見えた。すると、魔獣が咆哮を上げる。雄叫びではなく悲鳴だ。ざくろを両断しようと渾身の一撃を加えると、魔獣の巨体が瓦礫の上に崩れ落ちる。
 「うおおおおぉぉ!」
 俺は一匹の野獣となって跳躍し、クイーンの首に深々と刃を突き立てた。魔獣の身体は一度発作のような脈動を起こし、動かなくなった。
 一呼吸置き、周囲からさざ波のように歓声が上がる。
 ――五月蝿いな。
 達成感が俺の胸を満たす。
 俺は魔獣の亡骸の上で直立する。太陽が瓦礫の荒野に沈んでいく。視界一面をオレンジ色に染め、まるで炎の海に立っているようだ。
 汗ばんだ額を風が心地よく撫ぜた。
 

       

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Neetsha