バレンタインの七日間戦争
バレンタイン当日
2月14日。ついに来た、バレンタインデー。
俺はこの日のために一週間もの間色々やってきたわけだ。
しかし、謎のモヤモヤは晴れないまま今日を迎えてしまい、またそれが広がる。
一週間前に田中と今日を誓ったこの靴箱についても、全く躍動感が上がらない。
案の定入ってない。それだけだった。
「おい、どうした後冬。らしくないぞ。」
意思疎通している田中でさえ悟れないこの感情はよほど複雑な物なのだろう。
心境変わらぬまま教室に入ると、そこに笹原の姿は無かった。
何故だろう。こういう時、彼はいち早く駆けつけているはずなのに。
疑問に思っていると、俺と田中に気付いた遠藤が駆け寄ってきてこう言った。
「笹原のやつ、インフルエンザで休みって…。」
…なん…だと……。
俺等の先頭に立って活躍してきたあの笹原と言う勇猛な騎士が、今になって病に負けるとは…。
「おい、一体どういうことだ!あいつがいたからここまで来れたのに!」
「し、仕方ないだろ。『そう皆に伝えてくれ』って、朝起きたらメールが来てたんだ。」
遠藤はたじろぎながらそう言った。
田中がここまで動揺するのはあまり見たことが無い。
それほどに、笹原と言う男の存在は大きい物だったのだ。
しかし、休んでもらっては困るのだ。私情抜きにしても、俺には聞きたい事があるのだ。
何故あそこで作戦完了になったのか…。
佐々木の告白に対し、俺はなんと答えればいいのか。
ふと辺りを見回すと、佐々木と目があった。
顔を赤くして、すぐに目を逸らされてしまったが、俺も赤くなってしまった。
すると、ここで先生が入ってきた。
「座れ座れ。ほら、そこの女子二人、来なさい。」
教卓へ左手をつくと同時に、指さしてそう言った。
「今、チョコの入った包みを持っていただろ。言い訳は聞かない。出せ。」
なんとも単調で無表情な口ぶり。恐ろしさすら覚える。
やはり本気でバレンタインを撤廃しようとしているのか…。
いつもと違う先生に、木村と米沢は素直にチョコを差し出した。
しまった!あの二人は、俺等がチョコを催促した五人のうちの二人だ!
この時点で、貰えるチョコが二つ減ってしまったわけか…。
仕方ない。損をしているのはあの二人。そう思いながらも、俺は強い喪失感に襲われていた。
朝の会が終わり、一時間目が始まるまで5分間の休憩が取られる。
先生も、授業の準備をしなければならないため教室から出ていった。
その時、佐々木が俺のところへやってきた。
「昨日のこと、考えてくれた?」
「ごめん。あたまが回らなくて、まだ全然。」
「返事はいつでもいいけど…、出来るだけ早い方がいいな。」
そう言って彼女は、大きな紙袋を渡してきた。大きいと言っても、チョコを入れるにしては、といったぐらいだ。
「ありがと。」
お礼を言うと、佐々木はまた顔を赤らめて元の場所へと戻って行った。
その女子のグループからやんやとうるさく騒がれている。
その現場を、田中と遠藤はニヤニヤして見ていた。
「やるじゃん。本命って本当にお前の事だったんだな。」
遠藤が冷やかしてきた。
知っていたのか…。それはいいが、そのまるもっこりみたいな顔はやめてほしい。
するとここで田中も口を開いた。
「後冬、俺がお前をうちのグループから追い出した時の事を覚えているか。
あの時、笹原から色々と聞いたんだ。
笹原は佐々木からの相談に乗っていたらしい。お前の情報を聞かれたとのことだ。
その後、告白の手伝いをして欲しいと言われ、佐々木の担当をお前にさせたのだ。笹原に感謝しておけ。」
そういうことだったのか。だからあの時、作戦完了と…。
帰ったらメールで礼を言わねば。
昼休みに入ると、高野と長谷川がチョコを渡しに来てくれた。
きちんと7人分。
持木は明日くれるのだから、今日貰う事が可能な分は全て貰った事になる。
しかし昼休みの終わり際になると、灰原を含む別の女子からも+3個貰ってしまった。
累計6個。今年は大成功だ。
家に帰りついた。
夕飯を食べ、風呂に入り、宿題を終わらせ、明日の準備をした。
まだなのだろうか。
今日一日、ひと時も忘れる事は無かった。
あいつからのチョコは、忘れるわけにもいかなかった。
そんなことを考えていると、携帯のバイブレーションが鳴った。メールだ。
「今からそっちに行くね。」
あの時とは違って、疑問形ではない。
一分もすると、「ピンポーン」と聞こえてきた。
今回はチョコを渡すだけだ。家に入れるまでもないだろう。
玄関先で受け取って部屋でゆっくり食べるとしよう。
階段をテンポ良く降りて、庭用のスリッパを履いて外に出た。
そこにはこの前とは違って、よそいきの服を着た持木が立っていた。
「中に入っちゃいけないの?」
「チョコ貰うだけだし…。」
スリッパだけの裸足が冷たい。靴下を履いてくれば良かった。
「ちょこっと話したいな。」
持木は手で「ちょこっと」のジェスチャーをした。
まぁ…いいんだけど、ここでダジャレかよ…。と思ってしまった。
「じゃ、そこのベンチで。」
俺の家の庭はそう広く無いのだが、何故か木のベンチが配置してある。
子供のころに、父が日曜大工で作った物だ。
その頃も、よくそこでこいつと話していたものだ。
俺と持木は、隣り合って座った。
「で、話って何?」
きっと、あの時話し損ねたやつだろう。というより、その話をして欲しい。
「この前来た時、話さなかったことあるでしょ?あれなんだけど。」
予想的中。
「その話の前にサキちゃんの話しよっか。」
「…えぇー…。」
「いいでしょ?」
そうして佐々木の話をしたが、2分と持たなかった。
なぜなら、「どうするの?」→「考えてない」→「じゃあどうするの」の繰り返しだったからだ。
最終的に「もういいや」と持木が終わらせた。
「それじゃ、この前のやつを。」
俺は興味身心でそれを聞いた。
持木は下を向いたまま、「えっと…。」とだけ言って黙ってしまった。
本当は二十秒ほどしか経っていないだろうに、3分ぐらい経った気がした。
いつのまにか雪が降り出した。
寒い。帰りたい。だけどまだチョコを貰ってない。
早く言ってくれないかな。と思っていた時、彼女はやっと口を開いた。
「今まで、義理チョコなんてあげたことないよ。」
珍しく暖かい風が吹いたのか、まるで急にサウナに入ったかのように全身が火照った。
俺はうつむいて黙ってしまった。
「外に居て良かったね。」
彼女がそう言うと、また一層熱くなってしまった。
すると彼女は、側においていた紙袋からチョコの入った包装を取り出して、俺に渡した。
「もう12回目…。」
そう聞こえた気がした。
俺は最後にこう言って、家に入った。
「ありがとう。」
その一言に色々な意味を詰め込んだのだが、女神ユノは伝えてくれただろうか。
-fin-