Neetel Inside ニートノベル
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ローソン魔界9丁目店
レジと坪井君

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 ローソンクルーにとっての主戦場、それがレジだ。
 品出し、清掃、伝票整理といったこまごまとした仕事はいくらでもあるが、新人にとっていの一番に覚えなければならない事が、レジにおける接客だと言っても過言ではないだろう。そしてこの仕事は、始まりであると同時にクルーとしての最終的な価値を決める仕事でもある。
 お客様の立場からしてみれば、大した事はしていないように見えるかもしれない。商品のバーコードをスキャンして、合計金額を伝え、お金を受け取り、お釣りを返し、ありがとうございました。たったこれだけの事に、何をそこまで大げさに言う必要があるのか、と思うのは正しい。しかしコンビニでアルバイト経験のある人ならば分かるだろうが、この一連の流れには、様々な例外と、気を使わなければならない注意点と、そしてお客様の目がある。
「えーと坪井君、話は聞いてる?」
 こくこくと小さく頷く夜勤の坪井君。彼は非常に痩せていて、まさに骨と皮だけ……いや、より正確に言えば、「骨だけ」という実にシンプルな体型をしている。いわゆるスケルトンという種類の魔物で、ちなみに坪井という呼び名も、坪井君を召還したネクロマンサーより教えられた生前の苗字だそうだ。
「まあ苦情……という程の事でもないんだけど、お客様からご意見があってね、坪井君の接客態度にちょっと問題があるらしいんだ。……心当たり、ある?」
 坪井君は頭蓋骨をコキャッと横に傾げ、黒く窪んだ大きな双眸で俺の顔を見る。
 やや大人しすぎる嫌いもあるが、真面目そうなのと、同じアンデッドでも腐っているゾンビとは違い、骨だけのスケルトンはむしろ清潔だろうという事で採用を決定した坪井君だったが、オープンして三日目、俺は以下のような電話をもらった。
「お電話ありがとうございます。ローソン魔界9丁目店オーナーの春日です」
「あの、夜にいる坪井さんっていう店員なんですけれど……」
「はい、何か問題がありましたでしょうか?」
「いやーその……なんというか、非常に言いにくいんですが……そのー……」
「どうぞ、遠慮なさらず」
「いや、プライベートな事でもありますし、本人が気にしているんだったら非常に悪いんですが……」
「何か接客態度に問題がありましたか?」
「んー……まあ、そうですね。いやでも問題という程でも……ちょっとびっくりしたというか」
「……詳しくお聞かせ願えますか?」
「いやいや、僕の口からはちょっと……」
 という具合の会話を、既に5回ほど。それらは全て電話によるもので、ようするに「あの坪井という店員をなんとかしてくれ」という漠然とした注文が大半で、何も詳しい事は聞けなかった。本来、お客様からのご意見という物は、今後の事も考えて詳しくお聞かせ願うのだが、今回の坪井君に対する物は、電話をくれたお客様自身も言葉を濁すというか、尋ねてみると「怒っている訳ではない」「むしろ心配している」と返ってきて、多くの事を語ってくれなかったので非常に困った。
 そこで実際に1度、目の前でレジを実演してもらう事にした。
「まず最初に俺がお手本を見せるから、次に坪井君が普段やっているようにレジを打ってみてくれない? 何か問題があったらその時、指摘するから」
 坪井君は無表情のまま頷き、俺はトレーニングモードでレジを打ち始めた。


 お客様が商品を持って、レジにきた。
 さあ、まずは挨拶。
 と見せかけて「レジ入り」だ。ローソンに限らず、大抵のコンビニに導入されているレジは、責任者を登録しなければ動かす事が出来ない。これはレシートの1番下などに書かれているレジ責任者の名前を表示するのに必要であり、誰それが会計しましたよ。という事を明確にしておくのは、何らかのトラブルが起きた時に重要な情報になる。続けてレジを行っている場合、この手間は必要ないが、レジ入りを忘れて商品を登録しようとするとピーという電子音が鳴る。コンビニを良く利用する人ならば1度は聞いた事があるのではないだろうか。
 それから挨拶だ。はっきりした声と笑顔で、お客様の目を見ながら「いらっしゃいませ」と、マニュアルにはあるが、正直な話、女性ならまだしも男がこれをやるとかなり気持ちが悪い。俺の個人的見解になるが、「愛想と雰囲気がなんとなく良い」ならそれで合格だと思う。漠然とした表現だが、この辺は感覚で掴むしかない。この時、軽く礼をしておくと印象が良い。
 坪井君の場合は、丸出しの頭蓋骨がかたかたと喋っているだけなので、愛想も雰囲気も決して良くはないが、それはあくまでも人間視点の話であって、魔界視点ではそこそこの男前骸骨らしく、やや無口ではあるものの、悪い印象は受けないという。然らば、何故ご意見をくれたお客様は言葉を濁らせたのか、という問題は相変わらず宙に浮いたままだ。
 挨拶の次は商品の登録。レジからコードの伸びたスキャンを使い、商品を順番に登録していく。マニュアルではこの時、「○○円が1点、○○円が1点、○○円が2点」といった具合に、商品の値段と購入点数を口に出す「読み上げ登録」が推奨されているが、俺の場合はこれを強制していない。まあ確認という意味では間違ってはいないのだが、これが例えば30回も続くと、「いってん」という言葉がゲシュタルト崩壊するのだ。実際、常に妙な口調で「いってぇ~~ん」だとか、「いってっ、いってっ」とか、つられて他の定例句もあやふやになっている店員を見た事が無いだろうか。魔界9丁目店はオープンしたてという事もあって非常に忙しく、この読み上げ登録を強制すると、クルーのレジにおける負担も重くなる。よって、読み上げ登録は同じ商品を複数買った時のみで構わないというのが俺の方針だ。
 それとこれは豆知識というか、お客様側に是非とも気をつけて欲しい事になるが、お会計を早く済ませたいのならバーコードを上向きにしてからカゴや商品をレジに出すと良い。たったそれだけでこの登録作業は2倍早く終える事が出来る。前のお客さんが並んでいる間などに、バーコードの位置を確認しておくことで更にスムーズになるので、今まで気にも留めてなかった方は、1度近くのコンビニで試すと良いだろう。愛想の良い店員ならその時「ご協力ありがとうございます」くらいは言うだろう。
 ちなみにこの時、隣にいて商品の登録と同時に隣で袋詰めする店員の事を「サッカー」と呼び、イントネーションは「バッター」ではなく「ラッパー」の方だ。
 更に余計な豆知識を1つ。登録時、それまで順調にいっていたのに突如「ピー」とレジの電子音が鳴り、店員が慌てる光景を見た事がないだろうか? これは商品のバーコードが期限切れしている為に起きる現象であり、この場合はDEPT(商品の区分)登録による手入力が行われる。期限切れといっても、商品の消費期限や賞味期限が過ぎているという意味ではなく、レジでの登録が無効になっているだけなので、大抵の場合商品の質自体に変わりはないが、古い商品が嫌だという人は別のものに変えてもらうのも1つの手かもしれない。
 無事、何事もなく登録を終えた後、商品の合計金額を口頭で伝える。画面にも表示されてはいるが、ここははっきりと、「お会計○○円になります」と淀みなく伝えるのがベストであり、間違っても「たったの」とか、「まさかの」とか余計な事は言わないでよろしい。


 話が逸れたが、次は袋詰めである。サッカーがいる場合、この段階は省略されるが、レジが1人の場合は基本的に登録後、お客様がお財布からお金を取り出している最中に済ませる事が多い。常備されているレジ袋の種類は店にもよるが、SS、S、M、Lは最低でも揃えてあるはずだ。もちろん、SSが小さく、Lが大きい。更に下にSSSや、上にLLなどもあるが、SSSはちょうどおにぎり1個分くらいしか入らず、LLはマックスまで詰めると袋が破れる恐れがあり、またレジ内での場所も取るので、魔界9丁目店は基本的に前述の4種類でこなしている。ちなみに、袋の最下部を見ればその袋がどのサイズかが書いてあるので、気になった方は見てみるといい。
 どの程度の数の商品をどの袋に入れるかについては、正直感覚による所が大きい。商品の組み合わせはほぼ無限大であるし、温かい物と冷たい物を分けたり、日用品と食品を分けたり、弁当は横に広い専用の袋に入れたり、生理用品は紙袋か黒袋に入れたりと、状況によって臨機応変に対応しなければならず、これはもうセンスと慣れとしか言い様が無い。お客様からすれば理不尽かもしれないが、ある程度は仕方の無い事なので、事前に「これとこれ分けて」など指示を出しておけば、その後のトラブルは避けられるだろう。
 袋詰めが終わった後、代金を受け取る。大抵は小銭入れにお金を入れてもらうが、ここでも俺から忠告が1つ。小銭の上にお札を乗せるのはかなり危険な行為だという事を知っておかなければならない。前述の通り、お客様がお金を取り出している間、店員は袋詰め作業をしている。よって、お客様がお金を出している所作を確実に目撃しているとは限らない。例えば1505円の合計金額だとして、さっと5円玉を小銭入れに出し、その上から千円札を2枚被せると、あら不思議。先に出した5円玉は見えなくなってしまう。そしてそのまま会計すると、お釣りは495円。微妙な顔をするお客様。後から出てくる5円玉。慌てて計算をしなおす店員。これでは洗練された会計とは呼べないだろう。
 無論、お客様の出した金額を確認するのは店員の義務だ。その点についてお客様に非は無い。だがしかし、最初から5円玉が千円札の上に載っていれば、このような悲劇は起きなかったという事実もある。5円玉を千円札の下に隠す事で、お客様が何らかのメリットを得られるとも考えにくい。
 もしもうっかりこの行動をしてしまった際は、「○○円お預かりします」のフレーズが入った時になんとか止めればまだ間に合う。レジにアンドゥ機能はついていないので、1度会計が済んでしまった物は再度1からやり直さなければ計算が出来ない。まさに悲劇だ。
 それとローソンの場合、レジに金額を入力する前に、必ずポイントカードの所持を確認する。このポイントカード、正式名称ポンタカードについては、色々と話があるので別の項で述べよう。ちなみにこのポイントカードもお札の下に隠れる率が高いので注意が必要だ。
 代金を受け取り、レジに入力。客層キーを押し、お釣りを取り出し、それを両手でお客様に渡す。お客様がお釣りをお財布にしまったのを確認した後商品をお渡しし、「ありがとうございます。またお越しください」で、最初よりも深めに一礼。ちなみに、ローソンは元が関西系なので「ありがとうございます」セブンやファミマは「ありがとうございました」で統一してあるのだが、実際にこの法則性を守っている店舗はあまりない。
 と、これがレジの正しい流れである。途中、話が逸れた部分もあったが、おおよそは分かってもらえたと思う。
 さて、いよいよ坪井君のレジだ。
 レジ入り。ピピピッ。OK。挨拶。「いらっしゃイまセ」と、軽く一礼。OK。商品登録。ピッ、ピッ、ピッ。OK。合計金額「お会計367円になりマス」。OK。袋詰め。がさごそ。OK。代金確認「417円お預カりしマス」。OK。金額入力。ピピピッ、タンッ。OK。お釣り「50円のお返シになりマス」。OK。挨拶「ありがとウございマス。またお越シくだサい」。OK。そして深めに一礼。コキャッ! ガンガンガンッ! ガンッ! ……スコーンッ! はいはいはいNG!!!
 坪井君の頭蓋骨は首の骨を離れ、お客様側へと見事に落ち、床にごろんと転がった。お礼をした瞬間、どうやら重力に負けて頭蓋骨が外れてしまったようだ。これなら確かにお客様も驚かれるはずだ。言いにくいはずだ。目の前でこんな光景を見せられたら、なんとかしてあげて、となるのもある意味当然の事だろう。
 その後、相談の結果、勤務中はとりあえずガムテで頭蓋骨を固定しておくという話で纏まり、どうにか問題の方は解決したが、俺にはちょっとしたトラウマが残った。

       

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