Neetel Inside ニートノベル
表紙

ぎゃんぶる。
5.オーダー・ザ・ダービー

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 ★三行でわかる前回のあらすじ★

 百合子の知り合いがやって来た

 男の娘だった

 藤吉は勝負を挑まれた ←今ここ!



     


 潮田里緒菜は、世界最強の男である。

 やったことはなかったけれど、素手であっても大人のツキノワグマに勝てるに違いなかったし、至近距離からの拳銃の弾も掴み取れる自信があった。
 やったことで言えば、ゲームセンターのパンチングマシーンは軽く叩いたぐらいで壁をぶち破り、500円玉を指で挟んで折りたたむことができた(その後は自販機でも使えるようにちゃんと戻した)。

 身体能力は恐ろしく高かったけれど、あいにくそれを測るものさしがなかった。体力測定では遠投なら遥か空の彼方まで投げ、シャトルランなら途中で止められてしまうぐらい続け、握力計は壊してしまって計測できたことがない。
 ここまで人間離れしていると部活動に誘われることもなかった。まあそれは里緒菜にとっては有り難いことではあったが。

 10年。いや、5年。
 里緒菜がその気になれば、その期間で世界を壊滅させることができるだろう。しかも誰にも頼らず、独力で。

 そんな化物たる里緒菜が、ある男を前にしてわずかながらに戦慄していた。

(……こいつ、本当に人間か?)

 沖田藤吉。最愛なる百合子の恋人である、憎き男。どう見ても成人男性以下の身体能力しか持っておらず、5秒あれば50回ぐらいは殺せてしまいそうな、貧弱な生物。
 そんな生物は里緒菜からすれば珍しいことではない。自分の横に立てる生物なんて存在しない、すべてが自分以下だからだ。
 だが、唯一にして最大の異なる点があった。

 それは、精神面だった。

(まったく動揺していない。静電気が起きたときでも、もうちょっとびっくりするもんだが……)

『勝負』。口調を変えて脅し始めたときは緊張状態にあったはずなのに、この言葉を出した瞬間、藤吉は鼓動は平常、まるで夜の海のさざ波のように静かで、穏やかなものになったのだ。
 鼓動だけではない、体臭の変化もないので発汗もしていないし、眼球の動きもなくじっと里緒菜を見つめている。
 あらゆる方法で観察した里緒菜が出した結論が『まったく動揺していない』だった。

(わざわざスプーンを引き裂くなんてパフォーマンスを見せたのに。縦に綺麗に裂くのは案外難しいんだぞ。
 それにお前、お姉ちゃん……恋人が賭けられているのに、どうしてそこまで冷静にいられるんだ? 自信があるのか? 俺のことなんて眼中にないのか? それとも、お姉ちゃんのことなんてどうでもいいのか?)

「勝負はどうするの?」
「お前が決めていい。カードでも、コイントスでも、じゃんけんでもいいさ」

 里緒菜はとりあえず、自分に自信のあるぎゃんぶるを持ちかけた。カードなら脅威の記憶力と目にも止まらぬイカサマ、コイントスやじゃんけんなら人間離れした動体視力でどうにでもなる。
 が、藤吉がいずれも選ばないことぐらいはわかっている。里緒菜はある日の百合子との電話を思い出していた。

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『藤吉くんは、初見の相手とぎゃんぶるをするのなら運に左右されるものを選ぶんだ』
『運? それは意外だなぁ(あーあまたあの男の話か。テンション下がるわー)』
『もちろんぎゃんぶるの腕や戦略、イカサマの技術はすごいものだが、初見の相手はその辺の能力がわからないから、だそうだ。万が一でも自分より上の相手だったら困るからだろう』
『ふーん、慎重なヤツなんだな。でも、そこで運任せというのもどうなの?』
『そうは言っても、もちろん完全に運に左右されるようなぎゃんぶるはしないらしい。自分に有利に働くような、そんなぎゃんぶるを考えて持ちかけるそうだ』

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 そうなると藤吉は即興でぎゃんぶるを作ってそれで勝負することになるだろうが、里緒菜には何だろうと勝つ自信があった。
 持ち前の身体能力に加え、それなりに頭の回転もあり、危機管理能力も高いと自覚している。だからこそ生物界の頂点に君臨している――贔屓目に見ても自信過剰だが、里緒菜はまったく気にしない。

「そうだなぁ。なら、さっき百合子さんとやっていた人間競馬……あれに近いものをやろう」
「第三者を使う、そんなぎゃんぶるだな?」
「そう。名付けて――」


「オーダー・ザ・ダービー」


「ルールは簡単。店員を呼んで、お互い注文をする。そして、先に注文がテーブルに置かれたほうが勝ち、というものさ」
「ふん……すでに一度注文をしているお前が有利そうだが、まあそこは微々たるものだ」
「で、注文というからには『メニューに載っているもの』であること。水やおしぼりなんかはダメ」
「例えば、本来隣りのテーブルに置かれるはずのものが間違ってこちらに置かれてしまった、というときはどうする?」
「こちらでは判断つかないから、それが置かれた時点で決着、としよう。となると、注文後は店員に声をかけるというのは反則行為だね」
「店のアクシデントで、注文したものが作れない、あるいは途中で廃棄となってしまう……という場合は?」
「それは運がなかったということで。ああもちろん、妨害工作も反則ね」

 ここまでのルールを聞く限り、選ぶメニューが重要であとは運任せ。しかも身体能力を発揮できる場が少ない。コインを弾いて店員にぶつけたとしても、証拠が残ってしまう。マンガのように目に映らない速度で動くことは、さすがにブーツを履いている状態ではできない。
 なかなか公平な勝負に見える――と、里緒菜は少し感心してしまう。どこに自分が有利となるルールを加えているのかがわからないところは見事だった。

「わかった。特に異論はない。が、後から明らかにとってつけたような、そんなこと言ってないからルール違反じゃないよ、みたいなことを言ったら、すぐにその腕へし折ってやるからな」
「ははは、ご心配なく」

 あいかわらず平常のまま。不気味さが払拭できない。里緒菜はじっとりと、背中に汗をかいていることに気づいた。

「で、そう言えばお前が勝ったとしたら、何を望む?」
「うーん、それなんだけど、本当に何でもいいの?」
「ああいいさ」
「そう。なら……」


「僕のことを好きになりなさい」


 今度は里緒菜が動揺する番だった。驚きすぎて、開いた口が塞がらないほどだ。

「お前、そういう趣味……?」
「引かない引かない。
 ……僕はね、君から『敵意』を奪いたいんだ」
「……敵意、だと?」


「そうさ。今、君は百合子さんを取られたことで僕に敵意を向けている。
 ここで僕が単に勝ったとしても、その憎しみは消えないどころか膨らむ一方さ。
 だからこそ、敵意を奪ってやる。
 相手に向ける感情は、一つの価値観だ。そのかけがえのない価値観を、ごっそりと入れ替えてやる。
 想像してごらん。僕が勝ったら、百合子さんの前であっても僕は敵意ではなく好意を向けなければならないんだ。
 あ、そうだ。僕のことはお兄ちゃん、と呼んでもらおうかな」


 このとき、里緒菜は確かに、自分の身に鳥肌が立っていることに気づいた。
 恐怖している。この生物の頂点たる自分が、たった一人の人間に対して、恐怖しているのだ。
 それもまったくの平常な精神状態の人間に!

「……イかれてるな、お前」
「単なるぎゃんぶらーさ。じゃ、どれ選ぶ? 僕はコーヒーをおかわりにするよ」

 藤吉は簡単に注文を決めた。が、ドリンクメニューは得てして出てくるのが早い。それに注文も多い、間違えて置かれる可能性も高い。限りなく正解に近い選択だ。
 里緒菜はメニューをぱらぱらとめくって、一通り見たあとに目を閉じた。

(……本当は使いたくなかったんだがな)

 手足の感覚。皮膚を撫でる空気の感触、周囲の音、筋肉の張り、それらがすべてゼロになっていく――まるで人形のように、里緒菜は冷たく、動かなくなった。

(これは奥の手だ。あらゆる機能をシャットダウンして、たった一つの機能を爆発的に向上させる、言わばリミッター解除だ。使用中はまったくの無防備になり、使用後は凄まじい疲労に襲われるのが玉にキズだが、それを補うぐらいのメリットがある!
 通常でも、人の電話の向こうの声が聞こえて内容だってわかるぐらいの聴覚は持っている。が、この状態ならより精密に、そしてピンポイントで特定の場所の音を拾うことができる。
 拾う場所はもちろん、厨房の中だ!)

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「ごめんなさーい、このカツサンド、オーダーミスでーす」
「おいおい、気をつけろよ! まだ時間も経っていないから、注文が来たらすぐに持っていけ!」
「はーい」

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「店員さーん、注文お願いしまーす☆」

 里緒菜はリミッター解除を解いて、すぐに店員を呼んだ。

「何そのギャップ……」
「店員さん、私、カツサンドお願いします☆ミ」
「はーい」
「僕はコーヒーを――」

 里緒菜は全身に覆う疲労に目眩を感じていたが、同時に勝利も確信していた。この店員こそがオーダーミスをした人物で、カツサンドというワードを聞いた瞬間、ドクンと鼓動が高鳴ったのだ。
 厨房に戻り、すぐに出て来るだろう。里緒菜は笑いを堪えるのに必死だった。

「どうしたの? ニヤニヤしちゃって」
「いやなに、あの店員胸が大きいなと思ってな」
「あー、だよねー」
「尻の形もいいし、腰もなかなか細いじゃないか。だが一番は脚だ、あのむっちりとした脚、あれがいい」
「へえ、わかってるねぇ」
「気が合うな。まったく、こんな勝負さえなければ、いい友人になれたかもしれないのにな」
「ん? もう勝った気でいるの?」

 勝った気でいる。いや、勝った気でいた。
 里緒菜は、動揺していた。厨房に入った店員が、来ない。

 なぜ、どうしてすぐに出るはずのカツサンドがやって来ないのか。もう一度リミッター解除をする体力は残っていない。不安だけが募る。

「勝負は決まる瞬間までわからないよ」
「そ、そう、だな……」
「どうしたの? すごい汗だよ?」
「うるさい、黙れ、黙れ」

 ようやく店員が出てきた。里緒菜は一安心――できなかった。

「何でだよ……」

 わなわなと、身体と声を震わせながら言った。

「何で、どうして……」
「……はい?」

 店員は、里緒菜の様子に怯えながら返事をした。
 里緒菜の視線は、店員が持ってきたものを捉えている。

 そこには2つ。カツサンドと――

「どうして『コーヒーと一緒に持ってきている』んだ!」
「お、お客様……?」
「ああ、大丈夫です。コーヒーはこっちです」

 店員は里緒菜を心配そうに、不思議そうにチラ見しながら、コーヒーを置いた。続いてカツサンドを置いた。

 つまり、決着。

「ん、僕の勝ちだね」
「おかしい、おかしいぞ……なぜなんだ……お前、何か仕組んだのか!?」
「僕も不思議なんだけど、どうしてカツサンドが先に来るって確信があるの?」
「それは……」

 カッとなった理性が落ち着き始め、里緒菜は一呼吸して藤吉を睨んだ。

「俺は特殊な能力を持っている。魔法とかそんなファンタジーめいたものじゃなくて、ちゃんと科学的に……言えなくもない能力だ。
 カツサンドはオーダーミスをしていて、すでにできたものがあったんだ。だからすぐに来る、間違いないはずだった。
 ……だとしたら、どうやってコーヒーがいっしょに来たのか。これが納得できない」
「あーはいはい。そりゃそうさ」
「なぜだ、お前、何かしたのか!?」
「別に、何ってほどのものじゃないけど……」


「僕はあのとき、こう言ったんだ。『僕はコーヒーを――食前に持ってきてください』ってね」


「食前……?」
「さっき百合子さんが、ホットココアを食後に、て言ってたんだ。どうやらここは食前食後は聞いてくれないらしい」

『すでに一度注文をしているお前が有利そうだが、まあそこは微々たるもの』
 里緒菜が微々たるものと言って切り捨てたことを、藤吉が勝機だと思って拾っていた。が、それでも里緒菜は納得しない。

「それはおかしいぞ。それだと、俺がフードメニューを頼まないと成り立たないはずだ! 他にイカサマが」
「君は、フードメニューを頼む。僕にはそれがわかっていた」
「どうしてだよ!?」
「君が僕に敵意を向けていたからだ」


「もし相手が百合子さんなら、冷静にドリンクメニューを頼んでいただろう。特に冷たいもの、オレンジジュースならコップに入れるだけだからね。それなら、僕はあっさりと負けていた。
 けど君は違う。僕がドリンクメニューを頼んだら、対抗してドリンクメニュー以外を頼んでしまう。敵意があり、かつ自分の能力とやらに自信があるゆえに」



「特定の感情を抱いたぎゃんぶらーなんて敵じゃない。最初から君は、僕の敵なんかじゃなかったんだよ」

     


(と言ったものの……)

 藤吉はコーヒーに口をつけた。完全に心を折られた里緒菜は放心していて気づかなかったが、藤吉の指先はかすかに震えていた。

(注文をいっしょに持ってくる。つまりその時点では、勝つ可能性は半分しかなかった。だから僕は「コーヒーはこっちです」と言った。飲食店ではお馴染みすぎる会話だから『注文後は店員に声をかけるというのは反則行為』に気づいてないみたいだね
 もちろん先に「カツサンドはこっちです」と言っていたら、僕は反則とは認めなかったよ。この辺はフェアにしないとね)

「さて里緒菜ちゃん」

 びくりっ。里緒菜の肩が震える。

「勝負の結果は、どうなった?」

 里緒菜は上目遣いに藤吉を睨む。が、それも一瞬のこと。にっこりと、まるで美少女のような笑顔を向けた。

「私の負け! カッコ良かったよ、お兄ちゃん☆」

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「何をしている貴様ら」

 電話から戻った百合子は、二人の様子に激怒していた。
 百合子が見た光景とは――里緒菜がニコニコ笑いながら、藤吉の隣りに座ってカツサンドを食べさせている様子だった。藤吉も満更ではなさそうで、その雰囲気はまるで恋人同士のよう。二人は密着していて割って入る隙間もない。

「あ、お姉ちゃんおかえり!」
「沖田くん、君ってヤツはそんな趣味があったのか」
「ど、どうして苗字で呼ぶの?」
「だよな、そうだよな。ないよりあったほうがいいもんな」
「ねえ、何の有り無しの話!?」
「お兄ちゃん、そりゃあアレだよ、アレ」
「アレ?」
「おちん」
「黙れ貴様ら! 聞きたくない! 私は帰る! こんなところにいられるか!」

 百合子はサイフから万札を取り出す、ドカンとテーブルに叩きつけて飛び出して行った。
「追いかけないの?」
「どうしよう……」
「なら続きは私とデートを」
「追いかける! 百合子さん待って!」

 ばたばたと店から飛び出す藤吉。そんな藤吉を見て「こういう搦め手もアリだ、内部崩壊を目指そう」とほくそ笑む里緒菜だった。


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* オーダー・ザ・ダービー                          *
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* 勝者 藤吉(百合子に嫌われたものの、しばらくして誤解は解けた)      *
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◆登場人物紹介

◇潮田里緒菜(ショタ リョナ)

・高校三年生 男子校に在籍(制服は学ラン)
・男の娘 男の娘 男の娘
・ツインテールはウィッグ
・股間についてーる
・百合子のことを溺愛している
・人類を遥かに超越する身体能力の持ち主
・乳や尻より脚派  ←new!!
・藤吉に好意を抱く ←new!!
・男でも悪くないらしい ←new!!


◇沖田 藤吉(おきた ふじょし)

・ぎゃんぶる好きの大学生
・男
・見た目も中身の草食系な、ライトノベルの主人公にいそうなタイプ
・大学卒業後の進路に悩んでいる
・何の躊躇もなくイカサマをする邪悪な存在だが、罪悪感が深い
・普段から小道具を持ち歩いている
・意外と遊び人?
・性格が悪い
・乳や尻より脚派
・名前のわりにノーマル  ←new!!


◇壱兎 百合子(いちと ユリこ))

・週休2日の社会人
・女
・典型的素直クールな容姿と性格と理系脳
・騙されやすい。賢いけれど、どこか抜けてる
・大事なことなのでもう一度言うと、素直クール
・やたら食う
・胸が大きい(Eカップ)
・黒髪(長め?)
・普段は垂らしている髪を、仕事中は一つにまとめている
・甘党
・久しぶりにあった近所の知り合いが女装していても動じない
・知り合い(男)に恋人を取られるという経験をする(誤解だったが)  ←new!!

       

表紙

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Neetsha