Neetel Inside ニートノベル
表紙

ぎゃんぶる。
2.食事当番コイントス

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◆登場人物紹介(ビフォー)


◇沖田 藤吉(おきた ふじょし)

・ぎゃんぶる好きの大学生
・男
・見た目も中身の草食系な、ライトノベルの主人公にいそうなタイプ
・大学卒業後の進路に悩んでいる


◇壱兎 百合子(いちと ユリこ)

・週休2日の社会人
・女
・典型的素直クールな容姿と性格。あと理系脳
・騙されやすい。賢いけれど、どこか抜けてる
・大事なことなのでもう一度言うと、素直クール

     


「藤吉くん、私はお腹が空いた」

 そう言って、百合子は読んでいた分厚い本をバタンと閉じた。
 一方名前を呼ばれた藤吉は、辞書や参考書を片手に近々行われるゼミの発表の資料をまとめていた。なのでちらりと百合子を見たのち、すぐに視線を下に落として勉強に戻った。

「藤吉くん。キミは空腹じゃないのかい? もういい時間だぞ?」
「……13時かぁ。たしかに、そろそろお腹が空いてきたかな」
「私はチャーハンが食べたい。藤吉くんが作る、チャーハンが」

 けれど藤吉は勉強する手を止める気配はない。

「百合子さん……チャーハンぐらい作ってよ」
「バカだなキミは。私が作れるとしたら、せいぜい焼き飯がいいところだ。キミは知っているだろう? ご家庭で作るチャーハンと焼き飯は超えられない壁があるんだ。私は、キミが作るチャーハンが食べたいんだ」
「うーん……」

 と困ってみるものの、藤吉も悪い気分ではない。恋人にここまでべた褒めされて喜ばない男なんてそうそういない。
 しかし、藤吉もここで勉強の手を止めたくなかった。数日前から悩んでいたことが解消し、ようやく軌道に乗り始めたのだ。

「ちょっと勉強がなぁ……まだ時間かかりそうなんだよねぇ」
「ひどいな藤吉くんは……私が今週月曜日から今日まで、どれだけキミのチャーハンを食べたいと思っていたのかわかるかい? この平日、キミのチャーハンだけが希望だったんだよ?」

 今日は土曜日。つまり百合子は6日間もチャーハンのことを考えていたことになる。

「ダウト。さすがにそれはない」
「むぅ、確かに言い過ぎた。でも、今朝あたりから食べたいと思っていたのは本当、これは本当だ」
「ううーん」

 それでも藤吉は渋る。
 藤吉は考えた。このまま渋っていては、結局押し切られてチャーハンを作ってしまうことになる。これはいつものパターンだ。そしてそのまま百合子のペースに乗せられるのも、もはや必然である。
 それだけは回避したい。なので藤吉はいつもの手を使う。

「百合子さん、ぎゃんぶるで決めよう」
「む、ぎゃんぶるか……」
「あれ? そんな気分じゃない?」
「違う、嫌ではない。でも、時間がかかったり変に頭を使うようなものは嫌だな。もう空腹でめまいがしているんだ」
「いやいや、今日はシンプルかつ一瞬で勝負を決めよう」

 藤吉はポケットから使い古された財布を取り出した。

「……おいおい、ピザでも頼むつもりかい? がっかりさせないでくれ。
 それにしてもずいぶん古い財布だな、今度新しいものを買ってあげよう」
「ノーサンキュ。
 たしかにお金は使うけど、これだよ、これ」

 小銭入れから十円玉を取り出し、親指でピィンと弾いてそれを空中で掴み取り、パチリともう片方の手の甲に叩きつけた。

「コイントス。わかりやすいでしょ?」
「ほう、良いじゃないか。2分の1、とても対等な勝負だ。よし乗ろう」
「じゃ、僕は表……模様が描かれているほうね」
「なら私は裏、数字が書いてあるほうだな」


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* 食事当番コイントス 一戦目                       *
*                                     *
* コイントスを行い、敗者が昼食を作る。                  *
* なお、使用するコインは藤吉所有の十円玉。                *
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 百合子は興味深そうに、藤吉の手を覗き込む。藤吉がゆっくりと手を開くと――

「よし、僕の勝ちだ」
「むぅ。しかたない、勝負は勝負だからな」

 表の硬貨を鋭い目つきで睨みつけ、百合子はしぶしぶ立ち上がりひよこ柄のエプロンをつけてキッチンへ向かった。

 その後、二人は百合子が作った焼き飯を食べた。

「それ見たことか! 私は焼き飯しか作れないんだ!」
「僕、百合子さんの焼き飯好きだけどなぁ」
「あーあー、チャーハン食べたかったなー」


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* 食事当番コイントス 一戦目                       *
*                                     *
* 勝者 藤吉                               *
*                                     *
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 みしみしみしみしっ

「藤吉くん、私は食後のデザートを所望する」

 勉強する藤吉の後ろから抱きついて(絞め落としているようにも見える)、百合子はそう訴える。

「百合子さん、おっぱい当たってます」
「当てているのだが?」
「そんだけ締めつけたら、せっかくの膨らみも潰れて痛いだけです。力を緩めてください。ついでに言うと、ちょっと意識が飛びそうです」
「そうか、すまない」
「ああ、ちょうど良い感じです」

 百合子の胸の感触を味わいながらも、藤吉はやっぱり勉強をしている。
 こいつ、かなりどうかしている。

「今日はホットケーキの気分なんだ。ひさしぶりに食べたいなぁ、キミが作るふわふわのホットケーキ」
「僕、百合子さんのホットケーキ好きだよ」
「私が作るとどうしてもカチカチになってしまう。あれは朝食には良いが、おやつはふわふわに限るのだ」
「ホットケーキミックスはあるの?」
「ない。だから買いに行こう、いっしょに」
「一人でも行けるでしょう?」
「いっしょに」
「一人で」
「いっしょに」

 藤吉は昼食のときと同じように財布を取り出した。

「さっきは僕が先に決めたから、次は百合子さんが先に決めて」
「そうだな。じゃあ次は、私が表だ」
「なら僕は裏ね」

 小銭入れからは、今度は百円玉が出され――


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*                                     *
* 食事当番コイントス 二戦目                       *
*                                     *
* コイントスを行う。                           *
* 百合子が勝利した場合、二人でホットケーキミックスを買いに行く。     *
*  そしてホットケーキは藤吉が焼く。                   *
* 藤吉が勝利した場合、百合子一人でホットケーキミックスを買いに行く。   *
*  そしてホットケーキは百合子が焼く。                  *
* なお、使用するコインは藤吉所有の百円玉。                *
*                                     *
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 ピィィィン……パチン

 後ろから寄りかかるようにして見つめる百合子。藤吉はその背中に当たる感触に、ふとあることに気づいてしまう。

「……百合子さん、ノーブラ?」
「自宅でくつろいでいるのに、窮屈なブラをつける阿呆がどこにいる?」

 藤吉が手を開くと、そこには数字が表になっている百円玉。つまり、裏。

「じゃ、気をつけて行ってきてね」
「ぐぬぬ……わかった、行ってくる」
「あ、ちゃんとブラつけてね」
「わかっている!」

 ずかずかと不機嫌そうに足音を鳴らしながら外に出る百合子の背中を見送り、ふと藤吉はため息をついた。

「うーん、罪悪感」


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*                                     *
* 食事当番コイントス 二戦目                       *
*                                     *
* 勝者 藤吉                               *
*                                     *
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「チャーハン」

 ようやく勉強が終わったのか、勉強道具一式をカバンに詰めている藤吉に百合子はムっとした表情で訴えかけるように呟いた。

「お昼食べたじゃん」
「あれは焼き飯だ。私はチャーハンが食べたい」
「あーはいはい」

 藤吉がひよこ柄のエプロンを手に取ろうとしたとき、百合子がそれを制止した。

「百合子さん?」
「……コイントスだ」
「え?」
「コイントスだ。それで決めるんだ」
「僕、もう勉強終わったから作るよ」
「だめだ、それは私が許さない。こうなったらもう意地だ。私はキミとのぎゃんぶるに勝って、勝利のチャーハンを頂くのだ!」

 その表情は真剣そのもの(もともと百合子は表情の変化が乏しいので、さして変わったようには見えないが)。さすがに藤吉も気圧されてしまう。

「そこまで言うんなら、しよう。表か裏、どっち?」
「…………裏、やっぱり表。ああでも、うーん。表、表だ」
「なら僕は裏」


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*                                     *
* 食事当番コイントス 三戦目                       *
*                                     *
* コイントスを行う。                           *
* 百合子が勝利した場合、夕食はチャーハン。                *
* 藤吉が勝利した場合、藤吉は何も条件を出していない。           *
* なお、使用するコインは藤吉所有の十円玉。                *
*                                     *
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 本日三度目のコイントス。十円玉は高く飛び、そのまま藤吉の手の甲に落ち、その上に手が覆われる。

「やっぱり裏にしようかな……」
「今さら変えるのはダメだよ」
「わかった……表のままでいい」
「それでよし。それじゃオープン」

 どうやら心が折れているようで、百合子は目を閉じ、そのままゆっくりゆっくりと開いて確認した。
 そこは、百合子が待ち望んでいた表の十円玉。

「お、おおお」
「あちゃー、負けたかー」
「やった、あはは、やった! ほら、さっさとチャーハンを作るのだ」









 追いやられるようにキッチンに向かった藤吉は、十円玉――二度コイントスに使用したその硬貨を『引き剥がした』。
 そして二枚の十円玉を財布に戻し、今度は百円玉を取り出して『引き剥がす』。

(やれやれ。まさかこんなことになるなんて)

「何かに使えるかもしれない」。藤吉はそう思って裏同士を貼りつけた十円玉と、表同士を貼りつけた百円玉を財布に忍ばせていた。
 最初は悪ふざけだったつもりが、どうやら百合子のプライドを刺激してしまったらしい。さすがにこれは藤吉も反省。なので、最後は百合子に勝たせて終わらせたのだ。
 それに加えて、藤吉が罪悪感に耐えれなかったのもある。


(それじゃー、勝利のチャーハン作ろうかな。鶏ガラもあるスープもできるな。そんで、食後にホットケーキでも焼いてあげようか。おお、生クリームがあるじゃないか。これはデコレーションが捗るぞ)


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*                                     *
* 食事当番コイントス 三戦目                       *
*                                     *
* 勝者 百合子(一~二戦目の敗北を帳消しにするような大勝利)       *
*                                     *
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◆登場人物紹介(アフター)


◇沖田 藤吉(おきた ふじょし)

・ぎゃんぶる好きの大学生
・男
・見た目も中身の草食系な、ライトノベルの主人公にいそうなタイプ
・大学卒業後の進路に悩んでいる
・何の躊躇もなくイカサマをする邪悪な存在だが、罪悪感が深い ←new!!


◇壱兎 百合子(いちと ユリこ))

・週休2日の社会人
・女
・典型的素直クールな容姿と性格と理系脳
・騙されやすい。賢いけれど、どこか抜けてる
・大事なことなのでもう一度言うと、素直クール
・やたら食う ←new!!

       

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