ロマサガロワイヤル
エレン
がさがさがさがさ。
風が木の葉を揺らす音にしては、妙に大きな物音。
合間に聞こえる、上がった息。
「はぁっ、はぁっ、逃げるなよ、エレン!」
エレンと呼ばれた少女は声に振り返ることもなく走りつづけた。
ゲーム開始後、エレンは他の生徒たちの様子を探ろうと、
教室(?)付近の木陰から出てくる生徒たちを観察していた。
心理学など学んだこともなければ、
読心術のような都合のいい能力も持ち合わせてはいない。
しかし、明るく社交的なエレンは状況判断には長けていた。
例えば、アルベルトは出てきたときからおたおたと落ち着きがなかった。
今にも泣き出しそうな彼を呼び止めるべきか呼び止めないべきか。
逡巡することなく、結論は出た。
「呼び止めない」
彼女の決断には確固とした裏打ちがあったが、そのことに彼女自身気付いていないだろう。
実際、疑心暗鬼になっていたアルベルトに声をかければどうなっていたかわからない。
そして、そのアルベルトもシフと出会い、ようやく落ち着きを取り戻したわけだ。
結果論ではあるが、自分を守り、周囲を同時に幸せにするような才能が、
彼女にはあるのかもしれなかった。
で、今その力が有用であるかどうか。
状況だけを見ると、少なくともあまり能力が発揮されていないようだった。
(このままじゃ、埒があかないわ。物音を聞きつけて誰かがやってくるかもしれないしね)
がさっ…
エレンは走るのを止め、振向いた。
(あぁ、手遅れかぁ…)
追いかけてきた姿とは別に、確かな人の気配を感じていた。
「はぁ、はぁ、エレン。何で逃げるんだよ?俺たちの仲だろ?」
息を整えながら、彼は言う。
「俺たちの仲…ね」
エレンの口元がふっと緩む。
「だろ?俺が守ってやっからさ、一緒にいようぜ?な、エレン?」
エレンの肩に手が伸びる。
――触らないで
エレンは腰に挿していた手斧を引き抜くと、彼の目の前に突きつけた。
「アタシたちの仲だから、ここは見逃してあげる。すぐに消えて……ユリアン」
風が木の葉を揺らす音にしては、妙に大きな物音。
合間に聞こえる、上がった息。
「はぁっ、はぁっ、逃げるなよ、エレン!」
エレンと呼ばれた少女は声に振り返ることもなく走りつづけた。
ゲーム開始後、エレンは他の生徒たちの様子を探ろうと、
教室(?)付近の木陰から出てくる生徒たちを観察していた。
心理学など学んだこともなければ、
読心術のような都合のいい能力も持ち合わせてはいない。
しかし、明るく社交的なエレンは状況判断には長けていた。
例えば、アルベルトは出てきたときからおたおたと落ち着きがなかった。
今にも泣き出しそうな彼を呼び止めるべきか呼び止めないべきか。
逡巡することなく、結論は出た。
「呼び止めない」
彼女の決断には確固とした裏打ちがあったが、そのことに彼女自身気付いていないだろう。
実際、疑心暗鬼になっていたアルベルトに声をかければどうなっていたかわからない。
そして、そのアルベルトもシフと出会い、ようやく落ち着きを取り戻したわけだ。
結果論ではあるが、自分を守り、周囲を同時に幸せにするような才能が、
彼女にはあるのかもしれなかった。
で、今その力が有用であるかどうか。
状況だけを見ると、少なくともあまり能力が発揮されていないようだった。
(このままじゃ、埒があかないわ。物音を聞きつけて誰かがやってくるかもしれないしね)
がさっ…
エレンは走るのを止め、振向いた。
(あぁ、手遅れかぁ…)
追いかけてきた姿とは別に、確かな人の気配を感じていた。
「はぁ、はぁ、エレン。何で逃げるんだよ?俺たちの仲だろ?」
息を整えながら、彼は言う。
「俺たちの仲…ね」
エレンの口元がふっと緩む。
「だろ?俺が守ってやっからさ、一緒にいようぜ?な、エレン?」
エレンの肩に手が伸びる。
――触らないで
エレンは腰に挿していた手斧を引き抜くと、彼の目の前に突きつけた。
「アタシたちの仲だから、ここは見逃してあげる。すぐに消えて……ユリアン」
「はっ…ははっ、冗談キツいぜ?エレン。どうしちまった……」
「聞こえなかった?」
エレンはぐっと唇を噛んだ。
口の中に鉄の味が広がる。
「お願い……どこかへ行って……二度とアタシの前に姿を現さないで」
心優しいエレンの、それは精一杯の気遣いだった。
幼馴染に武器を突きつけ、姿を消せと言うこと。
今までの関係。今までの言葉。今までの日常。
それら全てを失うことはわかっていた。
それでもエレンは、「死ぬわけにいかなかった」。
エレンの様子から、本気だとわかったユリアンは言った。
「おい、本気で言ってんのか?」
「……」
返事はない。
しかし、エレンの頬に涙が伝った。
「……っざけんな!」
はっと気付いた時には遅かった。
溢れる涙で、視界がぼやけていたのか。
走馬灯のような思い出に浸っていたためか。
それとも、突きつけた手斧が震えていたのに気付かれたのか。
ユリアンはエレンを組み敷いていた。
「俺ら、ちっちゃいころからの付き合いだよな!?」
しゃくり上げる声では返事にならず、エレンはぶんぶんと頷いた。
「こんな非常時だからこそ一緒にいたいって、そう思うのが幼馴染じゃねぇのかよ!」
「幼馴染だからよ!」
エレンの悲痛な叫びが森に響く。
「幼馴染だから!貴方のことを…貴方のことを誰よりも知ってるから!ごめんなさい、貴方とは一緒にいられないの!」
それが、全てだった。
何度も何度も、エレンは自分の決断を否定した。
否定したかった。
しかし、理性が告げるよりも早く、彼女の足は本能のままに駆け出していたのだ。
彼女の能力は、発揮されていた。
「ごめんね……ユリアン。貴方とはいられない。
貴方のいいところを、誰より知ってるわ。
だけど、こんな時だから、貴方の……貴方のイヤな所が、
一緒にいちゃだめだって、そう思わせるの!」
馬乗りになったまま、ユリアンは呆然としていた。
「……ふぅ」
目の色が変わる。
「そうか、そういうことか。ははっ、よくわかったぜ、エレン」
声だけが笑う。可笑しいのは自分か、エレンか、この状況か。
「ヤらせろ」
エレンには断ることが出来なかった。
(……さよなら、ユリアン)
「聞こえなかった?」
エレンはぐっと唇を噛んだ。
口の中に鉄の味が広がる。
「お願い……どこかへ行って……二度とアタシの前に姿を現さないで」
心優しいエレンの、それは精一杯の気遣いだった。
幼馴染に武器を突きつけ、姿を消せと言うこと。
今までの関係。今までの言葉。今までの日常。
それら全てを失うことはわかっていた。
それでもエレンは、「死ぬわけにいかなかった」。
エレンの様子から、本気だとわかったユリアンは言った。
「おい、本気で言ってんのか?」
「……」
返事はない。
しかし、エレンの頬に涙が伝った。
「……っざけんな!」
はっと気付いた時には遅かった。
溢れる涙で、視界がぼやけていたのか。
走馬灯のような思い出に浸っていたためか。
それとも、突きつけた手斧が震えていたのに気付かれたのか。
ユリアンはエレンを組み敷いていた。
「俺ら、ちっちゃいころからの付き合いだよな!?」
しゃくり上げる声では返事にならず、エレンはぶんぶんと頷いた。
「こんな非常時だからこそ一緒にいたいって、そう思うのが幼馴染じゃねぇのかよ!」
「幼馴染だからよ!」
エレンの悲痛な叫びが森に響く。
「幼馴染だから!貴方のことを…貴方のことを誰よりも知ってるから!ごめんなさい、貴方とは一緒にいられないの!」
それが、全てだった。
何度も何度も、エレンは自分の決断を否定した。
否定したかった。
しかし、理性が告げるよりも早く、彼女の足は本能のままに駆け出していたのだ。
彼女の能力は、発揮されていた。
「ごめんね……ユリアン。貴方とはいられない。
貴方のいいところを、誰より知ってるわ。
だけど、こんな時だから、貴方の……貴方のイヤな所が、
一緒にいちゃだめだって、そう思わせるの!」
馬乗りになったまま、ユリアンは呆然としていた。
「……ふぅ」
目の色が変わる。
「そうか、そういうことか。ははっ、よくわかったぜ、エレン」
声だけが笑う。可笑しいのは自分か、エレンか、この状況か。
「ヤらせろ」
エレンには断ることが出来なかった。
(……さよなら、ユリアン)
静かに、ゆっくりと森の時間は流れる。
永遠のような時間が終わり、ユリアンは身支度を整える。
それをエレンは、ただぼうっと眺めていた。
「もしも」
ユリアンが話し出す。
「もしも、生きて帰れたら。また、幼馴染に戻ってくれるか?」
エレンは知っていた。
「……うん。きっと」
嘘をついた。
「そうか。戻っても、モニカには内緒だぞ?」
こういう時に婚約者の名前を出すのが、ユリアンらしいな、と思う。
「あははっ…そうだね。うん、内緒だね」
「……じゃな」
ユリアンが来た道を戻り始めた。
二人の距離は広がっていく。
エレンには何もできなかった。
「……はぁ」
ため息を繰り返すユリアンに声がかけられた。
「ユリアン?」
振り返ると、また見知った顔があった。
「おお、トムか」
トレードマークともいえる眼鏡を外していたトーマスは、
一瞬誰かわからなかった。
「どうしたんだ?元気がないが」
眼鏡を外すときつい印象なんだな、とユリアンは旧知の友を再認識しつつ答えた。
「あぁ、エレンにふられちまってな。一緒にいたくないんだと」
「そうか」
そっけなく答えるトーマスに少しむっとしたユリアンは語気を荒げた。
「なんだ?その口調はよ?興味ねぇなら聞くんじゃねぇよ」
「興味…か」
「興味もないし、彼女に同意見だ」
ずぶり。
ユリアンの胸を鋭利な何かが貫通した。
槍だ。
刃先についた血が、月明かりでキラキラと踊る。
「て…めっ…」
ぐりん、とトーマスは甲を捻る。
「さよなら、ユリアン」
聞こえるはずのないエレンの声がする。
もう泣いてはいない彼女の声。
ユリアンは安心して、眠りに落ちた。
トーマスは眼鏡をかけ、足元に転がる石を手にすると、
興味深そうに見つめながら歩き出した。
「……純度が高いな。いい商品になりそうだ」
ぽい、と投げ捨てた石が、カツンと乾いた音を立て、転がり、
ユリアンの傍で静かに止まった。
永遠のような時間が終わり、ユリアンは身支度を整える。
それをエレンは、ただぼうっと眺めていた。
「もしも」
ユリアンが話し出す。
「もしも、生きて帰れたら。また、幼馴染に戻ってくれるか?」
エレンは知っていた。
「……うん。きっと」
嘘をついた。
「そうか。戻っても、モニカには内緒だぞ?」
こういう時に婚約者の名前を出すのが、ユリアンらしいな、と思う。
「あははっ…そうだね。うん、内緒だね」
「……じゃな」
ユリアンが来た道を戻り始めた。
二人の距離は広がっていく。
エレンには何もできなかった。
「……はぁ」
ため息を繰り返すユリアンに声がかけられた。
「ユリアン?」
振り返ると、また見知った顔があった。
「おお、トムか」
トレードマークともいえる眼鏡を外していたトーマスは、
一瞬誰かわからなかった。
「どうしたんだ?元気がないが」
眼鏡を外すときつい印象なんだな、とユリアンは旧知の友を再認識しつつ答えた。
「あぁ、エレンにふられちまってな。一緒にいたくないんだと」
「そうか」
そっけなく答えるトーマスに少しむっとしたユリアンは語気を荒げた。
「なんだ?その口調はよ?興味ねぇなら聞くんじゃねぇよ」
「興味…か」
「興味もないし、彼女に同意見だ」
ずぶり。
ユリアンの胸を鋭利な何かが貫通した。
槍だ。
刃先についた血が、月明かりでキラキラと踊る。
「て…めっ…」
ぐりん、とトーマスは甲を捻る。
「さよなら、ユリアン」
聞こえるはずのないエレンの声がする。
もう泣いてはいない彼女の声。
ユリアンは安心して、眠りに落ちた。
トーマスは眼鏡をかけ、足元に転がる石を手にすると、
興味深そうに見つめながら歩き出した。
「……純度が高いな。いい商品になりそうだ」
ぽい、と投げ捨てた石が、カツンと乾いた音を立て、転がり、
ユリアンの傍で静かに止まった。