どうしようもなく理不尽で、更には逃げ道の無い、現状。嫌だと言ってしまったらたちまち自由がなくなってしまう恐怖。
そんな俺を背に、これから自分が他人の人生を狂わせてしまうかもしれないのに、いや、実際狂わせてしまうことになるのだろう。なのにツバキは「楽しそうじゃない?」と言った。
まるでこれから新しい玩具が手に入る子供のような目をしてだ。
[:開闢]
「で、アッキーラくん。そろそろ薄情しちゃったらどうなの?」
「なんだよマツヤマ。朝からそんな顔近づけるなよ気持ち悪い」
「またまた誤魔化しちゃってー! あの娘との関係をそろそろ教えちゃいなよ! 別に隠すことないだろ?」
「隠すも何も、そんな関係じゃないし」
「んじゃーどういう関係なわけ? 男と女がファミレスから出てくるとかそりゃ、そりゃもうデートしかないでしょ? 清く正しい健全なデートをしちゃってたんでしょ? 俺分かるわー。俺、ある意味でお前のセンパいなわけだし? 分かるわー」
「いやデートとか、そういう問題じゃなくてだな……」
「んじゃー、どういう問題なわけですか!? わけですか!?」
この間、あのファストフード店から出てくるところを、たまたまそこに居合わせたマツヤマ、イイズカのカップルに見られてしまった俺とツバキ。
その時はマツヤマもイイズカも俺とツバキのことを嫌らしい目で見てくるだけで何も話しかけて来なかったが、その次の日の朝からこの調子だ。
事情を知らないマツヤマとイイズカ。もちろん知られるわけにも行かない事情なので、こうやって訊かれる度にはぐらかしているのではあるが、正直そろそろうざったい。
「どうもこうもない。友達だ、友達」
「ええ? 一年の頃同じクラスじゃないうえに、部活もやってないアッキーラくんが、どうやって、他のクラスの女子と友達になれちゃうわけですかァ!?」
「マツヤマよ、その理論からすると、恋人になる可能性の方がよっぽど低いんじゃないか?」
マツヤマはやっちまった……と言わんばかりに驚いた顔をして。
「い、いやね、ほら、一目惚れしちゃって、その場で『好きです! 付き合ってください』的なハッピーイベントがあったのかもしれないじゃん?」
「しれないよね!」と突然俺の後ろからイイズカの声がしたので、驚き振り向くと、そこには満面の笑みで俺を見下すイイズカの姿があった。
「おせえよ! イイズカ! さあ、二対一になったぜ、アッキーラよ……そろそろゲロっちゃえよ……楽になれるぜ……」
ツバキと俺の関係をゲロることが出来ればどれだけ楽になれるか。しかし、そんなことをゲロってしまえば、俺はたちまち施設に収容されてしまうわけで。どっちにしても今の俺には本当の意味での自由は無いのか……。
「まあ、友達だよ友達。それ以上でもそれ以下でもない。本当だ、本当。二人が思っているような仲じゃない」
「ふーん。ふーん? そうやって否定されると余計気になっちゃうのが、私の悪いクセでね……で、どうなの?」
意識したわけでもなく、自然と口から言葉の代わりにため息が出ていた。友達と説明する以外に説明する方法が無い。でも、この二人はそうは思ってはいない。自分たちの中でかってに俺とツバキの関係を想像し、あたかもそれが真実だと思い込んでいる一番やっかいなパターンだ。
どう説明しようにも二人の中じゃ既に答えが出来上がっていて、その答えが出るまでこうやって永遠と同じ事を繰り返すのは目に見えている。
どうしたものか……。
「ふーん? この間の二人そんなにしつこいんだ」
その日の放課後、ツバキに話があるとメールが入っていたので、この間とは違うファストフード店でツバキとおちあい、再びこうやった顔を合わせることとなった。
ツバキに合うと同時に俺はあの二人の話をした。何故か。それは簡単だ。ツバキの話を訊きたくなかったからだ。
ツバキが俺を呼び出して、話そうとしていることはだいたい検討がつく。この間の名簿のどちらかをこの同好会? 部活? に引き入れる作戦か何かを思いついたのだろう。それを俺に伝えるがために、こうやって呼び出したのだろう。
「うん。困ってるんだが、ツバキからもあの二人になんか言ってやってくれないか? そうすればほとぼりがすぐに冷めそうなんだ」
「いいよ、別に? 下手にアキラくんがこの同好会の話を友達のカップルに話されても困っちゃうしね。あたしもアキラくんも施設送りにされちゃうわけだし? あ、でも、あたしは大丈夫か。証拠も無いし、危ないのはアキラくんだけだね」と頬杖をしながら作り笑顔のツバキが言った。
ツバキは目に見えて不機嫌だった。自分の話ができないからだろう。この間とは真逆の状態。話したくてウズウズしているのに話せなくてイライラしている。そんな感じだろうか。
「そうだな……」このまま変な方向に話が進むのも嫌なので、俺は小さく深呼吸をして。「で、呼び出したからには、例の探偵ごっこに何か進展があったってことなんだろ?」
「そうそう! そうなの!」
今まで溜まりに溜まった鬱憤を爆発されるかのように、テーブルの反対側に座るツバキが、突然、俺の目の前まで体ろ乗り出し来た。あと少しでおでこがぶつかりそうな位の距離。しかも女子特有のあの甘い香りがどんどん漂ってくる。
俺の鼓動が自然と早まっていた。自分でも感じる。俺はツバキに発情している。
俺はこの間ツバキの目の前で射精をしてからも、相変わらず勃起不全のままだ。過去に撮り収めた盗撮動画を見ても何も興奮しなくなっていた。厳密には心理的にはかなりの興奮状態なのだが、俺の陰茎は立ち上がろうとはしなかった。なぜだかはわかっている。全ては、この眼の前に居るツバキのせいだ。
ツバキの動画を見て、一時的にEDになってしまった俺。だが、そんな俺を射精に導いたツバキのフェロモンとでも言えばいいのだろうか。そう、俺の体はツバキに興奮するようになってしまっていた。心は興奮していない、むしろ嫌悪すら抱いている、なのに、体がかってに興奮してしまう。
身を戻し、ツバキは自分の席の横に置いた通学カバンからこの間の資料を取り出して。
「まずはこの三年生の先輩から仲間に引き入れようと思って。あのあとからアイディア思い浮かばないかなーって考えてたんだけどようやく思い浮かんでね! で、早速だけどアキラくんに協力してもらいたくて」
この間見た三年生女子の資料。ツバキの知り合いの探偵が調べた情報。本当に探偵がこんなことまでするのか? と思うほど鮮明に調べ上がられた性癖。と言うよりも、この先輩の場合趣味か。
「学校に来て、そこでえっちな本を描いて、学校のパソコンを使って全世界にアップロードしてる。すごくない? みんなにバレそうなのに、この人、今の今まで誰にもばれないでやってのけたんだよ? すごくない!?」
確かにすごい。けどツバキ。お前はどうやってその情報を手に入れたんだ? なにもないところから探偵に依頼するわけ無いよな。訊きたいことは山ほどあるが、口出しできる立場でもないのは俺が一番良くわかっている。
「すごいけど……ああ、すごいな、すごいすごい」
「アキラくんなんか関心低ない?」
「そんなことはない。けど、普通に考えてこの三年間本当にこの人がこんなことやってたなら学校側にバレて施設送りにされててもおかしくないわけだろ? それを考えると、この人本当はこの調査報告書に書いてある変な趣味なんてもってないんじゃないか?」
「だーかーら、それをこの目で調べるのがあたし達の使命だと思わない? 調査報告書のこの記載が嘘なら嘘で別に誰も困らないし、本当なら本当で、新しい仲間を引き入れられるチャンスだよ?」
引き入れられる? 引きずり落とすの間違いじゃないか? ……なんて言えるはずもなく。
「そうだな……で、どうするんだ?」
「この人図書委員らしいのね。それでいつも昼休みになると図書室に行って作業してるらしいんだけど……」
「昼休みの図書室だぁ!?」
「そう。昼休みになるとカップルだらけになるあの図書室。ちょうどいいでしょ? 丁度あたしたち男と女だし? アキラくん、そこまでルックス悪いわけじゃないし?」
誤解を解くどころか、更に誤解されることになりそうじゃねえか……。俺はそんなことを思いながら、アイスティーを啜った。