「それガガミ先輩のユーザー名ですよね? ね? ね? 言い逃れできる状況だと思ってます? 先輩」
ツバキのその一言で先輩がその場に崩れ落ちた。人の頭がいかに重いのかが分かるかのように、頭から倒れた先輩。
俺はあっけにとられながらも、ツバキが浮かべる不敵な笑みに喉を鳴らした。
[:作戦]
あの日、あの後、保健室で目を覚ましたカガミ先輩はツバキに言われるがまま、例の同好会に入ることになった。入会動機は無い。俺と同じく、秘密を握られ、その秘密を共有するべく、その同好会に強制的に入会――という流れだ。
「ね、勧誘なんて簡単でしょ?」
「簡単も何も、こんなことやってたら、いつかしっぺ返しがくるぞ……」
いつもと同じファストフード店のいつもの席で俺とツバキはいつもと同じように互いを対面にする形で座り、互いの顔を見ながら、恋人同士がするような会話をするわけでもなく、いつも通り呼び出された俺は、いつも通りツバキの顔色を伺いなが、らいつも通り、いつも通りの……。
「で、なんだ? また呼び出したってことは、またなんか企んでるってことだろ?」
「企んでるなんて人聞きの悪い! カガミン先輩だって、なんだかんだで入会してくれたしね? そろそろ次の人のところにも入会しにいこうかなーって思ってるんだけど、どうかな」
「どうかなって言われてもな……と言うか、カガミ先輩は呼ばなくても良かったのか? まだ活動はしてないって言っても、一応は同じ同好会のメンバーなわけだし」
ツバキは右手に持っているティーカップを置いき、頬杖をしながら。
「まだメンバーもちゃんと集まり切れてないし、まだ活動っていう活動ができるわけでもないし、カガミ先輩は当分の間キープみたいな感じ、かな?」
そもそも、この謎なる同好会の活動って、どういう活動をするんだ? まさかボランティアをするわけじゃないだろうし。痴態を共有する? 正直いまいちピンとこないが、それを訊いたところでツバキが答えるとも思えないし。
「んじゃ、俺もキープでいいんじゃないか?」
「もちろん、アキラくんはキープ的存在だよ。でも、カガミ先輩を引き入れるためには、アキラくんっていう男の囮が必要だったわけだし、今回の作戦なんて、もろ男手が必要なの」
「作戦? もしかして、カガミ先輩を引き入れた一連の流れって、もしかして作戦通りだったわけか?」
「まぁそういうことになるねぇ」
俺に睡眠薬を盛った弁当を食べさせることが作戦? 作戦無しにあんなことはしなかっただろうが、せめて一言先に何か言って欲しかったのだが……。
「あ、今『あんなもの食べさせるなら先に言っておけよ』とか思ったでしょ? でも、言ったらアキラくん、あたしのお弁当食べてくれなかったでしょ?」
「まぁそうだけど……」
落胆している俺をよそに、ツバキは不敵な笑みを浮かべながら。
「でも安心して。今回はちゃんと作戦を説明するから。でも、アキラくんは、作戦通りにちゃんと動いてもらわないと困るからね」
「ま、待て、作戦、もしかして」
「そう、この同級生の男子をあたしたちの同好会に引き入れる作戦」
ついさっき飲み干してしまった空になったコップの中の氷が動く音が響いた。
◇
「キーワードは強奪。アキラくんは、あの人からカバンを強奪してくれればそれでいい。と言うか作戦も何もそれだけなんだけど。結構は明日の放課後。よろしくね」と言い残し、ツバキはあの後そそくさとファストフード店を後にした。
ひったくりをしろ。それだけでいい。なーんて無茶をいう女なんだ。普通に俺に犯罪者になれと命令しているわけで。でも、俺はツバキに逆らえない。厳密には逆らえるのだろうけど、逆らったところで先はない。施設に送還されるだけだろう。そうはなりたくない。出来れば、俺は、俺のままでいたい。
昼休みに一人黒板を見ながらため息をついていると、委員会で居なくなってしまったマツヤマの代わりにイイズカが俺の顔を見て。
「こんな時、マツなら『どうしたアッキーラ。元気無さそうだな! あっそうか、分かったぞ! 例のあの子のことだろう!』って訊くと思うんだけど、アッキーラはどう思う?」
「どうも何も、その通りだと思うぞ。さすがマツヤマ彼女といったところだな」
「なにその、お前より俺のほうがこいつのこと分かってるぞ! オーラ。言っておくけど、私もなかなか負けないからね!」
「いや別に俺、勝ちたくないんだけど」
「私もなんだけどね?」
その言葉を聞いた瞬間、俺とイイズカは同じタイミングで吹き出してしまった。
「なんだ珍しいなイイズカ。普通マツヤマが居ないと俺に話しかけてこないのに、どうしたんだ?」
「いやねー、マツヤマがね。最近アキラのやつが元気無いから、もしも俺が居ない時に落ち込んでる雰囲気だしてたら話しかけてやってくれ。あいつ友達俺以外居ないし! って言われてね。それで話しかけてる所存であります」
「そんなに俺落ち込んでる雰囲気だしてたか? と言うか友達マツヤマ以外居ないしとはなんて失礼な奴なんだ」
「落ち込んでるというか、元気ないなー的な感じかなー」
後半の問にはスルーかよと心の中で思いながら。
「そうか。ありがとう。気をつけるよ」
「んま、ナンカ嫌なことがあった時はカラオケとか言って大声で叫ぶとスッキリするよ。これ超おすすめ」
「カラオケで?」
「そう。普通に家とかで叫ぶと五月蝿いって言われるじゃん? お風呂とか入ってて水の中で叫ぶのもありだけど、あれだと普通に息続かないし、そもそもあれだと叫んだ気がしないから、私はあんまり好きじゃないんだー。だから、一人でカラオケ言って思っきり叫んで、歌って、叫んで、歌って、みたいな?」
「結構アグレッシブなことやってんだな」
「ストレス発散する時はそのくらいやらないとね! まあ、そこのカラオケには二度と行けないけどね。大概、お会計の時に店員さんに白い目で見られるし」
そりゃそうだろ。一人で叫んでる女子が居たら、監視カメラの前で角部屋を監視してる店員には、気持ち悪い客以外の何者でもないわけで。
「まーそうだ……今度やってみるよ」
「うん! やってみてみて! チョースッキリするから! あっ」イイズカは女子グループの方に目を向け「ちょっと、あっちで呼ばれてるぽいから、また後でネー」と手を振りながら女子グループに戻っていった。
見た目はどこにでも居る現代っ子ってそのものだが、肝が据わるとでも言えばいいのか、同年代の女子に比べて大人ぽいというか、とにかくマツヤマにはもったいない彼女だ。
放課後というのはあっという間に来てしまう。普段は楽しみで楽しみでしかたのない放課後。そんな時はだいたい無限と言うなの時間の中授業を受けている感じがするのに、こういう時に限って光の速度で授業を受けている感覚に陥るのは人間のいやなところだ。
「アキラくん、アキラくん、作戦通りやってくれるよね?」
下駄箱の影に隠れ、目標を待つ俺とツバキ。端から見れば、単なるカップルの密会に見えるのだろうか。いや、これは単純に変人としか見えないだろう……。
「ねえ、聞いてるの?」
「ああ、聞いてる聞いてる。とりあえず、あの報告書に載ってた写真の男子の後をつけて、そんで人通りが無くなったところでカバンを強奪すればいいんだな?」
「そういうこと」
「で、もしもだ、もしも、反撃とかクラってその作戦が遂行不可能になった時はどうするんだ?」
ツバキは俺の目を見つめながら。「その時はちゃんと別のほうほう考えてある。でも、アキラくんのことだし、やってのけてくれると、あたしは思ってる」
その目は反則だ。ツバキ。男なら誰でもコロって行っちまうだろ。クソッ。
「あ、あ……そうだな……」
「あ、あれ、見てみて!」と初々しい俺の反応を無視するかのように俺の裾を引っ張って、もう片手である一転を指さすツバキ。その指の先には、あの報告書に載っていた写真の男子が上履きから外履きに履き替えるため下駄箱を開けている、まさにその瞬間だった。
「作戦スタートだよ、アキラくん」
小さな声で、俺を促すようにツバキは言った。
やりたくない。正直俺は体育が苦手なんだよ。……木登りは得意だが。