氷を砕く音、グラスを拭く音。
喫茶店のような場所であるが、少し窮屈でカウンターの席は3つしかあらず、窓際には机があるが、座りずらくお腹に机が食い込んでしまう。
砕いた氷を冷凍庫へ戻し、グラスをグラスラックへ掛けて、ボトルを丁寧に拭いていく。
慌しく扉が開かれた。
「すません!遅れました!」
遅れた子はいつも遅刻をすると、
「彼女と一緒にデートしてまして」
「言い訳ぐらいちゃんと作れよ、菊田」
マスターの指をさす場所には、奈々子がいた。
「新しい彼氏でも見つけるかい?」
マスターが嫌がらせに奈々子にそう言った。
「ああ見えて2人で会うときは、時間より早く来るんですよ?」
「そうそう、仕事は仕事。デートはデートってね」
着替えながら菊田はそう言った。
マスターは言い返せず、そのまま果物の仕込みに入った。
果物は柑橘類の場合には果皮が滑らかで果肉に弾力があるものを選ぶ。
パパイヤ・マンゴー・メロンなどは完熟してから冷蔵庫へ入れるのは、冷やしすぎると甘みが落ちるからだ。
イチゴは洗わずにヘタをつけたままラップで保存すれば新鮮さが保てる。
果物の知識だけではなく、カクテルの飾りつけのためにもカット技術も重要なのだ。楕円形のレモンをただ均等の厚さに切るだけでも実は長い経験が必要となる。
楕円形だけでなく扇形・四角・三角など多種多様だ。
「じゃあ菊田練習するぞ」
「はい!分かりました」
フルーツナイフを持ちレモンを楕円形、扇形と形を作っていく。
すると、グシャっと音が響いた。
「潰したら俺にくれ」
レモンの皮などはピールに使う。ピールとはレモンの皮を絞ると、苦味成分と香りの油分と二通りの汁が出る。苦味を生かしたり、香り付けをするために使う技法だ。
あとのつぶれた果肉はどうしようもないので、閉店後に絞って自分たちで食べるか、カクテルを作るかどちらだ。
あとの仕込みは奈々子にやってもらおうと思い、奈々子を呼び
「果実酒を作ってくれないか」
「え?」
果実酒とは果実と香りも癖もない焼酎と氷砂糖を入れて自然発酵させたものである。
「レモン1kgと氷砂糖200g果実酒1.8Lをビンの中に入れて完成だ。楽だろう?」
「えー、運動したくないー。」
「さっきからなんもしてないじゃないか」
「・・・はーい」
しぶしぶと奈々子は果実酒を作り始める。
マスターは机やカウンターの掃除を始めた。ホコリや食ベカスなどが落ちていたら不快に感じて食欲がなくなる。飲食店では仕込みに掃除は当たり前だ。
時間は経ち、仕込みすべてが終わった時に、
「じゃあ、目標言ってもらおうか!」
マスターが無駄に張り切っている様子が伺える。
「私はおいしく飲んでくれるように努力します」
「ほう?具体的に。」
「サービスや、話し相手になることですか?」
「そうそう、それだ、よくできました。で、菊田は?」
「・・・・ええっと、遅刻しないように努力します」
「そーだねー。ねーそーだね。」
菊田の周りをくるくる回りながらそう言った。
「じゃあ、次遅刻したら仕込み全部してもらおうか。」
「へぁっ?やめてください。しんでしまいます。」
「決めた、そうしよう。じゃあ、目標終了」
と言って、ドア外に出てオープンプレートをOPENに返し、戻ってくるマスター。
「マスターの目標はなんなんですか。」
「お客様が楽しめるように、そしてバイト達が楽しくカクテルが作れますようにだね。」
そう言われてバイト2人は、照れながらもカウンターや仕込み場へ入っていった。
午後五時に扉が開かれる。
「いらっしゃいませ」