Neetel Inside 文芸新都
表紙

電装少女の恋と空。
【6】不可逆日常へのイノベイション

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【Time_Re_CODE】四月十日 午前十時三分。
【Place_CODE】伊播磨市・中央区・表通り。

 日曜日、街中へ向かう人々の波に逆らって、中央区の『学園』へと向かいながら、鳴海は側を伺った。
「えー。〝空海〟さんって、昔は伊播磨市に住んでいらしたんですかー」
「うふふ。そうなのよ。ちょうどこの辺りにね。お友達の家に住み込ませてもらって、学校にも通ったわ」
「わぁ。なんだか私たち、似たような境遇なんですね~」
 嫁が。超気安く話かけていた。
 刹那的な戦闘行為とは異なり、ぢくぢくと、遅延性の鈍痛が伝達神経を刺激した。主に胃の辺りを、ちくちく突いた。
「あの日々もこうして、お友達と一緒に通学したわ。懐かしいわねぇ」
「その人たちって、今もここで暮らしてるんですか?」
「えぇ。全員ではないけれど。私の友人や知人、お世話になった人たちは、今も伊播磨に残っている人が多いわね。もちろん、皆それぞれ、いろんな人生を負って。遠くへ移った人も少なくないわ」
「人生、山あり谷ありですよねー」
「ホントにねー」
「あ……愛花」
「はい?」
「その、さすがにご迷惑では、ないですか?」
 おそるおそる。といった風に告げると。反して天然風味の嫁は「なにがですか?」と首を傾げるばかりだ。――【NO REFUGE】逃げ場なし。この状況下で、天然たる嫁に死角はなく。あぁ。今だけはこの嫁に勝てねぇな私と、鳴海は胸のうちで白旗をあげた。
「大丈夫よ。赤城さん」
 そんな中間管理職の如き内面を知ってか知らずか、空海ヒカルは微笑んだ。
 こちらもこちらで、眩しくて、優しい。
「私ね、直系でもなんでもない末端だから。世間で言われてるより全然たいしたことないのよ。あと、基本的に〝ひきこも〟だから。こうして若い子と話せるのが新鮮で、おばさんとっても楽しいわ」
「……そう、ですか」
 戸惑う鳴海に向かい、彼女は尚も、遠路なく言い捨てた。
「ただ、身内の事情的にはね。世間から噂されてる様に、いろいろと面倒くさい側面もあるの。それで、こうして斑鳩を連れて出歩くのも、いろいろ小賢しい策を弄したりしないといけない、みたいな~?」
 年齢不詳の女性は語尾をわざとらしく変化させ、頬に片手を添えて「ほわぁ~ん」と笑った。
「な、なるほど……それは、えー……」
 切り返しのできない鳴海と比べ、愛花は素の反応ですぱっと応じた。
「ウチも色々ありますよ~。主にお姉ちゃんとお母さんの関係が、最近こじれて大問題になってまして~」
「あらあらまぁまぁ、家族間の問題は大変よねぇ。お姉さんはご長女?」
「そうなんです」
「あー、それはねぇ、アレよねぇ」
「そうなんです、アレなんですー」
「…………」
 手法が正しいかどうかはともかく。お堅い、生真面目な旦那が言葉を挟める余地は、どこにも無かった。しかも問題はそれだけに留まらない。
「ぢとー」と。なにかを見定めるような、値踏みするような。挑戦的で、純粋で、一切の誤魔化しを含まぬ視線があった。
 斑鳩という名前の、銀髪緋瞳の幼女。
 麦わら帽子のしたから覗く眼差しは、けっして好意的なものではない。と、それを知ってか、ヒカルは「実はね」と注目を集めた。
「今日、私がこの町に一人で来たこと、車での移動を行わなかった理由はね。斑鳩に、貴女たちと同じ目線で、伊播磨の町を見て欲しかったのね」
 母性を感じさせる微笑み、浮かべ。
「明日から、この子は『学園』に転入する予定なのよ」
「えっ、それは、でも……」
 愛花が困惑したように言う。
「えぇと……電装少女に適正アリと認められるのは、被対象者の年齢が十歳を越えてから、です。それまで、体内の紅い遺伝糸【Plag_CODE】は発現されないはずなので……斑鳩ちゃんって、まだ十歳じゃ、ないですよね?」
「いかる。いつつ!」
 愛花の疑問に応えるように。斑鳩は片方の掌だけを広げた。
「でも、いかる、〝だいぶ〟、できる、よ!」
「えぇっ、本当なの!?」
「本当よ。斑鳩。コネクタをちらっとだけ見せてあげなさい」
「ちらっ?」
 萌黄色のワンピースをひっつかんで、腰元あたりまで一気に捲りあげた。内側に隠していた銀のコネクタが露わになって、また隠れる。
「こら、めくりすぎよ斑鳩。パンツが見えちゃったらどーするの?」
「ふぇ? いかる、ぱんつ、はいてない、よ?」
「ちょっとー!? なんでパンツ履いたらすぐに脱いじゃうのよ貴女はぁ!」
「だって。いかる、ぱんつ、きらい。もん。ぱんつ、いや、です! なるみと、おなじ、ぐらい、やだ~!」
「……私は……幼女のパンツと同等に扱われる存在だったというのか……」
「な、鳴海さん、落ち着いてくださいっ! 私にとって鳴海さんはっ、鳴海さんのパンツよりも存在感が上ですからっ!!」
「そこでもし同等以下だと言われたら、私は、石峰の山頂より身投げする」
「なるみ」
「何でしょうか、斑鳩様」
「ぱんつ、はいて、んの?」
「履いております」
「なにいろ?」
「そんな事を尋ねてはいけません」
「なんで?」
「他人のパンツの色や模様を気にするのは、変態だけです。しかし唯一の例外により、対象の配偶者だけは、色や柄や好みを知ることが許されております」
「じゃ、なるみ、あいか、の、ぱんつ、なにいろ、しって、る?」
「もちろん。存じておりま―ー」
「な・る・み・さん?」
「嫁が怒っているので、黙秘権を発動いたします。ご理解ください」

 *

 ちょっと寄り道をしても、いいかしら。
 ヒカルがパンツ女学生に尋ねると、生真面目なパンツは「どちらへ」と返してきた。
「大丈夫。路地を一本入るだけだから。『学園』に向かう道からも外れないわ。ただ、昔馴染みがどうしてるか、気になって」
「鳴海さん……その~」
「……わかりました」
 お人よしの嫁から「お願い」オーラを出されたら、断れない。
「ありがとう。こっちよ」
 それを予見していたように、女性はふわりと笑って、操作管【handle】を操作した。中道から一つ折れて、民家の混じる通りに入る。
 三人+斑鳩は、蛇行する川と、整地された畑の間を進んだ。途中「売り地」と置かれた立て札を見て、ぽつりと雨だれの様に呟いた。
「――世界は迅速く、新しく。少しずつ、生まれ変わるのね」
 自転車から降り、押して歩く。カラカラ、と車輪を支える軸が、どこか寂しく鼓動する。
「偶に外に出てみると、変化が知覚できるものよね。当たり前の風景が、なんだかとても名残惜しいわ」
 彼女はささやき、音を休めた。
 立ち止まった先にあるのは、木造屋根瓦の古い家だった。
 門戸の上、剥げた漆喰の上に打ちつけられた看板。四つの文字が並ぶ。『安藤商店』。
「ここは……」
「そう。駄菓子屋さんよ」
「ヒカルさん。安藤お婆ちゃんのお店、ご存知だったんですか?」
「昔にみんなでね。学校帰りに寄らせてもらったわ」
 微笑む。軒先にある長椅子へ。遠い想い出を追いかけるよう、やさしく撫でた。
「この町に越してきた時、初めて声をかけてくれた子がね。水飴を、ひとつくれたの。甘くて、美味しすぎて。目玉が飛び出しちゃうかと想ったものよ」
 くすくす、楽しそうに笑う。
「金平糖はキラキラ輝く星みたいで。透明の硝子板をはめこまれた、四角い枡に色とりどりに輝いて。作文に書いた将来の夢は『おかしやさん』で」
 昔を懐かしむ。その顔は明るく、
「ひかる、なんで、わらう、の? たのし、うれし、い?」
「えぇ、とっても嬉しいのよ。斑鳩」
 胸に手を添えて、彼女は告げた。
「ここに、かつて私は在った。大切に想える時を刻んできた。それが、嬉しいのよ」
「? よく、わかん、ない……?」 
「おんや?」
 その時、さらに奥にある障子が開いた。畳を敷いた部屋から年老いた女性が顔を見せる。皺くちゃの顔をほころばせ「おや、まぁ。よくきたね、いらっしゃい」とほころぶ。
「なるちゃん。あいちゃん。ひさしぶりだねぇ」
「はい、お久しぶりです。安藤さん」
「お婆ちゃん、お久しぶりですっ!」
「今日はどうしたの? 日曜日なのに、学校かい?」
「あ、いえ……」
 鳴海はヒカルの方を見る。どう答えたものか、といった表情を浮かべた時に、
「あのね。明日、新しく〝学校〟に転入してくる子がいるからね。私たちが、案内させてもらってるんだよ」
 愛花が自然に笑って告げると「そうかいそうかい。えらいねぇ」と。安藤さんは自分のことのように喜んだ。
「よかったら、お茶を煎れてあげたいところなんだけどね。お婆ちゃん、ちょうど、お引越しの準備をしててねぇ」
「あ……」
 思い出す。
「そういえばこの前、瑞麗から聞きました。安藤さんが、息子夫婦さんのところへ行かれると」
「えっ、そうなのっ!?」
 皺くちゃの顔を、今度はすこし変えて頷いた。
「……名残惜しいけどねぇ。最近はいよいよ、家のほうが傷んできおってね。修繕するんも、ようけお金がいるやろし、旦那様もだいぶ前にのうなってしもうとるから、ね。
 ここいらの土地もどんどん値上がるし。ついでに私もそんなに永くないだろうから。それなら、いっそ、思ってね」
「そんな……」
 愛花が悲しそうな顔をすると、安藤さんは「やっぱり、お姉ちゃんとよう似とるね」と紡いだ。
「みーちゃんは、売ったら許さんって怒っとったよ。ついでに、ばーちゃん茶が薄い! って文句言いながらねぇ。昼間からゴロゴロ、働きもせず、駄菓子食ってこの部屋で寝とったね」
「申し訳ありません。元嫁が本当にご迷惑をかけまして……」
「すいません。お姉ちゃんには後で文句言っておきます……」
 夫婦がそろって頭を下げると、安藤さんは面白そうに「かまわんよ」と笑った。
「そんな訳でね。お婆ちゃんはこれから、もうちょい片付けせにゃあかんから。ごめんねぇ、なるちゃん、あいちゃん」
「はい。また一度――それと、あの」と、鳴海が振り返った時。「あれ?」と愛花も疑問符を浮かべる。
「どうかしたんかね?」
「いや、その」
 自分たちと同じ場所。
 すぐ近くに立っていたはずのヒカルと斑鳩の姿がない。――いや、あった。
 五十メートルほども離れた先に立っている。静かに二人のほうを見て、こくん、と頷いたのだ。
「あ、いえ、それじゃあ、今日はこれでっ!」
「お婆ちゃん、またねっ!」
「ありがとうねぇ。二人も元気で」
 急ぎ、自転車に跨った。
 それから、いつのまにか離れていた彼女の場所へ、追いついた。

       

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Neetsha