部屋に戻った僕達はそれぞれベッドに腰掛け、それぞれ溜息を吐いた。
事務職のミロちゃん。
勇者になれないキト。
かませ犬僕。
旅のモチベーションを上げようとして寄った就職センターだったが、後悔先に立たずとはこの事だ。
もう今魔王倒しに行っちゃおうかな。魔法使ったらいけるしな。しかし魔王城の場所がな。毎度毎度住処を変えてくるのが鬱陶しい。
生じたストレスは些細な仕草や行動に現れる。コップを置く音が大きくなったり、ドアの閉め方が荒々しくなったり。最初はそうでもなかったが、徐々に部屋の空気が重たくなるのが分かった。誰も会話しようとしない。険悪なムード。これ旅の一日目ですよ。信じられない。三十日目ならまだしも、最悪だ。
するとミロちゃんが立ち上がった。
「どこへ行くの」
「シャワーです」
「あとで僕も行くよ」
「……」
もはや突っ込む気すら起きないらしい。華麗に無視すると彼女はシャワールームへ姿を消した。僕とキトだけが部屋に残される。
「師匠」
「な、何」話しかけられると思っていなかったので虚を衝かれた。
「僕、よかったです。勇者になれなくて」
キトから放たれたのは随分意外な言葉だった。
「何言ってるんだよ。強くなりたかったんだろう? 何もいいことなんてないじゃないか」
しかしキトは強く首を振る。
「だって僕が勇者になったら、師匠はどうなるんですか。四回も世界を救って、助けてくれて当然とすら思われて。師匠は何度も旅をすることでここまで強くなったんですよね? なのにその努力はちっとも認められず、強くて当たり前とすら思われている。これで本物の勇者ですらないってなったら、僕が師匠の立場なら発狂してます」
「キト……」
「僕は師匠を尊敬します。理不尽にも耐えて、強い精神力でこうして今も旅をしている師匠を──」
そこで、キュッと何かを捻るような音がした。
「静かに」
「えっ?」
急な僕の制止にキトが目を丸くする。僕はゆっくり唇の前に人差し指を当てると、部屋の入り口へと目を向けた。室内にはシャワーの音がかすかに聞こえる。
「どうしたんですか? 師匠」
「僕たちの様子を伺っている奴がいる」
ゴクリとキトが唾を飲んだ。先ほどとは違う緊張が室内に立ち込める。キトの表情には怯えが浮かんでいた。
「ま、魔王の手先でしょうか?」
「分からない」
僕は立ち上がる。
「でも味方と言うわけではなさそうだ」
「そ、そんな」
「いいかキト、僕は少し様子を見てくる。お前はここに居るんだ。五分以内に必ず戻る。戻らなかったら逃げろ。いいか、それまで動くんじゃないぞ」
「師匠」
不安げなキトに僕はおどけてウインクした。
「安心しろよ。僕の防御力は九億だぜ。ブルドーザーに轢かれたって死にはしないさ」
「はい」
強張ったキトに僕はにっと笑いかけてやると、その場をあとにした。
まさかこの時、キトは五分後に僕がシャワー室で血まみれにされるとは思っていなかっただろう。
事務員だからと甘く見ていた。