Neetel Inside 文芸新都
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短いおはなし
沈黙の涼夏さん

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涼夏さんはよくしゃべる人だった。
涼夏さんはずっとしゃべっているような人だった。TPOすら弁えず、誰かといるときも、一人でいるときも、彼女は絶えず遠路を走るトラックのように話し続けていた。しかし振り返ってみれば彼女が何を話していたのかよく覚えていない。誰も彼も彼女の話の内容に興味なんて抱かなかった。

涼夏さんが話していたで、唯一覚えていることがある。
僕は、一度だけ彼女と寝たことがある。とは言っても彼女と寝たのは僕だけではない。彼女の周囲では、「涼夏さんはセックスするときもしゃべり続けている」という噂があった。男たちは、それを確かめたがり彼女をベッドに誘っていて、涼夏さんもそれを拒まなかった。とは言っても噂を確かめたいという好奇心は半ば口実のようなもので、本当はみんな涼夏さんとセックスをしたいと思っていた。尋常じゃなくよくしゃべる女性ではあったが、涼夏さんは魅力的な女性だった。彼女はよく、深緑色のブラウスを好んで着ていて、ブラウスの薄い生地が豊かな膨らみにピタリと張り付く様は男たちの劣情を誘っていた。白いセミフレアのスカートから覗く足も、無駄な肉付きもなく健康的によく締まっていた。
ルックスもほとんどの人が美人と言ってもおかしくないくらい整っていた。よくしゃべる彼女のイメージとは裏腹に、しかし名前のとおり彼女の顔立ちはどこか涼しげで、マラソンを走りきっても息を上げることもないような落ち着いていた。彼女は度を越したおしゃべりではあったが、お笑い芸人のように声を荒げることはなく、不思議とやかましい印象は持たせなかった。むしろ、彼女の周囲は水が流れ、風がそよぐように彼女のおしゃべりを自然なものとして受け入れている節すらあった。
噂の通り、涼夏さんはセックスをするときまでもしゃべり続けていた。服を脱ぐときも、その豊な胸を鷲掴みされている時も、ペニスを受け入れている時もそれは変わらない。内容は他愛もない世間話だったりとか、彼女の好きなプロ野球球団の話だったりとか(ヤクルトが好きらしい)、セックスをしていない時でも彼女が話しているようなことばかりだった。
涼夏さんは、どうしてこうまでしてしゃべり続けるだろうか。思い切って僕は彼女に聞いてみた。
「息を止めたら、人は死んじゃうでしょ?」彼女は答えた。
「しゃべらないと息が止まっちゃう……とか?」
「そんな感じ……なのかな」
また違う話を始めた彼女の話を聞き流しながら、僕はちょっとした意地悪を思いつく。非常に品のない意地悪だ。フェラチオをしてほしい、と僕は彼女に言ったのだ。

「嫌よ!」
涼夏さんは声を荒げた。

涼夏さんが全く喋らなくなったのは、それから数ヶ月後のことだった。
聴けば彼女は今一人の男性と交際しているらしい。それもあってか、涼夏さんと寝たい、もしくは寝たという奴の話は聴かなくなった。しかし、彼女が一人の男性を選んだことが全てではないのだろう。
涼夏さんが変わったのは決しておとなしくなったというだけじゃない。彼女はすっかり痩せてしまい、大きな胸は水気を失ったトマトのように萎んでしまった。健康的に締まった足も、老婆のそれのように折れそうなか細いものになってしまった。そして、彼女の涼しげな表情もどこかに消えてしまった。今の彼女は終始イライラしていて、近づきがたい存在になってしまったのだ。

僕は涼夏と寝たときのことを思い出す。「息を止めたら、死んでしまう」と言った涼夏さん。フェラチオを拒んだ涼夏さん。
僕のせいではない、のだろう。しかしあの時、僕は彼女を殺そうとしてしまったのだ。

       

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