冷たい風に運ばれてかすかに鈴の様な音が聞こえてくる。
「なんで片付けないのかな。あれ」
友人は苛立ったようにそう言うと少し先にある古い家を指差した。
その家の玄関には風鈴が吊るされていた。淡い水色の小さな風鈴が。
風に吹かれるたびそれは透明な音色を奏でていた。
夏だったらさぞかし涼やかな気持ちになれただろうが今は冬だ。
しかもクリスマス。特に予定もない僕らの心はさらに寒々しくなる。
僕は寒さに震えながらもなんとか友人の言葉に相槌を打った。
風鈴のどこか寂しげな音色がどんどん気力を剥いでゆく。
長いこと聞いているとこのまま凍え死んでしまいそうだ。
「季節はずれもいいとこだろ・・・・・・なぁ?」
白い息を忌々しげに睨みながら友人はそうつぶやいた。
まったくその通りだ。季節感が無さ過ぎる。わびしさ全開だ。
どうせ飾るならもう少し今の時期にあったものにして欲しい。
クリスマスツリーとか。クリスマスツリーとか・・・・・・。
・・・・・・いや何も飾らなくて良いな。やっぱり。
なんとなく後ろめたい気持ちでそんな事を思っていると突然友人が口を開いた。
「どうせ飾るならクリスマスツリーでも飾ればいいのによ」
ああ言っちゃうんだそれ。せっかく黙っておいたのに。
無理しなくても良いんだよ。俺とお前の仲なんだからさ。
そんな生暖かい眼差しを彼に向けるとある事に気づいた。
なんというか後ろめたさや気後れしてる感じが全然しないのだ。
それどころかどこか自信に満ちてさえいる。
僕は少したじろいだ。本気だ。こいつは本気で言っているのだ。
クリスマスにはクリスマスツリーを飾るべきだと。狂気じみている。
「やっぱ雰囲気とかでるじゃん?あれがあると」
微妙に優越感と憐憫がいりまじったような声で彼はそう続けた。
嫌な予感がした。肌を刺す様な寒さだというのに冷や汗が止まらない。
僕は恐る恐る彼に質問した。
「彼女でもできたのかお前・・・・・・?」
「ふふ・・・・・・・まあな」
彼は勝ち誇ったような顔で頷いた。僕は絶望し深い敗北感に包まれた。
それから後のことはあまり良く覚えていない。ちょっとした放心状態だった。
だけど聞いてもいないのに彼女とは何処何処で出会ったとか彼女は芸能人の誰々に似ているとか
色々と自慢されたことは覚えている。なんだか裏切られた様な気持ちで心がいっぱいだ。
一人でとぼとぼ住宅街をあるいていると綺麗に飾り付けられたクリスマスツリーが目に入った。
てっぺんの星の飾りや電飾がこれみよがしに輝いて見える。風に揺れるベルの音が僕の中の孤独感と虚しさを増幅してくれる。
これじゃあの風鈴とたいして変わらないじゃないか。
いや華やかな分 僕にとってはこっちのほうが性質が悪いかもしれない。
あざ笑うかのように揺れ動くクリスマスベルを見てそう思った。
心の中で思いつく限りの罵詈雑言と呪詛の言葉を吐きながら
僕は誰も居ない暗い我が家への道を急いだ。