「小説はかけたのか?」
「いや、書いてない。次のコンファレンスのアブスト、締め切りが近くて忙しい。」
カタカタとキーボードを叩く音が部屋にこだまする。
「ウソだな、君はやるといったことはやってみる人間だ。」
「…、正確に言うと、書いてみたけど無理だった。
くだらない自己紹介から始まって美しい女の子が出てくる物語は
私には書けないよ。文字数稼ぎの無駄な描写や必要のない挿話なんて双方の時間と資源の無駄さ、世界はもっとシンプルであるべきなんだ。」
-結論は簡潔かつ明瞭に、そう教わった-
心なしかキーボードを叩く音が大きくなったが、それに気づく人間はここにはいない
「それなら和歌なんてどうだ、短いし無駄もないぞ?」
「その発想はなかったな、
けどもういいんだ。私が何を書き残して、何を伝えたかったのかを忘れてしまったから」
「そうか、残念だ。
途中まで書いた分でも読ませてくれない?」と冗談交じりに酒田が言った
文字でも言葉でもない方法で自分の考えを伝えることができたなら
頭と手を直近の研究から外し、その方法をしばらく思案する山田であった