Neetel Inside ニートノベル
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ニートなたかしと賢者の石
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【速報】俺氏、ホグワーツ入学

「なァたかし、知ってるか……?」
「何だい兄ちゃん」
「男はなあ、三十まで童貞を守りぬけばな」
魔法使いになれるんだぞ。
二段ベッドの上段から妙に力強くまだ幼かった俺に力説した兄は、その夢を16の時に散らした。
許せん。

突然だが、ハッピーバースデー俺。
三十歳おめでとう。
薄暗い四畳半でケーキを切り分けながら、小声でバースデイソングを歌う。バックコーラスにYouTubeを流せば、、俺は独りじゃないよ。
「うおおお三十歳!!」
つい嬉しくなって、思い切り包丁片手に咆哮を上げた。
汚れた壁にそれは反響し、静かな部屋に木霊する。
俺は溜息をついて、VIPに『俺誕生日www祝えwww』とスレを建てた。

俺、たかし。
この年にしてニート、彼女いない歴=年齢というまあありがちな設定のもと生きている。
オカネは尽きた。今日買ってきたホールケーキで藻屑と消えた。そして俺の横には、ケーキを包んでいた赤いリボン。
死のう、と思っていた。
この計画は随分前からぼんやりと考えていたが、やっぱり節目の年がふさわしいと思い、この年を選んだ。

さようならみなさん。

「ホー」
ほら、鳥が迎えに来たようだ。
カタン。
ん?
俺は玄関兼郵便受けに這って近づいた。
分かっている、請求書だろ。蝋燭の炎で焼き尽くしてくれるわ。

そう思って拾い上げた封筒は東電からの無機質なそれではなく、手書きで書かれた俺の住所には何か言葉で言い表せない温かみを感じた。
もしかしてもしかしちゃったらバースデーカードとか期待していい感じですか。
震える手で封筒を裏返す。
「ホグワーツ魔法魔術学校」
そして、一陣の風が吹いた。

     

巨躯の男が、窓を吹っ飛ばした音だった。
「うふぉ!?どこから」
「オーッ、たかしだ!」
男は嬉しそうに笑った。
「誕生日おめでとう、たかし」
出て行けと言いたかったが、何分コミュ障なもので言葉が迷子になって、思わず「あんた誰?」と聞いてしまった。
「おお、俺の名前を言い忘れていたな。俺はハグリッド。しがない五十路の魔法使いさ」
「出てけ童貞が」
こんどはちゃんと言えた。
「まあまあ急くな。説明する時間ならたっぷりある」ハグリッドは俺をなだめるように肩を叩いた。その怪力の所為で軽く畳にのめりこむ。
「手紙は届いただろうな?」
「これのことか」
俺は手に持っていたバースデイカードっぽいものをひらひらさせた。
「そーだ。……たかし――」
ハグリッドはひどく真摯な目をする。俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
「お前さんは魔法使いだ」
「やめてくれないかなまじで傷つくから」巨体を詰る。
「お前さんの両親も子供のころは立派な魔法使いと魔女だったんだぞ」
「魔法使いはともかく魔女ってなんだよ」
ハグリッドはいたずらっぽい目で俺を見つめた。流し目やめろ。
「そりゃ勿論ヴァ――」
「アバダケダブラ!」
俺は恥ずかしくなってかき消すように叫んだ。誰だっておかんの処女時代とか聞きたくないだろ。
「まあとにかく、お前さんも訓練すればものっすごい魔法使いになれる」
ハグリッドがもったいぶって言った。
「俺は魔法使いになんてなりたくねえ!これからひと山当てて酒池肉林ハーレムで夜の帝王になって一生幸せに暮らすんだああ」
「典型的なダメ男だなおい。まぁなんだ、金がないなら授業料はロハで構わないそうだ。ホグワーツは飯がうまいぞ」
「魔法の証拠見せてみろよ」
「それはちょっと無理」
「何でだよ!」
ハグリッドは下半身をもじもじさせた。恥じらうな死ね。
「実は退学になったんだ」
「退学……何で」
「学校のパソコンでにちゃんやってるのがばれた」
「十年前の『ハグリッドだけど質問ある?』ってスレお前だったのか!糞スレたてんな」
「>>2でないっつtったのたかしだろ」何で知ってるんだよ。
「まあ、パソコン環境整ってるんだったら――」
「女の子もいるぞ」
「行きます」
よろしいこった、とハグリッドは満足げに笑った。むかつくわこいつ。ハゲリッドになればいいのに。
話の切れ目で、ハグリッドは部屋を見回し、宝物に目を止める。
「おっケーキじゃん!お前いいもん食ってんな」
「あっそれは」
刹那の沈黙。世界と金は俺を敵に回す。
「俺の――」
そしてありがねはたいて買ったケーキは奴の胃袋に藻屑と消えた。
決めた。魔法使いになってハグリッドにコウモリ鼻糞の呪いをかけてやる。

     

 薄汚い部屋を最後に見回した。
 さようなら、愛しき四畳半。次に会うときは七年後、俺は童貞を捨てているよきっと。
 みたいなことを呟いて感慨にふけっていたら、「夏休みはみんなうちに帰るんだよ」とすごく切ないつっこみを入れられて思わず涙がこぼれた俺かっこ悪い。
 「よし。行こう、まずは魔法使いの御用達、ダイアゴン横丁だ!」
 「どこにあんの」
 「それはナイショ☆」
ハグリッドはへたくそなウインクでごまかした。
「へたくそだなウインク」
「だって本を読む限りウインクが下手な人は可愛いって感じやん」
「かわいいとおもってやったの!?」
「まあね」
ハグリッドは変な風に体をくねらせた。
「突っ込みたくねえ……早く行こうぜ」
緑のバックパックを背負った。同じく緑のスニーカーを履く。
 俺、今まさに魔法界への一歩を踏み出します!

 ハグリッドが向かったのは意外な場所だった。
「えっ何キャバクラ?」
「その通り」
汚らしいキャバクラが目の前に立っていた。
『キャバレークラブ 漏れ鍋』
「まじで?ハグリッド奢ってくれんの?」
「いやおごらねーよ」
ちっ。
 ハグリッドに続いて店に入る。かわいこちゃんを目線で探すが巨体に隠れて何も見えない。頑張ってぴょんぴょんはねながら進むと立ち止ったハグリッドにぶつかった。
 巨体の奥から声がした。
「やあやあハグリッドさん、漸くつけを払う気になりましたか」
って、滞納してるんかい――!!
「いや、今日は学校の仕事だ。こいつの学用品をそろえにゃならん」
ハグリッドがさっと横によけて、俺はようやく回りを見渡せるようになった。
「――!!」
小柄な禿頭の男が絶句する。何?顔にウンコついてる?
「……たかしさん、ですか」
「まあそうですけど」
俺は若干引き気味に返事をした。
「まあまあようこそいらっしゃいました。お会いできるのを楽しみにしていましたよ」
「マジっすか」
「マジっす」
「サインいる?」
「要りません」
ハグリッドが俺をせっついた。
「ほら行くぞたかし」
俺はもうすこしちやほやされていたかったが泣く泣く裏庭に出た。麗しき猫の小便の臭いがする。

ハグリッドは懐から取り出した杖で塀の一部分をこつんと叩いた。
――
「うおーーーー!!」
「どうだ、これが魔法界だ」
塀がみるみる開いていく!
「感激したか」
「うん」
癪だったが素直に頷いた。いやガチですげーもん。うんこれはすごい。初めて信じる気になったよ――!!
「でさ」
「うんにゃ?」
「ハグリッドお前どうやって入るんだよ」
「……」
彼の頬を汗が伝う。
ハグリッドの巨体が入るスペースなどなかった。
「おいおいおいなんの冗談だよ……どこのアメリカンコメディだよ……」
「くっ……俺の屍を越えて行け……っ!」
俺はとりあえず穴を潜った。そしてあとに続こうとしているハグリッドに手を振った。
「さよなら」
「えっちょっと待てよ」
「待てと言われて待つ馬鹿はいない」
「それ犯罪者の定理だろ」
そんなものはありません。

       

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