Neetel Inside 文芸新都
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父の心 2
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ある雨の日のことだった・・・・

いつものように仕事を終え、
俺は光り輝く摩天楼の足元をそそくさと去り、
寂れた路地へと歩いていた

摩天楼の足元を歩くのが嫌なわけじゃあない
むしろ、暗い夜空を照らす都会の光が好きで
よく暇な時は散歩してたぐらいだ

ただ 仕事についてからは
何というか そそくさと家に帰ってゆっくりしたいって
いう欲望が強くなってか

そういう小さな余裕というか
寄り道気分というか
そういう小さな楽しみというのが
なくなってしまったような気がする。

さあ、次の角を曲がれば我が家という時だった
なにやら 物音と気配がしたので
俺はすぐさま その方向に振り向いた



赤ん坊だった


生まれて何ヶ月とか分かるほど目は肥えちゃあいねぇが
少なくとも1年は経ってはいないだろう

まだ髪も生え揃っていない

捨て子か


粗方 その辺のガキが生むと一丁前に啖呵切ってはみたものの
現実はそう甘くはなく・・・・やっぱり捨てざるを得なくなったってとこか


この辺じゃあセックスを まるでガムでも噛むかのように考えてるガキ共が多い

理解出来ないわけじゃあない
俺もセックスぐらいはしたことはあるし 
男だから気持ちよさも理解は出来る

だからと言って後始末のことも考えずに行動したことはない
それも 職業柄というやつだろうか・・・・

ともかく このままだとこのガキは野垂れ死にしちまう
俺は ガキを家に連れ帰ることにした



え? 
何をやってんだ?俺は・・・・

母乳すら無ぇってのにどうやって育てるんだ?
こんなガキ・・・・


俺は机の上に置いてあった
グロックを手に取り、子供の額につきつけた

「・・・・死ねば楽になれるぜ」

ガキなど育てたことない俺だが、
このガキが弱ってるのは 目にみえて分かった
きっと ろくに育てられてないのだろう

未成年の母親が生まれたばかりの赤ん坊を
立派に育て上げるなんていうのはドラマの中だけだ
現実ってのは もっと残酷で冷たく出来てるんだ

俺には母親がいたが ろくでなしだったよ
8人もいる兄貴たちの奴隷みたいな扱いをされた
粗相をすれば 張り倒され、庭に磔にされたこともあった

母親と別れた日の晩 
俺は左下肢蜂窩織炎を発症した。
連日連夜 こき使われ
ろくに風呂にも入れさせてもらえなかったせいと
ゴミの仕分けをさせられたり 
ドブの掃除をさせられていたせいか
左足にバイ菌が入り、高熱で意識が朦朧としていた。
ベッドでうなされていた俺に
あいつが俺に言った言葉は今でも忘れられない

「け・・・・もう要らねぇや」

あいつにとって俺はただの召使い以外の価値しか無かったんだ
それを思い知らされた途端 
今まで溜め込んでいた怒りが爆発した

まず、俺は台所にあった包丁をとり、
母親の贅肉まみれの腹を切り刻んでやった。

次に母親の威を借りて俺を奴隷扱いしやがった
兄貴たちの口にそれぞれの指を切り刻んで詰め込んでやったよ

家を飛び出したのはその直後だった

それから 俺は
お天道様の目の届かぬ場所で生きてきたよ

最初の内は
麻薬やポルノ雑誌を売りさばいたり、
強盗をやったりして ちまちまと金を稼いでいたが
死体処理の仕事を手伝った時に
精肉工場の豚とか牛を屠殺する粉砕機を使って
死体をミンチにした時に人を殺すってのにハマっちまって 
そっからはずーっと殺し屋稼業だ

そんな世界で生きてきたもんだから
人を信じるとか 愛とか 実に下らねえもんだと思ってた


筈だった・・・・


「ぃぁえ」

赤ん坊が俺を見て笑いやがったんだ
何がおかしいんだ?

銃を向けられて笑うバカなんか見たことねえ

・・・・いや そりゃあ
ガキだから 銃がどんなもんかわからねえから
笑っていられるんだろうが・・・・

それを考えると
ふとおかしくなっちまって
気がついたら 俺ァ 笑ってた・・・・


生まれて一度も
俺ァ 笑ったことがなかった

いやー なんてか・・・

他人の笑うツボなんて理解出来ないとは思うが
自分の笑うツボも理解出来ないもんだねえ

気がつくと俺はグロックをソファーの上に置いてた

「・・・・おもしれぇガキだなあ」

俺はガキを抱きかかえてた

ガキは俺を見ると 満面の笑みで俺に笑いかけた



俺も魔が差したんだろうな

気がつけば もうあれから20年になる

ガキに俺はプレゼッピオって名前をつけて育てた

プレゼッピオってのは、ラテン語で「キリストの降誕の情景」って意味がある。

名前の由来だが・・・・
きっと
こいつだけは キリストのように誰かに望まれて生まれた子供であってほしいって
思ったのかな・・・・

この台詞・・・・
きっと昔の俺を知る仲間が聞いたら 
一体 何があったんだと目ん玉丸めて聞いてくるだろうよ

この20年間で 色んなことがあったよ

プレゼッピオに飲ませる乳を探して
売春宿を片っ端から歩いたのを思い出すよ

あん時ぁ ロザリアのババアに笑われたなぁ
なんとか乳母が見つかって その乳母と仲良くなって
プレゼッピオと俺と3人で一緒に暮らしたこともあった

名前・・・・マリアか アンナか
どっちかなのは確実なんだが 忘れちまったよ

そのマリアかアンナかって乳母はいい女だったよ・・・・
身受けしただけの 俺に本当によく尽くしてくれた
俺のような ろくでなしには本当に・・・・勿体無い女房だったよ

俺は・・・・そんな女房を護ってやれなかった。
仕事で メキシコか コロンビアかの麻薬組織の連中と
殺り合ってた時期があって
その時に 家に女房とプレゼッピオがいたんだが
女房はプレゼッピオを庇って撃ち殺された。
復讐は果たしたが 今でもそれが心残りだ

6歳のプレゼッピオが血を流す女房の身体を
ただ無言で涙を流しながら 揺さぶっているのが
今でも頭から離れない・・・・


あの時
あと もう少し早く家に着いていれば
プレゼッピオは 母親を失わずに済んだかもしれねえ




なあ プレゼッピオ
お前と過ごした20年間は 本当に楽しかったよ

でもなあ 同時に俺ァ 苦しかった

お前と お前の母さんと 過ごして俺は幸せだった・・・・幸せすぎた

幸せすぎて 考えちまった・・・・
俺だけがこんな幸せになっていいんだろうかってな・・・・

お前を育てていて何度も思ったことがある

「俺が殺したガキも 親の前じゃあこんなに可愛かったのかな」ってな

俺は殺し屋だ

依頼人の依頼でガキを誘拐して殺したことだってあるし、
依頼されたブツの在り処を吐かない奴を吐かせるために
年端もいかない3~4歳のガキの指を
一本ずつ切って机の上に並べたこともある。

そういうガキの泣き顔とお前の泣き顔がダブった時が何度もあった

お前が病気にかかって夜泣きした時に
拷問して殺したガキの泣き声をふと思い出して
吐いたこともあった

お前の幼い頃の写真を見ていると
可愛かったお前の顔や声を思い出すと同時に
俺の殺してきたガキたちの顔と声を思い出すんだよ

今の立派になったお前を見たら
今度は そのガキたちが生きてれば今頃はお前ぐらいになってたんだろうなって
思っちまうようになった

今まで 必死に我慢してきたんだが

やっぱり 無理だったよ

父さん・・・・いや、こんな奴にお前に父さんなんて
呼んでもらう資格はないだろうが

俺は・・・・そんな自分がもう許せなくなってしまったよ


今回、ベニチオ・サントロ氏の依頼でお前に仕事が来ていたが
あれは 俺が頼んだものだったんだ
サントロ氏に俺が依頼してな。
彼は必死になって 俺を説得しようとしてくれたが
俺の意思はもう曲がらなかった

俺みたいな社会の屑は
散々 世の中に迷惑をかけてきた
なのに いっちょ前にガキを育ててお天道様の見てるところで
夢見心地で幸せこいていた

屑は屑らしく断罪されるべきだ


そう話したらサントロ氏は

「そんなことない・・・・そんなことない」って泣きながら言ってくれたよ

彼は何度も引き下がったが 渋々 依頼を承諾したよ
だから どうかサントロ氏を恨まないでやっておくれ

彼は朋友の俺のことを想って
断腸の想いで 引き受けざるを得なかったんだ 

代わりに 心の優しいお前に父親を殺させる
酷い仕打ちを企んだ この愚かな父親を憎んでくれ。

そこら辺の屑みたいな殺し屋に
殺されるのは どうしても嫌なんだ
まるで 俺の人生を侮辱されたみたいで嫌なんだ

お前と女房と過ごした日々まで侮辱されるみたいで嫌なんだ
それだけは・・・・どうしても耐えられない

サントロ氏にはお前のことをよろしく頼むと言ってある。
後始末はもちろんのことだが、
何よりお前を彼の後継者として育てたいって言ってくれてる。

この仕事が終わったら お前は晴れて表の世界の人間だ。

なあ、これだけは頼む


プレゼッピオ
お天道様の見てるところを堂々と胸を張って生きてくれよ

お天道様の見てないところで暮らしてたけど、
やっぱり 苦しかったよ

人も愛も信じられない・・・・
いつ人に裏切られるか
いつ殺されるか わからなくて
気も休まらなくて息苦しくて 本当につらい場所だった
あんな場所で 俺は一度だって ぐっすりと眠ったことなんかなかった

でも、お前や女房と出会って 過ごしてきた
この20年間の何度か・・・・ぐっすりと眠れたことがあったよ
あの何度かが 俺にとって本当に救いだった

やっぱり思ったよ・・・・お天道様のいる世界の方が
ずっと温かくて居心地がよかったって

お前がいて 女房がいて
家があって テレビがあって 料理があって
風呂があって 会話があって 時間があって 
家族との写真があって

本当に何から何まで俺の欲しいものがあった
俺が今まで欲しかったものが全部あった

お天道様のいる世界は やっぱりいいよ
だから、プレゼッピオ 
お前には その世界をいつまでも歩いていて欲しいよ

さようなら プレゼッピオ
俺みたいなロクデナシには お前は勿体無い息子だった


2013年 7月24日 

23時28分

       

表紙

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Neetsha