Neetel Inside ニートノベル
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 せまい檻だ、としか認識していなかったマサラタウンとも、これでお別れだ。
過保護な母は、外を嫌う。だからと言って得体のしれない研究所くらいしかない町にいつまでも俺を閉じ込めておくのはどうかと思う。ちなみに家出未遂は二桁を越えたあたりで忘れてしまった。一度だけ、母に味方する保守的な町民の目を振りきって、隣の道路までたどり着いたことがある。――別世界だった。
 野生のポケモンって概念自体伝説だと思ってた。


研究所へは二度忍びこんだことがある。だが正式に招かれたのはこれが初めてだ。あの偏屈そうな博士がうちを訪ねた時は、今度は何を母にカミングアウトされるかと思ったものだ。今となっては招待されたという事実のほうが不気味だが。
「おじゃましまーす」
いかつい木製のドアをこわごわと開く。いつになく上機嫌の博士が迎えてくれた。
「おお、ミナツキ君。よく来た」
「何の用すかオーキド博士」
どうせ碌な事じゃないっしょ、と冷めた口調で言うと彼はむっとしたがそれもすぐ笑顔に変わる。
「まあまあ座りたまえ」
言われるままに固い椅子の端に腰かけた。博士が机に書類を積み上げながら俺に訊いた。
「ミナツキ君は確か15歳じゃな」
「それが何か」

「この街では、15歳は特別な意味を持っている」

突然、声の雰囲気が変わった。重々しい彼の口ぶりに、何かを感じて心臓が波打つ。
焦らされている。分かっていながら続きを急く。
「君に――」

「来てやったぞ爺!」
言葉を遮られて、苛々と振り向くと一人の少年が立っていた。
「待っておったぞサツキ」
愛想良くサツキという少年をでむかえる博士に地団太を踏みたくなる。
「こいつは孫のサツキじゃ。留学しておったんじゃが今日15歳になるということで特別に帰国してもらったんじゃ」
「……よろしく」
雰囲気に流されて一応軽く頭を下げると、サツキはふふんと笑った。少し嫌味な奴だ。
「それで何なんですか用って」
「お前知らねえのかよ」
サツキが少し驚いたように俺を見る。俺は恥ずかしくなって悪いか、と食ってかかった。
「別に。早くしろよ爺」
それきり俺に興味を無くしたようなサツキに怒りが募るが、怒ってもしょうがない。
「まあまあサツキ、ミナツキ君に今事情を話しておったところじゃ。さてミナツキ君、どこまで話したかな」
「15歳が特別な意味を持っているところまでです」
「そうじゃそうじゃ。ミナツキ君――それにサツキにも今一度伝えておく――マサラタウンの人々は特別じゃ。なぜだかは分からないが、ポケモンリーグの歴代優勝者は大体がマサラ出身。何かしらの秘められた力が、マサラの血筋には宿っている。しかし」
博士は一旦言葉を切って俺達を見遣った。知らず知らずのうちに、話に引き込まれている自分に気がつく。
「その力を悪用する悪しき輩がたまにいることも、事実なのじゃ。それゆえこの街では、しっかりとした人格が形成されるまでモンスターボールも握らせないようにと決められておる」
俺はうつむいた。でも、と気がつく。
「サツキは留学したって」
「ああ、じゃがサツキとてポケモンを手にしたことは無いのだぞ。ひたすら大学で理論を学んだだけじゃ」
「それでも、外に出られるなら俺だって出て行きたかったこんな町!」
ばん、と机をたたくと書類が舞った。
「それは家庭の方針じゃ。わしは知らん。それより、サツキも待ちきれないようじゃから――」
博士は棚のカギを開け、机に三つのモンスターボールを載せた。
「選びなさい。連れてゆけるのはどれか一匹のみ」
俺は未だ息を荒げながら、博士を睨みつけた。喉から手が出るほど欲しかった自分のポケモン。外へと続く切符。何もできずに待っていた外の世界を、こうもやすやす手に入れた博士の孫。許せない。この苦しみを誰にぶつけよう――
 「ミナツキ君」
「なんだよ」
「わしとて、この閉鎖的な町から出さない君の家の方針を快くは思わなかったのじゃよ。それでも、君の母上はこの街にとどまらせる選択をした。詳しくは言わないが、母上はマサラの出身にしてその道を一度違えようとした女性じゃ。最愛の君に、同じ道を歩ませたくはなかったのじゃろう」
母の顔が浮かんだ。母なりの思惑に理解はできない。それでも納得するしかない。
「わかったよ――もう言わない」
溜息をつき、ボールに手を伸ばした。
「お前から選ばせてやるよ。ハンデだ」
サツキが肩をすくめた。
「どうも」
三つを手に取り、中のポケモンをしげしげと眺める。青、赤、緑。絵本で見たことしかないポケモンが。
 選べない。
 目をつぶって、一個引いた。
「これで」
握りしめると温かい。
「へぇ、攻撃力とか何も考えねえの?俺はこっちにするぜ」
サツキが小馬鹿にしたように言い、さっと残りのうち一つを取る。
「おいミナツキ、勝負しようぜ。この世界の厳しさ、何も知らないお前に最初に教えてやるよ」
言うが早いかサツキはモンスターボールを投げた。なかから赤いポケモンが飛び出す。
「こいつはヒトカゲ。炎タイプだ」
俺も負けじと、モンスターボールを放った。
「へぇ、相性悪いじゃん。ざまあみろ」
俺は決まり悪げに自分のポケモンを見た。目が覚めるような緑のそいつが、俺をきらきらした目で見上げる。
「……よろしくな」
相性が悪いと言われたことが自分でも応えているのだろうか。愛せる自信が、ない。
「勝負開始!」
赤いポケモンが、緑のポケモンに攻撃を始める。緑のポケモンが、苦しみながら耐える。
「博士!どうすればいいんだよ!」
「攻撃すればいいだけじゃ」
「わかんねえよ!こいつ死んじゃう!」
叫ぶと同時に緑は倒れた。俺は駆け寄って抱き上げる。
「死ん……じゃったのか……?」
「瀕死状態になっているだけじゃ」
サツキをきっと睨みつけると、サツキはまた、ふふん――と笑った。
「おい!どうすればいいんだよ!」
「それより早く賞金渡せよ。ポケモンバトルは負けたほうが勝ったほうに金を支払うんだぜ」
「それどころじゃねえよッ」
緑を抱えて叫ぶ。見かねた博士が緑を抱き取った。
「すぐに回復出来る」
そして得体のしれないマシーンに緑を横たえ、レバーを引いた。それで緑のポケモンは復活した。
「ほら」
博士からポケモンを抱きとる。さっきと同じ瞳と目が合い、俺は目をそらした。俺の所為でこいつは一度死んだ。
「気に病むことはない。ポケモンを瀕死状態にしてしまうことなどよくある。その点でミナツキ君は悪くない」
でも、それで弱いからって自分のポケモンを愛せないのはよくない――と博士は言った。俺ははっとして頷く。
「サツキ、ミナツキ。ポケモンの見返りと言っては何だが、仕事を頼みたい」
博士は赤い機械を取り出した。受け取るとそれは手にすっぽりと収まるサイズだった。小さな画面が付いている。
「それはポケモン図鑑じゃ。ポケモンを見たり捕まえたりするごとに自動的に記録されていく。もう自分のポケモンに印が付いているだろう?」
言われてデータを繰ってみると、確かに緑のポケモンがいた。
「フシギダネ……」
それがこいつの名前、か。
番号、001。最初のポケモン。
「よろしくな、フシギダネ」
ぎゅっと抱きしめた。フシギダネが嬉しそうに一声鳴いた。

それから博士に簡単なポケモンバトルの手ほどきを受け、礼を言って研究所を出た。
家路につく。でもあの家で暮らすつもりはもう毛頭なかった。
旅に出よう、と思う。
 『俺は強くなるぜ。ポケモンリーグだって制覇して見せる。お前はどうなんだ、ミナツキ』
 『俺だって!俺だって負けない!たとえポケモンの――いや俺達の相性が悪くたって、負けないからなサツキ!』
会話を反芻する。母の反発だってきっとあるだろうが、何としても。
強くならなきゃ。

「ただいま」
家に帰ると母が好物のカレーを作っていた。「お帰りなさい」、と笑顔で出迎えられる。
「あのさ、俺――」
旅に出ようと思うんだけど、と言いかけたら「ちょっと待って」と制された。
「大事な話でしょう。あとにしましょう。晩ご飯ができるまで待っていて」
俺はふてくされたが、すきっ腹の俺はいつもより機嫌が悪いことを見越されたのだろう、ときがついて苦笑した。

「さて、大事な話って何かしら」
無言の食事が終わり、母は俺を笑んで見つめた。
「俺、旅に出ていいかな」
「いいわよ」
「だって俺――」
反論しかけて気がつく、肯定。
「いいの?!」
「博士から、どのポケモン貰ったの?」
俺はモンスターボールをポケットから出した。
「あら、フシギダネじゃない。昔の私と同じ」
母が微笑んでボールからポケモンを出すと、フシギダネは俺にかけよってきた。
「もうなついているのね。それなら大丈夫」
「でも――」
「私は昔、とりかえしのつかない過ちを犯した。研究所のフシギダネを奪って家出して、マサラの民の力を悪用してしまった。だから、だから――あなたには、決して同じ道を歩んでほしくなくて、今までこの街に閉じ込めてきたの」
泣いていた。
「母さん――」
「元気でね」
「ああ」
その夜、そっと家を抜け出した。

 次の日の朝、かねてから隠れていた家の陰から飛び出し、最初の道路へと続く道へ。
 前に来たのは三年前。ここで野生のポケモンに襲いかかられ、逃げた俺。
 今は違う。今の俺にはフシギダネがいるから。
 燃えたぎるような日差しの中、最初の一歩を踏み出した。



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