Neetel Inside 文芸新都
表紙

かくも遅咲き短篇集 参
VXガス弾奪還作戦報告/安土理庵

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 その夜、俺たちは森林の中でじっと待っていた。目の前は開けており、古ぼけた飛行場が見える。俺はガスマスク越しにナイトヴィジョン機能がついた双眼鏡を覗いた。飛行場の周りをAK-74を装備した男たちが警戒している。奴らは旧朝鮮人民軍の軍服を着ている。恐らく朝鮮人民軍の残党だろう。CIAの読みは正しかったようだ。
『大佐、全チームが配置につきました』
 副隊長のシェパード中佐が連絡を入れてきた。実に優秀な男で、常に的確に任務をこなしてきた。
「韓国軍と日本軍の部隊はどうだ?」
『そちらも配置完了。いつでもいけます』
「よし、やれ」
 俺の合図とともに配置についていたスナイパーたちが一斉に狙撃を行った。各スナイパーのライフルから放たれた七.六二ミリ弾は、ほとんど真っ直ぐな軌道を描いて歩哨たちの頭に吸い込まれていった。弾が吸い込まれると、奴らの頭はまるでスイカ割りの時のように弾け、血が飛び散った。
「前進しろ」
 サプレッサーを使った射撃だったため、奴らはまだ気づいていない。俺たちは暗視装置を装備し、闇に紛れ、飛行場へと侵入していった。

 俺達がなぜこの朝鮮半島の片田舎でこんな真似をしているかということを説明するためには、今から二四時間前の出来事に遡る必要がある。その時、俺たちはノースカロライナ州の基地にいたが、ワシントンからの緊急連絡が入り、部隊長である俺は統合参謀本部議長とテレビ電話による会議を行うことになった。
「ディッシャー大佐、非常に重大な事案が発生した。すぐ朝鮮半島に行ってほしい」
 統合参謀本部議長はやや深刻そうな顔でそう俺に言った。
「何用でありますか?」
「二日前、ソウル近郊の韓国軍基地から旧北朝鮮のVXガス弾一〇〇発が強奪されて行方がわからなくなった件は知っているな?」
「ええ、知っています」
 朝鮮戦争が再開し、そして北朝鮮の滅亡という形で終結してから二年。北朝鮮が遺した膨大な量の化学兵器の処理は遅々として進んでおらず、その大半はソウル近郊にある対化学戦部隊基地に置かれていた。その中でも強力な毒性を持つVXガスの入った爆弾一〇〇発近くが、二日前に韓国軍に偽装した武装集団によって奪われたのだ。当初、武装集団は移送を装ってVXガス弾を入手しようとしたが、ガス弾を持ち出そうとしたところで基地の韓国軍兵士が怪しみ誰何した。すると武装集団は発砲、銃撃戦の末ガス弾を奪い逃走した。韓国軍兵士の証言などから、犯人は旧朝鮮人民軍の兵士だと思われた。
「あの件について進展があった」
 そう言うと、議長は画面に衛星画像を表示し、説明を始めた。画像には朝鮮半島のどこかの飛行場が写っていた。
「先ほど、CIAからこの情報が入った。朝鮮半島北東部、日本海に面するこの放棄された飛行場にVXガス弾を積んでいると思われる車両が入ったとのことだ」
「確かな情報ですか」
「CIAの担当者曰く、『ビンラディン発見の情報と同レベルの確実な情報』だそうだ」
 確かに、有り得る話ではあった。戦争によって韓国軍は疲弊し、未だ以前の能力を取り戻してはいない。なので、まだ朝鮮半島全土を掌握できてはいないのだ。特に、北東部は未だ朝鮮人民軍の残党が活動しているとされる地域で、何度となく戦闘が発生していた。奴らがVXガスを持ち込むとしたら場所はこの地域以外にはない。
「問題はこれだ」
 そう言うと、議長は衛星画像を拡大した。
 画像には航空機、それも爆撃機らしきものが二機写っていた。
「CIAの分析官によれば、古いIl-28型爆撃機らしい。航続距離は二四〇〇キロ。ソウルだけでなく、カミカゼ攻撃なら日本も攻撃出来るだけの航続距離だ。おそらく奴らはこれにVXガス弾を積んでどこかを攻撃するつもりだ」
「早急に対処をしないといけませんね」
「ああ、だが事が事だ。大規模な攻撃はできない。韓国および日本国民のパニックを招くからな。小規模の部隊で秘密裏に攻撃をかけ、VXガス弾を奪還する必要がある。戦闘機による爆撃は最後の手段だ」
 航空機による支援はないらしい。キツイ仕事だ。
「そこで、君たちデルタフォースの出番となる。すぐに韓国に向かってくれ。作戦は韓国のブラックベレー及び日本のSFGpと合同で行う」
「了解しました」
 かくして、俺たちはこの朝鮮半島の片田舎でオペレーションを行うことになった。

 俺たちは飛行場へと侵入した。建物の影に隠れ、様子をうかがう。まだ気づかれてはいないとはいえ、歩哨からの定時連絡がなければいずれ俺たちの存在はバレる。その前に出来るだけ内部に浸透しておく必要がある。
 爆撃機が入れてあるはずの格納庫の方から明かりが漏れている。どうやら機体整備を行っているようだ。
 シェパードが通信を入れてきた。
『攻撃が近いようですね。この分じゃいつ出撃するかわかりませんよ』
「ああ、もうガス弾を積んでるかもしれない。すぐにでも格納庫を抑えなければ」
 だが、次の瞬間、基地全体の明かりがついた。どうやら、歩哨からの連絡が途絶えたことに気づいたらしい。
『気づかれましたね』
「仕方ない。派手にやるか」
 サイレンが鳴り、兵舎からAKを持った兵士たちが続々と出てきた。俺たちはそいつらに特殊作戦用装備(SOPMOD)がゴチャゴチャついたM4を向け、五.五六ミリ弾を浴びせた。
 兵舎の前にはたちまち死体の山が出来上がった。いろんな兵士がいた。頭を撃ち抜かれ、頭蓋骨と脳の一部が飛び散った兵士。弾が心臓に当たり、大量の血を吹き出した兵士。腹に弾丸をぶち込まれ、内蔵をズタズタに切り裂かれた兵士。足の関節を撃たれ、そこから下が吹き飛んでのたうち回った兵士。皆、今はもう死んでいる。
 だが、運良く生き残った兵士もいた。そいつらはAKをこちらに向け、撃ってくる。俺たちは再び物陰に隠れ、それを避ける。貧相な射撃だ。ただ銃をフルオートで乱射しているだけだから、反動で狙いが付けられず、当たらない。練度はそこまで高くないようだ。おそらく徴兵で集められて促成栽培された兵士なのだろう。俺たちは奴らより精度の高いバースト射撃をして、撃ち倒す。
 だが、敵は相当な数がいるようだ。兵舎から次から次へと湧いて出てくる。まるで『コマンドー』の雑魚兵だ。お陰で俺たちは肝心の爆撃機のある格納庫まで前進できない。
 面倒なのでグレネードで吹き飛ばす。俺はM4についているSOPMODの一つのグレネード・ランチャーにグレネードを装填し、ぶっ放した。緩やかな放物線を描いて飛んでいったグレネードは、奴らの足元に着弾し、炸裂した。グレネードの中に詰まっていた金属片が奴らの体を服ごとズタボロに切り裂き、血だらけにする。のたうち回る兵士を尻目に、俺たちは格納庫へ向けて前進した。
 各部隊からの無線連絡によれば、俺たちはもう飛行場の大半を制圧したらしい。残るは肝心の格納庫だけだ。
 だが、格納庫が直接見える距離に来た途端、猛烈な銃撃が加えられてきた。見てみると、一〇人前後の兵士が最後の砦である格納庫を守っていた。だが、俺たちにとっては烏合の衆にすぎない。奴らのメクラ撃ちとは真逆の正確な射撃で一人、また一人と撃ち倒していく。
 すると、奴らの一人が何か大きなものを抱えてこちらに向けてきた。特徴的な弾頭が目に入った。俺は叫ぶ。
「RPGだ! 伏せろ!」
 強烈なバックブラストとともにRPGが発射された。俺たちはとっさに伏せたため当たらなかったものの、後方にあった兵舎に直撃し壁が吹き飛んだ。二発目を装填される前に、射手の頭を撃ち抜いた。
 その時、格納庫の方から甲高いジェットエンジンの音が聞こえた。見ると、例のIl-28型爆撃機のうちの一機が滑走路へ向かって動き出していた。
「攻撃へ向かうつもりだ……なんとしても阻止しろ!」
 だが、五.五六ミリ弾のM4やグレネード程度では爆撃機を大破させることはできない。不幸なことに、近くにはAT4やスティンガーを持った隊員はいない。何か手段はないか? そう思った時、あのRPGを使うことを思いついた。
「RPGを奪う! 周辺の敵を排除してくれ!」
「了解!」
 俺は駆け出した。同時に他の隊員たちによる援護射撃が加えられ、俺を撃とうとする敵が次々と頭を撃ち抜かれ、排除された。俺はM4を捨て、RPGを取った。
 爆撃機はすでに滑走路に出て、離陸体勢に入っていた。離陸されてからでは遅い。『ブラックホーク・ダウン』では飛んでいるヘリをやすやすとRPGで撃墜していたが、実際の戦闘では何十発も撃ってやっと撃墜できたという。それに、今回はホバリングしているヘリではなく飛行機だ。はるかに速度が速く、離陸してからでは狙いを付けられない。滑走しているうちに破壊しなければならない。俺は装填を急いだ。
 ロケット弾をランチャーに装填した時には、爆撃機はエンジンを全開にして滑走していた。俺はRPGを肩に担ぎ、狙いを定めた。爆撃機の速度が上がっているため狙いがつけにくい。俺は撃った。
 発射されたロケット弾は高速で左翼中程に命中し、翼をもぎ取った。翼を奪われた爆撃機はそのまま左に傾き、地面と接触して転がり、爆発炎上した。
 俺はほっと胸をなでおろした。

<了>

       

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