Neetel Inside ニートノベル
表紙

俺と不機嫌な男の娘
その1

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 待ち合わせの相手を見つけた俺はにこやかな顔つきでひらひらと右手を振った。肩に掛かるぐらいのサラサラしたストレートの黒髪、吹き出物の痕もない透き通るような白い肌、絶妙な配置の双眸と紅唇をより可憐に魅せる控えめなナチュラルメイクがなされた顔。凹凸として存在するパーツも当然申し分がない。
「やあ。待った?」
「……待ってない。さっき着いた」
 そんな奴は俺を認識した瞬間、露骨な不機嫌さを表情に浮かべた。が、そんなことはまったく気にしない。奴の釣れない態度は想定の範囲内だ。
「そっか。じゃ、行こっか」
 俺も楽しそうな雰囲気は隠しつつ、えんじ色のセーターから襟と袖だけを覗かせる白いブラウスと黒いスカート、絶対領域を際立てる黒ニーソと同色のブーツ、そしてモスグリーンのコートを羽織った美少女のような同級生の男子生徒の左手を引いた。

   * * *

 人間、誰しも得意なことがひとつぐらいはある。
 人よりも運動ができるだとか、聞いた音の高さがわかるだとか、いくらでも記憶できるだとか、難解な概念が理解できるだとか、そんな役立たせるのがわかりやすいものだとは限らない。指が手の甲につくぐらい曲がるだとか、とんでもなくクサいニオイに耐えられるだとか、どの荷物が一番楽に持てるかひと目でわかるだとか、そういう微妙な特技を含めて良い、となると誰しもひとつぐらい持っている。
 自分の特技はどうだ、と考えると前者だとは思えない。少なくとも教育上評価されることはないだろう。とはいえ、純粋に役に立たなさそうなわけでもない。話のタネになる、そのくらいには役に立っている。
 俺は「人の容姿で似ているところを見つける」のが得意だ。いや、別に自分がそれが得意だと言い触れ回るほどのものではないと思ってはいるのだが、こういうのは往々にして外野が決める部分なので、そこは素直に受け取っておく。
 どんなことができるかといえば、誰かとその親の顔を見たら、その人の顔のパーツがどちら似なのかを当てる、ということは簡単にできる。まあ、これはどっちが正解というものがそもそもないし、このくらいなら割と誰でもできる気もする。でも、これの上位互換的なこと、例えば、ある人の顔を親兄弟ではない人たち、それこそたくさんの芸能人の顔のパーツを持ってきて、目隠ししない福笑いの要領でパーツを並べ、元の顔を再現できるのは、友人曰く俺ぐらいなものらしい。
 自分としては、見たままに似ているパーツだと指摘しているだけなのだが、周りには「まさか、あのブサイク芸人とあのイケメンアイドルの目と鼻の形が同じだったなんて……」みたいに感心されたことがあるので、きっとすごいのだろう。思い出したその話のときは、対象になったイケメンアイドルのファンをやっていた(俺のせいで過去形だ)同級生の女の子にすごくひんしゅくを買ってしまったけど。
 というわけで、自分のこれは他の人にはできない能力なんだとわかったので、中学のときは全学年の女子の顔のパーツがどの芸能人で構成されているかを一覧化したフェイスパーツカタログなるものを作り上げ、他にはエロ動画で……と、この話はちょっと長くなるから置いておく。とにかく、パーツ、そう言うからには顔だけじゃなくて、耳だとか指だとか、人であればどの部分でも、何が他人と似ているかを挙げることができた。

 ただ、得意なことがあるというのは、それによって自分の生活は曲げられるとも言える。足が早い人は帰宅部のような生活を送ることはあんまりないだろうし、暗記が得意ならよく考えたらわかる法則も覚えて解決してしまうことも多いだろう。そんな感じで、顔のパーツが誰に似ているかがわかる、そんな能力持ちの俺の女の子の容姿に対するハードルはちょっと高くなってしまった。そんな能力を持っていると思って冷静に考えてみてくれ。あ、カワイイ!なんて思って、女の子をじっと見るわけじゃん。その瞬間、脳細胞がパパっと仕事して、「この子の眉毛、ちょっと残念な顔立ちの○○って女芸人と完全一致するよな」って声が脳の奥底から聞かせてくる、って説明でわかってもらえるはずだ。そんな声が聞こえるんだから、恋する前に熱も冷めるのも仕方ない。
 だから、中学のときは自分の眼鏡に、といっても俺はもうコンタクトレンズなんだけど言い回し的に、眼鏡にかなう子はいなかったわけで、そうなると高校ではカワイイ子、もちろん望みは高めに個性豊かな顔立ちで知られる芸人のパーツは一切含まない、そういう子と会えたらいいな、という下心で結構偏差値を上げて、都立の中でも女子の制服が可愛いという理由で人気が高まる高校を受験した。

 それがもう三ヶ月も前のことだ。

   * * *

「おー、青山ー」
 ニキビ潰した跡が目立つ、髪を短く刈り込んだ、運動できるぜと言わんばかりの体躯の野郎がニヤニヤしながら俺の方にやってきた。顔を見て要件を予想する。さっき返却されたばかりのテストが良かったので自慢に来たとかそんなところだろう。
 俺は机に突っ伏すような姿勢のまま、腕を持ち上げ、手の平を水平に左右させながら答えた。
「平均点、平均点。古典なんて点数取れる気がしなかったから、これで十分よ」
「いや、別に中間の古典の点数とか聞いてねえよ」
 さっきの表情をどうも読み違えたらしい。そこはやっぱり自分の得意分野ではないってことだな、と理解する。永田はちょっと呆れた表情を作る。その瞬間の顔のパーツのかなりの部分が、つまらないギャグを聞かされた時の某大物司会者にそっくりで笑いそうになる。が、そう思ったもつかの間、奴の表情から大物感が消え、驚きの顔に変わる。
「って、お前、今んとこシレッと全部平均点取ってんじゃねーか」
「ははっ。俺、ちゃんと勉強で通ったし」
 同じ中学からこの高校に進学したのは男女二名ずつだ。男子は俺とこの永田だ。永田は中学は野球部だったかサッカー部だったか、俺の記憶があやふやなんだが、そこのキャプテンをやってたかなんかで推薦で入ったはずだ。女子は女子でもっとあやふやだ。フェイスパーツカタログ作ったから顔を見れば思い出すはずだが、ぶっちゃけ記憶に無い。というのも、クラスが一度も、いや、中学一年のときに一回とかそういうレベルでしか同じになったことがない奴らばっかりだからだ。いや、女子の方は顔立ちが微妙だったから関心がなかったという可能性の方が濃厚だけど。
 そういうわけで、異国で出会った日本人同士みたいな感じでだろう、入学以来、永田とはかなり話すようになっていた。
「いや、もう、休み時間だ。勉強の話はやめだやめ」
「じゃあ、なんのようだよ」
「ふ。これを見ろ。ついに写真ゲットしたぜ」
 俺の顔の前にスマホが差し出される。光の反射加減でよく見えない。俺は手を伸ばして、奴にスマホを持たせたまま、適当に角度を変える。かわいらしいという噂が俺ら一年の耳にも入ってきている二年生の先輩が写っていた。
「で?」
「いや、『で?』じゃねーよ。お前的にどうよ」
 俺はそこまで永田を知るわけではなかったが、永田は通称「女子容姿分析辞典」を作ったある意味有名人である俺を知っているわけで、そういう意味で聞かれている内容は明らかだった。
 そんな俺の頭にはパーツの類似リストがバーっと展開していた。
「うん、まあ、その」と奴の表情を伺いながら続けた。「唇の形が……あ、これ以上はやめておこう」
「やめんのかよ!」
「ほら、夢は壊れないほうがいいじゃん」
 あてにはならない表情観測能力で永田の感情を推測した俺は事実は告げずに、ハハハ、と乾いた笑いとともに答えた。「お前も大変だな」と永田には呆れ混じりだった。その通りだ。俺の人を見る目は変わっていない。能力的な意味でも精神的な意味でもだ。
 俺だって理性的には、誰かに似ているなんて気にする必要がない、と思っている。しかし、人相が悪い人には近づかないほうがいい、という話と同じで、細かいパーツがテレビの有名人に似ていると、その著名人の悪いというか自分が気に入らない部分を、その似たパーツを持つ人自身が持っているんじゃないのかと思ってしまう部分がある。これはもう本能なんじゃないのか、そう思えてくる。
 結局、試験を受けて三ヶ月、正確には入学してから二ヶ月というべきか、俺こと青山あおやましげるはやっぱり顔から欠点探しをやってしまっていて、この高校のあらかたの在校生たち欠点を洗い出してしまったのだ。だから、俺は高校で気になる娘を探すのは諦めてしまっていた。
 俺はおもむろにスマホを取り出し、つぶやきが流れるアプリを開いた。と言っても文字のやりとりが目的じゃない。俺が追いかけているのは、かわいい子の写真を広めるユーザーのつぶやきだけだ。さすがにネットはやっぱり母数が違う。本当に可愛い子の写真が流れてくる。そんな写真の中でもお気に入りにポチポチ星をつけていく作業をし始めた。
 ため息が聞こえたので顔を上げた。俺がこの話は終わりだと言わんばかりに写真巡りを始めたからだろう、永田は呆れた顔をしていた。
「お前の要求はレベルが高すぎる」
「仕方ねーじゃん」
「お前の顔は悪くない。少なくともこの高校で上位に入るのは間違いない。だけど、お前のそのお気に入りはどう考えても全国レベルじゃねーか」
「別にいいじゃねーか」
 俺の中ではまっとうな反論に正論が返ってきたので、ふてくされながらスマホに向き合って、ページを手繰った。その直後、一枚の写真で手が止まった。

     

 小さく傾げた首の近くでピースをする、黒髪パッツンセミロングのメイド服の女の子が写っていた。
 これは気になる娘の写真だ、そう直感が反応すると俺は即座にその写真のつぶやきにスターをつけた。思考は流れ作業でその写真全体を眺め始める。縦長で片手がカメラの方に伸ばされ手は写っていない写真、スマホによる自撮りもしくはそれ風の写真だ。その人物を売り込みたいとかなんか、色々な思惑で撮られる自撮り風の写真では、手はカメラの方に伸ばしこそすれ、カメラの向こう側に撮影者がいるのが必然だ。その可能性は消去法でしか消せない。
 まずは背景に反射物の有無を確認。といっても、この写真は閉じられたクローゼットとガラス戸の前に引かれたレースのカーテンがピンぼけして背景として写っているだけ。可能性は消せない。となると次は視線の方向だ。スマホの自撮りだと、どうしても視線はレンズではなく、その下のディスプレイの方に行きがちである。いや、まあ、背面のカメラで頑張って自分で撮るパターンもあるが、それはひとまず置いといて。普通の自撮りは顔と目の角度がズレがちなので、そこら辺の写り具合をチェックする。うん、この視線の向きはちょい下を見ている可能性大だ。そうなると、後は、と思ったときだった。
「おいおい、これまたレベルたけえじゃねーか」
 永田の声で我に返る。つい写真を見てしまうと、人物よりもその周辺物のチェックをしはじめて、集中しすぎて周りのことに気づかなくなりがちだ。
「あれ、ふぁぼってんのにRTしてねーじゃん」
 俺は気になる女の子の写真を見つけたら拡散している。中でもお気に入りにはスターという評価も与える。それが基本だ。だが、この写真は評価だけしかしなかった。
「ん、ああ、単に気になっただけだからな」
「へー」
 そんな気が抜けるような返事で、奴はより細かい説明を求めていた。
「いや、単純になんか見覚えあるんだよ。思いだせねーけど」
「ああ、なるほど」
 釣れないのも無理はない。中学のとき、超可愛い子として回ってきた画像に対して、俺が見覚えがあると言ったので、皆が俺の知り合いかと期待したことがあったのだ。結局、ふた月ぐらい掛けて、その可愛い子が小学生のときに見せられたクソつまんねー道徳のドラマの脇役として出てた、ということが判明した。それがわかったのはすごいことだが、がっかりの方がどう考えても大きかった。これほど特定に時間がかかったのは、その一度だけだが、なかなか思い出せないときは、がっかりな場合が多いのは過去に何度かあった。
 だから、俺の見覚えがある、というのはあんまり期待されていないわけで、それでも俺はいつも通りのことを口走っていた。
「でも、今回は最近見たような覚えがあるんだけど」
「へいへい」
 あんまりというか全く期待していないと言わんばかりの永田の相手をするのをやめ、スマホに視線を戻した。
 形の良い目元にキレイなカールを描いたまつ毛、それを強調するかのようなくっきりとした眉。甘やかという表現をすべき顔の輪郭。自分の知る個性的な顔立ちの人々は持っていないパーツで固められた完璧な容貌である。写真の表情はささやかな笑顔であるが、できればニッコリと笑った表情も見てみたい。
 結局、この写真が自撮りかどうかの結論は出ていないが、自撮りだったらお近づきのチャンスがあるかもしれないと考えればいいし、そうじゃなかったらもっと写りの良い写真があると考えるというポジティブシンキングで行くことに決めた。そう思えば、もう何も怖くない、じゃなくて、もう深く想像するのは止すことにした。俺はこの写真を検索サイトに突っ込んだ。

 検索サイトに画像を送ったら、その画像がどこで使われているか出てくる機能がある。俺は顔の似ているパーツを見つけるのは得意だが、人種を判別する能力が優れているなんてことは特にない。そのアジア系な美少女が日本人か中国人か韓国人かそれ以外かみたいなことは、俺にはわからない。そんなわけで、どうしても気になる娘の写真は検索サイトに放り込むのだが、やはり心情的に日本人だったらなあとか思ってしまう。いくら美少女で好みでも「台湾人です」とか「ベトナム人です」ということになるとと「ああ、この娘、日本語話せないのか」と思うわけで、少しがっかりしてしまう。
 そんなことを思っている間に検索結果が受信し終わっている。オリジナルの出どころは、つぶやきの投稿サービス、つまりはさっき見ていたサイトの、あるアカウントの写真ページのようだった。俺は速攻タップしてページを開く。イラストアイコンのアカウントが現れる。自己紹介は日本語で書いてあって、俺は少し嬉しくなる。
「ふーん、生放送とかやってのか」
「おわっ! まだ、いたのか」
 永田の横槍にびっくりするが、「いちゃわりーか」というやつの返答は特に相手にしない。表示されているページを手繰る。
 このアカウントのつぶやきを見ている人数は三桁の前半。そんな有名な生放送というわけではなさそうだ。そういう意味では視聴者として近づくことさえできれば、チャンスはかなりありそうな感じがした。オフ会とか。そう考えて、俺はポチッとフォローした。

   * * *

「で、何かわかったのか?」
「いや、何にも」
 机に突っ伏している俺に「ま、普通そうだろな」と慰めにもならん言葉を永田は掛けてきた。
 あの写真を見つけてから「一週間以内に特定してやるよ」という宣言は虚しく、夏服への切り替えは終わり、もうひと月が経って、もうすぐ期末考査という時期になろうとしていた。
「いや、まあ、仮説は立てたんだ」
 俺はむっくりと起き上がった。

 正直、ここまでガードが硬いとは思わなかった。普通、ネットで顔出し生放送やっていたらオフ会ぐらいしてもしていてもおかしくない。でも、彼女は「親が厳しいので、オフ会はちょっと難しいです。ごめんなさい」と番組内で謝っていて、実現の見込みはなかった。
 彼女でわかったことは、アカウント名がbluet6、ハンドルネームが「ぶるーと(6)」、呼ばれるときは「ぶるーと」ということと、年齢が十六歳の高校一年生というプロフィール見ればわかるような情報だけだった。
 生放送も、部屋の映り込みはだいぶ気を使っているのか、特徴的なものがほとんど映らないし、どこ住みかもわからない。別に俺は探偵的な能力があるわけじゃないから、ごくわずかなヒントでそんなことがわかったりはしないんだけど。
 ただ、そうすると不自然なことがあった。なぜ彼女は、取り留めのない会話の、それもそこから広がりのない、そんな生放送を楽しむんだろうか。そこから考えると、オフに出れない、つまるところリアルに出ると何かマズイ秘密を持っているのだろう。

 そう説明すると「ほう」と永田は相槌を打った。
「で、その秘密とは?」
「まだ売れてないアイドルで事務所に黙って生放送か、超有名人の娘さんでお忍び生放送」
 永田は瞬間的に呆れ顔、その表情は有名なバラエティの司会者のオッサンにすごく似ているんだが指摘したことはない、を表情に浮かべた。
「散々引っ張ってその程度かよ」
「いやいや。絞れたら、あとは根性の問題だ」
 俺は二十数件目となる芸能プロダクションのタレント一覧ページが表示されたスマホを見せつけた。
「え、何? お前、これプロダクション五十音順に全部見てんの?」
 俺は首を縦に振った。
「お前、アホだろ」
 そう声を上げた永田に興味を持ったのか「お前ら、何やってんの?」と数人の男子生徒がこっちにやってきた。

     

「先月ネットで見つけたかわいい子が誰か調べてるんだとよ」
 永田がやってきた同級生に説明した。
「えー、どんな娘」
 すっげーチャラそうな声を出して、三人の中で髪をかなり明るい茶色に染めているイケメンが俺の方に顔を向ける。
「お前には先週見せたぞ、ハゲ」
「見てねーよ、てか、ハゲてねーよ」
 髪の毛の色が薄いからという理由で付けられた酷いあだ名の一週間前のことも覚えていない鳥頭の要求は無視することにする。
 俺とハゲのバカなやりとりを尻目にもう一人が声を上げる。
「なになに見たいし」
「ほれよ」
 俺はその娘の写真を開いて、スマホを貸した。ハゲも含めて三人は画面を覗き込む。
「えーっ、超カワイイじゃん。何この子、彼女?」
「ちげーよ。永田がさっき説明したろ」
「え、なんか言ってたっけ」
 とぼけた返事に全俺が机からズレ落ちる。いや、比喩表現なんで落ちてねーけど。
「あまちゃんだから仕方ねーよ」
 そう言ってハゲが笑う。「ハゲに言われたくねーよ」と昼飯に必ずデザートで甘いものを食うからという理由で付けられたゲロアマトーというあだ名を拒否って、このあだ名に落ち着いた野郎は抗議した。
 ハゲと甘党の低レベルな争いをBGMに、俺のスマホを受け取っていた黒縁メガネのむっつりスケベは落ち着いて言った。
「メイドは僕の好みじゃない」
「別にお前の好みは聞いてねえよ!」
 適当にツッコみつつ、返されたスマホを受け取る。受け取ったものの、なぜか奴は手を離さない。おいおい、と口に出す前に、スマホを掴んだままのスケベメガネが口を開いた。
「制服の写真があったら頼む」
「いや、知らねーよ! てめえで探せよ!」
 俺のごくごく真っ当な反論はもっとデカイ声で消された。
「お前ら、わりいけどちょっと静かにしろ」
 休み時間なんだしいいじゃねーかと思ったが、この声の主は知っていたので、「ほーい」という気の抜けるような返事をして、ちょっと押し黙る。我らがクラスの雑用ほとんどを押し付けられた超善人の級長の要望だ。何かの相談はさらさら興味はなかったが、他のクラスのなんか委員長を集めて相談事をしていたようだった。

   * * *

 繋いだ手は「歩くのの邪魔だ」と言う相手に解かれてしまったがそんなことに目くじらを立てる俺じゃない。
 待ち合わせ場所から目的地に歩く。ああ、ここ昔、通ったよな、と俺は思い出し笑いをする。
「何がおかしい」
 低い小さい声の方を向くと視線を突き立てる美少女がいた。顔には出さないでいたつもりだったが、笑みが漏れていたようだ。
「いや、最初の出会いもここだったって思いだしたところ」
 俺は悪びれずにしゃあしゃあと答えた。彼女はムッとした表情を作ったので、もっとからかってやろうという気にもなってくる。
「初デートはそこのホームセンターだったんだよねー、九段くだんつばさちゃん」
 本名が男女どっちでも通用するから便利だなーと内心思いながら呼んでやると、俯いてプルプル震えながら、「名前呼ぶのはやめろ」と一層小さな声で嘆願してくる。
「えーなんで? 呼ぶとき困んじゃん?」
 思い切り軽い感じで言い返すと、「バレたくない」と声が返ってくる。俺はあからさまにため息をつく。
「そんな声で喋る方がリスキーじゃん。ほら、いつもの生放送みたいに声上げてこ?」
 普通の指摘をしているだけなのに、何が不満なのか睨みつけてくる。まあ、その顔だと全く怖くないんですけどね。
 俺はカワイイ女の子が好きだ。それに人をイジめるのも好きだ。ハゲだとか甘党だとか高校生になってものあの雑なあだ名は俺の仕業だ。とはいえ、女の子が好きというのがあるので、女の子に対してそういうイジメはしないことにしている。
 ということは、そういういじりができるのは男相手なんだけど、それを踏まえるとカワイイ女の子になれる女装野郎というのは、俺にとって大変都合が良い。カワイイしイジメれるし超便利。そいつがどう思っているかは知ったこっちゃないけど。
 結局、相手は黙ったまま、横を歩くことにしたようだった。
「あのさー。黙って歩く男女がどこの世界にいるんだよ。バレたくないなら、それなりに演技しろよ。オフ会という設定でいいからさ。ね、ぶるーとちゃん」
 俺は不満げに言い含めておく。もちろん、オフ会設定と言ってやったので、ハンドルネームで呼んでおく。
 彼女は困った顔で聞いてきた。
「え、えっと、じゃあ、なんて呼べばいいですか?」
 ちょいハスキーって言えば女の子だと通じるような声だ。素直に演技する方向に固まって大変よろしい。いつもの感じには程遠いが、及第点はやっておこう。まあ、及第点で困るのお前だけど。
「俺は苗字は教えたってことで青山でいいよー」
「はい、じゃあ、青山さん、今日はお願いします」
 無理矢理な笑顔に俺は吹きそうになる。ここで頬まで染めりゃ完璧だが、同性相手でそれができたらキモい。
「うん、よろしくねー」
「で、あのー、今日はどこ行くんですか?」
「まずはボーリングでも軽くしよか」
 ボーリングと聞いて、彼女というか女装した同級生はパッと顔を明るくした。
「久しぶりにやってみたいと思っていたんです」
 本心でそう思っているのだろう。学校の所属もたしか文化系の同好会の地味なやつだし、そんなに友人と遊びに行かないんだろうな、というのが想像できた。
 俺ももちろん楽しみだった。
 これから行くボーリング場でこの時間クラスメイトが遊んでいるのはチェック済みなわけで、徐々にテンションを上げていっているかわいく女装した同級生のお披露目会だ、などと考えているわけで、否応なくワクワクするしかなかった。

       

表紙

白銀 尽 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha