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ファイブマート加盟説明会

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3.
あの一家団欒の夜が過ぎ、週末の土曜日。野上修司はファイブマート新規オーナー加盟説明会へと足を運んだ。あいにく曜子はパートのシフトが既に組まれていた為、この日の説明会に参加することは出来なかった。
「皆様本日はお忙しいところ、弊社の加盟説明会にご参加いただきまして誠にありがとうございます。本日のスケジュールなのですが、これから20分ほどのPRビデオをご覧いただきます。その後、第一線で店舗運営を行っている担当との個別の面談と質疑応答の時間を1時間程設けております。最後に、これは是非皆様に、ご記入いただきたいのですが、加盟の仮申込み書を記入していただく時間を設けております…」
司会者の男が説明を言い終えた後、PR動画が始まると、マスコットキャラクターのファイブ君が、アメリカのIT企業のトップが新製品を紹介する時の様に、自信満々に登場し、いかにファイブマートの加盟店オーナーが恵まれた環境にあり、人生を謳歌しているのかを、競合他社との条件面での比較や実際のオーナーへのインタビュー等を交えて語り始めた。このPR動画は会長の小林が、低迷しているオーナー加盟率の上昇の為に、企画した打開策の一つであり、3億の製作費を投じて、マインドコントロール研究の分野で世界的権威であるカリフォルニオ大学のロバートソン博士を監修者として招へいし、制作されたものである。そして、この日に初めて披露されたばかりであった。
修司はそのPRビデオを見て、1日でも早く加盟しなければ絶対に損だという判断になり、個別面談では具体的な条件面の話を詰めようと決心した。
隣の会場には折りたたみテーブルを挟んでパイプ椅子が置かれ、パーテーションで仕切られただけの、簡単な面談席が数十と作られており、その一席に通されると、修司の個別面談の相手は既に目の前にいた。その男は崎谷であった。
 「PRビデオどうでした?」柔和な顔をした崎谷は個別面談に入って自己紹介を終えるとすぐに修司にそう尋ねた。
 「ええもう是非、ここから先に進んでいきたいと考えておりまして、是非加盟の件をお願いしたいと…。」
 修司が話を始めると、崎谷の表情は見る見る険しくなっていき、修司が言い終わるのを遮って。
 「ダメだ。」そう言った。
 「えっ?」予想外の言葉に修司は耳を疑った。
「加盟の話はなしだ。」
「そ、そんな。なぜですか?」
あっけにとられる修司を見て大きなため息をつく、崎谷。
「俺が仮に銀行員だとするよな?そのバンクマンの俺にとって何が一番重要な仕事だ?」
「バ、バンクマンですか…。」
「そうだ、バンクマンの俺がする一番重要な仕事は金を借りに来たやつが、ちゃんと返せる奴かどうか見極めるってことだ。普通はな。でもよ、その見極めっていう重要な仕事をせずに金を貸しちまったあげく、そのまま金抱えてトンずらされちまったら俺はどうなっちまう?」
「こ、こま、困ります。」
「そうだ困るよな。いや、困るどころの話じゃねえ。後悔するし、上司から詰められるし、胃はキリキリ痛むしで、どうしようもなくなっちまう。だがな、そいつは問題としては一番重要なこっちゃねえ、一番重要なのはよ。おい聞いてるか?悪い噂がたっちまうってことよ。馬鹿でも、猿でも、豚でも借りられるなんて噂がな。そうなっちまったらもう貸す貸さねえの判断どころじゃなくなるわな。地面のジャリ銭探すホームレスみてえに1日中、下を見ながら過ごすような暗い日々が続く。午後のコーヒーブレイクすらまともにとれなくなる日々だ。そんなの俺はご免なんだよ。だから、そうならない為にあんたにはこの際ハッキリ言っておく。悪いが加盟の話はなしだ。」
「そ、そんなあ…」納得のいかない面持ちで押し黙る野上。それを見て崎谷は深い溜息を吐く。
「いいか、俺は毎日毎日、来る日も来る日も、さっき流れたビデオを見てる。馬鹿見てえに3年間もだ!どれくらいの人間がアイツを見てる?アイツを見てたらこの業界でウチが圧倒的に勝利者の立場ってことがわかっちまう。それを見た希望者はあんたみてえに我先にとウチに加盟したがるんだよ。…冷静に考えてみてくれ。足りてるんだ。足りてるんだよもう。選び放題の立場なんだよ。ウチは。…仮にアンタを推薦するよな?シコシコ書類を書いて、揃えて、審査して、1か月待って。それでダメでしたなんて答えが本部から帰ってくる。それを伝えるときに、アンタの悲しむ顔を俺は見たくねえし、無駄な労力をかけたくねえんだよ。」
「で、でも具体的にどんな所が駄目なんでしょうか?貯金もありますし、やる気だって!生半可な気持ちでやろうとは考えていませんし、精一杯頑張ります!」
「本当に?」
「ええ、本当です!」
「途中で投げ出したりは?」
「絶対しません!」
崎谷が思い悩んで、沈黙すると、修司はたたみ掛けるように、
「お願いします!」そう言って頭を下げた。
崎谷は顔を近付けると、声量を落とし、修司にだけ聞こえる声で言った。
「周りを見てみろ。」
「えっ?」
「同じ立場の人間が必死に、相談してんだろ?」
「は、はい。」
「こいつら全員、ウチに加盟したくてウズウズしてやがるんだ。わかるか?」
「ええ!はい!」
「こいつら出し抜いてでもウチに入りたいと…そう言うんだよな?」
「そうです!」
「わかった。しょうがない。」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、条件がある。300だ。」
「えっ?」
「300あれば、席は確保できるがどうする?」
「300…万?」
うなずくと崎谷は続けて、
「誰も助けちゃくれねえ、砂漠に迷い込んで喉がカラカラのアンタが砂漠に唯一あるオアシスで喉を潤しながら過ごす為の、生涯パスポート。それがたったの300。…俺は安いと思うが?」
黙る修司に崎谷は続けて言う。
「どうする?この条件は俺にかかとで頭蹴られてでも、足にしがみついてトロピカルジュースを飲みたがるクソ野郎にしか提示しねえ。そういうクソ野郎しか俺はパートナーとして認めねえし、一肌脱ぐ気にもなれねえ。さあ、どうする!?」
「お・・・お・・・・。」声が上ずって言葉にならない修司。
「お、何だよ?」
「お、お願いします!」
「決まりだ!!!」崎谷はそう叫びながら、握りこぶしで、机を叩きつけた。
 場内は一瞬静まり返ったが、すぐに騒然とした雰囲気に戻った。

       

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