Neetel Inside 文芸新都
表紙

みんなのヒーロー
第3章「正義の在り方」

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(正義ってなんだろう)
 ある日、英雄はそんなことを考えながら会社の帰り道を歩いていた。ビジネス街からやや離れている繁華街ではあったが、行き交う人々は多い。そのほとんどが英雄と同じサラリーマンだが、正義について考えるサラリーマンは英雄ぐらいだろう(ここで言う正義とは、英雄の友人で恋人の勇気を奪っていった正義(まさよし)のことではなく、一般的に悪の対義語とされる正義(せいぎ)のことである)。
 普段からこんな哲学や少年漫画の悩める主人公のような妄想をしがちな英雄だが、これに関してはあるきっかけがあれば必ず考えていた。そのきっかけというのがボーカロイドの鏡音レンが歌う『スーパーヒーロー』という曲を聴くこと、である。英雄はいつもアイポッドで音楽を聴きながら通勤している。内容はもちろんアニメの主題歌やゲームのサウンドトラックばかりで、中には勇気に勧められてしぶしぶ登録した邦楽もあったが、結局一度も聴くことがなかった。
 そしてこの日も、英雄は『スーパーヒーロー』を聴いていた。

★ ☆ ★ ☆

『スーパーヒーロー』

 幼いころ【僕】はヒーローに憧れていた。その憧れは時間と共に風化することなく、やがてヒーローを目指すようになった。
 ゴミ拾いに勤しんで、迷子の子猫を助け、イジメっ子を蹴散らして、窃盗犯を懲らしめて、【僕】は思い描いた正義のヒーローへ近づいていった。
 そして戦いの日々に身を投じるようになり、幾千の死闘を乗り越えてある結論に辿り着いた。

 ――本当の悪は権力の中にいる。

【僕】は史上最大の作戦を決行した。それによって罪のない市民が犠牲になってしまったが、『真の敵』を倒すためにはしかたないことだった。
 いつしか【僕】を非難する者が現れるようになった。けれど【僕】は「ならお前たちも悪だ!」と言い放った。
【僕】はテロリストと言われるようになった。「みんなのヒーロー様だぞ!」と叫んでも誰の耳にも届かず、捕縛されてしまった。
幼いころに見ていたテレビ番組とは違う結末を迎えることになった。【僕】はただ、あのときのヒーローに憧れていただけだったのに。

 しかし 【僕】は最後まで自分の正義を疑わない。意志を継ぐヒーローが現れ悪を滅ぼす――そう信じている。

★ ☆ ★ ☆

 この曲を聴くたびに、英雄は正義の定義に悩んでしまう。
 この曲は正義を問う曲である。【僕】が幼いころに見ていたヒーローとは、まさしく真のヒーローだったのだろう。世界征服を目論む悪の組織と戦いを繰り広げる赤いマントのヒーロー、それこそが【僕】の憧れだった。それは英雄自身にも経験があったから【僕】にも共感が持てた。
 最初はゴミ拾いや迷子の子猫探しなどボランティア程度の貢献しかできなかったが、イジメっ子や窃盗犯を相手にできるようになる。英雄はもちろん、ヒーローを夢見た少年たちなら誰もが望んだ正義の力を【僕】は手に入れたのだ。
【僕】の正義は留まることを知らない。数多くの死闘の果てに辿り着いた結論――本当の悪=権力(この場合は国家権力、あるいはそれに準じる機関なのだろう)が【僕】を大きく変えてしまった。英雄はここから【僕】が理解できなくなってしまう。
 罪のない人々を巻き込んだ史上最大の作戦。これは擁護する余地もない、完全にテロ行為だ。【僕】が掲げる正義は世間一般で言うところの悪となり、正義の名の下にテロ行為を繰り返し、否定する者を悪と呼び、その結果【僕】は正義のヒーローではなくテロリストとして扱われた。
 拘束されてなお自分の正義を信じる【僕】に、英雄は悲しみさえ感じていた。【僕】の正義の意志を継ぐヒーローなんて現れるわけがない。なぜなら悪だからだ。正義の対義語は別の正義、と言われもするが、日本という平和な国に暮らしていれば【僕】の正義は悪だと教育されるのだ。これは誰が悪いわけでもない、そういうものなのだ。
(正義って難しい)
 昔の正義や悪はわかりやすかった。正義と悪は対義の関係で、見るからに悪そうな連中が世界征服を企み、それを阻止するために立ち向かう正義のヒーローがいた。仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズを始め、多くの作品がそんなストーリーだった。
ところが昨今の漫画やアニメ、ゲームで見られる正義や悪は、そんな簡単なものではない。
『世界(地球)を救うため、最大の害悪である人間を排除する』
『愛する人と友人に裏切られ、すべてを失い、何も信じることができなった主人公は魔王となる』
『ただ一人の男を愛するため、自分の役目を捨てて世界を崩壊へと導いてしまう』
『主義主張が合わないためにお互いの正義をぶつけ合い、そのとばっちりで悪を倒してしまうヒーローたち』
 どれも善悪の判断が難しい。だから正義の対義語が『別の正義』なのである。この『スーパーヒーロー』だってそうだ。【僕】は『別の正義のヒーロー』で、それによって助かっていた人々もいたかもしれないのだ。
 この日も考えがまとまらず、ぐるぐると思考が渦巻き始めようとしたそのとき、目的の場所に到着し英雄は足を止めた。その場所とはアニメイトと呼ばれる、漫画・アニメ・ゲームの関連商品を扱う販売チェーン店だ。この日は水曜日、定時退社が推奨されている曜日だが、あくまで推奨なので残業をする者も多い。英雄も期限が厳しい作業を残していたが、前々から今日はアニメイトに行く予定だったので定時を告げるベルが鳴ると同時にフロアから飛び出していた。
 新作のゲームや新刊の発売日は平日が多いため、英雄はしばしば仕事帰りにここに足を運ぶ。普段は電車通勤だが、アニメイトに行く日はわざわざ一駅間を歩くほどだ。昔はスーツ姿で入ることに抵抗を感じていたときもあったが、いざ入ってみれば自分と同じスーツ姿のサラリーマンが多く見られ、ライトノベルや成人指定のゲームや漫画を選んでいたりする。それまで英雄は「きっと三十路を超えたら、こんな趣味も終わるんだろうな」と危惧していたが、明らかに自分より年上のサラリーマンを見たとき、きっと生涯の趣味のなるのだろうと確信した。
 このアニメイトは七階建てでフロアごとに取り扱っているジャンルが分かれている。英雄はまず一般書籍のフロアへ向かい平積みされている新刊コーナーを見渡した。購入している漫画の発売日はすべて頭に入っているので、今日は新刊が一冊も出ていないことは知っているが、英雄は必ず新刊コーナーはチェックするようにしている。これは新たな漫画を発掘するための大事な儀式なのだ。
(この絵柄いいなぁ、最新刊は三巻か。まとめ買いをしても痛くない金額だから買っておくか? いや、まずはネットでの評判を見てからだな。こっちはまだ一巻だけか、ハズレだったとしてもダメージは少ないな、これは買いだ。あとは……うーん、ネットで賛否両論になっている漫画か。けっこう気になっていたんだよな、ここは一つ僕も評価してみようじゃないか、四冊まとめ買いっと)
 その後スマートフォンでネットを検索し、評価は悪くないようだったので三巻まとめ買いをすることになり、合計八冊、購入する商品はフロア別に精算する必要があるため、買い物カゴに詰めてレジに並んだ。今日の目的はこのフロアではないのだが、過去に後回しにしていて売り切れた、という手痛い経験があったため、一期一会の精神ですぐに購入するようにしているのだ。さすがに八冊も購入するとリクルートカバンはぱんぱんに膨れ上がった。平日の場合はとにかく買う量が限られていて、パッケージの大きいパソコンゲームなどはカバンの中に入らない。せいぜい大判の漫画が限界だった。
 英雄は次に薄い本(同人誌の隠語)が売られているフロアの成人指定コーナーに踏み込んだ。その中にもスーツ姿のサラリーマンが数人いて、英雄は奇妙な仲間意識が芽生えながらもすぐに「自分以外は敵だ」と気持ちを切り替えた。なぜなら、ここが今日の目的の場所だったからだ。ここの新刊コーナーはぼんやり全体を眺めていた先ほどとは違い、一冊一冊、見落としがないように集中して凝視していた。
「……あっ」
 ある一冊の同人誌を見つけ、英雄は思わず声を上げた。ゆっくりと手を伸ばし、けれど寸前で横取りされないように気を配りながら、それを手に取った。
『魔法少女マジ狩るマジカ その4』
 これは大手サークルのシリーズ物の同人誌で、内容はタイトルの通り魔法少女物。普段は地味で冴えない女子中学生の四葉真鹿(よつばまじか)はある日、無責任な神から一方的に天命を受け、地球を守るために魔法少女マジ狩るマジカとなり悪の組織と戦うことになる。仲間はもちろん魔法少女物にありがちなマスコットキャラクター兼パートナーのペットもいない孤軍奮闘を強いられ、内容は毎回決まってマジカが登場、少し戦ってピンチになり、悪役から成年指定的な行為を散々受けたのちに逆転する、こんな流ればかりでストーリー性がまったくない。それでもイベントでの販売はあっという間に完売し、ショップの委託販売も少量のため入手困難、しばらくすればネットオークションに数倍の価格で出回るほどの人気作である。
 この同人誌を求める者はマジカが悪役に敗北する、つまり正義が負けて悪が勝利する展開を望んでいる。初代ウルトラマンも最終話は宇宙恐竜ゼットンに敗北していたが、それとこれとは話が違う。マジカの敗北は男たちの下心を満たすためなのだ。
 正義や悪について一家言がありそうな英雄だが、この同人誌に関しては難しいことは考えないようにしていた。出不精な英雄はイベントには行かず、ネットオークションで購入することが一回、他県のアニメイトに遠征することが二回、そして今回ようやく苦労を要さずに手に入れることができ、にんまりと笑みを浮かべた。
 英雄はマジカが(もちろん真鹿のほうも)好きだった。単純に絵が好みだったし、長い黒髪に細身ながらも出ているところは出ている、少女と女の魅力が融合された容姿が理想通りなのだ。それに別れた恋人の勇気に似ていて、英雄は振られた日からマジカに勇気を重ねていた。それほど元恋人に似ている登場人物が毎回あられもない姿にされるのだが、少しも心が痛くなかった。悪役は漫画やアニメに出てくるようなモンスターなので嫉妬心なんて湧くはずがない、むしろ背徳感でより興奮できた。
 すぐに会計を済まし、英雄は早歩きでアニメイトを出た。ここ二週間はこの日のため、この同人誌のために生きていたと言っても過言ではなく、もし英雄が世界を守るヒーローだったとしてもその責務を放棄してアニメイトに直行する覚悟だった。
 マンションへ帰り、スーツを乱暴に脱いでハンガーにもかけずに床に放り出し、ジャージに着替えてロフトベッドへ上がって、本日購入した本とティッシュを枕元へ置き、朝までくつろげる環境を整えた。ティッシュを用意しているのは冷静な判断、大人の配慮である。
「どれ、さっそく」
 手に取った本はもちろん魔法少女マジ狩るマジカだ。表紙は可愛らしいポーズをしているマジカで、裏表紙は少し恥ずかしがりながら同じポーズをしている四葉真鹿の姿。これは第一作目から同じ構成になっていて、こんな小ネタがいちいちツボを刺激させた。
 英雄は胸を踊らせながら表紙をめくった。

◆ ◇ ◆ ◇

 街は阿鼻叫喚と化していた。突如現れた悪の組織によって建物は破壊され、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。果敢な一般市民や警察、自衛隊が必死に交戦するが戦力の差は圧倒的。傷一つ付けることができなかった。
「やめろ、やめ……ぎゃあああああああっ!」
「いやぁぁぁっ! 助けてぇぇぇぇっ!」
「おかあさん、おかあさん!」
 男はあっさりと殺されてしまい、女は怪人たちの慰み者となり、子供はじわりじわりとなぶり殺しにされる。そんな様子を建物の影から女子中学生――四葉真鹿は見ていた。隠れているわけではない、たった今到着したばかりなのだ。その証拠に真鹿の息は荒く、ぜいぜいと肩を大きく上下に揺らしていた。
「うう、なんてこと……早く、なんとかしなくちゃ……!」
 悪の組織の活動に制限はない。真鹿が眠っている間にも地球のどこかで自分の知らない人々が血を流している。今回は到着こそ遅れてしまったが、まだ真鹿が行動できる範囲内だった。
まるで地元のボランティア活動のような正義しか行えない。それによりどれだけの被害が出てしまったのか、考えるだけで真鹿は心を痛めてしまう。だが苦悩は判断力を鈍らせる、自分の手が届く人々を守ることに集中しようと気持ちを切り替えた。
「マジ狩る、チェンジ!」
 真鹿が空に向かって手を伸ばすと、雲の切れ目より光が差し込んだ。そしてその光が消えるときには野暮ったいセーラー服で冴えないメガネの四葉真鹿は姿を消し、白と黒のゴシックロリータを身につけ、頭には小さな王冠、背中にはウサギのぬいぐるみを背負った魔法少女、マジ狩るマジカがそこにいた。
「間近でマジ狩る、マジ狩るマジカ、参上!」
 誰に言うわけでも、誰に見せるわけでもなく、丸々一ページを使ってマジカは表紙と同じポーズを決めた。真鹿なら裏表紙のように顔を赤くして恥ずかしがっていたに違いないが、マジカは自信に満ちた表情を浮かべている。変身することで戦う勇気を得て、多少の恥じらいはなくなるようだ。
「マジ狩るスプラッシュ!」
 マジカは地面を蹴り、高層ビルよりも高く飛び、両手から輝く光弾を何発も放った。すると地上で群れを成していた怪人たちに被弾、半数以上が塵となって消滅していった。
「これ以上の悪事は許しません! 観念なさい!」
 一瞬で戦力が半減したことにより怪人たちは戦意喪失し、逃げ遅れた周囲の人々からは安心と期待で歓声が沸き起こる。しかしその中に、なぜもっと早く来てくれなかったのかと疑問と憎悪を抱く者も少なからずいた。
「……お前が、マジ狩るマジカか」
 一体の怪人がゆっくりと前に出た。マジカは対峙した瞬間、寒気を感じた。他の怪人と比較にならないほどの強さ、そして負の感情が肌から伝わってきたからだ。
「……あなたは、人間?」
 マジカはその怪人が同じ存在、人間であることが雰囲気ですぐにわかったが、たとえ人間でも悪の仲間であるのなら容赦しない。両手に魔力を溜めて、マジカは臨戦態勢に入った。普段は魔力を抑えて戦っていたが、出し惜しみせず全力で挑むつもりだった。

◆ ◇ ◆ ◇

(途中まではいつも通りだったけど……)
 悪の組織が悪事を働いているところに、出遅れた真鹿が変身、ポーズを決めたのちに雑魚の怪人を一掃する。ここまではシリーズを通して共通する内容だが、後半は今までにない展開だった。
 まず悪の組織に人間がいることだ。これまでは悪の組織の科学者によって生み出された触手やゲル状の、いかにも成年指定の行動を起こせるような怪人ばかりだった。それなのにここで人間を出してくるなんて、斬新ではあったがどうにも違和感が拭えない。
 そしてもう一つは周囲の人々の心理描写があることだ。いつもマジカの登場と同時に描写されなくなるのだが、今回はそれぞれ考えていることが吹き出しと共に描かれている。しかも良い感情だけではなく、悪い感情もだ。
 ここから先はマジカが敗北する展開が待っているのだが、これまでとは違う展開に不安感を抱きながら英雄はページをめくった。

◆ ◇ ◆ ◇

「キャア!」
 闇の衝撃波は渾身の魔力を注いだマジ狩るシールドを粉々に砕き、マジカを地面に叩きつけクレーターを作り出した。
「う、ゲホッ、げほっ」
 背中を強打して激しく咳き込むマジカの前に、先ほどの相手――悪の組織のナンバー2を名乗る男がマジカを見下ろした。
 マジカが直感した通り、これまでの怪人とは比にならないほどの強敵だった。すべての攻撃は容易く防がれ、逆に相手からの攻撃によって鉄壁のマジ狩るシールドが破壊されてしまった。しかもマジカの残り少ない魔力に反して、相手はまだまだ余力があるように見えた。
「お前の話は聞いていたが、それらは誤りだったようだな。魔法少女とはこの程度のものとは、期待外れにもほどがある」
「まだ、私は……負けていない! まだ、まだ……!」
 マジカは残りの魔力をすべて放出し、左手に弓を、右手に矢を形成して弦を引いた。遠距離攻撃では最強最速だが、たった一発で魔力が空になってしまう切り札『マジ狩るアロー』にナンバー2の男は「ほう」と感嘆の声を上げた。
「すばらしい魔力だが、きっとそれは切り札なのだろう? おそらくその代償として魔力が尽きるに違いない」
「だったら、何だって言うの!」
「この攻撃を防ぎ、完膚なきまでに心をへし折ってやろう」
 ナンバー2の男は右手を前に突き出した。その仕草にマジカは気づいた。この男はマジ狩るアローを受け止める気だ、と。
 どこまでも余裕な様子を見せるナンバー2の男に、マジカの怒りが爆発した。
「闇よ滅せ! マジ狩るアロー!」
 右手から矢が離れた瞬間、まばゆい光が一筋のビームとなってナンバー2の男に放たれた。だが、マジ狩るアローはナンバー2の男の手の中の禍々しい闇に吸い込まれ、音もなく消えていった。
「うそ……」
 今まで防がれたことのないマジ狩るアローがあまりに呆気なく防がれたことに、ナンバー2の男の目論見通り、マジカは心が折れてしまった。魔力はもう残っていない、今の自分は一般人と変わらない。もちろん仲間もいない、すべての勝機が消えたこの瞬間にマジカは腰が抜けたようにふらふらと座り込んだ。
「この程度か。くだらん、実にくだらない」
「い、痛い!」
 ナンバー2の男はマジカに歩み寄り、腕を掴んで引っ張り上げた。圧倒的な敵への恐怖と切り札を使ったことによる疲労で足ががくがくと震えていて、ナンバー2の男の支えだけで立っているようなものだった。
「もう敗北を認めているのだろう? お前も、もうわかっているはずだ」
「まだ、私は」
「見苦しいな。その姿と同じで見るに耐えん」
 ナンバー2の男が視線を落とした先――マジカは自分の姿を見た。マジ狩るアローの反動で服はぼろぼろに引き裂かれ、健康的な肌とピンクの下着が露出していた。マジカは顔を赤くして胸を隠した。戦うことへの覚悟はできていたが、肌を晒すことへの羞恥心は無視できなかった。
 周囲には逃げ遅れた人々が二人の戦いに固唾を飲んで見守っていて、多くの男たちは素肌、下着にごくりと生唾を飲んだ。
「今さら何を恥じらう? これまでにも我が怪人たちに犯されてきただろう? その汚れた身体を、なぜ守ろうとする?」
「う、うるさい!」
「気丈な奴だ……が、たしかに怪人たちが嬉々としてお前を犯した理由もわからないでもないな」
 ナンバー2の男は舐めるようにマジカを見つめた。たしかにナンバー2の男が言うように、マジカは魅力的だ。歳相応の幼い顔だが使命感を帯びる大人びた雰囲気があり、低い身長には不釣合いなほどに胸部は成長している。アンバランスな要素が多く備えられていて、(下心を持って)見る者に背徳的な印象を与えた。
 マジカはナンバー2の男の視線を感じ、それが自分を一人の女、一人の雌として扱われていることを察し、羞恥心以上に身の危険を感じてしまう。
「……み、見ないで……」
「小娘を犯す趣味は持ち合わせていない。ここで殺してしまうのは簡単だが、それではつまらない」
 ナンバー2の男はぐるりと周囲を見渡した。そこには逃げ遅れた人々がマジカの敗北に絶望し、あるいはマジカの身体に釘づけになっていた。
そんな人々を見て、ナンバー2の男はにやりと笑った。
「マジカよ。まだ逃げ遅れた人間がいるようだが、お前はどうするつもりだ?」
「だめ、お願い……私は、どうなってもいいから、みんなには、手を出さないで……」
「ククク、健気な娘だ。そうだな、その願い、もしかしたら叶えることができるかもしれないな」
「きゃあ!」
 マジカは地面に叩きつけられ、ナンバー2の男の魔力によって手足に枷がつけられた。すでに魔力を使い果たしたマジカにはその拘束を解くことができず、もちろん自力で外れるはずもなく、大の字で寝転がるしかできなかった。
「聞け、人間どもよ! 見ての通りお前たちの希望は潰えた! フハハ、ハハハ!」
 周囲には正義の味方の敗北に悲しみ声、あるいは身に降りかかるだろう不幸に嘆きの声が上がる。にじみ出る負の感情が心地良いのか、ナンバー2の男は愉快だと言わんばかりに笑ったが、真の目的はここではなかった。
「今から一人ずつ殺していく。マジカよ、自分の無力さを呪うのだな」
「私はどうなってもいい! みんなは、みんなのことは、助けて!」
「ククク、まあ聞くがいい。ただ殺すだけというのは少々飽きている。そこで、一つ余興をしたい。さあお前たち、心して聞くが良い!」
 周囲に響くように、ナンバー2の男は叫んだ。
「お前たちの希望であるこのマジカを犯した男は生かしてやろう! 女とガキは全力で殴れ! 私の気が変わる前に始めるんだ、さあ!」
 マジカはナンバー2の男の『余興』に言葉を失った。この『余興』は最悪だった。守る保障がまったくない約束に命のやりとりを絡めているのだ。
 これから起きる出来事なんて想像するに容易い。いや、そんな想像は必要なかった。この『余興』が始まると同時に、周囲の人々――男や女、子供が一斉にマジカににじり寄ったのだ。
「そんな、騙されないで! こいつが約束を守る保証なんて」
「うるさい! それでも生き残れる可能性はあるじゃないか! やるしかないだろう!」
「そ、そうよ! アンタさえあいつを倒してくれれば、私たちだってこんなことしなくていいんだから!」
「ごめんなさい、マジカお姉ちゃん……」
 言い訳をしながらも雄の本能に駆られて息を荒くする中年の男。ヒステリックに叫びながら自らを正当化する若い女性。そして、恐怖と罪悪感で泣きながら謝る子供。
「やめて、みんな……私、がんばるから……」
 マジカの声は届かない。命がけで、時には怪人に犯されながらも守ってきた人々に裏切られる。しかも、誰もが自分の行動に疑いを持っていない。これまで自分がしてきたことは何だったのか――小さなほころびがマジカの中に生まれた。
「くふ、ふははは。どうだマジカよ、お前が守ってきた人間どもが、命惜しさにお前に危害を加えるのだ。はは、はははは!」

◆ ◇ ◆ ◇

「なんだこれは……」
 いわゆる『鬱展開』だった。これまでのシリーズでも成年指定シーンはあったが、異形の姿をしている怪人たちが相手で、ファンタジーな展開ゆえに心のダメージはなかった。けれど今回は、マジカが命を賭けてまで守りたかった人間に暴力を振るわれるのだ。
 おそらく他の読者もダメージを受けている(と英雄は思っている)、しかしマジカに元恋人の姿を重ねている英雄に並ぶ者はいないだろう。
(誰もこんな展開は望んでいない……なのに、どうして……)
 と思いつつも、一ページずつじっくり丁寧にマジカの不幸なシーンを見入った。読み進めるにつれて性欲を膨らましながらも、英雄はある違和感を覚えた。
 いつまで経ってもマジカが逆転しない。残りのページ数が少なくなるにつれ、その違和感が大きくなっていく。
(……ああ、最後のページだ)

◆ ◇ ◆ ◇

 嗚咽を漏らしながら謝り続けるマジカを獣のように犯した男性たち、そして容赦なく殴りつけた女性と子供は身体が粉々になって絶命していた。
 ナンバー2の男は約束を守らなかった。もちろん守る気なんて微塵もなくマジカの絶望に染まる顔を見たかったのだが、マジカはとっくに気を失っていた。
「……まあいい。まだ先は長い」
 力なく横たわるマジカに、ナンバー2の男は静かに言った。
「マジカ……お前は、救ってもらえなかった者たちを知っているか? 俺の妹は、怪人に襲われてお前に救ってもらえなかった者の一人だ。俺は悪の軍団を憎んだ。だが、それ以上にお前を憎んだ。だから憎い悪の組織に入り、最も憎いお前に復讐すると決めた。俺はお前が許せない、お前の正義の心を潰してやるからな!」

 次回タイトル『魔法少女マジ狩るマジカ フィナーレ』
『心に大きな傷を負ったマジカ。そんなマジカを追い詰めるように悪の組織は攻撃を仕掛け、少しずつ人々に不信感を植えつけていく。ついには正体を明かされてしまい、普通の少女としての生活すら失ってしまう。そのときマジカの前にナンバー2の男が現れ、マジカを悪の組織へ勧誘する。
 ――魔法少女の死は間近』

◆ ◇ ◆ ◇

 逆転劇はなく、ゲームで言うところの『バッドエンディング』が見え隠れしていた。それにこれまでにはなかった次回タイトルと煽り文がクライマックスを予感させ、英雄は悔しかったが作者の意図するままに次回が気になってしかたがなかった。
 次回で完結することの悲しさもあったが、英雄はますます正義がわからなくなった。ナンバー2の男には同情してしまう。もちろんマジカにも都合があるのだが、もし自分が同じ立場ならマジカを憎むだろう。そしてマジカは人々に裏切られ、世界を守る魔法少女としては死んだも同然だった。けれどこの場合も、もし自分が周囲の人々だったら、迷うことなく『余興』に参加していたに違いない、命が惜しいからだ。
 普段ならここから考え込むところなのだが、人間の本能とは正直なもので最後の煽り文を読み終えた英雄はすぐに表紙へ戻って二周目に入る。ある程度昂ぶっていた性欲は二周目のマジカの敗北シーンでいよいよピークを迎えた。

 ひとまず正義だの悪だのどうでもいい。英雄はティッシュを数枚抜き取り、ジャージとボクサーパンツを引きずり下ろして爆発寸前の性器をあらわにした。

       

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Neetsha