12 三十人長
どうやらこの「章」も半ばを過ぎたのだと誰かが言った。
章とは一つの時代だ。何かが始まって、何かが終わる。恐らくこの章の始まりは事変だと思われたが、そうとは限らない。隣の家の住人が鉛筆を落としたことかもしれないし、太陽の黒点の数が一定に到達したことかもしれない。始まりなど何もない章もあった。
今がなんばんめの章なのか誰も知らないが、一番最初の章が、どこかから誰かがこの世界にやって来たその瞬間だということは理解している。
彼がした行動のためにこの世界はある程度収束し、そして我々の祖先があとに続いた。だからこの世界がある。その事実がなにかを意味するとは思わずに我々は日常を送っている。何時間あるのかも知らない一日、何日あるのかも知らない一週間。誰も一秒の長さを知らないし、無数の永遠を孕んだ一瞬が今も無為に流れているのである。
ある日、それは多分夏の半ば、まだ過ぎてない夏の一日だ、家にまた憲兵たちがやって来た。
「どうしたんですか」
「■■■・■■■■・■■さん」久々に私の名前が呼ばれた。「首都でとても重大な事案が発生しましたが今すぐに聞きますか」「重大というからには今すぐに聞かせて欲しいんですが」「なるほど」
その人は恭しく軍帽を取って礼をした。若くてハンサムな男性だが、多量の髭のせいでだいぶ老けて見える。
「小生は、■■・■■■■・■■■三十人長です。今朝方新車が届きまして。ところがこの前の暴動で道路がぶっ壊れてるんでこっちまで乗ってこれなかったのが心残りだ。まさに」
その後彼は天気の話などしてから本題に入る……かと思いきや「空腹につき食事を取らせてください」といきなりサンドイッチを食べ始めた。彼の部下の三十人も同時に。
「統率がとれてますね」私は言った。
「三十人もいるとほとんど三千人いるのとおんなじなんですよ。実際のところ」彼は食べるのを中断して外に出ると、脚立を運んできて居間に置き、部下の一人に天井の煤払いをさせた。
「いきなりなにを」
「いや心ばかりの」
「余計なことをしないでほしいんですが。下になにも敷いてないからいたずらに床を汚すだけになっていますよ」
「なるほど」と言いながら三十人長はそのまま煤払いを継続させているのである。
結局首都で発生したという重大な事案について聞くことはなかった。
それどころか、この小隊が我が家に住み着いてしまったのだった。とても困った。
隣のおばさんは「にぎやかでいいじゃないですか」などとのたまうので、「にぎやかなのがいいのだったら工場にでも住んだらいかがですか」と言おうとしたが関係が悪くなるのは困るのでやめた……
私は法に触れるのを覚悟で彼らの頭に装置を埋め込んだ。事前に申請しておいた時期よりかなり早いのでいくつかの特権の剥奪は免れないだろう。見てみぬふりをしてくれればいいのだが。
とにかく三十人の兵士たちは傀儡と化した。これで待機性激昂のモードに切り替えれば、何かひとつきっかけがあるだけで大爆発するだろう。しかるのち戦闘モードに自動移行させ彼らを有能な暴徒に変えるのが私のプランだった。
埋め込みじたいはかんたんだった。食事中に肉切り包丁を使ってまず三十人長の頭を切り開き中の構成体を抜き取って変わりに装置を入れる。ほんとうは陽電子頭脳を使いたかったがそんな予算はない。
ここで予期せぬ事態が発生した。
三十人全員に埋め込みを行い、沈静モードに切り替え終わって静かな晩餐が行われようとしていた際、彼らの体がはじけ飛んだのだ。その大部分が消失し、あとには指とか構成体の一部、眼球といった部品がいくつか残るのみだった。
図らずも災厄を招いてしまったようだ。なぜかは分からない。
ともかく、彼らの犠牲があってはじめて、革命の問題点が判明したのだった。