Neetel Inside 文芸新都
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拡散記
放浪

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   14 放浪

 夏が終わらないのに気づいてから私は発作的に空白体に突入した。空は青い。地面には消えかけの落書きが無数に描かれている。廃車がところどころに転がっている。
 隣に■■■がいた。
「おはよう、ところでオレは枕をなくしてしまったよ。ひどい話だ」
「ひどい話?」
「どうしようもない話さ。眠れないのはかなりきつい刑だと思うよ。もはやオレはね、最終的な職業に就くしかないと思う」
「それは?」
 少しためらうかのように沈黙して、
「放浪者だ。オレは本来放浪者だったんだ、そういう生物なんだよ。昔あの団地の外れで見たやつみたく、そういうふうに作られたんだよ。もっともオレ以外の誰もそういう存在なんだけどオレは深度が違うね。世界の基底部がぶっ壊れても放浪し続けるっていう特権を持っているわけ」
「それはどうして?」
「そういう役割が必要なのは分かるだろ。誰もいない場所をかき回す人がさ。七人くらいいるといいんじゃない。逆行の話はしたことある?」
「ないと思う」
「オレは停滞だけじゃなく年齢が逆行するんだよ。たぶんそろそろそういう時期だと思うな」
「時期?」
「あとちょっとするとオレは十三歳くらいに戻る。そして場合によると八歳くらいになって、そこからまた停滞。百年くらいかな。分からない。オレだけじゃないと思うよ。オレたちは似ているだろ。■■■。名前も似てるしね。きみもそうなんじゃないか。たぶん覚えてないと思うけど」
「たぶん」
「ああ。いいんだよ。ここを抜けたいね。あの車に乗せてもらうか」
 そこに空色の車があった。かなり旧式のものに思える。二百年位前の。
 乗っているのは十三人長だった。髭が更に伸びている気がする。
「これが新車ですか」と私は聞いた。
「いかにも小生が酒を飲まずに買ったやつだ。燃費は死ぬほど悪いぞ」
「乗せてもらっていいですか」と■■■。
「もちろんいいとも。どこまでいく?」
「それよりここはどこなんですか?」
「暫定的接続体だろう。当該世界が移行しつつある異なる局面だ。消えたはずの小生が生存しているのもそのおかげだろう。外部領域と当該世界は癒着しかけているのだと推察する」
 なかなかエンジンがかからなかった。新車とはとうてい思えない。ラジオからは古めのブルース。
「あるとき小生の部下が全員ヘヴンリーブルー症候群でダウンしたことがあったんだ。それは美しい光景だが恐ろしかった。しかし貴公はそういうのを所望しているのではないか?」
「なんですかそれ?」
「人間の体の一部が欠損して青い蝶になる、第三種災厄と合併した病気だ。異世界からの侵食ともいえる。すでに隔離されたある世界はそれで滅んだんだ。世界全部が青い蝶になっちまった」
「はあ」
 我々はそのうち後部座席で寝てしまったらしく、起きたころには日が暮れかけていて車は止まっていた。
 三十人長はいなかった。また消えてしまったのかもしれない。もしくは家に帰ったのだろう。

       

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