清水、歯医者行くってよ
01.清水、虫歯になったってよ
文化祭が終わって一週間が経ったが、いまだに粉砕骨折した俺の左足はジンジン痛んでいる。
三階から飛び降りてヒーローキックばりに左足からイッたものだからへし折れて当然なのだが、すぐに茂田と横井が保健室で赤チンを塗ってくれたおかげで今ではようやく八割がた完治といったところだ。膏薬のこと見直したよ俺。
とはいえ、左足骨折で済んだ俺はまだマシだったんだろうけどね。
校舎半壊したし、体育館は爆破されたし、打ち上げの場所に選ばれたてっちゃんとこの蕎麦屋はエキサイトした女子どもに蕎麦とうどんを過剰発注されておやじさん倒れたし。あいつらあんだけ喰うなら二郎いけばよかったんだよ。
まァそんなこんなで、俺はいまはまだ文化祭のことを思い出したくない。
ずいぶんひどい目に遭ったし、走った距離だけで足がへし折れるかと思ったし、あばらをヤッた時にもう骨折体験はこりごりだったのに二度目経験しちゃったし。
とりあえずあの悪夢の全ての元凶だった二人のうち一人、荒宮蒔火は掃除用ロッカーにセメント漬けにして東京湾に沈めたが、俺の予想では半年ぐらいで帰ってきそうな気がする。スゲェヤダ。
「へっ」
俺は松葉杖を突きながら、放課後の空を教室から見上げた。
「ずいぶんと今日はまた、赤チンが沁みやがる」
「後藤、お前はどうしても認めたくないみたいだけどな、お前の左足は赤チンで治ったんじゃなくて桐島がぶち込んだボルトでくっついてるだけだ」
「なんでそういうこと言うの? 怖くなるってゆってんじゃん」
マジで殺すよ茂田。
俺は渋々振り向いた。放課後の教室にはおなじみのメンツが揃っている。
文化祭デビューを狙って牛のションベンで髪を染めようとしたらただ臭くなっただけの茂田、文化祭で彼女とお化け屋敷でイチャつこうとしてぶん殴られた横井、そしてその二人の間に挟まって人体実験の被験者のように机に寝そべった清水。
ぎゅっと目を瞑って両手を組み、口を「あーっ」と開けている。
歯並びいいなこいつ。
なんで俺たちがアニメイトにも行かずにいまだ教室でたむろっているのかというと、それはこの新顔の清水くんのせいなのだった。
まァ新顔と言っても、いままで俺の回顧録に出てこなかっただけで、いろいろと親交はあったんだけど、清水は割と本気のテニス部員なので、あんまり放課後は一緒に遊べないんだよね。
バスケ部入って三日でやめたどこかの横井とは違う。
違うんだけど、世の中ってのは不条理なもので、ちゃんと歯磨き粉を人より多めに使っている清水にもついに出来てしまったのだ。
虫歯が。
俺は口をあんぐりと開けたまま身を固くしている清水に近づいた。
「清水、だから言っただろ。砂糖は俺たちに甘い顔ばかりしてるわけじゃない……ってな」
「後藤、なんで今わざわざスベッたの?」
俺は横井を殴った。このボケ、また風紀委員に突き出すぞ。
「くっ」
清水は目を瞬いて涙を切った。
「おへふぁっふぇ、ふひふぇふひはになっはふぁふぇふぁふぁい……」
「なんて言ってんだ」俺は茂田に聞いた。
「俺だって好きで虫歯になったわけじゃない、だな」
したり顔で言う茂田。
「まァ清水はテニス部だからな、いろいろと女子部員からお菓子もらったりしてたし、そのせいで虫歯になったんだろう」
「そいつは仕方ないな、諦めて死ね」
清水がイヤイヤと首を振った。子供か。
しかし、確かによくよく見てみるとかなり頬が腫れ上がっている。
まだ酒井さんにぶん殴られた跡の消えない横井とそっくりな面構えだ。
なんで俺たち文化祭やっただけでこんなダメージばっか溜まってんだろ。非リアもたいへんだぜ。
「よし、清水、こりゃ抜くしかねーぜ」
と茂田が言い出した。
「かなり歯が黒くなってるし、ちょっと溶けてるし、億康の歯みたいになってんぞ」
清水は震えている。茂田は腕まくりをした。
「よーし、待ってろ。いま俺がすべてを終わらせてやる」
「マジか茂田、お前スゲーな」
茂田はふっと笑い、たまたまそばに転がっていたトイレットペーパーをぐるぐるに手に巻きつけた。
それを手刀の形にして清水のクチの中にぶっこむ。
しばらくがちゃがちゃやっていたが、「よし」と言うと、
「オラァッ!!」
勢いよく手を抜き取った。びくん、と清水の身体が一瞬痙攣する。
俺と横井は羨望のまなざしで抜き放たれた茂田の手を見つめた。
「よっしゃあ! 取ったぜ!」
「それ俺の差し歯」
茂田は清水の差し歯をぶん投げた。カラァン、といい音が鳴る。
「返せよっ、俺の『割と上手く出来たな』って気持ち!」
「返してほしいのは清水の方だと思うぞ」
差し歯どっかいったし。
しかし清水は「うーん、うーん」と唸るだけで差し歯がぶっ飛んだことなどどうでもいいらしい。重症だなあ。
「てゆーか清水さ、歯医者いけばいいだけじゃね?」
例によって椅子に逆さに座った横井が小賢しいことを言う。俺は眼鏡のつるを押し上げた。
「馬鹿が、その通りに決まってんだろ横井!!」
「何言ってんだかわかんねえよ後藤」
「よし清水、運んでやるから医者にいこう。このへんでスゲェ医者って誰だっけ」と俺。
「桐島でいいんじゃね?」と茂田。それもそうだ。
桐島は科学部の部長なので、今日も部室にいるだろう。
俺の左足にもボルトぶち込んでくれたし、清水の虫歯にも医療という名のボルトをぶち込んでくれるはずだ。とりあえず困ったら桐島説。
「よし、じゃあ運ぶぞ清水。じっとしてろよ」
俺は松葉杖を捨て(もういいや)、茂田と一緒に清水の頭と足を掴んで持ち上げた。そのまま運んで教室から持ち出す。
「うう、悪いな二人とも……」
胴体を横井が持たないのでくの字に折れた清水が涙ながらに言った。
「清水さ、ウンコ漏らしてそのウンコがあまりに重すぎた人みたいになってるよ」
「そう思うなら胴体持ってやれよ横井」
「え、ヤダ」
「クズが」
「ゴミめ」
俺と茂田は軽蔑の眼差しを横井に向けたが、横井はすっとぼけて口笛を吹いていやがる。
この野郎、自分だけ口笛を吹けるようになったからって調子に乗りやがって。
科学部は三階にあるので、俺たちは一階あがって、文化部の部室棟が連なっているあたりに清水を運んだ。
西日がもろに俺たちの顔に当たった。
一週間前、どこぞの馬鹿がもう一人の馬鹿を壁に押し当てるという物理攻撃に踏み切ったため、三階の廊下は半分吹っ飛んでいる。
さっき職員室を見たら、てるてる坊主が吊るしてあった。雨が降らないことを祈る。
ガラリ。
「おーい桐島、いるかー?」
「えっ……キャ、キャアアアアアアア!!!!」
理科室そっくりな科学部部室で、桐島が白衣の前を押さえてその場にしゃがみこんだ。
俺たちはそれを冷たい目で見降ろした。
「桐島、もしその下に何も着ていないんだったらお前は女子高生ではなくただの露出狂だ」
「馬鹿が、着てるに決まってるだろ。ホラホラ」
桐島が白衣の前をパタパタさせて制服を見せびらかした。俺たちはあさりの味噌汁に砂が混じっていた時のような気持ちになった。
「何がしたいの?」
「ちゃんと服を着てるのに変態に見えるってのもスゲーな」
「髪切った?」
俺たちの千々に乱れた感想に桐島が「ぐあーっ!」と吼えてショートカットの髪をばりばりとかきむしった。
「一斉にしゃべりかけるな! 一人ずつ言え!」
チャチな天才だな。
「私を無駄に混乱させおって。何が目的だ。ハッ。ま、まさか放課後で人の気配がないことを良いことに私に破廉恥なことをする気だな!? そうなんだろ!?」
「なんで言ったあと恥ずかしがるのにそういうこと言うの?」
桐島はちょっとだけ赤面して白衣の袖で顔を隠した。
「……で、なんだ後藤。言っておくが、私は久々に部室に顔見知りが来て嬉しい」
「そりゃよかったな、お前に頼み事があって来た」
俺たちは黒テーブルに清水を乗せた。清水は胸をかきむしって苦しんでいる。
「清水の具合が悪くてな」
「ふむ……」
桐島はちょっと真剣な涼しい眼差しになって、清水を見た。
「これは……ストリキニーネか」
「死んでねーよ」
「じゃあ、どこが悪いんだ」
「虫歯」
「なんでこいつは胸をかきむしってるんだ?」
「わからない」
「mystery...」
ウゼェ。
「髪切った?」
横井黙ってろ。
桐島が清水の虫歯を診察している間、俺たちは備えつけのガスバーナーで飯盒炊爨を行い、同じ釜のメシを喰いながらことの推移を見守った。
園芸部の連中が作った田んぼから取れた米が置いてあったから炊いたんだけどスゲェうめえ。のうりん見ようかな。
やがて、桐島が聴診器を耳から外して、ため息をついた。
「かなりひどいな、これは。清水、お前何を喰ったらこんなに歯が溶けるんだ」
「いや、べつに何も変なものは食べてないと思うんだが……」
「歯の部分が汚染度100%だ。抜かないと死ぬ。歯茎から神経にまで腐敗が進んだら、お前はゾンビになる」
「Oh...b,biohazard...?」
無理しなくていいんだよ清水。あと平然と嘘つくやつは極刑にしようぜ。終身(おっぱいむき出しの)刑とか。
「ふふっ」
「後藤、自分で思いついたネタにウケてちゃ世界は取れないぞ」
うるせーよ取らねーし。お前誰だよ。
「そんなことよりよー桐島」
俺が進行役としてクソなことに気付いた茂田が場を仕切りなおした。
「清水のやつ、もう三日も痛ぇ痛ぇって言ってんだよ。抜けるもんなら抜いてやってくんね? お前がやってくれたら医療費も浮くし」
「歯医者いくってなったらお母さんから保険証を渡してもらわなきゃいけないし、面倒だよな」
それはお前だけだ横井。
「ふーむ」
桐島が腕組みをして考え込んだ。
「残念ながら、私には無理だな」
「なんでやねん」
「ここの設備ではパワーが不足している。いいか茂田、それからゴミども。清水の虫歯は特殊でな、おそらく新種の細菌が関係している」
「つまりどないやねん」
「つまり、虫歯そのものが抜かれまいとして、歯茎と歯そのものの癒着率を強化してしまっているんだ。虫歯の気持ちになって考えれば、安定して繁殖できる土台は捨てたくないだろうし、ゆくゆくは宿主をぶち殺して栄養を根こそぎ吸い尽くしたいからな」
「虫歯怖ぇ!」
「そうだろう、お前らも寝る前はちゃんと歯を磨けよ」
桐島がふふんとドヤ顔を見せる。べつにお前の手柄じゃねえし。
俺は苦しみ続けている清水を見た。
「要するに、凄まじいパワーで清水の歯をぶち抜けばいいんだな?」
「そういうことになるが……後藤、アテはあるのか。ちょっとした重機並の馬力は必要だぞ。おまえそんなに馬持ってるのか」
「なんで馬力をナマの馬で出さなきゃなんねえんだボケナスカボチャ。まァ見てろ」
俺はまだ新しい携帯を取り出して、ある人物にメールを送った。
アドレス変わってたから佐倉を経由してやっと連絡を取った。俺は少しだけ泣いた。
○
「後藤、私は後藤にちゃんとアドレス変更メールを送った」
「…………」
「私からのメールを『あとで登録すればいいや』でモバゲーのマキちゃんやマクドナルドからのお知らせで埋もれさせたのは後藤の責任」
「…………はい」
「人に濡れ衣を着せるのは、よくない」
呼び出し早々、後輩の女の子にコテンパンに怒られている俺である。茂田と横井が気の毒そうに俺を見ているのを感じる。
「アドレスの件は俺が悪かった。だから機嫌を直して清水を助けてやってくれ、男鹿」
「……まァ、やぶさかではない」
ぱっと見では中学生の男鹿は、お母さんが締め忘れた鍵を自分のせいにされた小学生のような顔をした。
「でも、私はその清水って人と喋ったことがない。そういう人と関わるのは気まずい」
「お前そんなワガママ言ってたらお婿さんを俺たちの中から選ばなくちゃいけなくなるぞ」
「すぐに助ける。桐島」
男鹿は桐島の方を向いた。桐島がふっと笑う。
「ついに来たようだな、男鹿。私と貴様が手を組む瞬間が」
「そんなことはいいから、こないだ貸した『世紀末リーダー伝たけし』を返して」
「すまない、まだマミー編の途中」
お前ら何を貸し合ってるんだよ。トリコ読めよ。
男鹿が、ポキポキとおててを鳴らした。
「……この人の歯を抜けばいいの?」
「全部は抜くなよ」
俺の忠言に男鹿は睨みを返してきた。
「……私、戦闘民族じゃない。一緒にしないで」
「へいへい。とりあえず、お願いします男鹿センパイ」
俺は一個下の後輩に頼み込んだ。男鹿はふうっとため息をつく。
「……能力を使うのは、久しぶり」
そう。
男鹿パイセンはどこぞの沢村の同類で、超能力が使えるのだ。
その名も『男鹿ハンド』。
背中から架空の腕を創造し、自由に操ることができる。
そのせいで着ている服がいつもだるっだるであり、ここだけの話、何度か胸チラしているが罪悪感が強すぎて誰もそれを男鹿に白状できてない。桜色でした。
「…………えいっ」
青白く半透明な男鹿ハンドがにゅっとうなじのあたりから飛び出し、関節とかそういう設定無さそうな軌道で清水の開け放たれた口へと接近した。
俺たちは身を乗り出して、フラスコで沸かした緑茶を飲みながらそれを食い入るように見つめた。
俺が悪魔の名を欲しいままにした女を呼ばずに、男鹿を呼んだのにはちゃんと理由がある。そりゃあ現世に蘇りしジャバウォックに会いたくなかったっていうのもあるけど、ここだけの話、単純なパワーでは男鹿のほうがあの拳撃の魔物より強かったりする。実際に計測したことはないんだけども、破壊の性質を桐島と一緒に調べたことがあって、その時の結論では僅差プラスアルファで男鹿の勝ちだった。
いずれ男鹿を飼い慣らし、この地柱町を制圧するのが最近の俺の野望だ。そうなったら夏場だけ市民プールを俺のものにする。
男鹿ハンドが清水の口の中に入って行った……
じゅっ
「――――ァッ!!」
「あっ」
男鹿がその無表情フェイスにちらっと動揺を見せた。なんか焼けたよね今。
「男鹿パイセン。どーなってるんすか。清水めっちゃ苦しんでますよ」
ちなみに両手足は施術する直前に桐島が縄跳びで縛り上げていた。スゲー満足そう。
男鹿は口をおちょぼ風にしながら、
「べ、べつに命に別状はない」
「……それってひょっとしてちょっと燃えてんの?」
「そういうときもある」
俺には科学的な考証はできねえ、でもなんかエネルギー効率的に殴れて燃えてる拳ってなんかスゲェ。それだけはわかった。
「とりあえず男鹿さん、清水の見かけがいま口から火を吐き出しているっていう面白状況なんで、とっとと抜いてやってください」
「火傷の治療なら私に任せろっ!」と桐島も請け合う。火傷はボルトじゃどーにもならねーぞ。
「……大丈夫、いまケリをつける」
男鹿パイセンかっけぇー。
実際、結構真剣な顔つきになった男鹿は青白い腕を清水の口の中でグリグリやって、やがて虫歯をがっちりホールドしたらしい、姿勢が固まった。
俺たちは固唾を飲んで男鹿の背中を見守る。
そしてその背中が若干の張りつめを見せた時、
「はあああああああああああああああああっ!!!!」
威勢のいい掛け声と共に男鹿が男鹿ハンドを引き抜こうとした、
が、
「いげげげげげげげげげげ!!!!」
清水が顔ごと引っ張られて頭を持ち上げた。男鹿は何度もハンドをガチャつかせて口の中から抜こうとしたが、出来ない。
「くっ、このっ、取れろっ、取れろぉっ!!」
慌てた男鹿パイセンかわいい。俺たちはほっこりした。
「このっ、このっ、……もおっ!!」
でも男鹿パイセン、机から引きずりおろした清水のことを足蹴にしてまで抜こうとするのはひどいと思います。清水泣いてる。
「……」
男鹿は急にパタンと男鹿ハンドを仕舞ってしまった。何事かと俺たちは及び腰で男鹿をうかがっていたが、やがてぽつりと。
「……屈辱」
「パイセン、落ち着いてパイセン」
男鹿はちらっとこっちを見て、
「汚名は、雪ぐ」
武将か。
「だあああああああああああああっ!!」
男鹿は完全におもちゃを買ってもらえなかった幼稚園児の雄たけびをぶちかますと、再び具現化させた男鹿ハンドを清水の口に突っ込み、そしてメリメリメリメリと嫌な音をさせながら、思い切り振り抜いた。
当然清水は吹っ飛ぶ。
俺たちに向かって。
「えぶっ!!」
砲丸と化した清水の胴体が俺の鳩尾にめりこみ、背後にいた茂田と横井を巻き込んで俺たちは壁に叩きつけられた。
「かはっ……」
なんかカッコイイ呻き方したけど、そんなんじゃ埋め合わせられないくらい痛ぇ。
ボロ雑巾と化した俺たちを見降ろして、男鹿は茫然とつぶやいた。
「……抜けなかった……全力だったのに……」
そして自分の両手を見て、
「私の力が……通用しない……なんて……」
桐島がそれを見て、眼鏡のつるを押し上げながら言った。
「biohazard...」
うるせえわ。
「私の……腕が……私の……」
「あっ、男鹿」
俺が清水を蹴飛ばしてどけた時にはもう、男鹿の後ろ姿は部室からふらふらと出ていくところだった。
「男鹿……」
「後藤、清水の虫歯やっぱ抜けてないぞ」
気絶した横井を踏みながら茂田が報告してきた。俺はそれを鷹揚に頷いて受け取った。
「なんてこった、男鹿が凹んじまった」
「まさかひっそりと自分の能力に自信を持っていたとはなあ」
「お前のせいだぞ清水」
「うぅ……痛ぇよぉ……あ、顎が……」
「桐島、ちょっと見てやってくれ。清水、顎砕けたかもしれん」
「よし来た」
桐島がペンライトを白衣から取って清水の口蓋を覗き込んだ。俺と茂田は横井を踏みながら、窓の外の下校路をとぼとぼと帰っていく男鹿の姿を見降ろしていた。やがて桐島がごくっと生唾を飲み込む音。
「た、たいへんだ後藤……清水の虫歯の一つ隣の歯が、砕け散って無くなっているぞ!!」
「それは元からだ」
あとで探しに戻ったが、差し歯は見つからなかった。
投げるとかマジねーわ、茂田。