清水、歯医者行くってよ
10.野望萌ゆ
考えろ。
考えるんだ。
俺たちはさっきとは違う緊張感に包まれて、席に戻った。
「なぜ……なぜこんなことを……!!」
茂田が怒りを嶋岡さんに向ける。嶋岡さんは「んー」と顎に指を当てて、
「……面白いから?」
「意義なーし」と天ヶ峰が応援する。それに茂田がキレた。
「おめぇは人間を空中にブッ飛ばせればなんでもいいんだろーが!!」
「ん? 茂田……?」
「くそっ、俺は負けない、恐怖になんか負けないっ!」
茂田は震えながら手持ちのカードにすがりつき、祈るように頭を下げた。気持ちはよく分かる。
「嶋岡さん……」と俺は言った。
「悪いがこの勝負……勝たせてもらうぜ……」
「君にそれができるのかな? 後藤くん」
余裕綽々で足を組み、サディスティックな目を俺に向ける嶋岡さん。被虐心が煽られてしまいそうになる。負けるな俺、このままじゃ俺を踏むのは嶋岡さんではなく天ヶ峰になっちまうんだぞ……!!
ひとまずは、ゲームを続けるほかない。
『どうすんだ後藤、このままじゃ全滅だぜ』
『嶋岡さんは何がしたいんだ』
茂田と芥子島から俺たちの間でしか通じないサインが飛んできた。ちなみに横井には昔から教えていない。
『嶋岡さんの目的はわからねえ。しかし、ヤツはどういうわけか田中くんを狙い撃ちにした。それは確かだ』
『なんでわかるんだ』
『牌の声が聞こえるのか』
『んなわけあるか!! 俺はヤツの隣だから、よく見えたんだが、嶋岡さんは天ヶ峰がカードをめくり始めた頃から田中くんを見てニヤニヤしていた。あれはゲームマスターの目だぜ』
『じゃ、なんかカードにイカサマでもされてんのか』
『それはない。俺が調べた』
田中くんがぶっ飛ばされた時に、風圧で彼の手札が舞い散ったのだが、俺はそれをすかさず拾ってテーブルに置き直していたのだ。その時にさっと調べたがなんの変哲もない普通のカードだった』
茂田が重々しい顔で俺に手旗信号を送ってきた。
『後藤、お前さてはライアーゲームを読み直したな』
『久々に読んだらやっぱ面白いって昨日メールしてきたのはお前だろーが!!』
『ナオちゃんが一番可愛いのは6巻だよな』
それはまァそうだとして。
『……ひとまず、このままじゃゲームが再開されちまうから、対策だけ練っておくぞ』
『どうすんだ』と茂田と芥子島、あと誰かから聞いたのかサインを理解しているっぽい清水が俺に視線を集めてきた。
『まず、ゲームは捨てろ』
『どういうことだ』
『場に出すカードは宣言番号に合わせなくていい。3の時にまじめに3は出すな。そうじゃなくて、全員で一巡の間、マークの柄を合わせるんだ』
『……となると? 俺と後藤、芥子島と清水でたとえばスペードだけを出すとすると……』
『嶋岡さんが天ヶ峰にダウトをする。そして巻き添え指定。候補は四つ。みんながバラけていたら指定される確率は高くなるが、一つに揃えていれば当選する確率は四分の一になる」
『待て、それじゃ俺らが狙われてダウト指定されたら? かえって危険じゃねーか? マークを揃えて、数字も一緒、が一番いいけど、まずできねーぞ』
『心配すんな。その場合、嶋岡さんが天ヶ峰を必ず巻き添え指定できるとは限らない。たとえば俺がダウトされたとして、時計回りにカードを開放していく。天ヶ峰がスペードで、嶋岡さんが軍人指定していても、ほぼ正反対の位置にいる天ヶ峰の前に誰かのスペードがあれば、巻き添え指定はそいつになる。対抗株の紫電ちゃんは絶賛熱唱中だ、ほかに戦闘能力が高いのは天ヶ峰、男鹿、佐倉くらいだし、後半の二人は手加減くらいしてくれるだろう。たぶん。それに、たぶん嶋岡さんは天ヶ峰しかダウト指定しないしな』
『なんやて工藤』
『手が疲れるからボケるなっつってんだろが!! ……いいか、お前ら。天ヶ峰は馬鹿だ。たぶん、他の面子はギリギリまで素直に宣言番号のカードを出し続けるだろう。退場した田中くんのカードは場札も含めて全員に配り直されたしな……だが、天ヶ峰はまず、宣言番号を持っていても、ブラフをかけてくる』
『どうして』
『だから、馬鹿なんだ』
茂田が顔を覆った。俺も同じ気持ちだ。
『……とにかく、何か必勝法を考えるまではマーク合わせでいくぞ。手札の中身はサインで全部通せ。一番多いマークで回す。オーケー?』
俺はちょっと考えてから、最後のサインを出した。
『勝利条件は、
1.悪者にしろ巻き添えにしろ嶋岡さんと天ヶ峰を指定して、天ヶ峰に嶋岡さんを倒させる。
2.天ヶ峰と佐倉、男鹿あたりをぶつけさせて共倒れさせ、武装勢力を全滅させる。
今のところは、これしかない』
「あれ?」
嶋岡さんが俺を覗き込んでいた。
「さっきから、何をもぞもぞしているのかなァ?」
「なんにも? 滅び去った田中くんにお祈りを捧げているだけだよ?」
「ふうん、それにしては長いお祈りだったねぇ」
にやにやしている嶋岡さん。くそ……ほんとこいつ何が目的なんだよ! もしかしてさっきのは冗談で、もうあんな命令は出さないのかな……
そんな考えが脳裏をよぎった時、ふと彼女の私服の襟元に何かのエンブレムが縫い付けられていることに気がついた。
白い百合のエンブレム……
いったい何の意味が……装飾にしてはちょっとミスマッチ……きっと何かを表す紋章……はっ、まさか。
こ、こいつ……
「……なにかな? 後藤くん。僕の百合の花がそんなに気になるのかな……」
百合の花……男子を目の敵に……乗車時のやけに余裕のある態度……
謎はすべて解けた……
この少女は……嶋岡さんは……
女の子だけで温泉に行こうとしている!!!!!!
「ふふ……ユリユリ帝国はすでに僕の手の中に……待っててね紫電ちゃん、いま僕が王子様になってあげる……ふふ、ふふふふふ……」
ぶつぶつと怪しげな呪文を唱える嶋岡さん。目のハイライトが消えている。そういうことかよ……何がユリユリ帝国だ。
紫電ちゃんは……
紫電ちゃんは、俺たちが守るっ!!!!!!!!!
(つづく)