Neetel Inside ニートノベル
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清水、歯医者行くってよ
06.桐島散華

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「あれ? 清水いなくね?」
 気づいたのは茂田だった。俺は頭を抱えた。
「誰かいないとは思ってた。思ってたんだよ」
「気にすんな後藤! あいつなら走ってくるさ」
 なんの慰めにもならねーよ、と思ってたらほんとに清水が高速に入る前に追いついた。歩道に立って、なぜか応援団の旗を振り回すフルフェイスのヘルメットをかぶった男を天ヶ峰(視力8.0)が「あ、清水じゃん」などと言うもんだからさァ大変、俺は親父にちょっと止めてって言って親父はうんわかったって言ってバス止めた。こんな簡単に止まるバス、後藤はじめて。
 ぷしゅー、と機械仕掛けのため息をこぼして、停車した俺らの箱舟に息を切らせながら清水が入って来た。
「大丈夫か清水。ていうかお前ほんとに清水か清水」
 国語的にペケな茂田の問いかけに清水は首から下げたスケッチブックにマジックで「いきてる」と書いた。
「なんでスケッチブックなんか持ってんだよ清水?」と首がちょっと折れてる横井が尋ねた。清水は今度は筆談せずに、フルフェイスヘルメットのほっぺたの部分を指さした。
「ん? どういうことだ?」
「おい、桐島、おまえ国語5だろ。なんとかしろ」
「よし、真実はいつも一つだ」聴診器を取り出した馬鹿がバスの先頭に躍り出た。
「ふむ……なるほど……そうか……」
「何かわかったか」
 桐島は聴診器を耳から外し、白衣のポケットに手を突っ込んだ。
「あまりにも歯が痛かったものだから、清水のやつ、ヘルメットの中に氷を詰めて寝たらメットが取れなくなったそうだ」
「マジかよ……清水。おまえ国語5だろ」と茂田。
「国語力のインフレが止まらねーぜ」と横井。おまえ国語3だけどな。
 俺は腕を組んで、へたりこむ清水を見下ろした。
「俺の名推理によれば、昨日のうちに氷詰めてたんなら今日はもう溶けてるだろ。清水は溺れ死んでいなきゃおかしい」
 俺の不穏な発言に清水は怯えた。それを冷たく見下ろす俺の肩にポンと桐島が手を置いてきた。
「何に使うのか知らないが、絶対に溶けない氷を昨日のうちに清水に売ったのは私だ」
「おめーが犯人かよ!」
 俺のボディブローは桐島の手によってやすやすと受け止められた……と思ったら、桐島さん、そんなにフィジカル強くないもんだからガードが甘くてそのままおてて越しに俺のボディがみぞおちに突き刺さった。呻いてる。
 それを見ていた女子陣から大ブーイングが巻き起こった。
「後藤さいてー!」
「死ねぇー!」
「うるせえ! 死ねって言ったやつ誰だ! 帰ったら先生に言いつけてやる」
「おい、そういうのはどうかと思うぞ」
 誰だ反論してきたのはと思って振り返ったら親父だった。うわぁ、すっげぇ恥ずかしい。黙って運転してろよ! こっち見んな!

 俺たちはとりあえず清水を座席に運んだ。相当走ったらしく死にかけている。
「天ヶ峰」俺はポテチを喰っている女子高生のような形をした何かに話しかけた。
「お前の気を清水に分けてやることはできないか?」
「気ってなに?」
 強さかな。わかんない。お前にわかんないなら永遠の謎。
 天ヶ峰が役に立たず、桐島が「ぽんぽんいたい、ぽんぽんいたいよう」と寝込んでしまったので(申し訳ないと思ったので千円あげた)、俺たちは清水を諦めることにした。まァ虫歯は冷やしておいた方がいいんだろうし、中の氷を噛み砕けば水分は取れるだろうし。栄養分はどうしようかと思ったら嶋岡さんが慣れた手つきで「アルコールは平気?」とか言いながら清水の腕を消毒して何かを注射していた。清水の身体がぐらぐら揺れ始める。何やってんの嶋岡さん。
「旅行といったら、羽目を外さないとね!」
 ニッコリ笑顔で注射器に残った液体をぴゅっと飛ばす僕っ子美少女に俺は戦慄を隠せない。あと二回コイツやばいと思ったら通報しようと思った。
「酒井さん、酒屋の娘的にあれはなんだと思う? 清水なにされたんだと思う?」
「うちのおじいちゃん、昔はよくヒロポン打って仕事してたって言ってたよー」
 ニコニコ笑う横井のガールフレンド。なんの解答にもなってないんだけど。
「さて、それじゃあ清水も乗ったところで!」
 天ヶ峰が運転席付近まで猛ダッシュして、威勢よく振り返った。
「レクリエェェェェェェェションタァァァァァァァァイムゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
 俺たち男子勢は臓腑の底から雄叫びをあげた。ここでノッておかないと泣かれるか殴られるか殺されるかのどれかなので、強者には全面降伏の姿勢を保っておくのがこの町ではベストだ。
「紫電ちゃん! カムヒアッ!」
「えっ、私?」
 ちなみに天ヶ峰は気分によって紫電ちゃんの愛称を使い分ける。この世界がライトノベルだったら編集とか担当から「読者が混乱するだけなんでやめてください」とか言われちゃいそうなところだが、我らが天ヶ峰にそんな些事はノーフューチャーだぜ。
 天ヶ峰は紫電ちゃんの腕に抱き着いてくすぐられたような笑顔を寄せた。
「カラオケがあるよ! 一緒に歌おう!」
「え、え? いや、でも、私はそういうのは……」
 真っ赤になって後ずさりする紫電ちゃん。しかし天ヶ峰のアームロックは関節を巧妙に極めているので、決して獲物を逃がさない。骨にヒビが入るのが先か、友情に亀裂が入るのが先か。見所ですなァ。
「美里! 私はその……歌とかそういうのは苦手で」
「大丈夫、大丈夫! はいこれ」
 天ヶ峰さん、ご機嫌でマイクを手渡す。紫電ちゃんはまるで爆弾を受け取ったかのようにあうあうしながらマイクをお手玉していたが、やがて泣きそうな目で俺の方を見てきた。手を振ってあげたら「違う!」と怒られた。失礼な女だ。
 やがて天ヶ峰が勝手に入れた曲が流れだして二人は歌いだした。

       

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