Neetel Inside ニートノベル
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ラウンドアバウトの悪魔
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 俺が初めてそいつを見かけたのはラウンドアバウト式のロータリー交差点でのことだ。
 円形のラウンドアバウトの”中央”にそいつは居た。長いこと風呂に入っていないのだろう、髪はねっとりとしており、服は薄汚れていた。ワンカップの日本酒を片手に持ち、床に広げた新聞紙に座りながら、ラウンドアバウトの車をずっと眺めていて、それも一日中座っていた。
 一見ホームレスにしか見えなかったが、スーパー帰りのおばさんたちのうわさ話では「昔は偉い作曲家だったらしい」「現代のハイドンと呼ばれていた」「目が見えないらしい」「10年ぐらい前に楽譜を他人に書かせた事件で有名だった」と、どうやら只の人生の落伍者というわけでも無いようだった。ただ、音楽を昔やっていたとはいっても新聞紙に座った姿はホームレスでしかなく、ラウンドアバウトの中央に居座っているという物珍しさからあった興味もだんだんと薄れ、次第に無視するようになった。
 酒をのみ、車を見て、新聞紙に座る。ただそれだけの人生なのだ。そいつのぼうっとした視線の先には、通り過ぎる車だけがある。

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 おれは、毎週末ラウンドアバウトの隅でギターを弾いている。只の趣味だ。
 開いたギターケースには小銭が少しだけ入っている。多くはない、1000円にも満たない。ほとんどは10円で、500円玉は1枚も無い。
 観客もいないし、通り過ぎる人たちはうるさそうに眉をしかめる。まだ全然上手くはないのだが、少しずつだが上達する自分の演奏力を実感できるのが嬉しかった。この間、女子高校生が100円を入れてくれたのを覚えている。
「お兄さん、下手糞だけど頑張ってるから上げるよ」
とその女子高生は言った。下手糞という言葉にガクッとしたが、自覚している。それより「頑張ってるから」という言葉が嬉しい。
 今日は、誰が聞いてくれるんだろう。今日は誰が話しかけてくれるだろう。それだけが楽しみで毎週弾いている。


「おい」
 夜中の12時。いつもの趣味を終えて帰ろうとしたとき、おれはそいつに話しかけられた。あの、元音楽家だったというホームレスだ。
 普段居るラウンドアバウトの中央ではなく。相変わらず薄汚れた格好で、手に酒を持っていたが、その視線は車ではなくおれに向けられていた。
「おい、お前、もっとすごい曲を弾いてみたいとは思わないか。わたしが曲を渡そう、お前がギターでその曲を弾く。弾いてみたいと思わなければそれで良い」
 そいつは、そう言って楽譜を一枚出した。楽譜を受けとる。難しくはない、簡単に弾けるだろう。
 ただ、何かがおかしい。楽譜に書かれた音を追ってみると、それだけのことなのになぜか妙に気分が高揚するのだ。

 おれは、ロバート・ジョンソンの十字路の悪魔の話を思い出した。
「ギターが上手くなりたければ、夜中の12時少し前に十字路にいって、一人でギターを弾くんだ。そうすると『レグバ』っていう大柄の黒マントの悪魔がやってきてギターを取り上げる。
そうして彼がチューニングして一曲弾いてから返してくれる。その時から何でも好きな曲が弾けるようになるんだ」
こいつは悪魔なのだろうか。
十字路ではなく、円形の交差点の悪魔。
ラウンドアバウトの悪魔。

       

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