Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
36 水没区画~悪魔退治

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   36 水没区画~悪魔退治

 どこから地下水が流れ込んでいるのか分からないが、通りには水が溜まり、壁はひび割れ、崩落した場所は数多い。この区画がすべて崩れ、押し流されるのも遠くないように思えた。やはり、こんな場所に海賊が宝を隠すはずがない。二度と回収できないし、ドブに捨てるのと同じだ。
 まだ生きている電灯がいくつかあって、ぼんやりとした光を放っている。水に浸かった暗がりの奥はゆらめき、いつ悪魔が飛び出してきてもおかしくはない。
 俺は上位の魔法を解禁する必要があるかもしれないと判断した。
 疲労度によって俺は下から順に、〈あまり疲れない魔法〉〈やや疲れる魔法〉〈だいぶ疲れる魔法〉〈疲労困憊な魔法〉と分類しており、その上にさらに〈禁術〉が存在する。恐らく帝国人の魔導師のほとんどがそうだと思うが、シャーロットのような〈彩色〉でない限り、なるべく余力は残しての戦いが要求される。俺は翌日に疲れや筋肉痛が残らないように心がけており、これまでの戦闘だってほとんどそうしてきた。
 それは相手が人間であったからだ。
 〈あまり疲れない魔法〉は、〈火矢〉や〈照明〉、フッカーから教わった〈乱れ火〉のように、すこしばかりはや歩きするくらいの疲労度で、これでほぼ全ての戦闘を行うのが求められる。
 〈やや疲れる魔法〉は〈火球〉〈念動〉など、やや強力な攻撃手段、あるいは〈あまり疲れない魔法〉を多重・連続的に使用するなどの場合を指す。人間相手にはこれですら過剰な威力だ。
 〈だいぶ疲れる魔法〉は、広範囲に影響を及ぼす魔法や、俺の身体能力を大幅に強化する魔法で、これを都市内で使用することはまずない。みだりに使えば都市当局から警告をくらって魔法使用許可書を取り消されるかもしれない。
 〈疲労困憊な魔法〉に至っては、通常の手段では使えない。
 魔導師とは世界の構成要素であるエーテルに働きかけるものであるが、触媒を通してまずは自らの生体エーテルに干渉し、それを通じて周囲の空間に作用する。火を燃やすとき、最初に小枝を燃やすようなものだ。
 しかし〈疲労困憊な魔法〉は、発動にそもそも多量のエーテルを必要とする。だから、〈彩色〉でない人間は、大気中のエーテルを取り込む必要がある。そこまでして使うべき魔法はほとんどないし、俺も大して知らない。時間や空間、現実世界そのものに僅かながら干渉するものがこれに当たる。失敗の際のリスクも甚大であり、特別な注意を払って使うべき技術だ。さらに上の〈禁術〉は、自分のなにかを犠牲にして放つ危険な魔法だ。到底使うつもりはないし、そもそも知らない。
 俺は今回、〈だいぶ疲れる魔法〉を場合によっては使う必要があるだろうな、と考えていた。
 悪魔が出現した場合、まず魔女であるアニーを狙うだろうし、彼女は〈傷〉の力で回避できるだろうから、その隙に攻撃するのが定石だろう。しかし、複数の悪魔が沸いた場合、俺に向かってくることも想定できる。
 〈聖火騎士団〉が悪魔を狩るための魔法を使うことができれば心強いんだけど、と俺は思った。彼らの技術は基本的に門外不出で――だけどそれすら帝都の路地裏じゃカネで取引されてるって話だ――悪魔退治に特化してるぶんつぶしがきかない。今あるものでどうにかするしかないだろう。
 廃線になった駅の周囲、本来商店街らしいそこは水に沈んでいて、家屋の屋根に木材で申し訳程度に橋がかけられている。俺は早くも引き返したい気分になっていた。
 ゴミや人骨が浮かぶ水面が、ある地点から先で真っ黒になってるのに気づいた。
「ヴァーレイン」アニーが言う。吸血鬼のジャズも俺よりずっと五感は鋭敏だが、魔女であるアニーは俺達には感知できない霊気(アストラル)を、心臓に宿った悪魔の共鳴で判別できる。「おでましのようだ」
 水面が泡立ち、そいつが現れた。
 悪魔の容貌は千差万別だが、そいつは鱗の生えた、爬虫類とも哺乳類ともつかない、奇怪なやつだった。墨を流したように、全身が黒く湯揺らいでいる。
 アニーが〈ブルーム〉をぶっぱなし、そいつが揺らいだところで、ジャズが飛び掛り、ギザギザの刃のついたナイフで心臓を突き刺す。金属音がした。外骨格を、吸血鬼の膂力でも破れなかったのだ。
 悪魔は振り払うようにジャズを吹っ飛ばした。彼女の小柄な体が石壁に激突する。
 やつはアニーに向かって跳躍した。彼女から血しぶきが飛ぶのが見えたが、傷の力による予知のせいだろう。なんなくかわしたが、恐るべき速度で悪魔がさらに飛び掛る。目にも留まらぬ早さでアニーは壁を蹴って跳び、回避する。
「ヴァーレイン!」赤布から血をしたたらせてアニーが叫ぶ。「こん畜生の動きが止まれば、やれるかい?」
「多分ね! だがやっこさんが大人しくしてくれるか?」
「大人しくさせるさ」
 アニーはだらりと脱力し、棒立ちになった。悪魔がすかさず飛び掛り、彼女の胴体を腕が貫く。
 あえてよけなかったのだ。だらだらと血を流しながら、悪魔の両膝に近距離から〈ブルーム〉を撃ち込んだ。
 俺は悪魔の背中に、〈火球〉を放った。
 着弾すると同時に〈乱れ火〉を発動する。
 やつの体で爆発が起こった。
 アニーは吹き飛ばされ、水の中に転げ落ちる。
「大丈夫か、アニー」
「どてっ腹に風穴あいてんだよ、常人なら死んでるっての……ヴァーレイン! やつがまだ生きてる!」
 振り返ると燃え上がるロウソクのように悪魔が立っていた。
「いや、終わりだよ」ジャズの声だ。「外骨格が焼けて剥がれてる」
 ジャズは悪魔の心臓に、自分がぶつかって砕けた石壁の尖った破片を、懇親の力で突き刺した。
 アニーと同じく、怪物の胸にも大穴が穿たれた。そこから黒い煤のように悪魔の体が分裂していく。
 やつは機械音とも野獣の咆哮ともつかない断末魔を響かせ消えた。

       

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