Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
39 地下巡邏団の仕事~灰色の翼

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   39 地下巡邏団の仕事~灰色の翼

 シャーロットが地下巡邏団から仕事を受けたそうだ。俺とキーファーも同行した。しかし、不安だ。彼女は初対面の人間と相対すると突発的に話を始める回数が爆発的に増える。最初にキーファーと会ったとき、いきなり昆虫の話を延々しだして彼を混乱させた。
 地下鉄駅の待合所にやって来て、入り口のところに座っている〈巨躯のヴィンス〉に公社からの紹介だと話して入れてもらう。彼はキーファーと同じ漂流種で、身の丈は一四〇センチほどだが、だいたい一メートル強から上にはいかない彼らの種族において恐ろしく長身だった。寡黙で、不機嫌そうな顔だったが、デイヴィス司祭がいつも笑ったような顔なのと同じく、別に怒っているわけではないのだろう。
 中にはスミサーズという、癖っ毛の金髪を持つ三十半ば位の男がいて、煙草を吹かしていた。彼は心臓に悪魔が取り付いた魔術師(ウィザード)で、普段は酒場の警護と、密輸品の横流しを仕切っている。不正な交易は盗賊ギルドにとって主要な仕事だ。ファーゼンティア大陸最南端のここは、帝国やザザの品物が通る場所でもある。ザザの織物や帝国の柑橘類――閉鎖的な城塞都市では壊血病がしばしば流行し、その対策としてよく食べられている――あるいは砂糖、武器弾薬、「画材」もとい薬物などが、この広大かつ猥雑な都市をすり抜けていく。港の積み下ろしを担当する人夫や監督官、倉庫の管理者にももちろん巡邏団の息がかかっていて、闇市場に流れていくってわけだ。
 今回の仕事だが、アニーとジャズや他の構成員がだいぶばたばたしてるっていうんで、いろいろ雑用をこなして欲しいとのことだった。
「例の指名手配犯、〈リリィ・ゼロ〉って女、どうやら最近〈化石竜師団〉に入ったもと帝国軍人だ。聞き覚えはないか? 本名は〈リリアン・ウィルデン〉だが」
 俺はどこかで聞いたような気がして、スミサーズの答えを待った。
「やつは帝都の武装蜂起事件に関わってた将校だ。師団へ加入する条件だったようだな、屍術(ネクロマンシー)を取得する目的だったという話だ。鎮圧され、拘束されたが脱走し、こちらへ逃げ込んだ。
 まともじゃない女だが、師団の情報を知っているだけあって、いろいろなところが彼女を狙っていた。別の犯罪者を追っていた我々が偶然拘束したんだが、ドロウレイス当局も含め、高い金出してくれるところとこちらは取引したいわけだ、当然。その交渉でばたばたしていてな」
 彼の帝国訛りは丁寧なものだが、紳士的な印象は与えてくれなかった。
「本題に入ろうか。うちで借りてる倉庫にこそ泥が押し入って、中をめちゃくちゃにしたんだ。そいつには既にしかるべき贖いを受けてもらったのだが、ばらばらになった本のページがいくつか残っている。散らかり放題の倉庫からそれを順番どおりに回収して欲しいのだ……特殊なインクが使われていて高価なもんだ」
 俺は即座に、ページを破いて口に含んだり、火にくべて煙を吸う使用法を想像した。
「いささか面倒だが、すぐに見つかるだろう。これが倉庫の鍵だ」
 錆びた鍵を借りて、地下鉄駅の整備区画を越え、螺旋階段を降りると鉄扉が合った。ボロいが頑丈そうだ。中に入って電灯を点ける。絶え間なく点滅するいらつく明かりだった。
 閉じる前のページが散乱しており、積み重ねてあった本が倒れている。泥棒はここに麻薬があるという情報だけを掴んで、その形は知らずにひっかきまわしたのだろうか。
 俺達は黙々と手分けして本をどけたり、紙を拾ったりしはじめる。件の本は二十ページほどの絵本で、〈灰翼の乙女〉という女神について描かれたものだった。
 体の弱い少女が、主神〈火点し〉に翼を願い空を舞う。条件として提示されたのは、日が落ちてからは決して飛ばないということだったが、彼女は時を忘れ、日没後夜の帳が下りると、少女の羽は黒く染まって、墜落してしまう。神は少女を、夕暮れどき、一番最初に昇る星へと変えた。彼女は今も旅人達を見守っているのだという。
 そういう内容だったが、俺が知っている帝国での話はだいぶ異なる。そちらでは病弱な少女ではなく、若い女盗賊だった。神を言いくるめ、城に侵入するための翼を手に入れ、いざ盗みを決行しようと日没時を迎えたが、太陽が沈むと同時に翼は黒く染まり、哀れ墜落死。神は最初から彼女の計画を見抜いていたのだ。しかし、過去に貧者へ施しを行っていたことや、神を騙そうとした際の話術を買われ、〈火点し〉の三女である〈黄昏の末妹〉に仕えることなった。今でも〈灰翼〉は夜通し進む旅人や、夜に仕事をする盗賊や娼婦の守護神として、南の空に輝いているのだ。
 本を集める間、二人とも無言だったが、仕事が終わって戻るとき、シャーロットがいきなり饒舌になった。
「私が誰か分かりますか?」キーファーにそう聞いた。
「うん、ヴァーレインの後輩のシャーロットでしょ?」
「なぜこうしてここにいるのだろうか」
「え? さあ、冒険者はいろんな所へ行くから?」
「我々は、水面の虫と同じだということ」
「水面の虫?」
 キーファーが困ったようにこっちを見たが俺もよく分からなかったので、答えなかった。

       

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